【10話】竜は語る、航空祭の悪夢と希望を。―2
(1)Teller: Cyan
黒くじっとりした雲を突き抜け、視界に拡がったのは蒼天。
俺達が焦がれる、世界一美しいもの。――空。
その青が、俺を正気に戻した。
〔……ありがとう、レイフ〕
「お前のことは誰よりも知ってるさ」
俺は逃げてきた。ガルーダが見えないところに。
逃げてから戻るのだって悪い選択ではないはずだ。……今こうやって正気でいられるんだから。
「……さて、引き続き魔脈探しをしないといけないが……」
金色に光る表面は、もう目が潰れそうなくらいに眺めた。身体の隅々まで思い出せるくらいには。
「やはりあの腸の部分か……?……だけど、あそこに近づくと……」
「二の舞いになっちまうな」
俺は先程喰われた彼らを思い出して苦い顔になる。
「……安全な距離ギリギリで、槍を撃つことはできそうか?レイフ」
「……ギリギリのギリだな……それに表面に露出している所にあるとは限らない」
八方塞がりとはこういう事か。
暗い雲の下の地獄、再びガルーダの背中を見渡せる高度につく。
「な………!!」
……竜騎士達が次々と触手に絡め取られては喰われている。
「竜たちが発狂してしまってるんだ……!」
「まだ生きてるやつもいる。触手に槍を撃つ」
遠くへ逃げる竜騎士も少なくない。レイフは竜騎士達を追いかけている触手に向かって槍を放った。
一本、二本、……十本くらいだろうか。魔力の消費は半端ではないはずだ。
すべての触手に命中し、捕まりそうな二騎がなんとか難を逃れる。
「逃げろ!戦えないやつはみんな逃げろ!!俺達がなんとかする!!」
レイフが張り上げた声を聞き、竜騎士達が戸惑いながらも遠ざかっている。皆ボロボロだ。
……なんとかできなかった時は?
今はそんな事を考えている場合じゃない。
このままでは、村にこいつが舞い降りて、住民たちの命が……。
触手を引き裂くレイフの雷の槍。俺のブレスの青い炎が奴らを焼く。逃げる竜騎士たちを援護して、気づけばここにいるのは俺達一騎のみになっていた。他の竜騎士たちを逃がすために戦い、俺もレイフもかなり消耗してしまっている。
「……スフィアは品切れだ。槍は一本……いや二本くらいは撃てる。ちょっとした手品でな」
〔こんな時に冗談言ってる場合じゃないだろ。残念ながら俺も背中にお前を乗せてるので精一杯だ〕
二人とも満身創痍だった。けれど、自分の怪我の程度なんて見てる暇はない。
ふと、レイフが何かを思いついたようにこう言った。
「なぁ、シアン。……ガルーダを見たものは、竦み上がって絶望に襲われるって習ったよな?」
〔ああ〕
「じゃあガルーダの弱点はなんだ?ガルーダとは反対の性質のもの」
〔……!!〕
ガルーダを、恐怖と絶望を打ち砕くもの。……それは……。
「……分かったようだな。それじゃぁ……。行くか。……俺は視えたぞ」
〔……俺もだ〕
何もかもが怖くなくなった。二人で視た『魔脈』。背中の大きな口の中の中にあるだろうというのは間違いだった。――魔脈は、奴の嘴の中だ。俺は正面スレスレまで飛行する。
「キャノピースフィア展開!さっさと堕ちろ!『裁け!雷よ!!』
レイフが詠唱すると、ぐい、と脚を引っ張られる感覚があった。――触手だ。絡め取られて、バランスを崩してしまう。
俺が傾いたせいで、レイフの狙った槍は外れてしまった。もう、あたり一面がおぞましい数の触手。
「くそっ……!!すまない、脚に触手が……」
俺は荒い息をしながらなんとか急旋回する。……すると締め付けられた左脚が、バキリと嫌な音を立てて、触手に持っていかれた。
〔――――――――――ッッ!!!!〕
「シアン!畜生、このクソ鳥が!!」
脳の中でバチバチと光が点滅する。うっかりすれば気絶しかねない。でももう、チャンスはこれしかない。
触手はガルーダの背中から次々生えては俺の身体を狙って伸びる。
〔まだ、まだ飛べる、ッ……もう一度旋回する。今度こそは……!頼む、レイフ!〕
「分かった。頼むから当たってくれよ」
触手を避けながら、なんとか的に向かう――だが今度は、異様に早い触手が右腕と尻尾を締め上げる。
〔く……ぅッ……。気にするな、レイフ、手品ができるって、言ったな〕
「……そうだとも」
レイフは予備の兵装の槍を……竜騎士が古来から使って来た武器を手に取った。槍に込めてある炎と雷の魔法が弾け、レイフのなけなしの魔力を増幅させる。
……ぶちぶちと嫌な音がする。何かの破片が右目へ突き刺さった。もう、そんなことはどうでもいいのだ。たとえ四肢が引き裂かれようとも。守るべき者が沢山いるのだから。
「今度こそ最後だ。『突き抜けろ、グングニル!!!!』」
最後の魔力を込めて、レイフは――俺の背から飛び――ガルーダの魔脈を突き刺した。
クァア"アア"ア"アアアアァア"アアア"アァ!!!!
空と大地が震えるほどの、不快な絶叫。
その断末魔は大きく、幾重にも重なる音波であたり一帯を震わせた。
どす黒い赤と緑の液体が魔脈から吹き出した。俺はレイフを拾おうと、触手を振り払って近づく。
尻尾を食いちぎられたせいで、うまく飛べない。ゆっくりと下降していくガルーダに、スピードがうまく合わせられない。
それでもなんとか、レイフの手が届くところまで顔を近づける事ができた。レイフが俺の角を掴もうとする。ガルーダのベタベタな血でその手が滑る。何度も、何度も何度も。
俺はいつしか泣いていた。なんて無力なんだ。
このままでは相棒が死んでしまう。ガルーダの体液は猛毒なのだ。早く、はやくたすけないと……、
がくん、と俺の身体が傾く。あ、もう限界だ。……嫌なくらい冷静に、理解した。
力を失った俺は相棒の名前を叫びながら堕ちていった。
コントロールを失ったガルーダは、レイフと共に落ちていった。それが、俺の最後の記憶だった――。
幸いにも捜索隊がすぐに俺を見つけ、応急処置をして村へ運んだ。
血まみれの俺は担架の上で思う。……命の灯火が消える瞬間ってこんな感じなんだな。
それは『空の祝福』に良く似ていた。
……ざわざわ、ざわざわ音がする。
「セラン、見な。とうちゃんが、帰ってきた」
気丈なその声を聞いて、なんとか、目を開ける。
「きゃっきゃ!きゃっ!」
赤ん坊が笑っている。こちらに向かって、手を伸ばし、太陽のように――笑っている。
なんて、かわいいんだろう。なんて愛おしいんだろう。
「そうだ、あれがお前のとうちゃんだ」
セシルは涙を潤ませながら深く頷く。
護らなきゃいけない。この子と……セシルを。
護るためなら、生きなきゃいけない。
俺は大きな『希望』を胸に抱いて、目を閉じた。
(つづく)
今回から試験的に、1話の文章量をちょっと減らして行こうと思います。
夢中になると、とにかく書きまくってしまうので!




