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角無し竜セランのぼうけん  作者: 光石ひかり
一章 ――それは空と大地のものがたり。
9/11

【8話】こんなにも、ここはあたたかい。

(1)Teller: Tenshi


 ……洞窟を出てまもなく、俺は失神してしまったらしい。

 セシルさんに咥えられて飛んで帰ったという。情けない絵面だ。……申し訳ない事をした。


 イシュカ家の2階の一室は、いつもは使われていないようだった。来客用の部屋だろうか……。ハンガーにかかっているのは俺のローブ。綺麗に整えられていた。……シエラのローブは装飾が多い。それをきちんと直す事ができるのは師匠くらいだろう。


 そしてご丁寧に、誰かが俺に寝間着を着せてくれたらしい。師匠?うーん、それは考えたくない。……イシュカ家全員は両性具有だ。有力なのはセシルさんかなと思う。

 竜族が雌雄同体だと知っていても、『女性的』な特徴がある人に対しては女性として扱ってしまうし、『男性的』に関しても同じ感覚だ。……などと、恥ずかしさを誤魔化すために思考した。


 ――ぐううぅう……と胃が不満を告げる。

 あんなに歩き回った上、夕食も朝食も食べていないとなると、そりゃあ疲れが取れないはずだ。

 おれはチェストの上に用意されていた水を飲んでベッドへ座る。

……小鳥の声。たまにリスの威嚇の声。

 窓は閉まっているが、穏やかな風の中にいるような気がしていた。


 とん、とんとん。ドアを軽く叩く音。俺が扉を開けると、そこにいたのは師匠だった。

「おはよう!体調はどうだい?」

「えと……。疲れが残っていて……」

 いつもの自分なら大丈夫ですと言う。しかし今日は正直に答えた。……昨日の事もあったかもしれない。セランは素の自分を受け止めてくれたからだ。

「だいじょーぶだいじょーぶ。セランが興奮しながら『だいぼうけん』のあらすじを話してくれたよ。……想像よりだいぶハードだったみたいじゃないか」


「……先が全く読めませんでしたからね。自分も少し不安でした。セランをちゃんと護れたかというと、……それは正直分かりません」

 俺がもう少し早く化生の存在に気づいていれば、セランは怪我をしてなかっただろうし、洞窟の中でもセランのサポートが出来たとは言えないと思います。最後は気絶してしまったし……と項垂れたまま師匠に報告する。

「わははは!相変わらずキミくんは自己肯定感が低いなぁ!!カーレトナイトを手にいれ、セランを無事連れて帰った。それでいいじゃないか。はなまる百点だよ」

「百点はないでしょう、」


 少しネガティブになって俯いた俺の前に、師匠が立つ。

「セランが言っていたぞ。『天詞の事がもっと好きになっちゃった!』ってね」

「へ????」

 その言葉は恋愛などとは違うと分かっているというのに、挙動不審を隠せない。

「アタシの前ではいつもツンツンなのになぁ」

「ニンゲン関係は風通しが良いほうがいいと思っているので」

 ()()()()のお供についていった俺は、セランの魔法で本性を暴かれてしまった。それに、一緒に難関を乗り越えた事によって、信頼感も出たのかもしれない。

 人に嫌われたくない……そういう思いが強い俺も、セランの純粋さを前にしては降参だった。


 ふと部屋にある時計を見上げる。10時か。随分寝たな……え?じゅ……………………!?

「……今日10時に基地へ行く予定でしたよね!!??」

 あわあわと着替えようとする俺を見てにんまりと笑う師匠。

「アタシの前で着替えるつもりかい?……もう連絡を入れておいたよ。今日はゆっくり休んで、視察は明日にする事になった」

「え、いやその……、あらゆる人に迷惑をかけて申し訳なさすぎる……連絡……ありがとうございます……」


 師匠は窓の隣にかけられている俺のローブを見て腕組みをした。

「……汚いな」

「服をかけてくれた時、気づかなかったんですか?」

「いや~、セランが持って帰ったカーレトナイトをくれるっていうんで、興奮しててさ~」

 興奮するのは分かるが、いつも師匠はそういう所が抜けている。

 さっきはちらっと見ただけだったが、地面に接触しやすいローブの足元付近が一番重症で、他にも汚れが沢山ある。あぁ……。

「どうしよ……。このローブで明日基地に向かうとしたら失礼にも程があるし……」

 トラブルにトラブルを重ねているように感じて、がっがりと焦りが両方やってきた。

「ん?おはようかな、天詞。腹減っただろう!メシ食えメシ!」

 セシルさんも部屋に入ってくる。そこで俺は思い切ってお願いをした。

「ローブを……洗わせてくれませんか?だいぶ汚れちゃって……」

「おぉ、昨日ひん剥いた時には気づかなかった。オレが洗うよ。今日は洗濯日和だ。

……ふむ、手洗いのほうが良さそうだな。オレは洗濯のエキスパートだ。任せとけ」

「ありがたいです……」

 頼もしい言葉が返ってくる。「いい天気だ。明日までには乾くだろ。心配すんな」と肘で小突いて、セシルさんはニカっと笑った。



(2)Teller: Seran


「でかい……」

 悦に浸るとはまさにこういう事。三個の巨大カーレトナイトを眺めてにまにまする。また今度ヒュドラさんの研究所に行ったら、カーレトナイトの紅茶を作る方法を教えてもらおう……。どんな味かな?かき氷シロップの青みたいな感じ?周りの透明な部分は氷で……中の青がシロップ。ふふふ。


「お~いセラン、風呂にお湯をためて、とーちゃんの服を適当に選んで天詞に渡してくれ!」

 おかーさんの声にはーいと返事した。おとーさんより天詞のほうが身長高いけど、多分サイズは大丈夫なはずだ。体型は似てるし、おとーさんは脱ぎ着しやすいように、サイズが少し大きめのシャツを着ている。

「おとーさん、貸す服ってどれでもいいの?」

 一応本人に確認したほうが良いかなと思って、座っているおとーさんのほうを振り向く。

「……んぁ?……あぁ、ごめん。寝そうになってた。……ワードローブの一番右にかかってる水色のシャツはあんまり着てないからそれがいいかな。下は畳んであるやつから適当に取っていいよ」

「らーじゃー!」

 今日は程よく暖かい。うたた寝してしまうのも仕方ないと思う。……まずお風呂場。ファイアオパールのスイッチを押して、お湯を出して……。こういう鉱物や宝石を使った道具は「ジェムツール」と呼ばれていて、たとえば氷のような方解石を入れておくと箱の中が冷えて、食材が痛むのを遅らせる『冷蔵庫』となる。他には、あったかい風が出て髪を乾かす『ドライヤー』は、ペリドットとファイアクォーツ。


 次はおとーさんの服だ。二階に上がっておとーさんとおかーさんの寝室に行こうとしたところで、おかーさんとすれ違う。

「オレはこの法衣を洗うから、あとは任せたぞセラン。新品のタオルが脱衣所のラックの一番下にあるから、それを貸してやりな」

「らーじゃー!」

 寝室で目的の服を探す。水色のシャツに黒いズボン。靴下の事は聞かなかったので、綺麗っぽいのを探す。これでよし!……さて、天詞起きれたかな。気になって部屋に行くと、そこにはしおしおになった天詞と、「だぁい丈夫だって」と励ますルイの姿があった。


「天詞おはよう!具合はどう?まだふらふらしたりする?」

「昨日はごめん……。手間を掛けさせてしまった……かっこ悪かったな」

「いいのいいの!わたしこそハードな道とか湿った道を歩かせちゃった、ごめんね」

「洞窟なんてそんなもんだろ。天詞、そんなにしょげるなって。風呂に入ってメシを食えば自ずと元気になる」

 ベッドに腰掛けていたルイが、天詞の背中をぱんぱん叩いた。

「うんうん。えっと、これはおとーさんの服。脱衣所にタオルと一緒に置いておくから、今日はそれを着てね。お風呂にお湯がたまったら呼ぶから、すこし待ってて」

「ああ。ありがとう」

 わたしは鼻歌を歌いながら脱衣所に行き、お風呂の具合を見にとびらを開ける。

「もうちょっとかなー。……ん?もしかして……」

 ひらめいちゃった。リビングに戻ると、カーレトナイトを1つ手に取る。わたしを見ていたおとーさんが、虹魔法の義足を起動させて立ち上がった。

「どれ、俺は天詞の朝食でも作っておくかな」

 おとーさんはキッチンに向かった。


 おとーさんは左手だけでも色んな事ができる。

 相当大変だっただろうな、と思いを巡らせた。おかーさんが「どっちが早く立てるかグランプリ」というものを宣言して、おとーさんと、まだ赤ちゃんだったわたしを競わせたらしい。おかーさんは「セランとシアン、同着だったよ。あの時はめちゃくちゃ喜んだなあ」と言っていたのを思い出した。


 おとーさんはそのあとリハビリをたくさんして、手すりを掴むのから簡単な義足と杖を使って歩けるようになり、マスターが紹介してくれた魔族の道具屋さんに依頼して、今の魔法の義足を作ってもらったらしい。魔族が使う魔法は「虹魔法」と言って、石ではなく文字で魔法を作り出しているらしい。


 竜族をはじめ、魔族以外の種族は『虹魔法は害がある』と思っていて、それでおとーさんも初めは白い目で見られたけど、特に困ったことは起きなかった。噂は噂でしかないのかもしれない。便利で、おとーさんが快適に過ごせればそれでいいと思ってる。




(4)Teller: Tenshi

 

 湯船の中で、しばらくぼーっとしていた。寝てしまう前に

 洗面所に置かれたタオルで身体を拭き、髪の水分を取り、シアンさんの服に袖を通して、ロザリオを着ける。……これはシエラが与えられるものだ。剣や翼がモチーフのデザインで、聖職者の位によって異なる形をしている。


 位ってなんだろうな。聖職者が持ち歩く『青い聖書』には、魂はみな平等であると書いてあった。昔……八歳の頃、聖書を全部暗記して周りを驚かせた事がある。天才児だなんだと言われ、悪い気分ではなかった。

 その感情は「奢り」になるから危ないぞと。師匠に言われたことがある。自覚はしていたが、優秀でありたいという気持ちは今もある。


 ……そんなことをじめじめ考えてる場合ではない。髪を乾かさないといけない。じめじめと一緒に。

 百合の香りのオイルを髪に馴染ませ、ドライヤーをみつけたので使わせてもらう。

 ここからが大変だ。なにしろ腰のあたりまで伸ばしていて、地毛がウェーブがかっているから。切ってもいいのだが、()()()()()()()()ためにここまで伸ばしている。疲れている時は洗うのが苦痛だ。でも、セランの作った「光る風呂」の効能で疲れを感じることはなくなった。……まだ光ってる。どうなってるんだこれは。


 髪を乾かす時間は果てしなく長い。でもこのドライヤーは性能がいい。シアンさんの髪も長いから、良いものを使っているのではないだろうか。

「天詞~、大丈夫?お風呂で倒れたりしてない?」

 セランが心配しているようだ。そりゃそうだ。こんなに時間がかかるんだから。俺はドライヤーを止めて返事をした。

「大丈夫」

 扉を開け、脱衣所を出る。



「そうそう、ごはん出来てるよー。おとーさんが作ったハムエッグだよ」

 隻腕の聖職者がいたが、彼曰く「慣れたら色々できるようになっていく。忍耐強さは必要だ。そこで自分一人で何をできるか、人の助けを必要とするか。それを見極めて行くんだ」と教えてくれた。


「わかるー、髪長いと大変だよな」

 シアンさんが相槌を打った。食事をすませて、一息つく。

「乾かすのはオレだけどな?」

 ぼそっとセシルさんがそう言った。

「はいありがとうございます」シアンさんはぺこりと頭を下げる。「だってセシルに髪乾かしてもらうの気持ちいいんだよ。至福の時間」

「仕方ねえなー」

 この夫婦はとても仲が良い。セランが自然体で素直に育ってきたのは、両親の愛の賜物だろう。


 ……妬ましいと、思ってしまう。


 そんな自分が嫌だった。


 食事を終えると、セシルさんがお茶を淹れてくれた。カップに浮かんでいるのは、エディブル・フラワー。食べてられる花弁だ。

 誰が言い出したわけでもなく、3つのカーレトナイトがテーブルに置かれる。

「……さて、見事試練に打ち勝った者たちに、話さなくてはいけないな。……ガルーダの事を」

 少し俯きがちだったシアンさんが、顔を上げて俺たちを一人ひとり見つめた。

「……気分が悪くなったらすぐ言えよ、シアン」「あぁ」……やりとりの後、セシルさんが一瞬目を閉じ、シアンさんの方を向いたまま、セランに語りかけた。


「よく聞けセラン。……これはとうちゃんが()()()()時の話だ」

 

……セランは黙って頷いた。



 

(つづく)


 




 



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