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第十四話「イレギュラー」

「ゔぉあぁぁう!!」



雄叫びを上げながら鋭い爪を俺にむけ突進してくる熊たちを俺は素早い跳躍で回避する。

世写の四肢(ウィガール)のおかげで難なく回避はしているが、あの体格で突っ込まれると洒落にならないな。

目測でも身長はやはり4m前後、普通に切ったところで浅くて切りきれない。

木から木へ移りながら思考を回し、俺の動きを目で追うことしかできないラグナベアたちを観察する。


無闇矢鱈に攻撃はしないか、ここで勝手に体力を使ってくれるのは一番理想だったんだけどな。

世写の四肢を使用した状態の移動も問題ない。

これなら、いけるかもしれない。

俺は剣を構え木の枝を蹴って降下する。

落下の勢いをそのまま世写の四肢のよって強化された俺は、目にも止まれぬ速度で地上に降り一体の右腕を切り落とした。



「ゔおぉぉぉぉ!!」



腕を切り落とされたラグナベアは痛みのままに叫び出す。

いける、この状態でも通じる。

次手のために体制を整えようとした瞬間、後ろから強烈な一撃をもらい俺は吹き飛ばされた。



「ぐぅっ…!」



あいつら、仲間がやられた瞬間にカバーに入りにきやがった。

距離を取りながら俺を見ていた癖に、知能が高いのか?いや、これは仲間意識か!

厄介だ…さっきの腕を切った感覚からして皮膚はかなり厚い。

一々ヒットアンドアウェイで攻撃でもしていたら時間が足りない。

あまり、自然に被害は出したくなかったが致し方ない。

俺はこちらに接近してきているラグナベアたちを警戒しつつ周囲に魔力で作られた幕のようなものを展開する。

これが生跡の応用の一つ、結界。

自身の魔力で空間を作り出しその空間内で生跡の強化を行う応用だ。

この結界のおかげで、俺は態々手で触れなくとも物質を粒子に変換できるようになった。

結界の中に入った木々が一瞬にして粒子に変換される。



「ここからが本領だ」



少量の粒子を剣に纏わせリーチを伸ばしつつ、他の粒子と共にラグナベアへ向かう。

今回は粒子を幾つかに束ねて俺の攻撃箇所に追撃を行う触手のように使う。

攻撃以外の時は俺の背後を覆うように触手を構え、背後からの予期せぬ攻撃に対処する。

まずは二体でラグナベアが攻めてくる。

奥で見ている、二体は俺の動きを見ているのか?

獣の癖に、頭あるじゃないか。

一体目へ視線を送るとすかさず歯を剥き出しに噛みついてくる。

俺はバク宙で噛みつきを回避しラグナベアの頭上を取る。


クエスト出発前にギルドでラグナベアの弱点は一通り覚えた。

まずはここ、唯一皮膚の薄い背中の中心だ!

俺はバク宙の回転で生まれた威力を剣に込め振り下ろす。

それと同時に触手三本で同箇所を刺す。

予想通り、剣は背中に深く刺さりその傷口を触手が広げるように刺さった。

ラグナベアは力無い叫びを上げ地面に倒れ伏した。



「次だ!」



仲間がやられ焦ったのか一緒に来ていたもう一体の先程腕を切られたアグナベアが鉤爪を振るう。

大きな掌による攻撃、確かに恐ろしいが速度が遅い。

俺はしゃがむことで攻撃を回避し隙を晒したラグナベアの左腕を触手で拘束し、全力の一撃を振り下ろす。

もう一度、甲高い叫び声が森に響く。

両腕を失ったラグナベアは二足歩行を強制され速度を失った噛みつきを繰り出す。

しかし、その程度の攻撃ではもう俺は止まらない。

難なく噛みつきを回避し、さらに粒子を集め刀身を伸ばした剣で腹を貫く。

痛みはあれど、ラグナベアの巨大な体躯にとっては小さなものである。

振り絞った残りの力で俺へ最後の一撃を放つ…前に体内で形状が変化した粒子が内側から無数の棘となり体を貫通した。

二体目のラグナベアも息絶え音を立て倒れた。



「さてと…そろそろ見てるだけも飽きたんじゃないか?」



俺は口調と合わない鋭い目つきで傍観を貫いていた二体を見つめる。

防寒の時間は終わったのか、それに応えるように二体もこちらにゆっくりと近づいてくる。

この余裕と知能の高さ、こいつらはさっきのとは違う。

獣だがわかる、こいつらに今隙はない。

そして何より、自分から攻めてこない。

気づいたか、後手で相手へのカウンターで必殺を打ち込む俺の戦法に…

世写の四肢の操作が十分にできない今の得策だったが、こうなっては仕方がない。


まずは触手を使って様子を見る。

俺は二体に向かって粒子を増やして固めた触手を伸ばして遠距離攻撃を行う。

触手自体は空中に浮いている状態が操作できるため操作できる距離はそのまま魔力の届く範囲になる。

視認しながら操作を行える10mを保ながら攻撃する。

二体のラグナベアに粒槍の連撃が襲い掛かる。

二体は俺から目を離すことなく粒槍を回避する。

流石にあの質量攻撃を喰らうのは奴らにとっても痛いようだな。

さっきの一撃で左腕が痛んでうまく動かせない。

至近距離でのやり合いは不利に出ることになってしまう。

確実に一撃でどちらも葬る!

二匹を追うように俺も走り出した。



「っ消えた!?」



一瞬木を挟んで見えなくなったと瞬間二匹の姿が消えた。

相手を捕捉しようと魔力探知をしようした時には、もう遅かった。

前方の木が二本、俺に目掛けえて倒れてきた。

これはまさか…木を無くして自分たちにフールドを作るつもりか。

難なく倒れてくる木を避けるが次々と気は迫ってくる。

避けては倒されを繰り返す内に周囲はいつの間にか数本木が倒れているだけの開けた空間になっていた。



「遠距離の搦手を潰したのか。

 ほんっと頭いいのな」



ラグナベアは知能が高い。

ギルドに書いてあったあれも嘘ではなかったらしい。

木々の間を縫うようして軌道を読まれないようしていた遠距離攻撃を潰された。

単純な遠距離では事態の解決にはならない。

一か八か、近接でやってみるしか討伐はできなさそうだな。

倒した二体の首を持っていて他を騎士団ら辺に任せるのもありだが…英雄は、ここで逃げない。

自分の理想の姿を描き自身を奮い立たせる。

俺は決心し、こちらを鋭く見つめる二体へ剣を構え走り出す。

ラグナベアにたいとぶつかり合い、攻撃を回避だり防いだりしながら攻防を繰り広げる。

…やっぱり、防ぐだけで手一杯、さらに速度を上げれば俺の魔力操作が着いてこない。

このままじゃ…


一瞬、シノンの心が揺れた瞬間左方向への防御が疎かになった。

不幸なことに、意図せず攻撃を繰り出したラグナベアの一撃は既に負傷していたシノンの左腕を叩き壊した。

世写の四肢のおかげで爪の斬撃は通らなかったが、その威力は内部に響いた。

左腕の骨はミシッと音を立ててヒビが入り、振動は脳までをも揺らす。

ラグナベアの剛腕はそのまま腕を振り切り、再びシノンを弾き飛ばした。



「がはっ!」



弾き飛ばされた俺は地面に転がり、痛みを堪えながら負傷した左腕を押さえる。

まずった!!完全に左腕をやられた!

どうにか足と体の反動だけで起き上がり、右手で剣を構える。

以前として二体はこちらを伺うように見つめ続ける。

今の流れを繰り返して俺を殺すつもりか。

久しぶりだ、あの時初めて感じたこの感覚、全身の細胞に至るまでの全てが目の前の敵へ向かう感覚。


シノンの闘争本能は、生命の危機を強く感じたことで刺激され自身の本質を垣間見させた。

シノンの顔に現れる愉悦の笑み、彼はまさに今この戦闘を楽しんでいた。

自らの成長に焦りを感じ、脳の大部分を生跡の成長へと使っていたシノンの脳は完全に今回の戦闘の勝利のために向けられその他一切を排除した。

何かが変わったシノンを野生の感か生物の危機感知能力か、ラグナベアも察知した。

先ほどまで自身らが上だと思っていたあの子供に、なぜ今、ここまで命の矛先が向いているのか理解していなかった。

アスリートで言うゾーン、この世界で言われる英気と呼ばれる状態へ至ったシノンは自然に、まるで体に血が巡るように世写の四肢を維持していた。

そしてこの状況下で研ぎ澄まされた思考が導き出したシノンの最適解は…


シノンは剣を構え、一歩、二体の元へ踏み込んだ。

その一歩はあまりにも大きく、完成された世写の四肢は容易に二体の目前へシノンを運んだ。

先ほどと全く異なるシノンの動きに動揺し、迎撃までの判断が遅れた二体をシノンは閃光の如き粒子と剣の連撃を放った。

二体は突然の連撃に思考が追い付かずその体を鮮血で赤く染める。

バランスを崩し蹌踉ける二体へシノンは容赦無く追撃を行う。

一体には飛び後ろ蹴りで頭を胴から吹き飛ばし、二体目の首をそのまま空中で身を捻り繰り出した回し蹴りでギロチンにように刎ねる。

二体の体はシノンは地に降り立つと同時に崩れた。

四体の死体が転がる森の中でその全てを仕留めや少年は生跡を解き、その場で膝をついた。



「はぁはぁはぁ…」



なんだったんだ今の感覚は…突然感じた全能感のままに動いたら、俺はあの二体をすんなりと倒せた。

それにこの体に感じる倦怠感、全身の力が抜けるようなこの感じにも覚えがある。

あれは間違いなく、あの洞窟の時と同じ感覚だった。

やっぱり、命の危機にしかあの感覚は呼び起こされないのか。

体が重い、一時的とは言え本来のスペック以上のものを引き出したんだ。

代償だとしても軽いものだろう。

色々気になることはあるがこれでやっと生跡を成長させれたんだ。

俺は膝をついたまま掌に落ちた汗をぐっと握る。



「にしても、体が重いな。

 回復するまで少し休むか…」



俺は重力に身を任せ側にあった木を背にして休むことにした。

血生臭いこんな場所で休むのは嫌だが、我慢しよう。

そうして、数刻休んだ俺はラグナベア四体の首を袋に入れギルドに持ち帰った。



ーー



「えっと、討伐対象は一体では?」




ギルドのカウンターでラグナベアの首を差し出し、クエストの確認を行ってもらうと受付の女性に質問された。

その問いは俺が出したいんだが、ギルドがそんなこと知るはずもないか。

ここは冷静にイレギュラーとして報告しよう。



「確かにクエストの紙にはそう書いていましたけど、森には四体いましたよ」



俺がそう報告すると受付嬢は焦った様子で頭を下げた。



「申し訳ありませんでした。

 我々のミスによりこのような事態に」

「あぁ、いや僕無事ですし!

 ただ報告のために来たのでそんなやめて下さい!!」



こちらとしてはあの森で何か起きているのではないかと思ったから言っただけで、別に謝罪を求めている訳ではない。

前回のようになるから、周囲の目が集まるのはできるだけ避けたいのだ。

俺の必死のお願いに受付嬢は顔を上げてくれた。



「冒険者様がお許しになってもイレギュラーはイレギュラーです。

 せめて報酬金を多くお渡しします」

「…はい」



勢いに押され了承すると、受付嬢は奥野方へ消えていった。

これは、断るにも断りきれなさそうだな。

大人しく貰うべきなんだろう。

少し待つと奥の方から袋を持った受付嬢が戻ってきた。

ハンドボールくらいの大きさの袋をカウンターに置いた。

ドンという音がするくらいには重量のあるその袋の中身を見せるように受付嬢は袋の口を開いた。



「こちらでよろしいでしょうか」



そう言って見せてもらった袋の中には銀貨が全部で、パッと見四十枚は入っていた。

俺は過去にしたリアたちとのやり取りで導き出したこの世界での硬貨を日本円に換算した値段を思い出す。

確か…銀貨は一枚1,000円だっったはず、つまりこの袋の中に入っているのは4万円!?

俺は換算の結果に驚き声が出そうになった。



「これ、本当にいいんですか?」

「ええ、むしろこれでお許しになってくださるのであればこちらとしても嬉しい限りです」



そこまで言うなら、これを貰って話を終わらせようじゃないか。

少しでも金を多く稼いで旅に使わないとな。



「それでは、ありがたく受け取ります」

「いえこちらこそ」



受付嬢が深く頭を下げるのを再度止めてから、俺はギルドを後にした。

思わぬ収穫だった、新たな力もつけ、報酬金も多く受けとった。

これはジオも大喜びだろう。

あいつは感情の起伏がないように見えて普通に話のわかるやつだしな。

道中でも、人の戦闘前にクッソつまらないボケをかますくらいには軽口が多いやつだったしな。

クエストも終わったし今朝の話通り、オリヴィエさんのところに行くか。


俺がギルドから騎士団のある方向へと足を進めていく。

途中、まぁまぁ銀貨が重かったため宿に寄って置いてきた。

ジオに報告もしようと思ったけど、そこにジオはいなかった。

日がゆっくりと落ち始める時間、街も段々と静けさを帯びるこの時間でも到着した騎士団では剣のぶつかる音が響いていた。

塀を登り修練上を見下ろすとそこにはオリヴィエさんが甲冑を着た剣士と剣をぶつけ合っていた。

まだ、やっているのか…

他の騎士はもう誰一人としておらずだだっ広い修練上にはその二人しかいなかった。

二人、でいいのだろうか?

甲冑を着ている騎士、もしやあれは魔力で構成されたものではないか?

俺が生跡で作り出す粒子に似たような、綺麗に構成されたような…きっとオリヴィエさんの生跡だろう。

まぁここで、覗きっぱなしも悪いしさっさと話しかけるか。

俺は塀を慣れた手つきで飛び降りオリヴィエさんの元へ歩いて行く。

あちらも俺に気づいたようで剣を納めた、すると目の前の甲冑の騎士は崩れて消えた。

やはり生跡による構成された兵だったか。



「こんな時間に何の用だ」

「夕刻にすいません。

 ある手の情報屋から近日中にミラーナヘ調査があると聞きました。

 よろしければ僕も同行させてはいただけないでしょうか」



俺の言葉を聞いた途端にオリヴィエさんの眉間に皺がよった。

ま、ただの冒険者のガキは機密事項を知っているとなればそこは警戒するよな。

でも、ここで押されたら終わりだ。

これからの動きのためにも俺はなんとしてでも同行を許可してもらわねばならない。

俺は真っ直ぐな眼差しでオリヴィエさんを見つめる。



「貴様を連れていくメリットは何だ」

「メリット、ですか…」



俺を連れていくことでこの人に与えることのできるメリット、まずいこれと言ったものが一切沸いてこない。

交渉とかやったことないし、そこら辺はジオの領分だと思ってたからそういうスキルを身につけてこなかったのは不味かったか…俺がこの人に提示できるもの、それは何だ?

資金、栄誉、この人が今最も求めているものは何だ?

いや、考えてみれば簡単なことだったか。

俺は迷いを断ち切り再度オリヴィエさんの目を見つめる。



「勝利を、勝利を与えます」

「ほう?私たちでは足りないと?

 お前がそれほどまでの存在だと?」

「はい」



自信を持って、胸を張って俺は言った。

俺はきっとこの人の望む物は持っていない。

あるのは、この決意だけだ。

俺を見定めるように見つめるオリヴィエさんは静かに目を閉じて踵を返した。



「ふん、その言葉忘れるなよ。

 着いてこい」

「あっありがとうございます!」



俺に背を向けたままオリヴィエさんは本部へと歩き出した。

これは、許可を貰ったってことでいいんだよな?

俺は無言で本部へ歩く彼女の後ろについて歩いていく。

これでミラーナでの動きにあまり支障は出なくなったな。

ここからは次の交渉に移る。

次に俺が許可を貰うのは単独行動の許可だ。

騎士団としてミラーナへ同行しながら騎士団の職務ではなく自身の目的のために動く許可を貰いたい。



本部の中を歩いていくとおそらくオリヴィエィエさんお職務用の自室に到着した。

中に入れば他の騎士との違いがはっきりわかるような作りになっていた。

アイリスさんの部屋と違ってまず広いな。

職務用の部屋だから生活用品は少ないがその代わり仕事のための机や椅子はかなり凝った作りになっている。

オリヴィエさんは部屋に入ると剣を壁に掛け二つある個人用ソファの左側に座った。



「何をしている。

 座れ」

「はい」



俺は同じく剣を掛け右側のソファに座った。

やっぱりこの部屋の作り、リアのお父さんの部屋に少し似てるな。

違うのは骨董品やらが置いてないことぐらいか。

ていうかいつ話し始めるのこの人、このまま部屋の中観察して一時間くらい経っちゃいますよ?

表面的には貼り付けられた笑顔でどうにかなってはいるものの内心動揺している俺にオリヴィエさんはやっと言葉を発した。



「シノン、お前の父には世話になった」

「!?

 父を、タリア・ウィットミアをご存知なんですか!?」



驚きのあまり身を乗り出してしまったところをさんに落ちオリヴィエ着かされた。

まさか、この街で父さんのことを知っている人がいるなんて。

確かに、隣国の騎士団副団長ともなればそこそこ名も知れるようになるのか。



「お前の名を聞いた時、やはりと思った。

 一眼見た時からタリアさんに似た何かを感じていたからな」

「似て、ましたか?」

「ああ、特にその表と裏が全くわからないところがな。

 あの人も、貴様のようによく道化を演じていたよ」



俺が何か企んでいるのはもうバレてるのね。

それにしてもあの父さんが?

俺から見た父さんは子に寄り添う良い父そのものだった。

この人の言うイメージの父さんは俺の記憶には全くない姿だ。

騎士団にいる時の父さんは全く違った人だったんだろうか。



「なら、話は早いですね。

 僕の単独行動の許可をください」

「…それはなぜだ」

「相手にとってのイレギュラーを作り出すためです。

 もちろん、騎士団も固まって動くわけじゃない。

 何部隊かに分かれて行動するのはわかっています。

 でも、それでは騎士団の基本とする行動のセオリーすぎる。

 そこで、異分子として単独行動をする騎士団かもわからない一人を投入する、と言うのはどうでしょう?

 こちらとしても不意をつける以外に相手の警戒を僕一人に向けられるのは大きいと思います」



ここまでつらつらとそれらしい理由を並べてみたがどうだ?

ま、実際今言ったことは全て高確率でありうる可能性だ。

俺がいることで有利に働く部分が多いのは真実である。

それに、俺がその役割になったならやることは敵の殲滅ってより撹乱に切り替わるから戦闘力って面で必要とされることが少ない、つまり戦闘力が足りないという理由で断りづらくなる。

我ながら中々いい言い訳じゃないか?

少しの沈黙の中で思考を巡らせたオリヴィエはシノンの弁舌に一言だけ返した。



「真意は何だ」

「へ?」

「どうせ、それも真意を隠すための取り繕った言い訳だろう。

 その役割で貴様を連れていくことには納得してやろう。

 他の騎士たちにも貴様の言葉をそのまま伝えてやる。

 だがその前に、貴様の真意を語れ。 

 見た所、思い人がいるわけでもないだろう。

 何を思って貴様はあの都市を救いに行くのだ」



…何だ、普通にバレてるのか。

そりゃ俺すら気づかなかった父さんの特徴に気づいたんだから当然か。

許可はくれた、ってことは何も隠す必要はないってことを示したかったのか?

この人の性格的に俺が本当のことを言った後にやっぱなし、帰れ!みたいなことはないだろうし。

隠すことじゃないし、言うのを統ぶるほど俺は思春期を拗らせてないからさっというか。



「英雄になるためです」

「ほう?

 なら、偉業を求めて行くというのか?」

「元々英雄になるのが夢でした。

 その夢に向かって走っていく内に人を助けることが当然になってたんですよ。

 だから、偉業を求めるってより助けを求める人の笑顔を求めて行くんだと思います」



なぜ自分のことなのに他人事のように言うんだろう。

いつか父さんに言われた言葉を少し思い出したような気がした。

お前はよく、自分より他人を優先しすぎるとよく言われた。

母さんにこれで怒られたのは、結構懐かしいな。

俺はまだ、自分のことが全部わかっていないのかな。



「やりたいことやって、英雄になってるのが一番格好いいじゃないですか?」



多分、これがオリヴィエさんの求めた俺の真意ってやつなんだろう。

困っている人がいるのなら、その人のために力を使いたい。

この魂が夢と歩んだ20数年の中でこの思いはずっと俺という人間を作る大事なものだった。

全ての行動、考えの根底にあるもの神威と呼べるものはきっとこのことなんだろう。



「ふっ、つくづく貴様は父と似ているな。

 タリアさんも言っていた。

 自分のやりたいことをして、世界が平和になればそれは一番かっこいいと。

 やはり、親子なのだな…」



そう言って俺を見るオリヴィエさんの顔を優しく微笑んでおり、いつもの厳格な雰囲気はどこかへ消えていた。

父さんに似てるか…初めて言われたけど、結構嬉しいな。

俺この人みたいにいつの間にか父さんの背中を追っているのかもしれない。

憧憬に似ていると言われて喜ばないやつなどいない。

確かに父さんの在り方は俺の憧れていた理想の大人、理想の父親そのものだった。

時に父として、時に対等に接してくれるあの在り方は見習うものが多くあった。



「いいだろう!

 貴様の単独行動を許す。

 そして。、貴様を真に我らが騎士団の一員だと認めよう!」

「ありがとうございます!」



俺はソファから立ち上がり深々と頭を下げる。

これで格段に動きやすくなるぞ。

騎士団としても俺を利用できるのはまぁまぁ大きいんだろう。

互いに利用し合ってどっちの目的も果たせれば万々歳だ。



「向かうのは2日後だ。

 それまでに準備しておけ」

「はい!失礼します!」



ソファから立ち上がり自身の椅子へ戻ろうとするオリヴィエさんの背中を見届け俺は部屋を後にした。

相手がどんなものかわからない以上、こちらの状況を万全にしておかなくてはならない。

あとは俺の剣が帰ってくるのを待てばいい、だけ、何だが…

あれ?俺の剣が帰ってくるのって、何日後って言ってたけ?

確か…今日から4日後だったような?



「まずい」



こんなことしてる場合じゃない!

まだ慣れきってないこの剣で任務に当たるのはまずい。

父さんから貰った剣が返却されないならせめてこの剣に慣れなければ!

まだ修練上空いてるかな?

外は少し暗くなってきたけど、朝になる前に帰ればジオも起こりはしないだろう。

もしかしたら部屋に置いてきた大量の銀貨でご機嫌かもしれない。

よし、その方向でいこう!


俺は急いで剣を片手に修練上へ降りていった。

修練上へ繋がる本部の扉を開けると涼しい風と共に登ったばかりの月明かりが玄関に少し流れ込んだ。

涼しい風の吹く広い修練上、そこには見覚えのある赤色の髪を揺らしながら剣を振る少女がそこにいた。

アリシアさん…朝もいたのに夜にも鍛錬をしているのか。

丁度いい、彼女とも話したかったしここは手合わせといこう。

朝のことから学習し俺は遠くからアリシアさんに声をかけてから駆け寄ることにした。



「アリシアさーん!」

「?あ、シノンくん!

 どうしてここに?」



剣をしまい振り返る彼女は実に美しかった。

滴る汗すら彼女の肢体を映えさせるように輝いている。

やはり美女は何が合っても美女なのだと思い知らされる。

おっと、こんなこと考えにきたんじゃないぞ俺、ちゃんとするんだ。

目の前で首を横に振る俺にアリシアさんはコテンと首を横に倒して不思議そうに俺を見つめた。



「あ、すいません。

 実は、今朝の件でオリヴィエさんに会いに行ってまして」

「そうだったのですか!?

 許可はもらえましたか?」

「はい、無事に同行を許されました」

「それはよかっです」



アリシアさんにさっきの話の内容を聞かせると嬉しそうな顔で安堵の息を溢した。

本当にこの人はいい人だな。

他人事だって言うのにここまで嬉しそうにするなんて、それも大したことでもないのに。



「それで、ここには何しをにきたんですか?」

「はい、実は手合わせをお願いしたくて」

「手合わせ、ですか?」

「実は、まだこの剣に慣れてなくて任務のためにも慣れておきたいんです」

「なるほど、それなら協力しますよ」

「ありがとうございます!」



こんな時間にやっているものだから一人で鍛錬をしたいと思っていたが、アリシアさんは快く了承してくれた。

本当にいい人だ。

返事をしたアリシアさんは、今すぐ始めましょう!とやる気満々な眼差しで俺を見つめてきた。

もちろんこちらとしてもやる気しかなかったので素早く準備に入った。

互いに武器となる剣を抜き、視線を交差させ戦闘の開始を待つ。



「生跡の使用はなし、相手の首に剣を立てるか降参させるのが勝利条件でどうでしょう?」

「構いません」

「それでは、開始!」



すっかり静まり返った修練上に二人の剣撃による音が響いた。

互いに引かぬ攻防は長く続き、一度勝負がついてもすぐにまたもう一戦、もう一戦と回数を重ねていった。

そうして二人の鍛錬が終了したのは、夜空が満天の星に埋め尽くされる頃だった。


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