【5話】司祭の憂鬱、竜の子には隠せない。
(1) Teller: Seran
「よっし、できたぁ~~~~!!」
お気に入りの石をシルバーワイヤーで巻いて、ペンダントトップに改造だ!
この石は、とてもいい石。ほんのり明るくなった空みたいな薄いコーラル色で、結晶もダメージ無く完璧。裏側に白っぽい石がちょこっと共生している。
いつもは失くしたくないから小さな袋に入れて首から吊るしていたけど、できればいつも眺められるようにしたいなと思っていた。
この前、マスターに相談したら、石を傷つけないでペンダントトップなどにできるシルバーワイヤーの技法を教えてもらった。何個か練習したけど、この石は割れやすいみたいなので躊躇していた。
でも一緒に冒険に行ってる感が欲しくて、今日、ついに巻くことにした。慎重に巻いたので割れもせず完成。ちょっとぶきっちょな感じはするけど、それでもいい。
「夜ふかししちゃった。寝なきゃ。……あした、楽しみだな~~~!!」
ぽふっと布団を被ると、コレクションケースの中の『カテドラル・ライトブラリー』に目を向ける。
「これもキミの導きなのかな?ありがとう。わたしの竜生、もっと楽しくなりそう!」
今日も興奮気味ではあったけど、布団と毛布のふかふかが安心感を呼んで、スッと気持ちよく眠りに落ちる事ができた。
――朝。
おかーさんの朝ごはんを食べ終えて、天詞を待つ。
昨日教えてもらったけど、テンシは冠字で『天詞』と書くらしい。
古代の人々が使った冠字の名前は幸運を呼ぶ、という噂が流れて、この字を使った名前の人もちょこちょこ増えたみたい。大抵の人は読めないので、説明する必要がある……と、天詞がため息を漏らしていた。そうだよね。
んん~~~~~!!とってもそわそわしちゃってる。落ち着くため、今のうちに持ち物を点検しておこう。
「ハンマーにタガネ。新聞紙。ガーゼのハンカチ。非常食に、スミレの砂糖付けと、ルチルの実のキャンディ。あとは、おかーさんのお弁当と……」
大丈夫、忘れ物はないはず!帽子の上からゴーグルを付けて、いつでも出発できる!
「おはようございます」
ていねいな挨拶の声が聞こえた。天詞だ。
「あ。おはよー!!」
ルイも一緒。今日はきっと、無限におかーさんが焼いたクッキーを食べるんだろう。
「おっはよう!」
昨日のメンバーが、勢揃い!わたしたちは少しお話しをして、いよいよ出発となった。
「いってらっしゃーい!」
「お土産よろしく~!!」
「気をつけるんだぞ~。グッドラック!」
「らーじゃー!!」
元気よく手を振って、わたしたちは水晶谷のほうへ足を運んだ。
……ふんふん鼻歌を歌いながら歩くわたしの後ろを、天詞が静かについてくる。しばらく会話がなかったけど、昨日会ったばかりだから仕方ないか。
そうだ!歩きながら聞こうと思ってたんだった。あの石のことを。
「ねぇ、天詞……」
隣に行って声をかけたけど、返事はない。上の空といった感じでいる。
その表情を見て思う……何か悩み事にとらわれている顔だ。そして、さみしそうでもあった。胸がぎゅっとする。
天詞はすごく優秀だということを、ルイが言っていた。そんな人でも、悩み事があるのだろうか……。
「あ。すみません。ちょっと考え事を」
やっとお返事が返ってきて、わたしはにっこりした。そしてちょっと、遠慮がちに聞いてみた。
「あのね、聞きたいことがあってね……」
「何でしょう?」
「天詞は、『ホーリーブルー・アデュラリア』知ってる?」
期待に満ちた顔で、彼を見上げる。
「ええ。もちろん、知っていますよ」
やった!お話が聞ける!
「見たこと、ある……?」
そわそわ。しかし、彼は目を閉じて首を横に振った。
「残念ながら……」
「そうかぁ……」
ちょっとしょんぼりしているわたしに、天詞が説明してくれた。
「『ホーリーブルー・アデュラリア』、その石は長い間、剣と共に行方不明になっているんです。
あるいは、伝説にのみ存在する架空の剣と石だとも……」
「むぅ。石好きとしては是非とも拝みたいんだけどなぁ」
「可能ならわたしも見てみたいものですね。あぁ、そうだ。リリィアス様のもう一つの剣なら見ることが出来ますよ」
「本当!?石、ついてる!?」
食いついたわたしを見て、天詞はクスクスと笑った。
「石、ついてます。ついてるというか、ええと……。
その剣の名は『ブルームーン・ザ・タイニーリリィ』……聖竜の角を磨いて作ったと言われている剣です。ブルームーンストーンで作られた鞘から剣を抜けるのは、リリィアス様ご本人だけだそう……なので、本当に竜の角で出来ているかはわかりませんが……」
ブルームーンストーンでできた鞘!?英雄にしか抜けない剣!!かっこいい……!!あれ、でも……。
「偉大なる聖竜がリリィアス様を認め、その力ある角を捧げたと……」
それを聞いて、尻尾が元気なく丸くなってしまった。角を……あげちゃったのか……。だいじなものなのに。……その竜には、空を飛ぶよりも大事なものがあったのだろうか。
「陽の光、そして月の光に照らされたブルームーンストーンの鞘の剣は、格別に美しいですよ。
いつもは大聖堂の奥に厳重に保管されていますが、年に一度の生誕祭で、城の庭に飾られるんです。……近くでは見れませんが、それでも美しさが分かります。一見の価値はありますよ」
「へぇ~~~!!行ってみたいなぁ、セーナフィーリ……」
「ふふ。その時は案内させていただきます。機会があれば是非」
「えっでも、天詞ってエラい人なんでしょ?そんな、いっぱんしみんを、案内だなんて!」
あれ。天詞の顔が、少し曇った。どうしたんだろう。
「……偉くもなんともないですよ。父が枢機卿で、わたしも同じ道を歩んだだけですから。
父はわたしが退魔師になることを良しとしていませんでしたけどね」
天詞は、すうききょう、とは高位の聖職者、退魔師は、聖職者の中でも死者の霊を浄化することを専門とした者――天詞と、ルイのような――職業だと教えてくれた。
「……お父さんと、仲、悪いの……?」
「……いや……、」
何か言いかけて、彼は静かに背中の杖を手に取った。
「何かいる。あまり良い気配ではないな」
険しい顔。……なんだろう。確かに変な感じが……
「うわっ!」
ギギギギギッ!!ふいに木々の間から、なにやら黒くて小さいものが飛び出してきた。わたしはびっくりしてコケてしまう。なんだろう、あれ。コウモリ!?
「セラン!!」
「大丈夫!!びっくりしただけだよ!」
「始末します。私の、後ろに」
「はい!」
パタパタゆらゆら、迷っているかのように飛んでいるそれを見て、天詞が呟く。
「化生の類か。あれはガルーダの瘴気にやられた小鳥だな……。思ったよりも綻びが多いということか……?」
天詞は聖杖を手に、魔法の詠唱をはじめる。これは聖なる言葉だ!
「《我唱うるは 聖なる言葉。 汚れ朽ちたる魂に、安らぎと微睡み、眠りを与えん》」
ブルートパーズが呼応して、杖が神聖な光を帯びていく。きれいだ。その魔法も、ラピス・ラズリ色の天詞の髪が揺れるのも。
黒い小鳥を光が包む。高い鳴き声を上げると羽ばたきをやめ、ぽとりと天詞の足元に落ちる。彼は無表情で杖の逆側……鋭利な形状をしているほうで、動かなくなった小鳥を突き刺した。
「《星の空へ還るがいい》」
小鳥はキ、と鳴き声を上げて、水のように弾けて光とともに消えていった。
……ぞっとしてしまった。小鳥を突き刺した時の天詞の顔から、光とは真逆の何かとても暗い感情が垣間見えたからだ。
「他にはいないみたい……だな」
辺りを見回し、はっとわたしの方を向く。
「そうだ、セラン、怪我を……。申し訳ない……私がついていながら……」
「ううん!天詞のせいじゃないよ。わたしが、びっくりしちゃったから!ちょっと擦りむいただけだし、へーきへーき」
膝小僧が擦れて、血が滲んでいた。えーと、カバンの中に消毒液があったはずだ。
「……ケガ見せて」
天詞がすっとわたしの前に跪いて、膝の具合を見る。
「治してもいいかな?」
「うん。でもこれしきの傷だし、魔法を使ったりしなくても」
「ばい菌が入ったりするからほっとくのは良くないよ。そこ石に座ってもらえるかな?」
「はぁい」
魔法の詠唱のあと、天詞の手からあったかいものが膝に伝わってくる。柔らかいなにかに撫でられているような、安心する感覚。
「わぁ……とっても気持ちいい。あっという間に治っちゃったね」
「これくらいなら誰でもできるようになりますよ。セランだって」
それを聞いて、わたしはでっかいでっかいため息を吐いた。
「それがさ~~~~~~。魔法、全然なんだよね。学校で習ってもうまくいかないんだ」
「石が好きなら得意そうなのに……?」
天詞が首を傾げる。たしかに私は石が好きだ。石から不思議な何かを受け取ることもある。でも……
「教科書の通りにやっても全然だめ。わたしはおてあげです」
お手上げポーズをすると、がくりと肩を落としてみせた。ほんとーに、お手上げなのだ。
少し考えていた天詞がわたしに聞いた。
「……その石は……、自分の石、セランのものですよね?それで試してみた事は?」
そう、これはわたしの石。唯一無二の相棒。そう、認識してる。
「ないよー。教科書に載ってないんだ。教科書にないやつでは、練習しちゃだめって……」
宝石魔法の教科書には、石の特徴と、魔法の詠唱の例文が載っている。
わたしは授業のことを思い出していた。
《これはロックルビーです。本場の魔法使いが媒体とするような純度の高いルビーではありませんが、簡単な魔法に適した扱いやすい鉱物です。ひとり1個持ちましたか?》
《はーい》
《それでは私に続いて詠唱してください。
『我唱うるは炎の言葉――』》
《『我唱うるは炎の言葉!』》
ちょっと待って、まだわたし、この子のことを知らない。
うーん……この子は火をつけるために使ってほしいわけじゃないみたい。
他のよりかわいいピンク色をしてるし、綺麗な六角形でなんだか……女王様になったばかりのお姫様みたい。
教科書のように火も付けれなくないけど……、火をつけるのは持ち主の『心』にだ。勇気と希望を持って歩き出せるようにしてくれる。そう、この子の能力は、『小さな姫君の鼓舞』!
《セランさん、火は付きましたか?》
《ひ!ひゃわわわ!!》
突然の先生の声にものすごく驚いて、わたしは姫君を落としてしまった。
《あぁあ……ごめんね。大丈夫?》
石に語りかけるわたしを見て、実習室全体が呆れムード。
《え、えっと……火、ついてません……》
《またかー》《こんなに簡単なのに……》
《うーん、集中できていないようですね。教科書を見て復習してください》
《はぁい……》
とほー。いつもこうだ。自分の世界に入っちゃって、何をしようとしていたか忘れてしまう。
備品の石たちは、先生に回収されていった。あの子が素敵な魔法使いさんのところに行けますように――
(2) Teller: Tenshi
「この石はね、セラン石っていうんだ。新種の石だからわたしの名前を付けていいことになったの」
セランはペンダントの石を見せてくれた。昨日は小さな袋を首から下げていたが、これが中身だったのだろう。
「すごいですね。新種を発見してしまうなんて。曙みたいなやさしい石だ 持ち主にぴったり」
俺は素直に驚いた。その他にも、色々な珍しい石を採集しているらしい。
セランは自分の名がついたその石を指で優しく撫でている。本当に、鉱物が好き……いや、愛しているようだ。そして石からも愛されているのが良く分かる。
「へっへー。それでね、授業なんだけど……難しく考えすぎなのかなあ」
そのエピソードを聞いて、俺にはピンと来るものがあった。
「……そうか」
初歩的な魔法が、どうしても成功しないことがある。……実は俺も最初はそうだった。竜族であるセランのように敏感だと、お手本を通り抜けて自分のイメージに没頭してしまう。
そのイメージを素早く言葉にできるか否か。そこに魔法の真実がある。
「じゃあちょっとやってみましょうか」
「わ!天詞先生、よろしくお願いしまーす!」
「とりあえず授業と教科書の事は忘れる」
「うん」
「そしてその石からイメージを引き出す」
「それとくい」
「いいね」
「君がその石と一緒に何ができるのか。イメージできたらそれを言葉に変える。
自分の言葉にね」
セランの不安そうな顔が、一気に輝いてみえた。
「……何か、できそう。この石の魔法、天詞にかけてもいい?」
「どうぞ」
やはりイメージ型のようだ。セランは手にした石の性質を見抜き、その力を引き出すことができるだろう。それは、教科書に載っている他人の言葉では発動できない。
自分のイメージが間違っているように感じてしまったりもする。自分の受け取ったものと、教科書の内容が一致しなくて、混乱してしまうのが過去の俺だった。そんな俺が学校の教科書を読んでいると、師匠が豪快に教科書をビリビリビリッ、とやって、にんまり笑って教えてくれたのだ。本来の魔法の使い方を。
準備ができたようだ。セラン石がふわりと光る。
セランは俺の胸に手を当てた。
「《暁の 香にたゆたう太陽よ。さみしい夜を溶かして あたたかいひなたで包もう》」
胸が……、とても暖かい。そうだ、ひなたで気持ちよさそうに寝ている猫。何もとり作ろうとはしない。猫はいつでも自然体で……。
「……天詞、だいじょうぶ?」
いつの間にか倒れていて、気づいた時には、セランが心配そうに俺の顔を見ていた。
……胸を抑えると、ぼろぼろと涙が、両目から溢れていく――
なんだ、これは。待ってくれ。泣いているところなんて見せたくないのに。
「えと、ごめんね?泣いちゃうとは、思わなくて……」
狼狽するセラン。セランの願いを増幅した石は、まだほのかに光っている。
「あーあ。それ、心の扉を開ける魔法だな……」
半身を起こし、ローブの裾で涙を拭う。
「……そう!……わたしね、天詞ともっと仲良くなりたくて。それで……」
もじもじと恥ずかしそうにしているセラン。なんて純真なんだろうか。
「……なるほどな。あーあ……。今までなんとか取り繕って来たのに……。
でも仕方ないね。効くということは本人がそうしたかったから、だから」
先程聞いた。「治していい?」と。治して欲しくない人だっている。そんな人にはいくら魔法を使っても駄目だ。
「そっか!天詞もみんなと仲良くなりたかったんだね!」
「そうみたい」
この子の前では、嘘を付けない。ひょっとしたらイシュカ一家は、俺の演技にみんな気づいていたのかもしれない。
「……多少口が悪くなるけどいいかな?」
セランは、もちろん!と答える。
「全く……。『優秀な聖職者様』を演じてきた俺にしちゃ、いい迷惑」
「ふふ。竜にはそういうの隠しても騙せないのです」
「全く悪気がないところが若干腹立つけど、なぁ気楽といえば気楽だな」
気分がだいぶ良くなった。嘘を付くというのは、自分を傷つけ続ける行為なのかも、しれない。
立ち上がって土を払う。
「天詞ともっとお話したいと思ってたんだー」
「……『ホーリーブルー・アデュラリア』の事を?」
「それもあるけど、せっかく一緒に来たんだから、ね?」
「なるほどな。ごめんよ、察しが悪いんだ」
それは自分の事ばかり考えているから。多分ね。
「んーん。いいんだよ~。それより、魔法、教えてくれてありがとう!帰ったら他の石とも、遊びたいな~」
「なんならコレ貸してもいいけど」
ブルートパーズのロザリオを見せると、セランはぎょっとしたようだ。
「あわわ、だめだめ。その子は、天詞の子!」
「あはは、冗談」
「むぅ~~~」
頬を膨らませて抗議された。口の袋いっぱいに好みを詰めたリスみたいだ。
「んーと、いつもの道はこっちだから、反対側を真っ直ぐ行って、崖の上……」
セランが何やらぶつぶつと呟いている。しばらく歩くと……見渡しのいい崖の上へ出た。
「金翅森が近い……」
「普段はこのあたりまで来ないんだ。今日はおとーさんが、天詞に森を見せるためにここに連れて行けって」
「この辺だとああいう小さいのがたまに出るけど、天詞が護ってくれるから大丈夫だって!」
「……子供に無茶させるなぁ」
小さな化生といえど、油断はできない。先程の聖なる言葉は、セランがいることもあって、確実に始末するためにちょっとばかり強めにしていた。
「天詞を信頼してるんだよ!」
「会ったばかりだってのに……」
セランが森の方を見て、こう説明してくれた。
「13年前、おとーさんと、相方のレイフさんがやっつけたガルーダがあそこに落ちたの」
見た感じ、クレーターのようになっている真ん中に、黒い塊があった事を思い出した。
「もうあの森に生き物は住めない。あの中にずっといると、みんな変な形になって、死ぬんだって」
……ガルーダの死骸を放っておくと、環境を汚染する瘴気と共に、『邪精』という憑き物が放出される。
邪精が憑依すれば、生き物は正気を失い、禍々しい姿に変わっていく……。
それが化生だ。
弱い化生は長く生きられず、瘴気や邪精を残す事もないが、邪精によりヒトに脅威をもたらす存在になってしまう個体も少なくはない。
聖王リリィアスが戦ったのも、邪精を宿し世界を乗ろう強大な存在だったという。
浄化しきれないほどの巨大な死骸は封印せざるを得ない……。
連鎖的に発生していく被害を食い止めるために。
……もう少し……近づいて調べてみたいが、それは明日。
今は聖石カーレトナイトを探すことに集中する。
「それじゃぁ水晶谷に向かおっか!わたしの一番お気に入りの場所だよ!」
セランの明るい声に導かれて、俺は歩を進めた。
(つづく)




