第十六話「それでも」
2日後、ボルナックに配属されている騎士団の全団員と俺が召集を受けミラーナへの進行を開始する今朝、天気は最悪の悪天候、いつ雨が降ってもおかしくはない程のくらい雲が満ちている。
集まられた騎士の数は階級問わず総勢五百人、この規模で集まるとなると本部にも入りきらないためぼるナックの門の外側すぐ横で行われている。
騎士たちは基本装備の銀の鎧を身につけているが、その中でも数人は特注で作ったのだろうか?
自身専用の装備を身につけている。
もちろん、俺は騎士団の鎧は着けていない。
騎士団の人間として敵に補足されないよう、普段の装備のまま向かうことにした。
今はオリヴィエさんが騎士たちの前に立ち作戦の説明を行っている。
すでに騎士たちは分隊別に分かれておりそれぞれに分隊長とされる、専用装備を身につけた騎士がついている。
騎士の横にはそれぞれの馬…馬?
俺の乗る馬は?もしかしてお前下っ端だから走れよみたいなしょうもないイビリがあるのか騎士団?
集会は終わりキョドキョドしているとアリシアさんが馬に乗ってやって来た。
「ヴラーナさんに話をして、シノンくんは私の馬に同乗することになりました」
「なるほど、僕のために馬を用意するのは面倒ということですね」
「…はい」
よくわからない冒険者に馬を用意するのは面倒だとオリヴィエさんは思っているんだろうな。
もしや普通に歩かされる可能性もあったんじゃないのか?
集会中も圧をかけられてるよう視線をずっと感じてたし、認められてはないんだろうな。
オリヴィエさんの納得は得たもののそれも俺が父さんの息子だったからっていうだけのことだったしな。
俺自身に関してはまだ不信感があるんだろ。
ま、そのくらいは覚悟してたさ、実力で証明ってやつだ。
俺はアリシアさんの馬の後方に乗らせてもらい騎士団の進行について行った。
「シノンくん、本当に単独で大丈夫なんですか?」
「ええ、危険があるのは十分承知してます。
こんな若造に任せるのが信用ならないという他の皆さんの心の声も…」
馬が走り出したとしても、俺に向けられる視線は変わらない。
アリシアさんもそれには気づいているんだろう。胸を張って前方から向けられる俺への視線を遮っている。
俺としては庇われなくとも構わないのだが、やはりアリシアさんは正義感が強いようだ。
ミラーナ奪還の任務の作戦は初手は基本騎士団の定石とも言える作戦だ。
部隊に分かれ区画ごとに前衛と後衛に分かれての進行作戦、騎士団の動き方を全て知っている訳ではないが俺も最初はそれでいいと思う。
下手に策を練ることこそ弱点を作り出すことになる。
基本に忠実にバランスのいい攻め方をすべきだ。
「アリシアさんはどこの隊に入るんですか?」
「私は、オリヴィエさんの部隊に配属です。
他の隊長方とはあまり面識もないのでよかったです」
他の隊長か、俺も当然の如く見たことも聞いたこともないから誰が誰なのかわかってないんだよな。
でも体調ってことなら全員オリヴィエさんと同じくらいの力量はあるんだろう。
部隊といえば今回のために他に街に配属されている騎士団長全員を集めたそうだ。
しかし、ミラーナに配属されいる騎士団長三名は未だ合流ができていないらしい。
騎士団長三名の名はトゥルパン、ガナロン、ローランというらしいが、全員がこの大陸では有名な騎士らしい。
正直なところ騎士についての知識はほとんどないため俺は知らなかった。
まぁそんなことは置いておいて、その三名を除いた九名が今ミラーナへと向かっている。
「少し、引っかかりますね」
「作戦に何か違和感がありましたか?」
「いえ、そうではないんです。
何か、既視感のようなものがありまして…」
一体この感覚はなんだろうか、何か知っているはずのことが抜けているような。
記憶の抜け?のようなものを感じている気がする。
いや、忘れるということは大した記憶ではなかったんだろう。
それにきっかけがあればいつか思い出すはずだ。
騎士団が森に入って数分、未だ魔物とは遭遇していない。
特に魔物の出現数が少ないボルナック周辺でもここまで遭遇しないのはおかしい。
誰かが魔除けのアミュレットとかを持っている可能性もあるが、そんな魔力は感じられないし。
ここまでの大所帯で動いていれば森の魔物が襲うまでは行かないまでも警戒のために追跡するくらいはありそうだが、その気配もない。
全体的に何かがおかしい。
これがミラーナの件に繋がってこないといいが…
そういえば、ジオは無事に迎えているだろうか?
僕は先に言って君の手助けの準備をしておくよ、と言って1日前の出て行ったが彼の動向については何も聞いていない。
あいつのことだ、先に着いて何かしら情報を掴んでいることだろう。
到着した時に変なことになっていないといいけど、あいつに至ってはそんなこと起きないだろう。
戦闘をするタイプじゃないが日常の魔力操作で十分わかる。
あいつはこの騎士団の隊長以上の実力を持っている。
死んでいることはないはずだ。
空の雲が暗さを増し、不吉さを帯び始めことを眺めながら感じていると一頭の馬がこちらに身を寄せてきた。
そこに持っているのは専用の装備を身につけた隊長の一人だった。
薄緑の髪に鋭い目つき、ぱっと見の印象だけでイカついとわかるその人は鋭い目をさらに尖らせ俺を見つめた。
「お前、オリヴィエに単独行動での許可を貰ったらしいな」
「ああ、はい」
「ちっ、調子に乗るなよお前なぞいなくても俺たちは勝てる」
「そ、そうですか。
では、そうなることを祈っておきます」
「けっ!気持ち悪ぃ」
悪態をついて彼は離れていった。
一体何がしたかったんだあの人は、かなり若く見えたし若い故のプライドの高さってやつだろうか?
見たところ十代後半といったところ、センスはあるようだがそれで天狗になっていてはいけない。
よく思われていないのは承知の上だが、あそこまで露骨に嫌ってくる人は中々いないな。
「し、シノンくん大丈夫ですか?」
「やはり、ああいう人がいるものですね」
「気にしないでください。
あの方は、リナルド様は気性の洗い方で元々騎士団の中でも苦手な人が多いんです」
「そうなんですね」
気性が荒く嫌われているか、確かに彼の付近にいる騎士たちも他の部隊より距離も話している気がする。
ここから見える彼の横顔からは、確かに気性の荒さを感じるがそれ以上の熱い何かを感じる。
きっと、人一倍真面目なだけなんだろう。
誰よりも騎士団らしくあるだけなんだ。
だからこそ隊長のも慣れた、のだと思いたい。
俺に当たってきた理由は対してわからないが。
「そろそろ森を抜けます。
ここからさらに東に進めば、あと7日程度で着きますよ」
「同じ国だというのに、かなり遠いですね」
「この国はそもそも大陸の中南部の横一帯を収めるようにできてます。
横に移動するとなると当然時間もかかってしまうんです」
それにしても馬で移動して一週間って、広すぎるだろ。
徒歩だったらこれの倍はかかっていたと思うと、流石に恐ろしいな。
空を飛べたらもっと早いのかな?
竜種とかは本気で飛べばすぐに山を越えるっていうし、やはり電車や車がない以上飛行ができる種はかなり有利だな。
でも大陸の一部とはいえど横一帯を国にするのは統治に無理ができるんじゃないのか?
いやそこはあまりある資源やらで格差が少ないからどうにかなるか。
それでも戦争は?広すぎる領地には戦争が起きてもすぐに動き出せない欠点があるはずだろう。
「シノンくんは妖精族の住まう森、光祈る聖樹の座を知っていますか?」
「まぁ名前だけなら、でもその実態は誰も知らないんですよね?」
「いえ、それは違います。
他国に漏れておらず、あやふやではありますがリスティアの騎士以上の階級を持つものは必然的に森の情報を受け取ります」
「それは、情報の独占では?」
「はい、ですから私はその命令を断りましたが、それは無理でした」
「…圧力ですか」
「…」
きっと騎士としての位を剥奪するとかで脅したんだろう。
なんとも狡い連中だな騎士団ってのは、正義を謳いながら地位さえ上がれば何も厭わない。
これだから権力者や下の者を見て愉悦に浸る下衆は嫌いなんだ。
それにしても妖精族の森の情報の独占か…そもそも森の情報を得られてるってことはある程度の規模で妖精族とは接触して交流を持ってたってことだよな?
それがどうして暴動にまで行くんだ?
妖精族は秘密主義、他の集団との接触ましてや交流までも許したというのに暴動にまで発展するのは余程の事をやらかしたとしか思えない。
ますます疑わしくなってきたぞ。
そもそもだ、なぜリスティアは妖精族と接触を図った?
何も絶対に行った交渉手段が成功するという確信はなかったはずだ。
当時の交渉者が余程口の回るやつだったか、それとも何かしらの断れない条件を出して承諾させたか。
どちらにしても裏に何かあったのは間違いない。
そう考えれば今回の事件はそのしっぺ返しを喰らったということになるんだろう。
「何故、リスティアは妖精族との接触を行ったんでしょうか。
そのままでも資源はあったはず、これ以上望むものもなかったでしょう?」
「それは、一種の防壁としての役割を持たせたかったからです」
「…それって」
「はい、その通りです」
リスティアの首都ミラーナは妖精族の森の北側に位置しさらにその北側は大きな台地のローデリン台地が広がっている。
大陸の一部横一帯を収める都合上、防衛の難易度は前述の通りだ。
そこでリスティアはその欠点を無くす為に妖精族の森と交流を行い、浅くとも協定を結び互いにメリットのある関係を結ぶことで少しのデメリットを押し殺しながら争いの起こる確率を下げられる。
そうなればリスティアの思い通りだ。
リスティアの領土の三割を占める妖精族の森を警戒する必要はなくなり、防衛のしやすさは段違いに変化する。
それにさらに下の国からくる騎士たちも妖精族の森を攻めるか避けて通るかでかなりの時間と損害を出さなければならないときた。
そりゃ、何をしてでも交流を持ちたいよな。
「妖精族の神聖な森を汚すことを、妖精族は許さないでしょう」
「はい、しかし妖精族はそのことを知りませんでした。
彼らは滅多なことがない限り好んで外界へは出ません。
そこを利用したんでしょう」
そうか、外界を知らないのなら今の妖精族の森の周囲の状況もあまり知らない。
そこを利用して壁として使ったってわけか。
あるとは覆ってたけど、生でこういうえげつない国とか団体同士の関係図を知ると倫理観の違いをかなり感じるな。
アリシアさんが騎士団に正義がないと考えるのもよくわかる。
きっと彼女も、戦う理由を探しながら今も走っているんだろう。
「それでもきっと、戦わないとダメなんですよね」
「…そんなの簡単ですよ」
「簡単、ですか?」
「そうです、簡単です。
この国が何をしたかは関係ない、今助けを求めている人はいます。
事情も知らず、理不尽に命を奪われている人がいます。
国ではなく、目の前にある命のために戦えばいいんです。
騎士団が守るのは国じゃなくて、民の笑顔なんですから」
ま、その国を守らなきゃいけない王様も腐っている可能性が出てきたときた。
しかし、国とは基本そういうものだ。
民草は何も知らずの内の何かの屍の上に立って生きている。
そして戦いを経ていつか自分たちがその屍になっていく。
そうした時代がつらないって、人は進んできた。
言い換えれば、犠牲こそが礎になると言える。
誰かが成したことを受け継ぎ、未来に繋げ栄えていく。
それが人類史だ。
だからきっと、リスティアの在り方は歴史的に見ればごくごく自然で、普通のものなんだろう。
それでも、理不尽に奪われる命は見捨てない。
それまで仕方ないなんて言ってしまえばそれこそ終わりだ、
時代の通りに進むことも必要だが、時代に抗うことも必要なのだ。
それが時には革新的な進歩につながるかもしれないんだから。
もしかしたら、助けた子供が将来とてつもない発明をするかもしれない。
つまりは、世の中には沢山の人種が必要ということだ。
「シノンくんは大人ですね。
私は、まだこの剣を十分に振るえない」
「それこそ歩みですよ。
光を探して歩いていけばいつか何かが見えます」
「…そう、ですね」
私は、何をやっているのだろう。
騎士としての在り方すらわからず、自分より幼い子供に論されて。
シノンくんはすごい子だ。
いや、子供と侮ることこそさえ不敬なのかもしれない。
彼は尊敬に値する人だ。
私なんて足元にも及ばない、大人な人間、必要や悪や不必要な悪を見分私の悩む闇の中にすら希望を見出す。
決して諦めず、歩みを止めず私の手を引っ張ってくれる。
彼はそんな私のことを慕い、時には対等でいてくれる。
彼を見ていると感じてしまう。
自分の、未熟さを…
俺たちが出発して最初の野営地に着いた。
森を抜け、一面が緑で埋め尽くされた平野で俺たちは火を起こし馬を休め、各々休息に入っている。
ある部隊は明日の動きの確認、ある部隊は鍛錬、各部隊が隊長を中心とし動く中で俺は一人少し進んだ先にある丘で空を眺めていた。
ボルナックの森、タラヴェル森域を抜けた先の平野ってことは、ここから南に行けばザフマットか。
このまま旅を続ければ南に向かうことになるしよることにはなると思うが、どんな国かワクワクするな。
噂によれば、ザフマットには炎の塩原という燃える塩の湖があるらしい。
塩の湖が燃えるっていう原理はわからないがとてもいい景色らしい。
塩の湖って言えば、俺の中のイメージだとウユニ塩湖辺りか。
そこは行ったことないけど、この世界のはその数倍もいいものなんだろうな。
「いやーこの世界の景色はどこを切り取っても綺麗ですな〜」
この世界の星空はいつ見たって満点だ。
電気なんてない、自然そのものに人が身を置く。
これがあるべき人間という生物の生き方なのかもな。
他の動物のように自然の恵みと怒りを受け、抗わずに受け入れる。
よくよく考えればそれも美しいことなのかもしれない。
「ま、それが嫌だから人類は進歩したんだけどな。
…話しかけないんですか?」
「!?ば、バレてましたか」
「そりゃもちろん」
丘の麓で俺を眺めていたアリシアさんが俺の元へと登ってきた。
俺の横に座ったアリシアさんは装備を外してシャツのボタンを開け胸元を少し開いた服装になっていた。
女性の胸のサイズの平均とかは知らないが、多分大きい方であるその胸の主張は胸当てに抑えられていた分、より強くなっている。
これは、目のやり場に困るってやつかもしれない。
同年代は思春期一歩手前、身近な人には大してそんな気持ちは生まれなかった。
精神年齢はアラサーの俺でも、この肉体に釣られているのか感性的なものは年相応だ。
俺が理性で抑えず神経だけでいれば年上のお姉さんに性癖を破壊される少年が完成するかもな。
「シノンくんは星が好きなんですか?」
「出会いと別れがどんな形でも、星空の元と果てが繋がる場所できっと出会える」
「?」
「母の言葉です。
故郷に伝わる言葉なんだとか、まだ意味はわかりませんけど」
「素敵な言葉ですね。
でも星の元と果てが繋がる場所、そんな場所あるんですか?」
「ありますよ、きっと…そこが僕の旅の果てだと思うんです」
全てが終わっってから行くべきなんだと、俺はそう思っている。
だって母さんは出会いと別れを終えた先の話として言ってくれたんだから。
今見てる星空が始まり、そして終わる場所、その一点の集まる地こそが母さんのいう場所。
世界の地図や特殊な自然を調べてもそんな場所は出てこなかった。
母さんお故郷の言葉ってことは、アルネヴィア大陸にあるはずだがこれまた道が多いところなので資料がない。
俺の言葉を聞いたアリシアさんは何かを気づかれた、思い知らされたかのようにハッとした容姿で目を見開いた。
そうして、震える声で俺に言った。
「シノンくんは、どうやってそんなに立派になったんですか?」
「り、立派ですか?」
「私は、シノンくんのようにはなれません。
他に巻かれず、自分を持って抗える
「そんなことないでs」
アリシアさんは初めて会った時から頻繁に自分を卑下してしまう。
これが続いては危ない。
誰かが止めなければ、きっと彼女は壊れてしまう。
俺は彼女を一度止めなければならないと察し、手を伸ばした。
しかし、その手は彼女の嘆きに止められた。
「私は!まだ正しさがわかりません。
シノンくんに言われたことをずっと考えていました。
大事なのは今だって…でも私は、その今すら十分に生きていられない!
でも私は、未来も過去も見れてない!
ずっと、自分の道がわからないんです」
「アリシアさん…」
彼女の頬を大粒の涙が伝い、涙の中で反射された星の光が彼女の悲壮に満ちた顔を照らしてしまう。
人は脆い、簡単に死ぬし簡単に壊れる。
今のアリシアさんは限界だ。
任務についてこれるかすらわからない。
ずっと、迷っていたんだ。
…俺のせいで。
側から見れば彼女は自分を理解し背中を押してくれる友人が出来て前に進んでいるように見えるかもしれない。
しかし現実は違った、彼女は今まで社会の不条理を嘆くだけだったのに俺の言葉が彼女の世界を広げてしまった。
自分が嘆いた世界に抗う生き方がわかっても、彼女はその在り方に辿り着けない。
必然、彼女は苦悩しその度に心を傷付けた。
「アリシアさん、僕を見てください」
「はい?」
「それでも、生きてください。
在り方に辿り着けなくても、あなたはまだその道にいる。
なら、なら諦めるな。
高潔な在り方は少しの穢れで立てなくなる!
でも、それを乗り越えた先に何にも負けない光になる!
僕だってそうでした」
「シノンくんも?」
ただ誰かのために、笑顔のために、世界が英雄を求めていると思っていた、夢に突き進むだけの無邪気なあの頃、小さな穢れで俺は光を見れなくなった。
ただ漠然に人のために生きていても、それが何になるかとか何かを変えられているのかもわからなかった。
でも今ならわかる。
意思を持って、信念を背負って人のために生きるのは絶対に生きる理由になる、きっと誰かの人生の片隅にいられる。
あの失意と絶望を知っているから、暗闇で苦しむ人を理解できる。
「僕ができるのは支えるだけです。
縋る木にはなれません。
だから、生きてください。
あなたの魂に光がある限り、僕は諦めろなんて言いませんから」
「…そうですね、私、生きます。
醜くでも生きて、自分の在り方を見つけてみます」
「はい、その息です!」
涙は止まり、嗚咽はありながらも彼女の顔に光が戻った。
根本的な解決ではないのかもしれない。
罅割れた体をテープで繋ぎ止めただけかもしれない。
それでも確かに彼女はまた歩き出した、それに変わりはない。
彼女には止まってほしくない、俺のようになってほしくないから。
「ではそろそろ帰り…アリシアさん?」
俺の提案を最後まで聞くことなく、アリシアさんは胡座をかく俺の膝に頭を落とした。
耳を澄まして聞いてみると微かに寝息が聞こえる。
あんなに泣いたんだし、そりゃ眠くなるか。
しっかし、これは動けないなどうしようか。
気持ちよさそうに髪を風で靡かせながら眠りアリシアさんに頭を掻いていると後ろから足音がした。
油断して魔力探知を怠ったことで気づけなかったことに焦り振り返るとそこには鎧を外しはしたが剣は携えたままのここに来るときに話しかけてきた体調がいた。
「えっと、リナリドさんでしたよね?
何かようですか?」
「それでよかったのか、クソガキ」
突然人を罵りながら質問するなんてやっぱり口が悪いな。
それでよかったって、もしかしてアリシアさんことか?
盗み疑義してたってこと?
あらやだ趣味が悪いわねこの人、女性の亡き姿はそうみるものではなくってよ。
「これでいいんです。
自分のようになってほしくないのなら、その人にとって苦しい道でも正しいと言って進ませるしかないんですよ」
「…ふん、随分と経験があるような言い方だな」
「HAHAHA、なんのことやら。
あとそのクソガキって言うのやめください」
「うるせぇ呼び方は俺の勝手だ」
「他人を尊重しなければ尊重されませんよ」
おっと、目に見えるレベルで血管が浮き出ましたな。
会った時からわかっていたけどこの人やっぱり煽り耐性低いな。
あとなんか…背低くね?
目測で160と少しってところか、成長しきった男子にしては少し低いかな。
前の世界の俺でも175はあったぞ。
再度確認するために俺が足から頭頂部までを交互に見ていると自分の何を見ているのか察したリナルドさんが怒鳴ってきた。
「お前…さっきから人の身長をジロジロ見やがって!
言いたいことがあるならはっきりしやがれ!」
「ちょっと、寝てる人がいるんだから静かにしてくださいよ。
それに、僕は男性に必要なのは器の大きさだと思います」
「見てるじゃねぇか!」
圧を出しながらも忠告通りに声量を抑えてくれてるあたりやはり根はいい人なんだろうな。
それにしても、顔立ちからわかるがやはり若いな。
この若さで一国の騎士団で部隊長を任されるとは、才能に恵まれているが、それ以上に努力をしていると見える。
その証拠に少し開かれた掌に幾つかのたこが出来ている。
これは何度もでいた結果、消えることない勲章として残ったものだろう。
「それで、どうしてここに来たんですか?
部隊長が部隊を置いてまで来るところでもないでしょう?」
「ああ、そいつを置いてからでいい。
オリヴィエが呼んでいた、この後森の中で焚き火のある場所まで来い」
「…わかりました」
それだけ言い残してリナルドさんは去っていった。
そこから少し休んだあと、俺はアリシアさんを背負って騎士団の野営地まで戻って行った。
途中アリシアさんが身動きをするせいで胸の感触がもろに背中に当たってドギマギしたり寝息が耳かかってゾワっとしたりで心臓がめちゃくちなったが、これは墓まで持っていくことにした。