第九話「彼」
「ほらほらどうしたシノン。
足元がお留守だ、ぞ!」
父さんの一瞬にして体を低くかがませて放たれる足払いが、俺の足を掠め取る。
しかし寸前で跳躍、空中で前転し剣を振り下ろす。
父さんは低くした姿勢から無理に体を起こし、仰け反った状態で俺の剣を防ぐ。
「はぁはぁ、誘ったんだよ」
「言っとけ」
俺が生跡を宿してから3年、9歳になった俺は今,毎日父さんとの鍛錬に心血を注いでいる。
父さんとの約束、そこまでの道のりは長く3年が経った今でも一度も勝ったことはない。
この3年で俺は剣鋭に昇格、ちなみに姉さんは剣匠に昇格した。
生跡での知識も多くついた。
生跡の使い方から応用に至るまで知識としては、ある程度身につけた。
そう、ある程度は…
生跡の使い方は大きく分けて十のパターンがある。
その内の何個を使えるかで生跡使いとしての格が決まる。
俺はまだその内の三つしかできない。
レベルで言うならギリギリ戦闘に参加可能なくらいだ。
より生跡を強化するために、こうして鍛錬でも精製を使っている。
「再構築・粒剣斬」
「きたな」
決して剣の間合いではない距離で剣を振りかざす。
空を切った剣の軌道を描くように、三日月の粒子の斬撃が放たれる。
ここは庭だ、父さんは避けれないはず、ここで連撃を叩き込む!
予想通り父さんは俺の斬撃を真っ向から受けた。
父さんなら、あの斬撃をかき消すのに時間はかからないだろう。
俺はすかさずもう五回、剣を振り斬撃を飛ばした。
父さんは俺の連撃に対して、手加減のために押さえていた魔力を解放し初撃の斬撃を弾く衝撃で魔力を放ち他の斬撃ごと吹き飛ばした。
「まだだ、具現!」
周囲を旋回する粒子を凝縮させ、十本ほどの粒子で作られた剣、粒子剣を作り出す。
これが生跡応用の一つ、具現、生跡による防具や武器の生成を行う使い方だ。
ちなみに、ただ発動することにも結式いう名前がある。
俺は生成した剣と共に父さんへ切り掛かる。
星神剣を使った滑らかでアクロバティックな動きと自身の身一つでは足りない技量を粒子剣でカバーする。
しかし、流石は父さん俺と剣たちの連撃を正確に見切り、回避と受けを織り交ぜて防いでいる。
しかも回避を利用してカウンターも狙ってきている。
くそ、今の俺じゃ十本全てを同時に動かすことはできない。
動かせる限界の四本じゃ、どうにも出来合いのか…
「いや、まだだ!」
「!」
俺は星神剣を止め、別の剣に切り替える。
空中に飛翔する粒子剣を左手に掴み、二刀流の状態から放たれる攻撃が防御にもなりうる剣撃、本で見た内容の真似だが、相手の油断を作るにはいつだって規格外を起こすしかない!
さらに増えた俺の手数と減らない粒子剣の援護がジリジリと父さんを後退させる。
攻め崩すことに全てを捧げた剣、攻撃が防御にもなるこの動きは…まさかこのシノンの剣は、魔神剣か!?
こいつこんなのどこで覚え…そうかシノンの部屋には剣術の教本が置いてあった。
本を読んだだけで型を身につけたのかこの野郎。
まだ荒削りだが、これは間違いなく魔神剣だ。
「どうしたの父さん、予想を超えてきた息子に驚いた?」
「ああ、少しな!」
くっ、父さんの剣も勢いが増した!?
父さんの纏う気迫がより強烈なものになり、手加減しているとはわかっていても、俺はこの気迫に少し押された。
だが、それと同時に理解した。
これが最後だと、これを乗り越えることが父さんに認めてもらうための最後の試練だと理解した。
ここを超える…限界を、超える。
これまでの全てを、出し切る!
一撃一撃ごとに剣を切り替え、不規則の連撃を繰り返す。
俺が使える三つの剣を繋げ、さらに動きを早くしていく。
剣の速度が上がっている。
それにこの動き、三つの剣を変わる変わるで繰り出してきているな。
しかも、同じパターンの繰り返しではなく、異なるパターンの繋ぎ合わせ。
どの剣あ理解した後に次手を読もうとするのは無駄だな。
だが、剣の速度が上がるだけでは俺には届かない。
粒子剣での補助があったとしても、俺に問題は、
その時、シノンの連撃を防ぐ中で防いだ剣がなぜか自身の顔の真横に届いているのを感じた。
剣が、なぜここに?俺は間合いを測って防いでいたはずだ。
防いだ後も、剣先が当たらないように剣の先端を弾いてきた。
俺が距離を間違えた?
いや、これは…
刹那、俺の顔寸前にまできた剣の先が粒子で作られていることに気づいた。
剣の先を粒子で長くしたのか!?
これは…防げないな。
剣が自身に迫る一瞬父さんが静かに笑った。
そして引き伸ばされた時間が終わり、父さんの顔を木剣が弾いた。
父さんの体は弾かれるが剣を地面に刺し衝撃を抑えた。
互いに動きを止め、その場には荒い息が溢れるだけだった。
父さんから、一本取った!
これで、俺は…
体の隅々まで満たすような達成感が駆け巡る。
「よくやった、シノン、これで鍛錬は終わりだ」
「父さん…」
父さんが剣をしまい、俺の元に歩み寄りあれの頭に手を置いた。
頭に置かれた手はわしゃわしゃと髪を崩しながら頭を撫で回す。
父さんの最後の笑顔はきっと、俺の成長を感じたんだろう。
剣を習い始めたあの時から、今まで俺の成長を思い出したが故のあの笑みだったのだ。
「よし、ほら耳を出せ」
「…あっうん」
「お前忘れてたな」
「そんなことないよ〜」
父さんがポケットから取り出したものを見てよくやく理解した。
そうだった。
元はと言えば、ピアスを受け取ることがメイン目標だった。
父さんに勝つことしか頭になくてすっかり忘れていた。
「ちくっとするぞ」
「うっ」
父さんが針を俺の右耳に刺し、耳に少しばかり痛みが走る。
父さんが俺の耳から手を離すと、右穴に少しの違和感を感じた。
元々、大きめのピアスだったしこれが普通なんだろう。
「これでお前は、旅立つまでの全てを終えた。
この街を出るまでの時間を、しっかり噛み締めるんだぞ」
「はい、父さん」
父さんにはすごく感謝している。
俺が初めて家で怪我をした時、俺を心配して駆け寄り、慣れない簡易治療を慣れないなりに努力してくれたことを俺は鮮明に覚えている。
父親とは俺にとっては恐怖の対象、暴力の化身、そんなイメージだった。
でも父さんは、俺のそんな家族像を塗り替えてくれた。
剣を覚えた最初の歩みも、その先あった苦難もずっと父さんが側にいた。
父さんには、すごく感謝している。
だからこそ、最近感じてしまう。
俺は父さんに、子供として接することはできていたのかと。
近い距離にいても、それは父親と子供としてではなくどこかただ歳の離れた誰かだったのではないかと、思ってしまう。
元々、家族の形を知らないから俺はどうすればいいのかわからない。
せめて残りの時間は、もっと一緒に時間を過ごそう。
俺と父さんは家の中に父さんを先に座らせ俺は井戸水の入った壺を持ってくる。
井戸で組んだ水を二つのコップに注ぎ父さんに渡した。
「しっかし、お前いつの間にか生跡が上達してるな」
「生跡の特訓は部屋でできるからね。
それに本読んでればやり方は書いてあるし、剣術よりかは場所もやり方も選ばないから早かったよ」
そう、俺はこの3年間でお爺ちゃんに貰った生跡の本で知識をつけ、小規模の運用で練習を繰り返していた。
雨の日、雪の日は外に出られないため部屋で生跡と向き合う時間ができた。
そのおかげで今や使える生跡応用は結式、具現、結界にまで増えた。
具現も結界もそもそもの成績の仕様自体の相性がよかったおかげで覚えが早かった。
「お前はもっと、外で遊んだりしろよ」
「してるでしょ、二人とだってよく遊んでるじゃん」
「お前二人といても生跡の鍛錬する時あるだろ」
それは二人ともやりたいと言っているからやっているからいいではないか。
レオもリアもある日突然生跡を発現させた。
二人とも、寝ている間に変な夢を見て起きたら宿っていたって言っていた。
俺は自分の窮地で宿ったが…他のパターンが何個かあるのか?
考えてみればそうだよな。
俺みたいなパターンでしか宿らないんだとしたら他の人たちは発現できない。
常々思っているが、この世界のことは未解明な部分が多い。
生跡は原理で説明できるものの方が少ないし、そもそも魔力なんてものがある自体で元の世界の人類とは体の構造が違うんだろう。
「父さん、この世界には生跡とか魔力について研究する場所とかはないの?」
「あるぞ、この国にある。
農業と知の都オルネア、生跡、魔力に関する研究を行う学校や施設がある。
他の大陸とか国にもあるって話だが俺は知らないな」
「学校があるんですか!?」
学校!ここにきて数少ない前の世界との共通点がきた!
生跡や魔力に関する研究をしてるってことは中学、高校とは違いほぼ大学に近い感じなのだろう。
魔力に関連することは扱い方以外は知らないから、俺が行くことはなさそうだな。
「なんだ、行きたいのか?」
「いや、僕はいいよ。
難しい話がしたいわけじゃないしね」
「意外だな、本を読んでいるお前なら興味があると思ったんだが、まぁ確かに魔力の操作とか生跡の腕を上げたいならんなとこ行くより戦う方がお前にあってるか」
「そういうことだね」
流石、俺のことをよくわかっている。
俺が本で知識をつけているのはあくまで旅に出た時に不便がないように、成長に役立つようにって理由でやってるだけだからな。
学校っていう響きはいいが中身にあんまり興味は出なかったな。
父さんと話していると、眠気を訴えるように欠伸が出た。
「疲れたか?」
「そうみたい。
夜まで、少し寝るよ」
俺は席を立ち水を飲み終えてから自室へと向かった。
父さんとの鍛錬でかなり体力を使ったせいで疲労がきたな。
まぁ、サクッと寝れば回復するだろう。
自室のベッドに倒れ窓から差し込む光をてで隠しながら眠りに落ちる。
「最近多いな」
「そうだね〜」
この3年間で何度も見た景色だ。
白い茶会場と花畑、そして存在を知覚できない一人の男、こいつとも何度も話す内に打ち解けていった。
もう3年の付き合いになる今では、こいつは俺がくると感じればすぐに紅茶と菓子を準備しニコニコで待つくらいにはなっていた。
「最近はどうだい?英雄への道ってやつは?」
「順調、って言うほど実感ないけど成長はしてるよ。
ていうか見てるんだから聞く意味ないだろ!」
「ははっ、そうだったね〜」
相変わらずのこの感じ、時折しっかりしているが飄々としていてどこか掴めない。
こいつとの会話は今も変わらず現実に帰ると忘れてしまうが、楽しかった記憶は覚えているくらいには楽しい。
リアとレオとの会話ももちろん楽しくはあるのだが、あれはシノンとしての会話だ。
こいつとはシンとして話せている気がする。
「なぁ、そろそろこの場所以外の場所にも行ってみたいんだが」
「そうか…三年も同じ場所で話していれば流石に飽きるよね。
なら今日はこの空間を探検しようか」
そういうと彼は指を鳴らし茶会の道具を消し去った。
これも、空間の持ち主ととしての力の一つなのだろう。
「それじゃあ、今日はこの空間を案内していくよ。
まずは今私たちのいるこの場所、ここはエヴェリス、枯れることない春の大地で私のお気に入りの場所さ」
「ここにも名前あったんだな」
それに枯れることがないってことはこの場所の時間は止まったりでもしてるのか?
それか、特殊な花、特殊な魔法のかけられた花ってところか。
どれだとしても、枯れない、つまり花という命に不死を付与できていることはすごいことだ。
彼の案内の元、花畑を歩いていき奥に進んでいくと途中で景色が変わり、いつの間にか数本の林檎の木が生えている森の開けた空間についた。
「ここは!?一瞬で場所が変わったぞ!」
「私の管理者権限みたいなものさ、君も見ただろう?
この空間の広さを、そんなの一々歩いていたら夢が終わってしまうよ」
一瞬で景色が、場所が変わった。
明らかな空間転移、管理者はこんなことまでできるのか…
「驚いたかい?」
「そりゃ驚くよ…」
「びっくりしてくれて良かったよ。
さ、次はここだよ」
「これは、ただの林檎の木だろ」
「ただの、じゃないんだよね」
ニヤニヤした顔でそう言いながら彼は林檎の木から一つ、林檎を取った。
すると林檎が取られたはずの場所にはもう次の林檎は実っていた。
「これは、無限に実るのか?」
「この空間のある限りは、そうだね」
空間が壊れることなんて万が一にもないだろう。
他の住民はいないということは、誰もここに辿り着いていないか、全員いなくなったかだ。
それに3年間の会話でこいつが長いことここを管理しているのは知っている。
その長い時間で壊れていないんだから有り得ない。
それに、夢が覚める時に現れる亀裂も、次に来た時には消えてるしな、あの程度は痛くも痒くもないんだろう。
「シノン!」
「ん?うわっ!?」
毎回見ている空の亀裂を思い出し空を見ていると彼が俺を呼び、そちらを見るといきなり林檎を投げられた。
軌道が考えられた下からの投げ方だったので難なくキャッチできた。
これは、あの木になっていた林檎か。
俺は恐る恐る手に取った林檎を齧る。
「ん!」
これは…すごくうまい!
中が蜜でいっぱいだ。
しかも硬い林檎ではなく俺の好きなしゃりしゃりとした食感の林檎。
ここにきたら定期的に食べようかな。
「気に入ったかい?」
「ここで茶会にしないか?」
「そこまで気に入られると困ってしまうな。
そろそろ次に向かうよ」
林檎を食べたままの俺の方に手を置き彼が指を鳴らすとまたもや景色が変わった。
そして、手に持っていた林檎も消えてしまっていた。
嘘だろ…食べながら見ようと思ったのに…生物以外は移動できないのかよ。
「ここの名前はリュミエル、傷を癒す力のある湖さ。
かつては多くの精霊と仲間がいたんだけどね…」
彼の纏う空気の中に、少しだけ悲しさが混じっていた。
きっと過去のこの湖は彼にとって大事な場所だったんだろう。
友や仲間と時間を共に過ごす安息の地、それも今では彼しかいない孤独の地、今彼はこの場所に自身の過去を写し見ているのだろう。
少しだが、俺にもこの場所は懐かしく感じる。
そう感じ湖に近づくと、青色の蛍の光のような発光体が漂ってきた。
「これは…?」
「精霊?まだ、いるのかい?」
驚いた様子で目を見開く彼が俺に、いや精霊に近寄る。
姿を見せなくなった精霊たちの登場に彼は困惑しているのだろう。
俺が手の平を広げると一体の精霊は俺の手の上に浮くように乗った。
重さを感じない感覚、あるで触れていないかのような…そして暖かい。
「お前の仲間はもういないかもだけどさ、寂しい時は俺が話し相手になるよ」
「シノン…」
彼がなぜ俺によくしてくれるのはわからない。
でも、少なくとも彼の俺に向けられた好意は嬉しいし、無駄にしたくはない。
それに、いつもの飄々とした彼でいなくなるのは少しやりづらい。
喪失の穴を俺が塞げれるかはわからないが、寄り添うくらいはしてやろう。
「ごめんねシノン、情けない姿見せて」
「いいって、お前の人間らしいとこ見れたしさ」
「忘れて欲しいね」
「期待すんなよ」
良かった、いつもの彼だ。
人っていうのは、難しい生き物だ。
人の前では平気でいるように見える人も、心の中には何かを抱えている。
しかも、誰にでも好かれる人に限って抱えているものは大きいし他人に明かさない。
「抱えているものが多くてもしまだ話したくないとか話せないならさ、いつか、準備ができた時に聞かせてくれよ」
広大な湖の水平線を眺めながら、横に立ち並ぶ彼に言う。
無理に引き出す必要はない。
言いたくなるまで、言えるようになるまで待つってのが、友達ってものなんだと思う。
「ありがとう、シノン…」
「気にすんな」
「さ、次行こう次!」
取り繕った姿でも、少しは落ち着いた彼の様子に安堵し次の転送に身構える。
彼は再度指を鳴らし、俺と自身を別の場所に飛ばした。
転送の際に生じる光の眩しさが収まり、目を開くと圧倒的な景色が目の前に広がっていた。
視界の中心に聳え立つ白亜の大聖堂とその周りを囲む色の異なる無数の花々、現実で探したとしてもこれほどの建物はそうそうないだろう。
「すごいな…」
「そうだろう?
ここは僕が現世を覗く場所であり生活している場所、追憶の大聖堂だよ。
世界の全てを見通すこの大聖堂で私は数々の物語を見届けてきたんだ。
この周囲の植えている花は、私が見届けけてきた者たちの数植えてある。
綺麗だろう?」
しゃがんで花を撫でながら振り返り彼は俺に笑って聞いてくる。
本当に綺麗だ。
元の世界でも、一人でどこか行ったり旅行したりは好きだったが、このレベルの西洋風の建物は海外に行かない限り目で見ることはできなかった。
かなり荘厳な作りではあるが、あくまで聖堂、主張は強すぎず花々との調和が取れている。
そして、周りに植えてあるこの花たち、これが本当に全て彼の見てきた者たちの数だけあるのなら、一体彼はどれほどの時間をこの孤独な空間で過ごしたのだろうか…
そう考えると、あの笑顔の中に隠している影の深さをより深く感じてしまう。
俺は彼の心に寄り添うために側に歩み寄り、肩を並べる。
「この中には、英雄になった奴もいるのか?」
「うん、たとえばあれ」
そう言って彼が指差す先には真っ白の雛菊が咲いていた。
白い花ってことは、白い英雄…この世界にあるかなりの英雄譚を読んできた俺ならわかるかもな…
「アルファードか」
「おっ、よくわかったね」
「当然だな。
でもあれは面白くなかったぞ。
内容が薄かった」
当たり前と言えば当たり前だ。
俺の家に置いてあるアルファードの魔竜退治は幼児用になっている。
精神年齢は20代を超える俺にはさほど響かなかった。
この物語は白い鎧をが特徴の少年アルファードが国に攻めてきた魔竜ヴォルナフと戦う話、よくある典型的な子供用の物語、残酷な描写や難しい部分や葛藤は切り取られていて一言で言えば浅かった。
「結構辛口だね。
英雄を夢見る君なら絶賛だと思ったんだけど…」
「本の内容に関してなら俺は結構厳しいぞ。
なんせ数々の名作に触れてきたからな」
「ふーんぜひ読んでみたいね。
さて、花はここらにして大聖堂に行こうか」
彼に案内を任せて奥に佇む大聖堂へ向かう。
遠くからではあんまりわからなかったが、近くで見るとよくわかる。
突塔と大アーチが組み合わさったゴシック風の外観が大理石で作られており、視覚に映る情報全てか神聖さを感じ取れる。
大聖堂に着き彼が大きな扉を開ける。
俺は目の前に広がる景色に言葉を失った。
広がるのは、静かな外観からは想像できないほどの荘厳な作りの内観だった。
まず目につくのは最奥に置かれた大きな水晶、そしてそこに繋がる鏡のように反射する白い石床で作られた階段、その両脇に置かれた誰も座っていない椅子たち、漂う空気感は静かだが作りの全てが力強く美しい。
「ここが追憶の大聖堂か、想像以上に作り込まれてるな」
「ふふん、そうだろうそうだろう。
ここは色々な面でこの空間を支えているからね。
でもすごいのはここからだよ、着いてきて!」
彼は着いてくるように促し中央奥の水晶へと繋がる階段を登り始めた。
階段で登る高さはあまり高くはなく2m程度…これ階段いるのか?
短い階段を登り終え、中央の広間につくとそこには入り口から見えた大きな水晶と高さ数cm程度の仕切りに入れられた水たまりがあった。
「これは…」
「これこそが僕が現世を覗くために使う道具、世映の水鏡だよ。
今は見せられないけど、ここで力を使うと現世を見ることができるんだ」
「なんだ、見れないのか…」
ごめんよと謝る彼を尻目に俺はちょっと期待が崩れ落ち込む。
ならば別のものに目を向けようと今も存在感を放ち続ける水晶へ目を向けた。
水晶へ歩き中を覗いてみるとその中には微光を放つまるで世界を移したかのような球体が入っていた。
その球体の表面には大陸のようなものが浮かんでいたり、海のような青い部分があったりと小さな地球儀のようになっていた。
そして球体の周りには回路のような線がいくつも球体から伸びていてまるで機械のように動作しているようだった。
「それが気になるのかい?」
「…ああ、これはなんだ?
ここまで大きな水晶で覆ってるってことは危険なものなのか?」
「うーん一言で言うなら、危険でもあり便利でもあるもの、かな」
そう言って彼は魔力を可視化させ球体に関する説明を始めた。
「まず、これを説明する前に世界律について話をしようか」
「世界律?」
「そう、世界律っていうのはこの世界のルールのこと、どんな存在でも神に届き得る者で無い限りこのルールを破ることは許されない。
もし破ってしまった場合は…消される」
「…」
初めて聞くものだ…
本を読んでいても出会わなかった知識、しかも話のスケールが大きい。
これはもしかしたらこの世界の根幹に関わる情報なのでは無いのか?
「でも、ルールってのはただあるだけじゃダメだろう?
そう思った神々は世界律の影響を世界中に届かせるため、そして保険として世界律を具現化させそれを世界中に分散させた。
それがこの律核」
彼が水晶をコンッと小突き、こちらに振り向く。
世界律の保険…なるほど、壊された時ダメージが少ない方が修復に時間がかからないからってことか。
「でも、これはその律核の中でも特殊でね。
数個の律核を合成することで作り出せる律核、大律核っていうものなんだけど…
これがあることでこの空間はいついかなる戦争や災害で現世が破壊されても、世界律に基づく正当な歴史、大系譜の中に居続けられたんだ」
世界律の具現化したものを分散したものが律核で、世界律の規則の中を歩んできた歴史を大系譜というのか…
難しいなこれ!?
ゲームの専門用語を頭に叩き込んでる気分だ。
これ旅に出た時にわからなかったら困るとか無いよな?
「これは、必要な知識か?」
「うーんいつか必要にはなるよ。
…多分」
あ、これ絶対必須じゃない知識だ。
いやでも、世界に関わる話だぞ?
ここまで規模が大きいのに常識として広まってないってことは何か理由があって隠されていたりするんだろう。
この知識はきっと、覚えておくべきだ。
「そういう知識、他には無いのか?」
「あるけど、それはまた次の時間ね。
今はここをみることがメインなんだから」
そうだった。
俺としたことが知識欲に負けて目的を忘れていた。
って言ってももうみるところなんて…
そう思いながら周りを見渡すと、この中央広間に水たまりを囲むように大量に貼られている窓ガラスに目がいった。
よく見れば、これは全て一つ一つ作りの違うステンドグラスだ。
「これは、何か意味があってこの作りにしているのか?」
「うん、昔の私の友人たちの象徴となったものが二つずつ描かれているんだ」
そう言って彼は一つ一つ指を刺しながら説明してくれた。
左側から順に、獅子と王冠、白馬と盃、犬と太陽、鹿と剣、白鳩と盃、狼とハープ、蛇と破れた旗、梟と盾の八つのステンドグラスが飾ってあった。
どれも成功でしっかりと何が描かれているのかわかる程のものだった。
なぜそのような組み合わせで描いているのかはわからないが、彼の友人たちにとっては意味のあることだったんだろう。
「みんな、もういないけど…ここに来るとあの時のことを思い出せるような気がするよ」
「…いい友達だったんだな」
「うん、大好きだったよ。
もちろん今もね」
二人で光が照らすステンドグラスを眺めていると違和感を感じ取った。
俺もここに来始めてもう3年だ。
いい加減時間が来たことくらいはわかるようになった。
「もう時間かー最後に一番の思い出がある場所に連れて行きたかったんだけどね」
「そりゃまた今度だな」
「…うん、また、今度だね」
余程連れて行きたかったんだろうか?
今度と言った時少し顔が曇ったような気がした。
本当に言いたいこと、本当に抱えている気持ちを抑え込んが顔だった。
俺は彼の様子を少し気に留めながら必要はないが別れの雰囲気を出すために大聖堂の入り口へと足を運ぶ。
「シノン!」
俺は彼の呼び声に足を止め振り返った。
俺の名を読んだ彼は、うまく言葉が出ないのか口をぱくぱくとさせ、心を押し殺したように歯を食いしばった後に、俺に言った。
「絶対に、いつか見せるから」
「…ああ、楽しみに待ってるよ」
次来た時に行けばいいじゃないか。
そう言うのは野暮だと感じた。
彼なりに考えて出した言葉,だったんだろう…
何を思い、何を堪えていった言葉なのかはわからないけど、深掘りしないことにした。
彼への配慮、だったのかもしれない。
どうせ忘れるから気に留めなかったのかもしれない。
俺は次があるとそう思っていた。
これが、夢の中で彼と話した最後の会話だった。