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第十五話「不完全」

暗く、地を照らす光はもう星明かりしかない時間、二人の剣士が肩で息を漏らしながら地面に大の字になり寝転がっていた。



「アリシアさんのおかげでかなり、剣に慣れてきましたよ」

「それは、よかったです」



俺とアリシアさんは互いに体は全く動かすことはできずに、ただ地面に寝そべる以外にできることはない状態にいる。

2時間近く二人で剣をぶつけ合い互いの全力を出し続け俺たちは夜空を見上げている。

アリシアさんの剣技は朝見た通り実に見事だった。

それに加えてあの腕力、魔力による強化が上手いと言うよりかはおそらく素体の筋力がそもそも強いんだろう。

魔力強化は掛け算だ、元々の腕力は強ければ魔力で施される身体強化も大きくなる。

初めて会った時に貰った一撃も確かにめちゃくちゃ重かったし、納得だな。


しっかし、そのせいで防御がし辛かったな。

身体強化で使う魔力量は俺より少ないのに繰り出される威力はとてつもなく重かった。

こちらがどう受ければいいかの采配が難しい。

これは紛れもないアリシアさんの強みと言えるだろう。



「アリシアさんはどうしてそんなに力が強いんですか?」

「…もしかして、女らしくないとか思ってます?」

「い、いえ!その、特殊な体質だったりするのかと…ただの興味だったんです」



俺は気を悪くさせたことを感じ取り咄嗟に体を起こし土下座する。

俺の俊足の土下座を見て、理解はできなくともとてつもない謝意を感じたのかアリシアさんは頭を上げるように促してくる。

しかし、乙女のセンシティブな部分に触れた代償は大きい。

生前にそういった異性とのトラブルがなかったため知識としてはあまり多くないが先程の発言が良くない受け取られをしてしまったのはわかった。



「私は、生跡の宿りが遅かったので体を鍛えるしかなかったんです」

「そう、だったんですか」

「でも、そのおかげでこの力の強さは強みになってます。

 あの努力も無駄じゃなかったって思わせてくれます」



過去を振り返るように星を見るその横顔は少し儚く、手を伸ばしても届くことのないように見えた。

少なからず、他の騎士たちとの違いに負い目を感じているんだろう。

生跡は10年以内に宿ると言われてはいるが遅くても8年で宿るものが多い。

彼女のいう遅かった、は多分それよりも後に宿ってしまったことから言っているのだろう。

生跡、魔力の鍛錬を幼少期、いや成長期の間に行うことには重大なメリットがある。

鍛錬の成果が如実に現れるのだ。

魔力の量や、精度その全てにおいて鍛錬すればするほど成長をその身で感じられる。

現に俺も現在進行形で成長を感じている。


幼少期の遅れは、そのまま一生の遅れになる。

だから貴族や王族はこぞって息子、娘に幼いうちから英才教育を行なっているのだ。

ま、こんなこと言っているが結局は本人のセンスが最も大きい。

魔力の扱いが下手な者はいつまで経っても上達はしないし、考えが凝り固まっている者は生跡の応用を作り出せない。



「僕は、いつだって大事なのは今だと思います」

「今?」

「はい、過去を悔やみ続ける者、未来を夢見すぎる者は足元が見れていません。

 いつかきっと、足元を掬われます。

 大事なのは、今を生きることです。

 足元と、少し先の景色を見据えて歩み続けることが、上手い人生の生き方なんだと僕は思います。

 だから、過去を悔やみすぎないでください。

 今を生きれば、きっと過去なんて関係なくなるはずですから」

「そう、ですか?」

「はい」



過去に囚われ、光を失った俺はずっと暗闇の中を彷徨う続けてきていた。

今を生きることのできない者に光は見えない。

俺もあの頃のことを全部なかったことにしたわけではないが、今はもう振り返る回数は減っていった。

過去の俺ほどではないんだろいが、過去に悩んでいるのは事実だ。

魂的な年齢で言えば、多分俺の方が年上だしここは先輩としてアドバイスをしておかないとな。



「じゃあ特別に、最近身につけた小技を見せてあげましょう」

「小技ですか?」



見当がつかないと頭の上に?を出すアリシアさんに横目に俺は生跡を使い少量の粒子を生み出した。

生み出した粒子をその場で自転させるように俺は指を時計回りに回しながら魔力を送る。

魔力を送られた粒子たちは高速の自転を開始し、発光し始める。

そして、空に光る星々と共にもう一つの星空が生まれた。



「すごいですね…」



思わず零れたかのような感嘆の声に彼女の方を見ると、彼女の目は少女の如く手の届く距離に浮かぶ星空に目を輝かせていた。

旅の途中で粒子一つをこうして時点から発光させる操作を習得したのを思い出し、今日のクエストから何か似たような感覚でできないかと思ったが予想通りだったか。

あの時なぜ俺が自然にあの状態を保てたのか、それは一々操作をするときに特定の指示を出すのではなく設定されたプログラムを構築時に持たせておくことでプログラム内の動きなら魔力さえ流していれば半永久的に持続される。

これもそれと同じ原理だ。

一つ一つにずっと回転しろ、発光は意図してではないが発光しろ、とオーダーを送る必要はない。

ただ自転しながら光ると作られたプログラムを持たせれば勝手にこうなる。



「これは、どうやって光っているんですか?」



アリシアさんが子供のような眼差しで俺に問いかける。

生跡の目覚めが遅かったって言ってたし生跡への興味は人一倍なのかな?



「いいことを聞いてくれ明日ね。

 これは粒子の崩壊による発光です。 

 難しいかもしれませんが粒子の崩壊によるエネルギーが同じ粒子の中に入っているある成分?みたいなものに影響を与えて発光しているんですよ」

「…?」

「すいません、少し難しかったですね」



難しい顔をしながら手を顎に当てているが多分理解できてはいないだろう。

生跡の解析、と言うのができるわけではないが不思議と自分の生跡の原理は理解できる。

だからこそ、自分の生跡が不完全なことも理解できている。

再構築という名を賜りながらその所業は破壊を行い構築とは名ばかりの粒子へと変換することだけ、本来ならばその名の通りのことができるはずなのだろう。

それはきっと、あの時の夢もあkんれんしているはずだ。

黄昏の空の木下で一人眠りにつくあの少年を俺は知らない。

その答えに辿り着くまで、俺は俺の力を十分には振るえないんだとそう感じている。



「シノンくん?」

「ああ、すみません少し呆けていました」

「何か悩み事ですか?

 よければ力になりますよ!」



一気に互いの顔の距離が近づいたことにギョッとし咄嗟に後ずさる。

この人本当に距離が近いな。

いや、距離が近いと言うより適切な距離がわからないんだろうな。



「大丈夫ですよ。

 それより、出立は2日後ですよね?

 アリシアさんは作戦とか聞いているんですか?」

「それは明日話されるはずです」

「でしたら、簡略されたものでいいので出立前に教えてもらってもいいでしょうか?

 大まかな作戦は知っておきたいので」

「もちろん!任せてください!」



単独行動する上で、捕まったりされた時のことを考えると味方側の戦力や布陣は知らない方がいいだろう。

だが、ある程度は知っておかないと自分の行動が良い迷惑になる時があるだろう。

今回の俺の位置付けは騎士団との全く別勢力という位置にいる。

邪魔にならないようにとことん暴れるには布陣くらいの知識は必要だろう。

さてそろそろジオが心配し始める頃だし宿に戻るとするか。

俺は粒子の動きを止め生跡を解いて立ち上がる。

俺を追って立ちあがろうとするアリシアさんに手を貸し、彼女と共に身についた砂などを振り落とした。



「そろそろ仲間がうるさくなるので、僕はここで」

「あるがとうシノンくん、また任務の時に会いましょう」

「はい、2日後に」



遠くなる俺を見ながら手を振るアリシアさんに手を振替しながら俺は帰路に着いた。

今日はよく動いたな。

体の疲労的にも帰ったらすぐ寝そうかなこれは。

時間が経ったおかげでかなり治ったがまだ体に倦怠感は残っているし、筋肉痛も感じる。

原因はやっぱり、あれだろうな…

クエストの最後、一瞬だけ入ったあの感覚がおそらく原因だろう。

ここまで不調が長く続くとなると、単純な没頭や集中状態ってわけではなさそうだな。



「何か魔力に関連した…」

「君はずっと考え事をしているね」

「うわびっくりした!?」



曲がり角を曲がったところにジオがいた。

まるで俺の帰り道を全てわかっているかのようにジオが待ち伏せていた。

俺クエスト終わらせてからどこに行くかも言ってなかったのに!この人怖い!



「なんでいるんだよ…」

「君があまりにも帰りが遅いというから心配してあげたというのになんだいその言い草は」

「悪かったって」



頬をぷくっと膨らませ怒りを強調させるジオには容姿のせいか年齢に合わない幼さを感じた。

なんかこう、歳上を演じてる同年代感がすごいな。

普通の人がやれば目も当てられないくらい痛ましい光景だが、ジオの容姿は整っているのでその全てを吹き飛ばす。

やはり人は顔なのか…なんとも虚しい。

ため息をつき呆れた様子でジオは俺の横に並び帰り道を行く。


宿に着いた後、俺はすぐにベットに飛び込んだ。

柔らかいベッドの弾力が体の力を奪っていき、動きをなくさせる。

もう、動きたくない。

そう思わせるほどに、この宿のベッドの寝心地は素晴らしい。

宿泊した最初の夜はどれほど感動したものか、ずっと地面や木を背にしていた俺の五体はこの柔らかさに感動した。



「それにしてもシノン、今日は随分頑張ったようだね。

 こんなに稼いだなんて驚きだよ」

「だろ?

 ラグナベア一体のはずなのに四体もいたからびっくりしたよ」

「なるほど、イレギュラーだったわけか」



報酬の金が入った袋をジオが机に置くのを、俺はベッドから起き上がらず顔だけを彼の方に向けて反応する。



「だからかな、シノンの魔力が少し冴えているように感じるのは」

「そうか?そういえばクエスト中にめちゃくちゃ集中力が高くなった時があったんだよな」

「ああ、それはおそらく英気と呼ばれる状態だね。

 一つの目的に対して極限まで集中することで入ることのできる領域だよ。

 効果としては身体、魔力操作の上昇と全能感があるね」



英気か…効果も俺が感じたものに酷似している。

この世界ではそう言った前の世界のゾーンみたいなものもあるのか。

やはり、魔力があるだけで世界は驚くほどに違うな。

この世界の魔力は人や物、世界に深く関わるこの世界を知るには無くてはならないものだ。

魔力のことを知れば知るほど、世界に着いても知ることができるんだろう。



「人がやろうとしていける場所じゃないよそこは、やっぱり君はセンスがあるね」

「そりゃどうも」



片目を閉じたウィンクでキランと星を飛ばしたような笑顔で俺を称賛するジオの言葉はやっぱり軽い。

たとえ表面的には感情が篭っているように見えてもそれは彼が身につける何層にも重ねられた仮面の一つが作り出す取り繕った感情に過ぎない。

散策をするつもりはない。

彼の全てを語れというのなら俺も全てを語らねばならないだろう。

彼が過去や自信を語りたくないのと同じように俺もできれば前世のあれこれは語りたくないしな。



「さて、行ってきたんだろう?騎士団へ」

「ああ、同行、そして単独行動の許可を得た。

 これなら自由に動いたとしても異はない」

「ならここからは当日の作戦会議といこうか」



体を起こしベッドに座る俺の前に向かい合うように丸机を挟み椅子を引きずって座る。

椅子に腰掛けたジオは自身のローブから一枚の羊皮紙を取り出し広げる。

見るとそこにはミラーナの地図と思われる図が描かれていた。

湖と面している影響で南部が弧を描くように凹むように作られた円形都市、妖精の森の自然と湖の恵みを受けて繁栄したこの国の首都。

湖に面する反対側に位置する北西側の一角をジオは指差した。



「観測した限り最も手薄だった門、おそらく騎士団はここからミラーナへ入っていくだろうね」

「となれば、俺は一手遅れて行くべきか」

「僕としても、それがベストだと思うよ」



騎士団の侵入によって敵勢力が反応し、騎士団に意識を割いている間に俺が侵入および撹乱を開始する。

俺がやるべきはまずミラーナの現状把握だろうか。

民衆の状況、敵勢力についてなど、確認すべきことは多くある。

あわよくばそこからある程度の戦力を削るまでいきたいが、決してそう上手くはいかないだろう。

いつの時代も、戦いとはそういう物であり全てを見通す物でもその結果はわからない。

幾千の人間の物語が織りなす終幕なんて、誰にもわからないからな。

 


「そこからはやっぱり…」

「うん、作戦会議って言っておいてなんだけどぶっつけ本番だね。

 臨機応変にとしか僕は言えないよ」

「だよなぁ〜」



初戦なのに相手が悪すぎる。

妖精族の文献は読んだことがあるが、未知な部分が大きい。

いや、明かすことが許されないことが多いと言った方がいいか。

妖精族は一言で言うなら秘密主義で自身たちだけで完結しようとする他との共生を望まぬ種族だ。

だからこそ、自身らのことを他に知られることを避けるのは当然だろう。

秘密主義の妖精たちと、そもそもが未知数んお暴徒たち、何があってもおかしくはないか。



「考えるだけで、気が引けるな」

「僕としても、初戦にしては酷だとは思ってるよ」

「そう言ってる割には全く申し訳なさが感じられねぇなぁ」

「僕に本音とか求めるだけ無駄だよ」



ここまでハッキリ言うか普通、清々し過ぎて怒る気もなくなるわ。

…残り2日か、剣に慣れること以外には何をするべきかな。



「残り2日、ここは思い切って更なる生跡の開拓といかないかい?」

「さらにか?」

「ああ、君の生跡は多人数戦に有利だけど強者との白兵戦になると決め手がなくなるからね」



更なる生跡の成長、かなりハイペースで進めている自覚あるのかこいつ?

しかし、決めて…つまりは必殺の技か。

結構やりたいな!

ここはジオの考え通りに乗ってみるのもありか?

この短期間で習得できるとはあまり思えないが、もしかすればミラーナにいる間に再び英気になった時に使えるようになるかも知れない。

それこそ、本当にピンチとしか言えない場面でしか起きないだろうがな。



「やるにはやるけど、数ある選択肢からどうやって」

「必殺技と言えばやっぱり詠唱でしょ」

「なるほど、複雑な魔力操作の少ないが習得の難度は高い、詠唱ね」



いや、無理だが?

なんで難易度が高いものを提案してくるんだこの野郎。

確かに詠唱を使って発動する生跡は通常の生跡とは段違いの威力を見せる。

その上、特段理論や魔力の知識を必要としないため簡単に感じる。

というのは全く無く理論より感情論を求められるため、他の応用より習得は難しいと言うより面倒臭い。

必要な条件は生跡を見つめ、真理を理解すること。

んなこと簡単にできればやってるわ。

いくら考えても見えてこないんだよこっちは。



「ジオは本当にスパルタだな」

「君のこれからの旅を案じて提案しているのに随分な言われようだね」

「はいはいありがたいありがたい」



俺は座って話すのも面倒くさくなりそのままベッドに背中をダイブさせる。

ジオと話していて若干忘れかけているが、俺の体は戦闘の疲労でヘロヘロだ。

すぐにでも寝たい。

でも、作戦の話はしっかり聞かなかったから起きていたわけで…話が終わったならもう寝ても問題ない!



「俺はもう寝る!」

「だろうと思ったよ。

 お疲れシノンまた明日」

「おうおやすみ」



重力を数倍に感じる程の重量を感じる瞼を降ろし、ベッドに沈むように眠りに入る。

ベッドから香る眠りを早めるためにつけられた安らぐ花の香りはいつしか、風に運ばれる麦の香りに変わっていた。

瞼の外から差す部屋の中ではあり得ない光に俺は思わず目を開けた。

黄金の大地、揺れる稲穂、丘の上に聳り立つ大木、その景色は未だ記憶に新しい彼と会った場所だった。



「今回は少し、話す時間がありそうだね」

「いたのか…」



以前は大木に背をかけ眠っていた金髪と赤眼の少年は今は俺の横に座り、共に夕陽を眺めていた。

ここにくると、あの時を思い出して嫌になるな。

また目覚めれば、何かを失っているんじゃないかとそう感じてしまう。

相変わらず俺と瓜二つのこの少年を見ているのが気味悪いと言うのもあるが、そこは受け入れつつある。

でも、何もかも同じと言うわけではない。

少なくとも精神的な面で違いはあるだろう。

彼の方がきっと俺より達観している部分は多くあるはず、となれば俺より魂の年齢は上だろう。



「いた、と言えばそうだね。

 でも正確には君が現れたんだよ?」

「そっちから見たらそうなんだな」



一つ一つの言葉が優しく、柔らかい。

聞くもの見るものを惹きつけるその姿は俺と本当に同じ顔かと思うほどに光を放っていた。

完璧、その言葉がこれほど似合う者は世界を探してもそうそういないだろう。

彼ならきっと、俺の生跡について知っているかも知れない。



「あんたは以前、魂が擦り減った瀕死の状態だから出会ったと言ったな。

 なら今はなんだ?」

「前回の話はここに君がこられたことに言ったんじゃない。

 言っただろう?出会ったと」



ああ、そう言うことか。

回りくどい言い方をする、つまり前回行った条件は出会うための条件の一つであってここにくるための条件ではないと言うことか。

魂の世界の扉を開ける、走馬灯のその先を俺はあの日開いた。

今は不確かな部分はあれど自由に出入りができるってことか。



「君がここに現れたのは求めたから」

「求めた?」

「生跡の話、聞きたいんだろう?」



外への干渉も完走もできないと言うのに、それはわかるのか。

いや、この感じは俺から読み取ったって方が正しいな。

俺がここに現れる理由を消去法で割り出したのか。



「ああ、俺の生跡が不完全な理由を、あんたは知ってるんだろ?」

「君は、オイディプスだ。

 自らを知ろうとせず運命を歩んでいる。

 確かに君の生跡は不完全、欠陥品であり劣化品だ。

 新たな物質を構築することは叶わず、ただ星の屑を回せるだけの代物、生跡は使用者の写し身だ。

 君が不完全なままでは生跡もそこから進まない」

「俺が、不完全?」

「力量の話じゃない。

 才覚で言えば、君は十分すぎるほどに溢れている。

 君の心の問題だよ」



俺の心の問題、だと?

俺はまだ、何か知らないことがあると言うのか?

確かになぜ俺が転生したのかも、なぜ俺がこの肉体の魂として過ごしているのかもまだ知らない。

俺は俺を、何も知らない。

ウィットミア家の長男という表面的なものしか俺は知り得ない。



「元来旅っていうのは、自分の求める何かを追うものであり、その道中で己を知るものだろう?

 君はまだ自分を知る、ができていないよ」

「……」



理解できるようで、理解できない。

どこかしらに含みがあるのはわかるのに、あやふやすぎて掴めない。

でも、少し懐かしい。

いつか、こんな話し方をする友とこうして誰もいない場所で話していたような。

ま、話の内容は難しかったが要は旅を進めれば自ずとわかるってことだろ。

なら、俺のやることは変わらない。



「よし、ありがとうおかげでスッキリした」

「それはよかった」

「そう言えば、名前教えてくれないか?」

「僕の、名前?」

「ああ、嫌か?」



俺の疑問に彼は少しの間う〜んと唸りながら何も言わなくなってしまった。

名前を明かせない理由があったりするのか?

こんな世界にまできて?

彼のこれまでの発言的にこの世界は元の世界と明らかに別の場所に位置している。

言うなれば隔絶された永遠に続く一瞬の世界だ。

こんな場所で明かせない理由があるとしたら、個人的な何かだろう。

数分間、悩みに悩んだ結果彼は顔を上げ俺へ向いた。



「君なら、大丈夫かな。

 僕の名前はアルト・アンブロシウス、この世界にただ一人存在するただの少年さ」

「アルトか…じゃあアルだな」

「略すの早いね」

「そりゃ、もう俺たち友達だろ?」



アンブロシウス、随分とまぁ大層な名前がつけられたもんだな。

ギリシャを起源とする神々に対して使われた言葉、アンブロシアの人名につけるための変形体か。

なぜ、俺の世界の言葉があるのかも疑問だがそれほどの名をつけられる彼にも思うことがあるな。

今更アルを疑ってかかるってことはないが少し、知らなきゃならないことができたな。



「アルはなんでここにいるんだ?

 生跡とかの知識はあるしここで生まれたってわけじゃないんだろ?」

「僕は…ここに連れてこられたんだ。

 長く、果てしない旅の終わりを見届けて、夢半ばで命の火は消えた。

 多くの人々を見続け、永遠にも思える時間を世界とともに流れてきた。

 あまりにも長い時間をいたせいで精神が摩耗してしまい自分という存在を忘れかけた時、僕はここにいた。

 懐かしくも悲しいこの景色の中で夕焼けに包まれ僕は生まれた」



この世界に突然送られたってことは、何者かによる転移、転送か?

全く別の世界に魂を飛ばすなんて常人にできることじゃない。

おそらくは伝説の登場する者たちのレベルの誰かが密かに行ったんだろう。

アルすらここにくる経緯は断片的に、それも超ざっくりにしか知らないとくればやっぱり何かありそうだな。

益々、アルという男がよくわからなくなってきた。



「じゃあお互い、まだ自分を知らないんだな」

「そうだね、似た者同士だ。

 それにねシノン、僕もね英雄になりたいんだ。 

 そのために、この永久とも思える悠久の時をこの五体に皹を入れながら歩み続けた。

 きっと、君もそうなんだろう?」

「…俺は、まだ途中だよ」



毎日、旅に出る前から考えていた。

旅は決して栄光だけが輝くものではないと、希望だけを見ようとする心に語りかけ続けた。

それは今も同じだ。

戦いを勝ち抜き、戦場を駆け回り、勇姿を見せつけ、その光を(ほしいまま)とする。

なんと輝かしい物語、しかしそれは希望を与えるために書き換えられた。

いや、伏せられた物語だ。

戦いの絶えない世界で、剣を持ち英雄への道を歩むのなら俺がこれから歩み、登り詰めるのは骸の道だ。


彼は、それをすでに見てきたんだろう。

友が、家族が、恋人が、自身の旅路の道となり死んでいく景色を見た。

それでも英雄の座に届かず終えてしまった人生を嘆き、魂を流転させた。

再び、その道を歩むことを決めたのだ。

一度見ても尚止めることなく、きっと絶望の中で苦しむこともあっただろう。

それでも彼は決意をしたのだ。



「それに、アルほど立派じゃない。

 残酷な現実に立ち上がれるかの保証すらない。

 俺は、今でも自分に問いかけてるよ。

 俺は、英雄たる資格を持ってるかってな」

「シノン…」



申し訳ないことをしたと思っているのか、俺の話を聞いたアルの顔は暗くなってしまった。

俺的にはアルを褒めようとしたんだけどな…

俺は慌ててアルの機嫌を直そうとする。



「で、でも、これからも頑張るよ。

 資格がないなら獲ればいい。

 俺は思うよ、俺の、俺たちの向かう旅の果てに何よりも澄み渡った青空があることを」

「…昔、僕の友人も同じようなことを言っていたよ。

 ま、その人はバッドエンドが嫌いだっただけかもしれないけどね」



咄嗟にジオの言いそうなことを言ってみたけど、アルにもジオに似た友達がいるのか?

そりゃ災難だ。

あんなな飄々としながら問題を次から次へと持ってくるやつがいるなんて、お互い苦労人だな。

その友との思い出は明るい思い出が多いんだろう。

でも、それを語る彼は少し悲しそうな顔をしている。



「その人と、良くない別れでもしてしまったのか?」

「…ふふっ」

「?」

「いや、僕たちが互いに核心を付き合うのが面白いなってね。

 そうだね、うんきっと良くない別れだったんだろうね。

 彼は僕の望みを叶えようと常にやれることをやってくれた。

 なのに僕は、何もしてあげられなかった。

 彼の願いも知らないまま、こんなとこに来てしまう始末さ」



夕日に揺れる稲穂を眺めながら、過去の自身を愚かと笑うように彼の口角は少し吊り上げられた。

彼が考えていることはわからない訳ではない。

俺だって妹に背負わせたものに気付けず自分のことばかり追っていた。

そんな愚かな兄を今の俺なら笑うだろう。

全く愚かで惨め、そして無様だとそう嘲るだろう。



「そう、自分を卑下するなよ。

 結局は夢や望みが叶うかはそいつ次第だ。

 だから…おっと、時間か」

「みたいだね。

 ありがとうシノン、また会おう」

「ああ、じゃあなアル」



話の途中で光となり崩れ始めた俺の体はこの世界に現界できる時間が来たのだと察した。

いつ会えるかはわからないがきっと会える。

そんな気がするからか、ここを離れる不安はさ程ない。

また、旅で行き詰まったりした時にでも彼と話せたらいいな。

再び眠るとは違う感覚で意識を手放し、俺の体は全て光に還った。

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