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第八話「騒ぎの後の安息」

事件から一週間後、そして俺が起きてから数日後、俺は今誕生日パーティをしている。

元々、事件当日(事件が起きたのは日付が変わった時)が誕生部だったのだが、俺は気絶し父さん母さんは仕事に追われでひちき着くまでに時間がかかってしまった。

家には家族と、レオとリアがいた。

席の並びは俺の隣にレオとリア、リアの横に母さん、向かいに父さんとお爺ちゃん、お婆ちゃんだ。

テーブルに並べられた料理はいつもより豪華で料理の放つ輝きにレオは興奮していた。


毎年、誕生日はこんな感じだ。

いつもと違うのはあの二人がいること、レオとリアに知り合ったのが5歳になった直前だから、二人が俺の誕生日に参加するのは初めてになる。

レオは料理に目を輝かせているが、リアはソワソワとした様子で時々こちらを見てくる。



「どうしたのリア?」

「え!?いや、何も?」



なぜそんな様子なのか尋ねてもこんな感じではぐらかされる。

その様子を見ながらニヤニヤと下品な笑みを浮かべる父さんに俺はナイフを投げつけた。

父さんはギリギリで躱したが、まぁいい忠告にはなっただろう。

俺は自分でも他人でも恋路をネタにされるのはあまり好きではない。


父さんに灸を据えているとか朝っがすべての料理を並べ終え、席についた。

父さんは壁に刺さったナイフを抜き黙って席についた。

全員が席につき、配られたコップを手に持つ。



「それじゃあ、色々あったけれどシノンが無事6歳になったことを祝して」

「「「「「「乾杯!!」」」」」」



それぞれのコップを掲げ、俺の誕生日パーティは始まった。

大人たちは酒を飲んでいるが、当然未成年の俺たちは果物のジュースだ。

酒が飲みたいかと言われればそうでもないが、目の前でこうもうまそうに飲まれると少しは興味が湧いてくる。

すると、父さんに見ているのがばれた。



「興味あるのか?」

「まぁ、少しは」

「ダメだよシノン、お酒は12からなんだから」

「12歳からでいいの?

 その、体への影響とかは…?」

「魔力のおかげであんまり影響はないから大丈夫だよ?」



魔力っていうのはアルコールの耐性までくれるのか?

いや、それよりは状態異常に属するもの全般に有効なんだろうな。

それでも12歳がワケを飲んでる光景は嫌だろう。



「そういえば、シノン、生跡が発現したんじゃって?」

「うん、まだ全然使ってないけどね」

「それなら書斎にある本をまた何冊か貸してやろう」

「ほんと!?」



おっと、思わず身を乗り出してしまった。

最近は本での学習に限界を感じ始めていたから、生跡という新しい学習テーマが出てきたのは嬉しい誤算だ。

正直、自分の生跡がどういうものなのかのわからないため、把握から始まるが、きっとすぐに終わるだろう。



「それじゃ、おまちかねの時間だ」



父さんの合図?で皆んなが椅子の下に置かれたものを取り出した。

やけに凝った包装、流石にわかる、プレゼントだ。

うちの机はテーブルクロスが掛かっているから全く気づけなかった。

リアとレオが準備していたのは知っていた。

事件の後に詳細を聞いた時に、リアがなぜ俺と別れた後も外出していたのかを聞いた時にプレゼントを買いに行ったっと聞いた時はとてつもない罪悪感に襲われた。


プレゼントを渡す順番を決めていたのかまずは自分だとレオが出てきた。

レオがくれたプレゼントの箱は木で作られていて、懐かしき和の心を感じるようなデザインになっていた。

プレゼントを開けると中には桜の花弁と、白い牙?のようなものが付けられたブレスレットだった。



「これ、桜と…牙?」

「それは俺の角だ!」

「え!?」

「鬼族は人生で2回しか角が生えてこないんだけど、一回目は慣らしみたいなもんで強度もあんまりない角を生やして魔力の巡りを角まで届かせるようにするんだ。

 で、それは役目を終えたらポロって抜けるから詳しくは知らないけど、大切な人とかに渡す送りもんとして使うようになったんだぜ!」



じゃあこのついてる角って…レオの幼少期のやつ?

最初はこんな5cmくらいの大きさなのか?

なんか少し重たいな。



「ほぉ〜アミュレットか…」

「アミュレット?」

「加護を持ったアクセサリーのことだ、これは呪い避けだな」



呪い避けのアミュレットか、これはまた便利なものをもらってしまった。

呪い、がなんなのかはあまりわかっていないがつけていて損はないだろう。



「ありがとうレオ」

「おう、これからもよろしくな!」

「じゃあ次は私ね!」



レオの次は姉さんか、姉さんのプレゼント…心配だ。

最近被害者の家を回ってたせいで一緒にいる時間が食事中しかなかったからな…

この人なら何かしかねない。

俺は警戒のあまり、生唾を飲み込んだ。



「シノン、プレゼントは…

 わたしよー!」



ほら来たよ…

半ば呆れた気持ちで俺に迫ってくる姉さんに全力で抵抗する。

予想的中というか思った通りというか、この人は本当に…



「そろそろ止めてよ!」



なんでずっと静観してるんだこの人たち!?

待って、本当に姉さんの誕生日これなの!?

俺、これ受け入れないと次行けないの!?

最悪の光景が頭によぎり冷や汗をダラダラと流していると姉さんがパッと俺から手を離した。



「これでいいわね」

「え?」



姉さんが俺から離れた。

俺も起き上がり何もなかったことを確認するように体を触ると首元に違和感を感じた。

首元が、痒くない?



「シノン、最近髪が伸びてきたでしょう?

 顔が中性的だから伸ばすのもいいけど、邪魔にならないように結ばなきゃダメよ」



姉さんからの贈り物は、淡い青色の髪留めだった。

元の世界の癖で神は定期的に切るようにしてたのだが、どこに行ってもあんまりいい店に出会わなかったので最近は切っていなかった。

そのせいで髪は伸び、前髪や横は切っていたが後ろは首元にまでかかる長さになっていた。

よかった、本当に姉さん本体じゃなくて良かった。



「ありがとう姉さん、大切にするよ」



そこからもプレゼントはお爺ちゃんからは新しく買った本が五冊、お婆ちゃんからは手作りのマフラー、母さんからは赤い宝石の入った指輪を貰った。

母さん曰く、この指輪に魔力を込めればどこでも火が出せるらしい。

旅で一番役に立つものを貰ったかもしれない。


残るは父さんとリアか、父さんは毎年身につけるものをくれているが、リアは全く予想できない。

前に出たのはリアだった。

どうやら、父さんが最後のようだ。



「シノン、これどうぞ」

「あ、うんありがとう…」



でっかいな…

剣一本くらの長さがある箱をリアは渡してきた。

中身を見ようと包装を解き、箱を開けると、中にはガントレットとグリーヴが入っていた。

各関節ずつ精巧に作られた二つの装備はどれほどの金がかかったのか容易に想像させた。



「これ、絶対高かったでしょ…」

「最初は私が買えるぐらいのものにしようとしたんだけど…

 お父さんが助けてもらったからには相応のお返しをしなさいって」




やはり金持ちの家だったたか…

リアが庶民派すぎて失念していたが、リアのお父さんがこの街の交易全てを担っている。

そりゃ金は沢山あるよな。



「でもまだ身長も伸びるし、僕は早いんじゃ?」

「そうだと思って、ほら」



リアは俺の質問を待っていましたとばかりにグリーヴを一本取って横についている小さな歯車を回した。

すると関節部の可動域が縮み、全体の大きさが一回り小さくなった。



「この部分を回転させると、大きさを調整できるの!」

「これはすごい…てことは、特注品?」

「うん、目測で作ったけど、大丈夫?」



俺は確認のためにガントレットを腕にはめ、手首の動き、指の動きを確かめる。

重ねられた鉄板に引っ掛かりを感じず、全てが滑らかに動いている。

それでいて関節の隙間は小さく隙もない。



「うん、完璧だ」

「ほんと!よかった!!」



リアが時々見せるこの無邪気な笑顔が、この子は子供なんだと感じさせる。

リアが席に戻っていくの見てから俺は父さんに目を向けた。

父さんが持っているのは一番小さな、けれども一番綺麗な包装がされた箱。

そして父さんのこの俺を見る目、あの剣を渡した時と同じ目だ。

俺の心は自然と引き締まる。



「俺からのプレゼントはこれだ」



父さんが開けたプレゼントの中には、綺麗な雫の形をしたピアスが入っていた。

鉱石とは違うような、不思議な魔力を放つ雫が俺の意識を引っ張ってくる。

雫の中心に視線が運ばれ、その奥にある何かに胸が鳴った。



「父さん、これは?」

「見ての通り、ピアスだ。

 これは俺の先祖代々から伝わる贈り物で旅立つ者に渡す決まりがある」

「…早すぎない?」



先祖からの決まり云々は理解したが、俺はまだ6歳だ。

残り4年もあるのに今これを渡す必要があるのだろうか?



「確かに早い、まだ4年もあるのにこれを渡すのはどうかと俺も考えた。

 だが、俺はお前を一人前として認めている。

 ならば、再度旅立つ覚悟を形として作り、もう一度確かめる必要があると感じた。

 と言うことで、これはお前に今日渡すが、これを付けていいのは街を出る前に俺との鍛錬で一本取ってからだ」



そう言って、父さんはそう言って箱に蓋をし俺に渡した。

要するに父さんは街を出るという俺のゴールをただの時間経過にはさせず、自分という最終的な壁を越える試練を課すためにこのプレゼントを用意したのだ。

俺のモチベーションを上げるために…全く、この人は人の扱いが上手いな。



「じゃあ、案外すぐかもね」

「なんだと〜?」



軽い冗談を飛ばすと父さんは俺の肩に手を回し額に指をぐりぐりと押し付けた。

父さんのこういうオンオフの切り替えが上手い部分は素直に尊敬できる。



「これで、全員のプレゼントを渡し終えたな」

「うん、みんなありがとう」



この後も誕生日会は続き、終わったのは他の家の明かりが消えた頃だった。

俺は体の弱いお爺ちゃん、お婆ちゃんを部屋に送り、酔った父さんと姉さんを部屋まで担ぎ、泊まることになったリアとレオを先に部屋に向かわせた。

そして今は母さんと一緒に食器を片付けていた。

母さんは黙々と食器を洗い、俺は洗い終わった食器を拭き、下げる。

会話は無く、淡々と手を進めていた。

…気まずい、そわそわと母さんの様子を伺っていると、母さんが口を開いた。



「シノン、あなた、英雄になりたいのね」

「え?うん」

「それは、どうして?」

「…ずっと、夢見てきたから。

 どれだけ否定されても、届かないってわかってもそれでもずっと歩いてきたから」

「そう…」



事実、俺は父に否定された後も、見えてきた世界の中で何度も英雄は不要だという現実に打ちのめされた。

それでも、俺の心はただ英雄になるためだけんい動いていたんだと、今はそう思う。

あの時、生跡が発現した時に見た幻影は俺に頑張れと伝えた。

あの頑張れがどんな意味を持っていたのかはわからない。

でも、俺に頑張れと言った幻影の瞳には僅かだが希望が宿っていた。

あの頑張れが、俺も頑張るからという意味だったなら少しは俺がこの世界で歩んだ道が無駄じゃないと思える気がした。



「私は、騎士団にいるときに後方から援護をする役割だったの。

 自衛の手段がないから、前衛の人が渡したちを命懸けで守ってくれる…

 その光景が、たまらなく嫌だったの…

 他人の命のために自分の命を簡単に投げ出す人たちが、いえそんなことをさせてしまう自分が嫌だった」



母さんは、こんなに悲しい話をしているはずなのに、とても優しい顔をしていた。

その笑顔の下で母さんがどれほど自分を呪っているのかわかるのと同時に、あの時起こったのは俺のためではなく残されるリアとレオのためだったのだと理解した。

そうだ、俺は死ぬ覚悟ができていても、リアとレオはあそこで死ぬ覚悟もなければ俺が自分たちを守って死んでいくことを受け止める覚悟もない。

俺は、残される者のことをもう少し考えるべきだったのかもしれない。



「それで、戦場に立つのが嫌になった時に現れたのがお父さんだったの」

「父さん?」

「ええ、あの人はね精神が病んだ騎士のカウンセラーを罰でさせられてたの。

 そこで、私が対象になって、最初は何度も追い返してたのにあの人はずっと私の部屋に居座り続けて根負けして話したの。

 そしたら青の人言ったわ、戦場にいる者の死を嘆くのはその者たちへの愚弄だって、そこに立つ人はみんな覚悟して来てるのにそれを嘆くのは失礼だって言ったの。

 私、それでハッとしちゃった。

 私を守った人たちは死ぬ覚悟ができてたのに、私は彼らの屍を越える覚悟がなかった」



二人にはそんな出会いがあったのか…

そこで母さんが惚れて、父さんにあったくし続けた結果折れて結婚したって感じか?


母さんの言葉の意味も、やっとわかった気がした。

あの二人に、自分を投影してたんだろうな。

でもあの二人は騎士じゃなければただの被害者だ。

細かい状況は違えど自分のような思いは、してほしくなかったんだろう。



「シノン忘れないで、英雄になるまでの道で多くの出会いと別れがあると思う。

 それがどんな形でも、その全てに向き合いなさい。

 そうすればきっと、星空の元と果てが繋がる場所できっと出会えるから」

「?」

「私の故郷の言葉よ。

 さ、友達を待たせすぎちゃダメよ。

 おやすみ、シノン」

「うん、おやすみ」



母さんの元を離れて、自室に向かった。

母さんの最後の言葉の意味はうまくわからなかった。

星空の元と果て、それがわかるのはもう少し先になりそうだ。

俺は考えに一区切りつけ自室の扉を開けた。



「おっ、遅かったんじゃん」

「洗い物お疲れ様、本当に手伝わなく大丈夫だった?」

「…うん」



部屋の中のレオとリアが床に座り俺の部屋にあった本を読んでいた。

リアがレオに本の内容を教える様子は微笑ましい。

俺たちと知り合ってから、レオは本に興味を示すようになった。

そのおかげでレオの理解力は格段に上がった。



「何読んでるの?」

「これ!世界の歴史書!」


リアが俺に見せた本は表紙もなくただ、タイトルが書かれただけの本だった。

確か、最近借りた本だったよな。

色々あって読めていなかったから、この機会にみんなで読むか。

前々からこの世界自体の知識はもっとつけるべきだと感じていた。

大まかには知っていても抜けている知識は多くある。



「シノンは歴史詳しいのか?」

「いや、あんまり」



この世界の歴史は戦争などのスケールは大きいためわかりやすいが中々難しい。

この世界独自の暦、今は幻世暦だったか?それの入れ替わりがあったり入れ替わり後の世界の変わりようがおかしかったりで理解に苦しんでいる。



「そもそもこの世界の歴史って、現代の人じゃわかってないことが多すぎるからさ」

「それ私の家にいる先生も言ってた。

 多くのことを知りたいなら古代竜族でも捕まえて聞きなさいって」



職務放棄だろその先生、仕事ちゃんとやれよ…

しっかし古代竜族か、現代竜族は最高でも1000歳ちょっとだもんな。

古代竜族の年齢は確認できている個体でおよそ3000歳、幻世暦1439年の今の二倍は生きている。



「会って話を聞けるんなら是非とも聞きたいね」

「シノンは旅の中でいつか会えるかもね」

「だといいなー」



竜族がどこにいるかは知ってるけど、それは現代竜族の話、古代竜族は群れになることを嫌ってる現代竜族よりさらに嫌っている。

個で圧倒的な力を持つ存在が故に、どの環境にでも適応し、生存する力を持っている。

ただでさえ個体数の少ない上にこの広い世界のどこにいるかもわからない奴らを見つけるのはもう運だろう。

旅を始めても、出会えたらラッキー、話が聞ければもっとラッキー程度に考えておこう。



「二人はこの街から出ないのか?」



二人は生跡はまだ宿ってないが、魔力の操作はとても優秀だ。

このまま成長し続ければ二人は優秀な実力者、そしてこの歳でこの学力、レオももうこの短時間でおそらく平均なみ、リアは確実に秀才レベルの学力だ。

うまく生きていけば裕福で幸せな生活ができるだろう。



「私は、多分お父さんの仕事を継ぐかな」

「俺は…まだ何も考えてないな。

 10歳までに何も思いつかなかったら、シノンの旅に着いて行くかな」

「それはいいけど…まぁ、好きにすればいいんじゃないか」



着いてくるなんて軽々しく言うが、今のレオがこのまま着いてくると言えば俺は間違いなく否定する。

レオにまだ、命を奪うことはできないだろう。

残り4年でレオにその覚悟ができれば連れて行ってもいいが…

ま、これ以上考えるのはレオは生跡を宿してからだな。



「じゃあ約束しよ」

「約束?」



リアは右手の小指を差し出した。

これは、指切り的なことをしようとしてるんだろうか?

とりあえず俺も指を出しておこう。



「そう、それぞれがどんな運命を歩んでも、夢の果てで、私たちはまた出会う。

 そうして、自分たちがしてきた旅の話をしましょう。 

 私たちが見た世界を、景色を、歩んだ道を、話しましょう」



夜空の光が、彼女の姿をよく照らす。

星々の光が髪に反射しまるで彼女の髪の中に星空があるようだった。

そんな絶景とも言える景色で、俺の目に映る彼女は何故か、別の誰かに映って見えた。

たった一瞬だが、リアの姿が確かに別人に見えた。



「…どうしたのシノン?」

「…ああ、いやどこで覚えたんだって思ってそんな言葉」

「お父さんが交易で手に入れた古い本から」



少し、懐かしさを感じた気がした。

難しい言葉だし、聞いたはずがないであろう言葉に俺はそう感じた。



「シノン、ほら指結べって!」

「わかったって」

「絶対、約束だよ」

「うん」

「おう!」



俺たちの指は硬く結ばれここに誓いを作った。

歩む道が違えても、その先にまた出会う。

とてもいい言葉だ。

三人で再開した時、また笑顔で話せること終ぞ願おう。



「よし、それじゃ寝ようか」

「「はーい」」



この部屋にベッドは三つもない。

誰か二人が雑魚寝になる想定、しかしリアを雑魚寝させることは男としてできない。

と、言うことで、俺とレオが床に布を引いて雑魚寝中である。

元の世界でずっと雑魚寝だったおかげで拒否感はないが久しぶりすぎてちょっと違和感がある。


パーティーの疲れが来たのか、毛布をかけた瞬間にレオは寝たし、リアは高低差のせいでよく見えない。

おそらくもう寝たんだろう。

もう少し話してよかったんだが、俺ももう寝るか。

そっと瞼を閉じて意識を沈める。



「…またここか」



意識を沈め、瞼越しに感じる眩しさに目を開けると、いつか来た花畑が広がっていた。

忘れていたはずのこの景色を俺は一瞬にして思い出した。

空を見上げると前回のような亀裂はなかった。

やはり前回空に現れた亀裂はこの世界に入れる時間の限界を示すものだったのだろう。

奥に目をやると、前回と変わらず男が座って待っていた。

相変わらず姿は認識できないが、彼がこの前もあった彼だということはわかった。

俺は花畑を進み彼の元へ歩いていく。

彼は俺に気付き手を軽く振り、自身の分とおそらく俺の分のコップにポットを何もない空間から出し紅茶を入れた。

歓迎してくれている、ととって良さそうだな。

お言葉に甘えて席に付かせてもおう。



「また、会えたね」

「良い加減、顔と名前を教えてくれてもいいんじゃないか?」



俺から見た彼は顔にノイズがかかっているように見えている。

顔の輪郭は見えるがパーツは一切見えない。

腰以上ある長さの目立つ髪も何色かわからない。



「悪いけど、それはできない。

 今はね」

「ってことは、いつかはわかるんだな」

「そんなことより、誕生日おめでとう」

「なんで知ってる」



こいつは俺に身近な人間なのか?

いや、それならなんで顔も名前も隠すんだ?

こいつはおそらく、この空間から俺を感じできるんだろう。

趣味の悪いことをしてくれる。

まるでプライバシーがないじゃないか。



「君には興味しかないからね、君のことならなんでも知ってるよ。

 そして、君とは仲良くなりたいと思っている」

「ならなんで俺の記憶を消す」

「それは私のせいじゃないよ。

 理由は簡単、夢とはそういうものだろう?」



…気に入らないが、納得してしまった。

確かにどんな夢を見てもその内容を詳細に覚えている人間はいない。

つまりはこの空間で起きていることは全て俺の頭の中で起きた夢であり、外の世界には持ち出せないと言うことだ。


しかし、全て覚えていないというのはおかしい。

どんな夢でも数回に一回はどんな夢だったかは大雑把にでも覚えているというものだ。

ということはつまり、今目の前に広がる世界は俺の夢ではない。

そしてこの世界もしくはこの夢の空間になんらかの決まりがありその影響により記憶の持ち帰りができない。



「まぁいい、じゃあ次ここはどこだ」

「うーん色々な呼ばれ方してるけど、ここはあえて「物語の外側」とでも言っておこうか」

「外側?ここはあの世界とは違うのか?」

「そうだね、言うなれば隔絶したもう一つの世界、そして私は物語の観衆だ」



聞けば聞くほど頭が痛くなるな。

だが、ここで止めてはもったいない、消える記憶だとしてもこの空間について知ることは無価値ではない。

物語…さっきの俺を監視していた会話から物語とはあの世界のことだろう。

一々曖昧な比喩をするせいでわかりづらいが理解はできる。



「この空間にあんた以外はいないのか?」

「いないね、長いことここに一人ぼっちさ」



こんな広い空間に一人…?

今見える限りでも、俺の住む街より格段にでかいこの空間を一人で管理してるのか?

それとも今見えている景色は幻覚?いやその線はないな。

花の感触も、香りも、飲んだ紅茶の味も全て明瞭に感じられた。

だとしたら、本当に一人で…



「じゃあ次は私から、シノンはこの世界をどう思う?」

「どうって、普通に良い世界だと思うよ。

 確かに魔物やら戦争やらで平和とは遠いんだろうけどさ、みんながみんな自分や人の命に必死になれる良い世界だと思うよ」


この6年間、家族と友達と接してわかったことだ。

残酷で幸せで満ちているわけじゃないけど、生きとし行ける全てが今を必死に生きている。

自分を呪い、嫌い、失望し、それでも立ち上がり、向き合う。

そんな美しい、人が作り出す人生が輝く世界、俺はこの世界をそう感じている。



「そんなに良い世界でシノンはなんで英雄になりたいの?」

「…世界が良いとかは正直関係ないよ。

 前回の夢の後に少し思い出したんだ。

 俺の夢の始まりを、俺が憧れた英雄を…

 人が夢を抱く理由なんで簡単だろ、ただ憧れたんだ。

 自分に光を、希望を与えてくれた存在に、自分もなりたいと思ったんだ」



英雄を夢見始めたあの日は鮮明に思い出せないけど、俺に手を差し伸べて傷だらけで笑っていたあの人を、俺は思い出した。

姿はうまくおもいだえないけれど、この人だって思い出してすぐに感じた。

父にいいようにされる俺の世界をあの人が広げてくれたように、俺も誰かの暗い世界に光を差し伸べたい。前の世界じゃ、どうすればいいのか分からず一心不乱に人を助け続けたけど、それも誰かの救いになっていればいいな。



「憧れか…やっぱり、君は素敵だね」

「やっぱりって、会うのは二回目だろ」

「言っただろう?興味があるって、ずっと見ていたよ。

 そしてこれからも、君を見続ける」



最悪な告白、そして宣言だ。

なぜこうも優しい顔でここまで狂気じみたストーカー宣言ができるんだろう。

もしかしてサイコパスか?



「そろそろ、時間だな」



空間に漂う空気に違和感を感じ空を見ると、前回と同じような亀裂が空に走っていた。

あの亀裂が来るとこの時間が終わりというのはわかるが、なぜ終わってしまうんだろうか。

そもそもあの亀裂はなんなのか、簡単に考えれば俺がいることで空間に歪みが生じてるってことだろけど現実の俺が夢から醒めようとしてるってのもあるな。

今回は前回より話せる時間も長かった。

この感じで何度もここを訪れればもっと長く入れるようになるはず…何がトリガーになってここに来るかは分からないがあっちの世界でもできることは試してみよう。

俺は席を立ち来た道を戻ろうと踵を返す。



「これで今回は最後だ。

 この世界に、英雄は必要か?」



少しの沈黙の後、彼は言った。



「うん、必要だよ」



彼の顔は、相変わらずわからない。

それでも彼がとても幸せそうな顔で言ったことはわかった。


その言葉ば聞けて、よかった。

なんであいつに聞いたのかは分からない。

ただ、あいつに聞くことに何か価値がありそうだと感じた。

俺は後ろで席に座ったまま俺を見送る彼に歩きながら、振り返らずに手を振った。


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