【6話】ぶきみかんばんを追いかけて。
(1)Teller: Seran
「い……いつもこんな所通ってるの?」
「うん!落ちなきゃいいだけ!」
谷間へ続く道は、2人が一緒に通れるかどうかの崖にある。
天詞はおっかなびっくり、崖に手をやり摺り足で後ろをついてきていた。
「そうだけどさぁ」
小さな風にパタパタとローブがなびいている。絶対山歩きに向いてない聖職者さんの服。裾を足で踏んじゃったりしたら流石に落ちるかもしれないなーと思う。
「しかし、不思議な地形だな……空からちらっと見た時は、丸い大きな穴が並んでいて……」
水晶谷は、不思議な谷。川に沿って進んでいくと、谷の天井まで届くくらいの、大きな洞窟の入口がある。その上からは1本の滝が流れていて、下流に行くにつれそれがだんだん大きくなっていくのだ。わたしが石拾いしていた川も、ここを水源としている。
その入口をくぐっていくと、天井に大きな穴が開いているのが分かる。1つ、2つ、3つ。奥に行くまで、空が丸く切り取られたような光景が続く。
ようやく足元が安定した河原に着いて、天詞は興味深そうにあたりを見回していた。
「これが『星々の怒り』か……」
「わ!知ってるんだ」
「子供の時に教科書に載っていた写真を見てね。実物はさすが迫力があるな」
そうそう。谷の天井には大小沢山のクレーターがある。大昔、星々の怒りを買った魔法使いの住処に、沢山の隕石が落ちて来たんだって。その隕石が長い時を経て大地に染み込んで……沢山の鉱物が出来上がったってわたしも習った。人気の書籍『死ぬ前に行きたい、100の絶景』にも載っている、水晶谷と星々の怒り。こんなに星を投げつけられた魔法使いさんって、どれだけ悪いことをしたんだろう……。
洞窟なのに空が見える、この不思議な場所には観光客も多い。ただ、わたしと天詞が通ってきたルートは上級者向けなので(天詞、ごめんね)、大抵は観光所で働いている竜たちの背中に載ってやってくる。
ここにある石は、(節度を守り)自由に採掘していい事になっているので、横穴が沢山ある。わたしがカテドラルを発見したのも、そういった穴の1つから。
「あ!」
穴の上を通った影を見て、わたしは指差す。
「ハルジオくんとソレイユさんだ!」
「竜……、あれが竜騎士?」
ここからはハルジオくんの黄色いお腹しか見えないけど、2人の名前を出したことで、天詞が察したようだ。
「はじめて見た?」
「あぁ。基地はすぐ出たから会わなかったんだよね」
「かっこいいんだよ!装備とかも!明日きっと誰かしかに会うと思うからじっくり見れるよ」
さすがあの悪ガキ共とは比べ物にならない美しいフォーム。見とれてしまう。
「ん……?どうしたの?」
……天詞は、2人が見えなくなっても空を見上げたままだった。
「……チェリーレーン大佐に聞いたよ。シアンさんの相方の竜騎士が、ガルーダとの戦いで亡くなったって」
わたしは天詞の顔を見ると、黙って頷いた。
(2)Terrer: 天詞
空を飛ぶものたちを見て、俺は想起せざるを得なかった。
昨日の事。
「――遠くセーナフィーリからご足労いただき感謝します」
クリスタル・クリーク空軍基地で出迎えてくれたのは、白髪の入り方が特徴的なヒュウル族の男性だった。この基地の司令官を勤める彼……ゲオルグ・チェリーレーン大佐も、以前は竜騎士だったと聞いている。
スケジュールなどを確認し終わると、大佐は後ろの方でしれっと聞き耳をたてていたエルフ族の男性に目をやった。葉っぱを咥えた男性が頷く。「人払いだな」と察したようだ。
こちらにゆっくり顔を向けた大佐は、目を閉じた。
「……ですが、調査の件……。シアン・イシュカが話すかどうか、正直、分かりません」
「……」
「ガルーダとの空中戦で、イシュカの相方……ヴォルフ大尉は殉死しました」
俺は黙ったまま、ただ頷いた。
「……あまり無理に聞き出そうとはしないでやってください。当時の事は、軍にも多く話してはいない」
……あぁこれは、嫌な仕事になるやつだ……と直感を感じる。
仕事だからといってこういう話に首を突っ込むのは、俺の一番苦手とするところだ。
「竜族は強い。ですが」
彼は一度、言葉を切る。
「――繊細なのです」
『仕事だから』俺達を迎えざるを得なかった大佐も、件の戦いに関しては心痛むことが多かっただろう。
俺は「……承知いたしました」、……それしか言えなかった。
(3)Teller: Seran
「……わたしもおかーさんも、その事は聞かないようにしてるの」
昨日、天詞とルイが来た時のことを思い出す。おとーさんは、あの時は話す気はなかったようだった。ただ、逆を言えば……、この『試練』を乗り越えたら、話すってことなのかな?乗り越えられなかったら、話さない……?
……ちょっぴり、胸が痛くなる。
「あぁ、本当に……嫌な仕事だよ、全く」
きっと、天詞も自分のことであるかのように感じているんだろう。天詞は繊細なんだということは、会った時になんとなく感じ取ったけれど。
静寂が苦しくて、わたしは目標の看板を指さした。
「あったよ!天詞。あそこが立入禁止の場所!!」
天井の穴から注ぐ光も弱くなり、看板の文字は暗がりで読みにくい。
周りには壊れたトロッコが沢山転がっている。
「本当に入っていいの?」
「だめなんだよねぇ、本当は」
内心わたしはドキドキしっぱなしだった。でも今日だけは特別だ。……特別でも入っちゃいけないんだけど。
「『聖なる光よ。』」
天詞が短く詠唱すると、杖の先がふわっと光った。ちょうどいい明かりだ。
「わ!便利だね、それは。わたしもその杖欲しい」
「ならやっぱり、セーナフィーリに来て聖職者になるしかないな……」
「むぅ」
『立入禁止!』『採掘禁止!』『あぶない!』『入るな!』の看板を1つ1つのけながら、先へ進む。わたしたちは悪い子になった。
静かに岩の匂いがする。秘密を隠すようなこの匂いがわたしは好きだ。精霊の光に照らされて、壁に埋まったままの水晶がキラキラと光っている。
下り坂をしばらく直進すると、再び看板があった。2人で近づいてみると、……何も書いていない。天詞がちょっと不安そうに言った。
「……なんか不気味じゃない?」
「そのように思う」
「この先、明らかに狭くなってるしね……」
立ち止まって、うーんと考える。この先に一体何があるのだろうか。
「不気味だけど……、先に進まなければ、得られぬものがある!」
鼻息荒く、わたしは白い看板がある場所を通り抜けた。
「あれ?ここ……」
辺りの様子が変わっている。なんだろう?周りの匂いも変わってきた。湿っぽい感じもする。そうか!ここは組み木がないんだ。
「やっぱり!ここは坑道じゃなくて、天然の洞窟だ!」
「待って、走っちゃ……」
それにこの声の響き方……
「この先に大きな空間がある!!」
「え?……ちょ、」
「んん?」
「うぁ!!」
ばたん、ずるる、と大きな音がする。天詞が湿った岩の上で転んでしまったのだ。
「……いっ……た!…………あーもう、急に大きな声ださないでくれる??」
「ごめんごめん!大丈夫?」
「……尻尾が痛い」
不機嫌な顔で立ち上がり、天詞は特大のため息をついた。
「え!!尻尾、あるの!?」
「いやあるけど……、てかさ、君に何かあったら困るのは俺なんだよ。ここは来たことがない場所なんだろ?注意して進んで欲しい」
「らーじゃー」
お小言によって聞きそびれたけど、天詞の尻尾ってどんなだろう。耳がフワフワしてるから、尻尾もフワフワかな?ローブの外には出てないので、分からない。
「ここから降りよう」
斜面が少し緩やかで、岩がぼこぼこしている場所から2人で降りる。
「大きい声だすけどいい?」
「い、いいけど。まぁ、宣言してもらってるから許可」
「じゃあいくね」
「やっほーーーーーーーー!!!!」
びりりりりり!!わたしの声が空洞内に響く。それに呼応して、ぱぁっと空洞の中のあちこちに光が浮き出てくる。ホシゾラゴケは、コケと名前がついてるけど、植物ではなく小さな生き物の集まりらしい。こうやって大きな音を聞かせると、しばらく光っている性質があるのだ。
「やっぱりホシゾラゴケがあった!天詞!明るくなったよ!……ん?」
あれ?また滑っちゃったりした?と振り返ると、天詞は両耳を手で強く抑えていた。
「ひっっっど!!」
あわわわわ。どうやら天詞には音が大きすぎたらしい。反響が終わり、やっと耳から手を離した天詞は、「もうやだ……なんだこの試練……」などとぶつぶつ呟いている。冒険はこれからじゃん!
「ねぇねぇ。天詞の種族って、なぁに?」
そういえば、聞いてなかった。耳が特別敏感な種族さんもいるらしい。だから配慮しましょうねってピヌ先生も言ってた。ちなみに、『地獄耳』のネイナエルフさんたちは、音のボリュームを自分で上げたり下げたりして聞くこともできるらしい。
「……んー……。『ルナ』。あんまり知ってる人はいないんじゃないかな」
ルナ……確かに聞いたことのない種族の名前だ。
「種族というかなんというか。ヒュウルとドワーフのハーフだよ」
「!!だから垂れ耳うさぎさんなんだ!」
となると尻尾もまんまるふわふわ?!目を輝かせていると、「なんだよ」と睨まれる。
「というか、冒険がメインなわけじゃないでしょ?カーレトナイトは?どこにあるの?っていうかアテはあるの?土の精霊を見るのは苦手だから、俺には何も分からないよ」
ぐさぐさ。そうでした。……アテかぁ。そういえば何も考えてなかったな……
う~~~~ん、足元の石ころを拾ってみる。石英だ。半分だけど、少し透明感がある。きっと綺麗な結晶もあると思う。
かといって、この地質、カーレトナイトがあるに違いない!みたいな専門的なことは……わからない。
でも、カーレトナイトはここにしかない鉱物。そして道すがら天詞から聞いたのは、セーナフィーリにも両手で数えることができるくらいしか保管していない、という話。
見つけられるか、見つけられないか。『わたしなら見つけられる』という謎の自信が湧いてくる。
――一人の世界から抜け出して気づいたら。
「星空みたいだね」
天詞が天井を見て目を細めている。
「ね。綺麗だよね。こんなにいっぱいいるのは初めて見た」
わたしたちは暫しそこで立ち止まっていた。
「……ん?この空洞……、ちょっと端っこをぐるっと回ってみない?」
「端っこを?」
天詞が提案した。
「そう。洞窟の壁を調べるんだ」
提案した天詞が率先して進んでいく。ちょっと『仲間』っぽくてワクワクした。
少し進んで、天詞が言う。
「やっぱりあった」
天詞が指さした壁には、暗い通路の入口がある。
「わ!わ!それなんの能力?!」
「コケが生えていない場所があるのに気付いたんだよ。ほら、多分あそこと、あそこも……結構あるな」
本当だ。わたしたちが入ってきた通路と合わせて、合計7~8個ある。
「どこに入ればいいと思う?」
ワクワクしながら天詞に聞いてみると、「隊長が決めて」……いつの間にかわたしは隊長になったらしい。
「うーん……あれ?あそこに何か白いものが見えない?水晶とかじゃなさそうだけど」
「行ってみるか」
……看板だ。またしても、白い。
「不気味なヤツ、来たよ」
「来たねぇ」
通路の一つに、またしても白い看板が立っていた。
「これって行くしかないやつじゃん?隊長」
「そうですね!」
2人で悪い顔をして、迷うこと無く看板の道を進む。
「ここか!?」
「ここなのか!?」
「じゃあこっち!?」
何箇所か壁をトントンしながら進み、出てきたのは水晶、スモーキークォーツ、カルサイト、沸石っぽいもの……。でも綺麗なので持って帰る……。
そしてしばらくするとまた白い看板。もう、不気味な白い看板だけが頼りだ。わたしたちは『ぶきみかんばん』と名付けて進んでいった。帰るときも目印になるしね。
「見つからないねー!!」
「ほんとにな」
腰掛けられるような岩を見つけて、わたしたちはおかーさんのお弁当を頬張っていた。
ハムサンドにタマゴサンド。トマトサンドに、リレッツのジャムサンド。
「美味い……過酷な道を歩いてきたご褒美……」
「おやつもあるよ!ほら」
ルチルのキャンディとスミレの砂糖漬けが入った缶を見せる。「ん、ルチル飴。聖都だと手に入りにくいんだよね」「お土産屋さんに売ってるよ!」「お土産に買って帰ろうかな……同僚の……。スミレの砂糖漬けは必要になるかもしれないから、俺の分取っといて」
「らーじゃー!」
スミレの砂糖漬けには、魔力を回復する効果がある。天詞が魔法を使ったら渡してあげよう。
「そろそろ行くー?」
「……もうすぐ12時か……早いな……」
天詞は立ち止まったままだ。そして驚くべきことを口にした。
「帰ろっか」
「えぇ~~~~~~~~~~~~~~!!??」
わたしはさっきよりも大きな声を出す。落盤でもしたら大変だよなと口を塞ぐと、天詞が再び耳を塞いでいたので、ごめんねをした。
「……だって、ここまででこの時間でしょ。帰らないと夜になっちゃうよ」
「たしかに……」
「夕飯までには帰りなってセシルさんが言ってただろ」
「たしかに……」
「だからはい。帰るまでが冒険だから」
「うう~~~~」
首根っこを掴まれてずりずりと。天詞の言うことは残酷なことに真実なので、従うしかない。隊長なのに……。
「……あれ?」
「どうしたの?天詞」
「ここにあった看板がない」
そうだ、わたしたちは白い看板を追って来たのだ。
だから帰り道にもあるはず……なのだが……。
「ないね」
「不気味さ10割増」
不気味で済めばいいけれど、わたしたちふたりは無言で立ち止まった。
精霊の光も弱々しくなってきて、不安をあおる。
「どこかで間違った……?」
「いやそんな事はないはずだ」
「でも、『ないはず』『あるはず』で予測すると痛い目にあうよ、っておとーさんが言ってたよ」
「なかなか核心ついてるね」
消えたぶきみかんばんの通路を戻っていく。次の看板まで、こんなに距離はなかった気がする……
「あー迷った迷った」
天詞がやけっぱちに言って、肩を落とした。
流石にまずいかも、とわたしも思い始めていたところだ。
「看板……どうしてなくなっちゃったんだろう。……あれ?ねえ!天詞見て!ぶきみかんばん!!」
指さした先に、ぶきみかんばん!
「……俺たち当然のようにあの看板を追いかけてるけど、これなにかに騙されてない?」
「もしかして、隕石を落とされまくった魔法使いの怨念?」
「霊っぽいのはいないよ」
「退魔師の言う事をしんじる。わたしはおばけがこわい」
「ふーん……」
これはあれだ、いつか驚かせてやろうとか思ってる顔。
不安が増大していくと、ついにわたしは、『看板に聞く』という発想に辿り着いた。
「ぶきみかんばんさん、ぶきみかんばんさん。わたし達はカーレトナイトを採りに来たのです。どちらにありますか?」
看板がスッと居なくなった。「なになに!?」と慌てるわたしの肩を掴んで、天詞が後ろを指差す。
「かんばんさん……移動したね」
「人語を理解する看板とは珍しい」
「こうなったら……。かんばんさん、かんばんさん、なるべく早く早くカーレトナイトを持って帰りたいんです!」
看板に足が生えた!!!そしてスタスタと洞窟の中を走ってく。「走る看板も珍しい」「そうそう、カバンサイトっていう石もあってね」「そういうの、今はいいから」我々は見失わないように追いかけた。
何度分かれ道を走ってきただろうか。キキー。突然看板が失速する。
「うわっ!」
「ちょ……」
急に止まったわたしに天詞がぶつかって、2人揃って派手に転がってしまう。看板を見上げると、すぅっと暗がりを進んでいくのが見える。そして光が届かないところまで行くと、忽然と消えてしまった。
「ここまで来てそんなことある?」
「ここが終点なのかもしれないよ!」
すっかり疲れ切って倒れそうな天詞を励まして、看板が消えた方に行くと、足音の響きが変わった。ここは……?
「また空洞?」
天詞もそれに気づいたようだ。ランタンで前を照らし慎重に進んでいく。
もしかんばんさまが怨念から生まれたなら、行き着く先は……ぶるぶる。
「……おやぁ?竜の子とはめずらしい」
突然暗がりから声がする。わたしたちは、身構えた。
ほんとうにほんとの怨霊かもしれない。
「そっちは……知らない匂いだ」
「ウサギかもしれない」
「そうかもしれんね」
どうやら、2人で話しているようだ。
すこし静かになると、ひたひたとこちらに歩いてくる音がする。
「あっあの、迷っちゃって、白い看板を追いかけてたら!」
敵意がなければきっと答えてくれるはずだ。怖い人じゃありませんようにと祈りながら、明かりを掲げる。
「また看板が悪さしたのかぁ?」
「面白がっているのだろう」
怖いことに気づいてしまう。
2人分の声。……でも、ひたひた近づく足音は1人分……。そして何かを引きずる音……。
……ずりずりずり。
足音がわたしたちの手前で止まる。
「ようこそ、『闇の図書館』へ……」
「……ここは知ることができない知の宝庫」
「何を知りたくて来たんだい?」
「知りたいならば、教えてやろう」
どこか威厳のある声が、空洞の中に響く。
「知りたくないなら、食べちゃおうかな」
4つの目が、ぎらりと光る。
「し、知りたいことがあります!たべないでください!!」
わたしは声を張り上げた――
(つづく)




