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失恋シュート

掲載日:2025/11/09



「このシュートが決まったら、俺と別れてくれないか?」


 体育館のバスケットゴールを背に、彼は言った。


 窓から差し込む夕陽を、目いっぱい浴びた表情は、真剣なようにも見えるし、どこか楽しそうにも見えた。


「普通、それ付き合う時のセリフじゃないの?」


 私は恋愛漫画のシチュエーションを想起しながら訊ねる。


「そうかもなー」


 彼は間の抜けた声で相槌を打つ。すでに脳内は、赤いリングにボールを通すということで埋め尽くされているらしい。


「わかった、いいよ。入ったら別れよ?」


 結構、軽めに答えたつもりだが、彼は特に動揺もせず一度だけ頷き、身体を回転させる。


「そう言うと思ってた」制服の背中が、私に語りかけている気がした。


 彼が構え、狙いを定める。小さな金属音が聴こえ始めた。無音特有の、あれである。


 それから数秒で、耳の煩わしさは解けた。


 彼は少しだけ膝を落とし、かと思えばそれを反動に身体を浮かせ、右手でボールを放つ。

 くすんだ橙は弧を描き、上品にネットを揺らした。


「お見事」


 試合ならスリーポイントだね、彼の立ち位置を確かめながら、小さく拍手をする。


「一発で決まった」


 調子に乗って私にピースサインを向けて来たので「喜びすぎでしょ」と怒りっぽく返す。


「ああ、ごめん」はしゃぎすぎて親に叱られる子供のようだった。


「冗談だよ」


 笑いながら、私はふと気になったことを口にする。


「『一発で決まった』って、もし外してたらどうしてたの?」


「あー……明日も呼び出してた、かも」


「え、わざわざ? 今日やればいいのに」


「一回外しといて、何事もなく『じゃあもう一回』はカッコ悪いだろ」


「明日に持ち越すのも充分カッコ悪いけどね」


 変なこだわりだが、彼らしいと言えば彼らしい。


「じゃあこれで、私は正式に振られたわけか」


「そうだな」


「失恋って、こんなにあっけないんだね」


「そうだな」


 周りの女子たちが失恋した時なんて、お通夜状態になるのが定石だ。それは決して大袈裟な比喩などではなくて、本当にお通夜と大差ない。「この度はご愁傷様です」と声をかけたことがあるくらいだ。


 まあ正直に言って、私も彼と別れようと思っていたので、その結末がさほど暗くならないことには安堵している。


 私がそれをそのまま告げると「え、俺なんかしたっけ?」と焦りだす。


「んーん、何も」


 楽しさで自然と(ほころ)ぶ彼の表情は、春風のような温もりを(まと)いながら、単なるクラスメイトであった私の胸を貫いてきた。


 ——この人と一緒にいたら、楽しいだろうな。


 そんな想いを抱いてしまった私は、羞恥を感じるよりも早く、彼に告白をした。

『僕でよければ』照れくさそうに頬を掻きながら、返事をする彼の姿を、今でも鮮明に記憶している。


「潮時、ってやつかな? 非があるとかないとか、そういう話じゃないから、安心して」


 私の言葉を受け、彼は「それならいいけど」と呟く。少し安堵の混じった声だった。


 常に優しく気配りのできる彼とは、一度も喧嘩をしたことがない。それに「付き合ってるから」という理由を掲げ、必要以上に干渉をしてくるタイプでもない。


 一般的な『理想の彼氏』という定義があるなら、間違いなくその部類に、彼は収まるだろう。


 けど私は、そんな事実など心底どうでもよかった。


 たとえ性格が腐っていようと、どれほど執着されようと、彼が笑っているならそれでいい。

 私が惹かれたのは、私が一番好きなのは、彼の笑顔だから。


 でも、付き合ってから彼が見せる『笑顔』は、付き合う前の『笑顔』とは、何かが違った。


 ただ、どこが違うのかと問われたら、きっと私は言葉に詰まってしまう。それほど些末なことなのに、彼への気持ちは次第に薄らいでしまった。


 わがままな女だな、と心の中で自嘲する。


     *


 体育館を後にし、私たちは校門へと向かっていた。


「ねえ、一つ訊いてもいい?」


「ん?」


「別れようと思った理由。こっちも知りたい」


 もし、彼に不満をもたらすような言動を私がしていたとすれば、きっちり謝罪をしておきたかった。


「ああ、実は他に好きな子ができてさ……その、天秤にかけちゃった」


 打ち明ける彼の口調があまりにも軽かったので、私は噴き出してしまった。


「かけられるなら、二股より天秤の方がよっぽどマシだね」


 痩せ我慢などではなく、本心からの言葉だった。

 やがて私たちは校門をくぐり、互いの帰路を確かめ合う。


 じゃ、と右手を挙げる彼を見て、私は咄嗟に声をかけた。


「ねえ、もう一つ訊きたい」


「なんでもどうぞ」


「……私と、これからも友達でいてくれる?」心なしか、声が上擦っている気がした。


「もちろん、当たり前だよ」


 躊躇(ためら)うことなく答えた彼は、私が愛する、あの笑顔を向けていた。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!

作者の冨知夜章汰です!


感想や☆☆☆☆☆の評価をもらえると、端末の向こう側で喜びの舞いを踊りますので、お手数ですがよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
無音状態の耳鳴りを金属音と表現したことに興味を惹かれました。 若さゆえなのか、勘違いのような恋が始まり、そして自然に終わる。 世の中には自然消滅という言葉もありますが、きちんとけじめをつけただけ、誠…
また読ませていただきました。恋人が別れるのって悲しいはずなんですけど、この作品の二人の別れかたはなんだか納得できて、前向きで、清々しい気分になりました。 個人的に作者様の文章がスッと頭に入ってきて好き…
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