表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第七話「飴と鞭」

「ここは…?」



地面一体に広がる花畑、地を照らす快晴、中央に建つ白い洋風の東屋(あずまや)、その全てが一瞬でここはサリオンではないとわからせた。

初めてくる場所、しかし懐かしくも感じるその場所に魅了され不思議と俺は白い建物までの道を歩いていた。

何をすればいいかもわからないのに、あそこに行くべきだとなぜか感じた。

白い建物に近づくと、そこに誰かがいるのを感じた。

腰まで以上ありそうな髪に、白いローブの人。

その人は俺に気づくと嬉しそうに手を振り、手招きで自分のそばに来るよう促してくる。


視界がぼやけているのか彼の顔がよく見えない。

と言うより、彼をうまく認識できない。

男、と言うことしかわからず確認しようと近づくも彼の顔には靄がかかっていた。



「今日は少し遅いねーーー。

 君にしては珍しく寝坊?」



顔もわからない彼はまるで長年の付き合いがあるかのように俺に挨拶してきた。

なぜ彼が俺に対して親しげなのか、未だにわからない。

前世の記憶なら真鯛ちんと覚えているし、そもそも、前世でこんなところ来た覚えがない。

それに俺にこんな友達はいなかった。

…泣きそう。



「あなたは、誰だ?」



その言葉に彼は困惑する。

当然だろう、友達だと思って話しかけたら知り合いですらなかったのだ。

俺なら恥ずかしくてそこから消える。

彼はうーんと考えるように顎に手を置き数秒沈黙した後、何かを理解したように手を鳴らした。



「そうか、君はまだ…君じゃないんだね」

「?」



すごい置いてけぼりにされている。

何この人自分の世界で勝手に自分で完結してるの?

そんな悲しそうな顔して言われても俺何も理解してないから同情できないんだよ自分に!

彼は俺が話についていけないことを察したのか今度は、君ではなく俺に聞いてきた。



「君の名前は?」

「シノン・ウィットミア」

「そうか、シノン…

 ごめんね、一人で勝手に話を進めちゃって」

「え、いや全く…」



なんだちゃんと話せるタイプか、それに話し方からわかる気遣いの感じ、悪い人ではないんだろう。

顔も見えなければ、見えているはずの外見も情報として捉えられないが、それだけは感じた。

俺が彼のイメージを改めていると突然空にヒビが入った。

まるでこの世界が壊れかけているような現象に俺はただ驚き天を仰ぐしかできなかった。



「おっと、そろそろ時間か」



しかし、俺のリアクションとは違い彼はなんともなさそうに空を見上げた。

そろそろ時間とかいっていたな?

やっぱりこれは夢、なのか?

最後にここについてを聞こうと彼に手を伸ばしたところで、俺の正面と地面に亀裂が現れ、俺は穴の中におてしまった。



「また会った時に話そう、シノン」



最後に彼の別れの言葉だけが聞こえた。

暗闇へ落ちていく中、俺が堕ちた穴を見ると、そこはもう塞がりかかっていた。

もう一度、あの場所に行きたい。

そう思って手を伸ばした時意識は現実へと戻った。


また見慣れない場所だ。

俺はベッドに仰向けのまま、手を天井に伸ばした状態で意識を戻した。

気絶してしまったことを思い出し、誰かに連れてきてもらったのだと理解した。

窓の外を見れば星が輝く夜空が広がっていた。

いい夜だ。

まるであんな事件なかったような変わらない空だ。



「いっつ…」



状態を起こそうとすると海義では思うように動かず激痛が走った。

その痛みと不自由さに俺の脳裏に嫌な予想よぎる。

まさか、腕が動かないほどの重症…!?

俺は恐る恐る片目で覗くように右腕を見るとそこには俺の抱いて寝ているリアがいた。

そして床にレオも、いた。

雑魚寝で…



「こいつら、なんでこんな夜に…」



俺の手に顔を乗せるリアの髪が流れ、頬の傷が露わになる。

地面に顔をぶつけたような擦り傷、彼女だあの時、どんな目に遭っていたのか想像すると、間に合わなかった自分が不甲斐ない。

リアについてしまった傷に自身の未熟を感じているとリアがもぞっと身を捩り寝言をこぼす。



「シノン」



寝言を溢しながら、彼女は切なそうな顔を浮かべ俺の腕に顔を擦る。

彼女のそんな様子に俺は心の奥にある、どこか安心した気持ちに気づいた。


…そうか、そうだよな。

今回は誰も、何も失わなかった…

あの時の過ちを繰り返すことを俺はしなかった。

俺が守りたかった人を今度こそ、守れたんだ。

気づけば涙が流れ、俺の声は安堵で震えたようになっていた。



「よかった、よかった…」



二度と繰り返したくなくて、これまでの努力を必死にしてきた。

体に傷ができても、思うように動かなくても、自分にできることをやり続けた。

その行いが今、ほんの少し、報われたような気がした。


決して、過去の過ちが消えるわけではない。

そんなこと、とうにわかっている。

自分の自己満であるのも理解している。

それでも、俺という人間が成長したことは事実だ。


しばらく、涙を流しながらリアの頭を撫でているとリアがむにゃむにゃと目を少し開けた。



「ごめん、起こした?」

「大丈夫だよぉ…」



リアは寝起きで呂律の回らない口で返答する。

覚めない意識の中、目を擦り、眠気を覚まそうとする。

擦った目を何度か瞬きし、歯科医と意識を鮮明にしたリアは俺の姿を見て固まった。



「シノン!?」

「おはよう、怪我大丈夫?」



リアは一瞬で意識を覚醒させ、寝起きにも関わらず勢いよく飛び起きる。

彼女は俺の姿を見るや体中をペタペタと触り全身を調べ出した。

顔や胸まで触り全身を調べ終えた彼女は、やっと理解が追いついたのか目から涙が溢れ出した。

流れる涙に気づかず彼女は感情のままに俺に抱きついた。



「シノン!」

「うわっ!?」



寝ている俺に跳んで抱きついてきたリアは俺の胸に顔を埋めて泣いている。

彼女の慟哭が先程まで静まり返っていた病室に響いた。

いくら泣いても彼女の腕の拘束は緩まず、俺はもがくのを諦めて身を任せた。



「シノン、生きてた…よかった」

「生きてるよ、重症って言っても腕だし…」

「でも、本当に心配で…」



彼女の目の下にうっすらと残るクマが、彼女がずっと俺にそばにいてくれていたことを悟らせた。

彼女は、自分が回復してから俺が起きるまでの時間をずっと使っていてくれたのだ。

彼女の献身を深く感じ、俺は彼女への感謝を込め左腕を彼女の背に回した。



「へっ!?」

「ありがとう、リア」



自分の抱擁が返ってくるとは思っていなかったのか彼女は素っ頓狂な声をあげた。

顔をあげ俺の顔を見上げるリアと目が合う。

彼女は一瞬で顔を紅潮させるが、ずっと目が合い続ける状況にどこかおかしさを感じ二人とも笑い出してしまった。


ひとしきり笑い終わった後、リアは冷静さを取り戻したのか急いで俺のそばから離れベッドを降りた。

俺に背を向ける彼女は一言も発さずただちらりと横顔で俺を見つめるだけだった。


「その、私の部屋、隣に用意してもらってるから!」

「あ、うん、おやすみリア」



少し早い足取りで歩いて去っていくリアを見送り、俺は包帯でぐるぐる巻きにされた右腕を見つめた。

外的損傷はほぼないに等しいが無理な動きのせいで筋肉と骨が砕けている。

体に残る痛みは、おそらくおそらく発現したばかりの生跡を無理に使ったのが原因だろう。


あの時の感覚、今はもうあまり掴めていないが、とてつもない全能感だった。

あの技をもう出そうとしても今は出せないだろう。

一時的な上限解放による反動といったところだろう。


高速の抜剣からの七連撃、剣を振る一瞬はとてつもなく遅く感じ、あの時はまだ切れるんじゃないかと思ってしまった。

それほどまでに、あの時は力が溢れていた。

もう一度、あの感覚に入りたい。

剣を握っていた右手を見つめ、記憶に残る感覚を探る。



「…やっぱ無理か」



俺はどれだけ考えに耽っても思い出せず虚しさが込み上げてきたので諦めベッドに背を預けた。

ベッドの左に目をやれば、換気のために開けられた窓から心地の良い風が顔を撫でる。

窓から眺める空は無数の星々が無数の光を放ち空を彩る美しい景色だった。


この世界をきてからずっと思っているが、ここは星がよく見えるしとても綺麗だ。

元の世界では街頭やら建物の灯りとかではっきり見えなかったが、やっぱり星は美しい。


…俺は、何か忘れていないか?

何か、夢の中であったような?

いや、そもそも俺はなんの夢を見ていたんだ?

当然沸いた疑問に思考を回すが、突然の眠気に抗えずその瞼を閉じた。



ーーー



皆さんおはようございます。

今私は睡眠時の寝巻きから置いてある私服に着替えている途中でございます。

しかし、何者かによって扉を開けられてしまいました。

その方はなんと、姉さんでした。


さて、私は現在上裸に加えてズボンを履きかけ、パンツが丸見えなのですが、その状態の私を見て姉さんは固まってしまいました。

固まった体とは真逆に姉さんの目はある一点と俺を交互に見続けています。

一体、そこにあるものとは…?


レオです。

そう、姉さんはおそらく愛しの弟の看病に来たらまるで事後のような状態に直面したという状況なのです。

おっと姉さんが動き始めましたね。

俺もふざけた口調は辞め、しっかり弁解をしましょう。



「落ち着いて姉さん、色々驚いてるかもだけどレオがここで寝てるのは俺の看病のためで!」

「その看病で何をしたっていうの!?」

「何もしてないよ!

 落ち着いて、まずは深呼吸しよう」



俺はなんとか姉さんを宥め、落ち着かせるようとする。

ゆっくりと深呼吸をした姉さんは大丈夫よ、っと落ち着いた様子で応えた。

しかし、またもや俺の顔を見た姉さんは固まってしまった。



「ってシノン起きたの!?」



おっと、さっきの深呼吸はなんだったんでしょうか?

ドタドタと走って俺の肩をガシッと掴んだ。

あぁ〜この感覚昨日振りー



「姉さんあんまり驚いてないね」

「当然よ!

 私の弟があの程度で死ぬはずないわ。

 それに、もっとすごい状況見ちゃったから…」



本当にさっきの深呼吸はなんだったんだ?

この人何も理解してないぞ。

ちょっと頬を(あからめ)ながら俺とレオを見るのは辞めてもらおうか。



「姉さん、俺とレオはそんなんじゃないよ。

 今ここにいるのは姉さんだけ?」

「ええ、お母さんとお父さんは騎士団で事後処理と報告書の手伝いをしてるわ」



なるほど、確か二人は元騎士団員だったな。

辞職しても尚職場に駆り出されるなんてなんて可哀想なんだ。

父さんと母さんの社畜魂に敬意しかない。

して、その二人の代理で姉さんが来た訳だ。

いや、この人は二人が来ても来るな。



「僕って、もう退院かな?」

「そうね、体に痛みもないなら退院ね。

 でも腕の怪我が治るまでそれは外せないわよ」



俺は着替えながら今後の話をする。

そっか、もう退院できるのは嬉しいな。

起きてから何日もここに監禁されるなんて普通に我慢できない。

ちなみに、姉さんに怪我の話を聞いたところ、もう骨と筋肉はほとんど治っていて今は魔力が通る力脈(りょくみゃく)が壊れているだけとのこと。

魔力を使うのが難しくなるが、時間経過で回復するので気にしなくていいらしい。

そして俺はレオを背負って姉さんと診察室に向かった。



「シノン、あなた宿ったのよね?」

「唐突だね、宿ったよ。

 まだあんまり実感湧かないけど」

「成長は嬉しいけど、無理してほしくはないわ」



そう言う姉さんの顔は嬉しさと悩ましさの合間のような複雑な顔になっていた。

姉さんは正直俺が危険な目に遭うのは良しとしてないんだろうな。

認めてはいるが、決してそれに喜ぶだけの精神は持っていないのだ。

俺は知っている。

姉さんは強くはあるがそれは本心を隠す殻が厚いだけなのだと。

姉さんの本心を、弱さを見た俺は知っている。



「ごめんなさい…」

「いいのよ、姉っていうのは弟にいつも振り回されるものなんだから。

 さ、ここよ」



二人で歩いた廊下の先に着いたのは少し大きめな白い扉があった。

扉に手をかけ開けた先には獣の耳と尻尾を持つ白衣を着た医者が椅子に座っていた。

特徴的な耳と尻尾、本で読んだ獣族か。

猫に見えるし、フェリス族かな?



「ウィットミアさん起きたんですね」

「どうも初めまして、えっと」

「あー自己紹介がまだだったね。

 私はノクスといいます」



ノクスさんは丁寧に胸に手を当て自己紹介をしてくれた。

やけに礼儀正しいな。

獣族は本能で生きてる感じって本にあったのに、今はもう違うのだろうか?

それにしても、ぴょこぴょこ動くあの耳…良いな。



「どうしたのシノン」

「ケモ耳いいなって」

「何言ってるの」



俺の発言にちょっと姉が後ろに下がった

我ながら何を言っているのだろう。

正直獣人が好きというわけではなく、猫が好きだ。

だが今、人と猫のハイブリッドが目の前にいる状況が、新たな扉を開きかけている。



「獣族を見るのは初めてですか」

「ええまぁ、この街ではあまり見ないので…」

「そうですね、私たちの故郷はここに近くても、渡ってくることに抵抗を持つものが多いですから」



獣族の故郷、バスキアナ大陸だったか。

リオナスの南に位置するリオナスの半分程の大きさの大陸でその半分が森などの自然環境の大陸。

獣族は縄張り意識やあまり関わりのない他者との関係を好まないので港が作られてからも他の大陸に渡ることはあまりなかったそうだ。



「それでは、右腕を見せてください」

「はい」



俺は促されるままノクスさんに右腕を差し出す。

ノクスさんは差し出された右腕を見て、巻かれている包帯を解き始めた。

丁寧に、そして慎重に俺の包帯を解く姿を見てわかった。

この包帯には生跡がかけられていたのだ。

回復作用か治癒速度を早める効果のある生跡がこの包帯にはかけられていた。

その証拠に、解かれた包帯からは蛍の光にような緑色の光の玉がぽつぽつと流れ出ている。



「綺麗でしょう?」



ノクスさんは手を止めずに俺に聞いてきた。

包帯から溢れる光はとても優しく、今も心を癒してくれている。



「はい、とても綺麗です」

「私の生跡は回復能力を持つ植物を生成するものでしてね。

 その植物の生成する特殊な液体を染み込ませた包帯なんです」



回復特化の生跡か、戦いが日常でもある冒険者にとっては回復系統の生跡を持っている人は貴重だと聞く。

この人もきっと沢山の人を助けてきたのだろう。

そうして黙々と作業は進み、俺の包帯の中にある固定具を取り除き終えた。

露わになった俺の腕は複数の切り傷が残っていた。



「ここに君が連れこられた時は驚きましたよ。

 この歳で、右腕をズタボロにしてくる子供なんていませんから」



ノクスさん曰く、父さんによって連れてこられた俺の右腕はかなり危ない状態だったらしい。

力脈の破損があまりに深かったらしく、右腕の魔力操作が出来なくなることも危惧されていたという。

なんて恐ろしい。

しかし、なぜか俺は回復、その数日後ひょこっと起きて今に至るらしい。



「未だに腕が治った理由はわかりませんが、あまり無理はしないように」

「はい、以後気をつけます…」



腕の治癒、一体誰が?

ノクスさんが完治させられていなかったのだからこの人より上位の使い手が治したってことだもんな?

自分にも心当たりがない。

母さんも、生跡の腕は立っても回復系統ではないからな…

右腕を握ったり開いたりしながら考えていると、後ろの扉が勢いよく開いた。

後ろを振り向くと、そこにはおそらく走ってここまで来たのだとわかるほどに汗をかき、息を切らす母さんと父さんがいた。



「シノン、起きたのか…」

「うんさっきね、心配かけてごめんなさい」

「よかったぁ…」



父さんは安心したように膝をつき、俺の肩に手を置いた。

二人のこの様子、リアが報告しに行ってすぐ駆けつけたんだろう。

二人には心配されてばかりの気がして俺は申し訳なく感じた。

そこに、走り歩きでこちらに母さんが駆け寄ってきた。

母さんは俺の前で少し立ち止まった。



「母さん心配かけt y」



バチン!と痛烈な音が診察室に響き渡った。

言うまでもなく、俺を叩いたのは母さんだった。

あまりのことに体は動かず、目だけが母さんの方に向けられた。

母さんは今にも泣きそうで、でもそれを抑えて、俺を見つめていた。



「自分の命を、なんだと思っているの!」



母は、とても優しい人だ。

いつも俺たちを気にかけてくれる。

いつも笑顔な母でも、怪我をした時だけは、とても悲しそうな顔をした。

それは、今まで、騎士団で多くの人が、目の前で傷を負い死んでいくのを見てきたからだろう。

俺は、母さんのそんな顔を見るのが嫌だった。

それなのに、



「元々勝てる見込みのない場所に行って、助けも呼ばずに一人で行くなんて…

 死にに行っているのと同じよ!

 本当に友達を助けたかったのなら、まず大人に頼みなさい!

 あなたができるのはそこまでなのよ!

 あなたにとってあの二人の命が大事なのもわかわ。

 でも!自分の命が一番大事でしょう!!」



母さんの言葉は、最もだ。

他人のために自分の命を捨てる人間は普通ではない。

ましてや、相手は大人七人、生跡も持たない子供が立ち向かうことは無謀と言う以外に言いようがない。

母さんは俺に、自分が見殺しにしていった人々の様になって欲しくないのだろう。

自分にその人を助ける力はない。

だから、せめて危険に身を投じる人を止めたいのだと。

俺は、この想いにどう答えるべきか、もう知っている。

いつの間にか俺の瞳は真っ直ぐと母さんを見つめていた。


しかし、何かを言い返すわけではなく、俺は深々と頭を下げた。

向き合わなければと、人の心からの想いにはこう答えるべきだと感じたから、



「ごめんなさい。

 確かに、僕も無謀で、自分の命を軽んじた行為と思いました。

 でも、あの時動かなかったら、助けられなかったかもしれない命があったんです。

 あそこで動かずに、助けられた命を失えば、僕は一生自分を嫌いになる。

 自分の命ももちろん大事だけど、英雄になるには、自分よりも他者を常に想わなきゃいけないことだと思うから」



この心に、嘘はない。

直接的な原因は俺じゃなくても、俺はずっと自分を呪う。

もう嫌だった。

もう、自分を嫌いになりたくなかったから、俺はあの時前に進んだ。


夢を見た時、少しだけ思い出した。

俺が憧れた人を、あの人は自分の傷に構いもせず、他者の傷を癒やし続けた。

俺は、彼のようになりたかった。

あの時も、きっと無意識に彼ならそうすると思ったから動いたんだ。



「母さん、これからも僕は、人のために生きるよ。

 でも、命をかけるのは街出るまで止めるよ」

「シノン…」

「心配する気持ちもわかるけど、夢への道は、邪魔されたくない」



親どう思うとしても、子供の夢は子供の自由だ。

その先の結果がどうなろうと親は見届けること以外、本来許されない。

母さんは、俺の言葉に何か言おうとしてはいたが言葉にならず、それを飲み込み俺をギュッと抱きしめた。

母さんの抱擁は力強く、今を噛み締めるように俺を抱きしめた。



「わかったわ。

 そうよね、親だとしても、子供の夢を邪魔する権利はないわよね。

 私、もうシノンにあんなこと言わない。

 その代わり、あなたが死んだら悲しむ人がいるの忘れなこと」

 


いつもの優しい母さんの声だ。

俺の言葉を聞いて母さんなりの踏ん切りをつけてくれたんだろう。

普段から感じさせてもらっているが、出来た母親だ。

普通の母親なら、10歳になったばかりの息子が自ら死地に出向くことなんて許せるわけないだろう。

母さんはそんな感情を押し殺して、俺の背中を押してくれているのだ。



「はい、母さん」

「すみませんお母さん、息子さんの腕はかなり治っております。

 お二人がよければこちらとしては退院してもらっても構わないのですが?」

「では、そうさせてもらいます」

「わかりました。

 それではお二人は手続きのためこちらへ、シノン君はそのうちに荷物をまとめてきたまえ」

「あろがとうございます」



ノクスさんのタイミングを読んだ提案に母さんと父さんは頷き別室へと向かった。

俺は先生に言われた通りに部屋を出て自室に向かう。

幸い剣と服、変えの包帯程度しか持って帰るものはなかったのですぐに終わった。

その後俺たちは家に帰り荷物を部屋に置いた後、家をもう一度でた。


今俺は、あるところに向かっている。

決して、絶対に行かなければならないような場所ではないが、これは俺の責任だ。

俺は行ったことのない道を手に持った手書きの案内図を見ながら進んでいく。

着いたのはこの街にはよくある一軒家、しかしどこかこの家は暗い空気を纏っていた。

近くを通る通行人もコソコソと話しながら家の前を横切っている。

しかし、話している内容は悪口などではないことを、俺は知っている。

俺はそんな空気は気にせず扉をノックした。


中から返事は返ってこず、しばらく待っても反応はなかったため俺はもう一度ノックをしようとした。

だが、二回目をする寸前で家の扉が動いた。

中からは目に隈が深く残った母さんより少し歳をとってそうな女性が出てきた。

そして、その奥には静かにこちらを見つめる女性と同じ状態の男性が立っていた。



「御用はなんでしょうか」



あまりに力のない言葉だった。

女性の俺を見る視線もなんとも暗く、弱々しい。

俺は手に持つ紙を強く握り女性へ聞いた。



「ここは、ビアトリスさんの家で、お間違い無いでしょうか」

「…その子は、もう居ません」



その名前を聞きたくない。

その示すように女性は扉を閉めようとした。

俺は急いでその手を止め、女性の驚く目に目を合わせた。



「あの日、駆けつけたものです」



俺の言葉を聞いた女性は何も言わず、ただ口を振るわせ目を大きく見開いていた。

女性は扉を閉める手を離し、奥で見ていた男性を近くに来させた。

二人の瞳にジワッと涙が浮かび出す。

女性は虚な声で俺に問いかけた。



「娘は、あなたがきた時にはもう、ダメだったんですか」

「…はい、間に合いませんでした」



そう聞いて二人は泣き崩れた。

せめて、誰かに悪であって欲しかったのかもしれない。

自分たちが受けた感情に変わってくれる何かが欲しかったのかもしれない。

俺は、泣き崩れた二人の前に歩いて行き目の前で土下座をした。

この世界の文化ではこれはしっかりと謝罪として伝わるのか俺は知らない。

だが今は、俺としてできる全力の謝罪をしなければならなかった。

二人はなぜ俺が頭を下げているのかわからず泣くことすら止めた。



「本当に申し訳ございませんでした」

「なぜ、あなたが」

「あの日あの時、もっと僕が早ければ、力があれば守れたはずでした。

 未熟な分際で謝罪することすら烏滸(おこ)がましいのかもしれません。

 それでも、娘さんの命を背負わせてもらえないでしょうか!」



あの日、もっと俺の魔力探知が広く展開できたら、もっと俺の足が速かったら、もっと俺が気づくのが早ければ彼女は助かっていたかもしれない。

あの空間に入って最初に見た彼女の胴体と切り離された頭が今も瞼の裏に残っている。

目覚めてからも、彼女の親がこの二人が今、どんな思い出過ごしているのかを考えてしまった。

そう思った時には、なかったことになんて出来なかった。



「何度だってここに足を運びます。

 娘さんの話を、俺に聞かせてください」

「顔を、あげてください」



顔をあげた時、目の前の二人は泣き叫びたい気持ちを抑え俺に向き合っていた。

必死に作った優しい顔で俺に手を差し伸べ、もう顔を下げなくていいとそう言ってくれた。



「まずは、上がってください」



二人の親切で家に上げてもらいそこで話を聞くことになった。

家の中は少し散らかっていたがよく見ると、ビアトリスさんの写っている写真は綺麗なままだった。

二人は俺をリビングの椅子に座らせ、紅茶を出してくれた。

目に残る涙と拭き光の宿った目で俺を見つめた



「娘以外は、誰も亡くなってませんか?」

「はい、誰一人…」



男性は家族三人が写っている写真を取って恋しそうに眺めながら話を続けた。



「娘はあの日、公園で私たちと遊んでいたんですよ。

 そこを、少し目を離したばかりに……こんなことに…」

「あなたが謝る必要はないの、悪いのは罪を犯した人たちだから…

 あなたが背負わせてくださいって言ってくれた時、本当に嬉しかった。

 あの子を思ってくれてありがとう。

 また、ここに来てくれますか?」

「もちろんです」



二人の顔には正気(せいき)が戻り、その瞳も真っ直ぐと前を向いていた。

俺は安心し胸を撫で下ろし女性の問いに答えた。

もう、二人は大丈夫だろう。

俺があの時死んでいたら、母さんもあのようになっていたのかもしれない。

それほど、子供とは親にとっては宝物なのだ。

俺は二人の様子に見て、役目を終えたことを確認し出された紅茶を飲み干し椅子を立った。



「それではまた、失礼します」



二人に頭を下げてから玄関へと踵を歩き始めた。

しかし、一歩目を出す前に女性によって呼び止められた。



「な、名前を…」

「シノン・ウィットミアです」



そう言い残し、俺は家を出た。

その後も被害者の子供たちの家に出向き、その子たちの現状の確認に向かった。

どの家に行っても確認を終えて帰ろうとすると土産を貰い、すべての家を回り終わった頃には腕で抱えきれないほどのお土産を貰っていた。



これからの旅で起きる全てでこれができるとは限らないけど、失われた命には向き合い、共に歩んでいくと俺は今日、そう決めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ