【3話】性別というものは実に曖昧で。
(1)Teller: Makshiro
《クリスタル・クリーク管制塔、
こちらトラツリ・エアラインARB225》
そろそろかなぁ、という所で無線が入る。
予定より早くご到着という勘が当たった。”風の噂”で、なんとなくそれが分かる。
俺たちネイナエルフ族の見た目はヒュウル族に似ているが、彼らと比べると耳が長く、さきっちょには毛が生えている。この毛がアンテナの役割を果たして、他の種族ではわからない情報を受け取っているそうだ。
そういうわけで、ネイナは航空管制官という仕事が有利らしい、という話を聴き、ひょいと軍に就職した。
《現在C.C.S2上空付近 高度960シェール 速度250ルート
りくえすと・らんでぃんぐ・いんとろだくしょん!》
喋り方からするとパイロットはロップイヤー・ドワーフ族だろう。
彼らの外見は、背が小さく90センチ前後で、フワフワの垂れた耳がラブリーな種族だ。
年齢が分かりづらい。大人でも子供っぽい声のがいたり、妙に貫禄のある声のもいる。
さて仕事仕事。ARB225を目視で確認。
遠くに見えるのは、客室をぶら下げた巨大なふかふかの虫、『トラツリアブ』だ。ロップイヤー・ドワーフ族が飼いならした虫で、小型の旅客機として近年採用されたばかり。たんぽぽの綿毛のような体毛はクリーム色。虫嫌いの人にも嫌がられないのは鳥のような可愛い顔をしているからだろうか。ブブブブ……という特有の羽音が少々気になるが、少人数運ぶのにはちょうどいい。
《ARB225、こちらクリスタル・クリーク空軍基地管制塔.
Cleard to land, Nest4. 風の機嫌良し》
《らじゃーにゅ!》
《ようこそファルガー村へ》
じきたどり着くだろう。
俺は机で栽培しているバジルを咥えて記録を書く。
「聖王国からのご要人ねぇ。
何しに来るんです?チェリーレーン大佐」
大佐は何やら険しい顔をして腕組みしている。
彼はゲオルグ・チェリーレーン。ヒュウル族だ。歳は50過ぎだったかな。渋さがたまらないとか、部分的な白髪と黒髪のコントラストがかっこいい、とか、若い女子たちにも人気だ。俺の妹も、『イケおじ』として推している。
「マクシロ准尉、『金翅森』の上を通過するようARBに伝えてくれ」
大佐の声色で、大体は察した。
「……あぁ、成る程ね。ようはアレ関係の」
「そうだ」
少佐の硬い声を聞き、今回は面白い仕事になるかもしれないなぁなどと不謹慎な事を思う。
《……ARB225、こちらC.C.管制塔……、》
大佐の視線の先は件の金翅森だ。あの上を通過しろなんて、パトロール中の竜騎士以外にはそんな指示など出さない。
《……なお汚染区域指定である上空700シェール以下にはけして下降しないこと》
少しばかり低い声を交えて警告し、新しいバジルの葉を口に挟む。
あとはあの場所を”見物”してきたご要人をお迎えするだけ。
次はアップルミントがいいだろうか。あれも喉にいいしな。などと呑気な事を考えていたら、大佐の呟きが耳に入ってきた。
「金翅森か……。すまんなぁシアン。
おえらいさんじゃあ流石に断れなかったんでな……」
俺は聞こえてないふりをして、鼻歌混じりにペンを動かす。
「思い出させる……ことになるか……」
シアン・イシュカ。この村にいる奴は全員知っているであろう元軍竜の名前だ。
金翅森との因縁は、深すぎること想像に難くない。
あーあ。こんなときに呟きを拾ってしまう、ネイナエルフの地獄耳ときたら……。
何もなければいいねと少しため息をつく。
(2)Teller: Tenshi
「聖都を出てからずっと浮かない顔じゃないか。おえらいさんだからって気を張る必要はないぞ」
「いえ、そういうわけでは……」
窓の外には高い山々と森が広がっている。聖都からアレイン、クレイシアの空港を経由してようやく辿り着く『ファルガー村』。流石に疲れが出てきた。けれど、この憂鬱さは疲れからではない。師匠が言うように、ずっとだ。本当は行きたくないとすら思っていたが、ここまで来たのだ。仕方ない。
「まー、アタシは『オツキノモノ』だから、気楽なもんだけどさ」
師匠はいつもの通りのマイペース。そこに救われることもあるのだが、どんよりとした雲の中のように気分がすぐれない。俺の様子を見ていた師匠が突如「甘いモンでも食え!」と、客室に用意されたココナット・クッキーを俺の口に突っ込む。「なにすぅんでひゅか!?」「食いながら喋るでない」問答無用で糖分を取らされた。味は悪くない。
ふいに耳の裏がぞわっとする。そうか、村に近づいてるということは……例の場所も近いと言うことか。
「もうすぐ到着みたいだよ、天詞」
耳の毛を逆立てている俺とは正反対に、けろっとしている彼女。
「……お師様は平気なんですか?」
「……あぁ、アレか。アレはなかなか強烈だな」
師匠なりに感じているのだろう。俺たちは、『死んだ森』を見下ろした。
直径はおおむね1000シェールくらいだろうか。なにもかもが炭になったように黒く、真ん中は地面が抉れているように見える。
アレができた当時、周りへの汚染を食い止めるために聖王都セーナフィーリから10人近くの聖職者が派遣され、結界を張って森を閉じ込めた。今回はその結界の具合を調査しに来たのだ。
「おふたかた、あそこが例の場所、ですにゅ」
パイロットの声も少し緊張している。
――あれが金翅森。
13年前、超大型の魔鳥『ガルーダ』が堕ちた場所、か……
『ガルーダ』――
なんの兆候もなく突如空に現れては、災厄をもたらす黄金の鳥。
その姿を見たものは凍りつき、あるいは発狂するほどの絶望や恐怖に襲われる。
金翅とも呼ばれ、あらゆる種族から忌み嫌われている。
記録によれば 巨大なものは1つの都市を容易く壊滅させるほどだという。
故にその忌むべき存在は『最凶の魔物』とまで称されることがある。
そして、ガルーダを最も恐れているのは竜族である。
訓練を積み、長年戦ってきたファルガーさえも、怯えすくみ上がってしまうことがあると聞く。
なぜなら、ガルーダは彼らを……
竜を、喰らうのだ。
(3)Teller: Seran
ぽけーん。
授業の内容が入る隙間も無いくらい、頭の中は夜に見た夢のことでみっちりだ。
ピヌ先生が、カツカツとチョークで何かを書いている音が聞こえる。
「聖王国セーナフィーリの首都は、巨大な切り株の中にあります」
分かりやすいのか分かりにくいのか微妙なラインで、切り株と層になっている街が描かれている。
「これが『右の木』……この世界に2本ある『世界樹』のちの1本です。
『左の木』のほうは、皆さんも知っているかと思いますが、ここからずっと北の『緑の剣の森』にそびえ立っています」
ぼーっとしてる時に描かれていた左の木。先生は突然、2本の木の絵に力強くバッテンを書く。
「この2本の世界樹が枯れてしまうと……」
枯れてしまうと……? 興味のある内容だったので、一旦石のことは忘れてじっと聞いている。
「世界は滅亡する」
「うわ出た~~滅亡説~!」
「言い伝えでしょ?ないない!!」
生徒たちからざわざわワヤワヤと、笑い声が上がった。
「エルフ族に受け継がれてきた伝承を舐めないこと!!」
ピヌ先生は声をはって、授業を続ける。
「現に……172年前、悪しき者達が2本の木を狙ったのが、世界を消滅させようとしたからなのです」
その危機を救ったのが、セーナフィーリで生まれた――」
それが英雄リリィアスかぁ……。
わたしは授業中ノートにらくがきした『ホーリーブルー・アデュラリア』を眺めながら、呟いた。
「あの石……セーナフィーリに、あるのかなぁ……」
放課後、学校近くの河原に行き、石を拾うのがわたしの日課だった。
んん~、これも普通の水晶かな?きれいな瑪瑙がいくつかあるけど、それっぽいものは無し。わたしは川流れのブルートパーズや翡翠が無いか探していた。大雨とか降らないと出てこないかな。
「ん?」
土手の上から、声が聞こえてくる。
「……上空から見た感じ、結界に関しては特に問題なさそうでしたね。
多少ほころびがあるものの、周囲への害は無い程度でしょう」
話しているのは、ロイヤルブルーの長い髪に、ロップイヤー・ドワーフによく似た垂れ耳を持つお兄さんと、元気そうなヒュウルのお姉さんだ。
「そうだな。補修も更新も楽そうだ。キミくんなら朝飯前だろ」
ふたりとも似たような白と青の組み合わせのローブを着て、銀色の杖を持っている。
あれは……!聖職者さん?なら、『ホーリーブルー・アデュラリア』のこと知ってるかもしれない!
「とっとと終わらせてゆっくり観光でもして帰ろうか!」
わたしは土のついたところをパンパンとはらって、二人の声が聞こえるように近づく。
「……その前にもう一つ、仕事がありますけどね。それと……いい加減『キミくん』はやめてもらえますか……」
「おっ、誰かいるぞ!」
「聞いてませんね?」
ようやくこちらに気づいたみたい。お姉さんのほうが、手をぶんぶん振っている。
「そこの少年!いや少女?えーっと竜の子よ!」
「なーにー?」
そういえば授業中、アーブが飛んでいるのを見たな……。それに乗って来たのか。
「ちょっと道を聞きたいのだが良いだろうか!」
「らーじゃー!」
あわよくば『ホーリーブルー・アデュラリア』の情報を得ようと、わたしは走って土手を登った。
な、なんだあれは!!
お兄さんの杖を見て、すごくびっくりした。
「わ、わわ、わ、その杖についてるの、ブルートパーズ!?」
「ん?あぁ、そうですね」
「すごい!おおきい!とうめい!きれい!!」
装飾のついた十字の形の真ん中に、おおきな宝石!これは只者ではない……。
「ほー。竜族ってほんとにヒカリモノが好きなんだな」
そう言ったおねーさんの杖にも、空色の美しいターコイズ。
「おねーさんのはターコイズだよね。その色はもしかして、スリーピング・フェアリー産かな?」
「おぉ、詳しいな竜の子よ。そうそう、それだ。3年くらい忘れてた。……ほれ、持たせてあげよう。存分に見るがよい」
杖を差し出され、ありがたく受け取って観察した。カボション・カットのターコイズは、わたしの親指と人差し指でマルを作った状態より少し大きい。吸い込まれそうになる空色のこの石は、魔除け効果があると言われている。
「お師様、聖杖は他人にはみだりに触らせるものではないと、その昔あなたに教えられた気がしましたが?」
おにーさんは呆れた顔をしていた。「そうなんだ!お返しするね」とおねーさんに杖を返す。おねーさんは「よいよい」とニッコニコ。「……お姉さんと呼ばれて気を良くしているな」後ろでおにーさんがぼそっと呟く。
「自己紹介が遅れたね!ルイ・ガルバナム、セーナフィーリから来た聖職者だ。よろしく!」
「我々は金翅森の結界点検と強化に派遣されて来ました。私は天詞・クローヴァです。しばらくお世話になります」
おねーさんは元気に、おにーさんは丁寧に挨拶してくれた。
「ルイとテンシね。わたしはセランだよ!よろしくね!」
ん?と首を傾げ、ルイがわたしのほうを見て頭を下げた。
「『わたし』……女子であったか、失礼した!」
「じゃあテンシもジョシ?」
「あれは一応男子」
「いちおうか」
当の本人は、顔に手を当てて、はぁあ~……と大きなため息をついた。
「お師様……」
「ん?なんだ?」
「竜族に性別は、ありませんよ」
おぉ。テンシは知ってたみたいだ。この竜族だらけの村では当たり前の認識だけど、知らない人も沢山いるって聞いた。
「えっ!?そうなのか!?」
ルイは大げさなくらいびっくりした顔をしている。
「……常識だと、自分は思っていましたが」
「キミくんの頭がいいだけだ!アタシには常識がない!」
「胸を張らなくていいです」
一息ついて、テンシの授業が始まった。
「……竜族はいわゆる『両性具有』で、男女の区別がないんですよ。
雄しべと雌しべがどっちもある、花のような性質があるんです」
「なるほど!?どっちもついてるのか!」
「……その認識で合ってますけど言い方なんとかなりませんか?」
「ついてるよ~」
お花のおしべとめしべ。テンシの例えはすごく綺麗だ。
わたしもふふーんと得意気になる。
「ほら割とオープンだぞ、竜族」
「……ならいいですけど……。いいのか……?
……捕捉ですが、言い換えれば母親にも父親にもなれるということです。
ですが、我々から見て女性的・男性的特徴を持っているように見えるものはいます」
そうそう、よく知ってる!どう思われるかは、髪型や、着てる服にも影響したりするんだよね。
「竜族の身体はその役割や心によって、見た目の性別や、年齢さえも変わるんですよ」
前におかーさんが、おとーさんが子供の姿だったときは、自分より『オンナ顔』だったんだぜ、って話してた。竜族は他の種族の性別のことを勉強する。竜族じゃない人たちは、男と女に分かれていないことがとても不思議らしい。こっちも、別れてることが不思議だけど……。
「ようするにセランくんが、筋肉バッキバキのおっさんのような外見になるのもありえると」
わぁ……それはちょっとな……。
「……理論上ありえなくはないですが、何があったんだそれは」
わたしがそうなったら、おとーさんもおかーさんもびっくりするだろうな……。
「……男女に分けて考えるのは、竜族に対して失礼にあたりますから、
くれぐれも粗相の無いようお願いしますよ」
「おーけーおーけー」
「説明おわった?」
二人の前にひょこっと顔を出すわたし。
「終わった!ばっちりだ!失礼したなセランくん!……セランちゃんのほうがいいのか?」
「呼び捨てでいいよ!」
了解!とルイはウィンクした。
実際、竜族同士ではあんまり『くん』とか『ちゃん』とかは言わないかな……他の種族の人の真似して、使うことはあるけど。
「……でだ、我々、我々はガルーダの調査もしていくことになっててね……」
ふんふん。
「これから13年前にあれを倒したという元空軍の戦闘竜、シアン・イシュカ氏を訪ねようと……」
それを聞いて一瞬びっくり。
「あはは、それ、わたしのおとーさん!」
「えっ!!??」
こんな感じで、わたしは2人を家へ案内した。
木々に囲まれ、庭には沢山の草花。家へ向かう小道には、おとーさんとおかーさんが植えたルピナスの花が真っ盛りに咲いている。
きれいなちょうちょも飛んでいて、ほんとうに、我が家はきれいで……いつだってワクワクする。
「おとーさん、お客さんだよ~~!」
おとーさんはリビングで、お気に入りの揺れる椅子に腰掛けていた。
「……おや、外からのお客さんとはめずらしい」
おとーさんの声が、いつもとちょっと違う。本当にちょっとのことで、他の人には分からないのではないだろうか……。
お邪魔します、と入ってきた2人を、おとーさんがいるリビングに通す。
「まぁ、ゆっくりしていきなよ。」
おとーさんの姿を見て、2人は一瞬、言葉が出なかったようだ。
……わたしは見慣れてるけど、やっぱり知らない人が見るとショッキングなのだろう。
おとーさんは、2人を試すような視線を向けていた……ように、わたしからは見えた。
(つづく)
設定
※マクシロ、チェリーレーン大佐の設定画は準備中
楽しみにまっててね!
イメージ画
マクシロ(兄)、ピヌ(妹)




