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プロローグ

俺は高校二年生男子一ノ瀬シン。

高校に来てもやることなんてなく、ただボートして一日を過ごすだけの日々を一年と少し続けていた。

言い訳になるかもしれないが、昔の俺はこんなんじゃなかった。

昔の俺はヒーローに、英雄になることを夢見ていた。

そんな俺がなんでこんなに空虚な人間に大成長しているか?

簡単だ。

俺は現実を知ったのだ。

これは持論だが中高生になると現れる陰キャ陽キャの概念。

そのどちら側に立つかはどれだけ現実を知らずに成長できるかにかかっている。

陽キャを見るといつも思う。



「くだらねえ…」



口に出ていたことに気づきシンは急いで口に手を当てる。

周りをきょろきょろと見回して誰も自分の声が聞こえていないのを知るとほっとした


あぶない、俺みたいな目立たない奴が陽キャに悪口を言ってるのなんて聞かれでもしたら…

放課後校舎裏に呼ばれて、散々殴られた後ジャンプさせられポケットの中に入っている小銭を全て盗られてしまう。

二年生になったことで教師たちが進路進路と口うるさくいうようになった。

うちの担任は特に口うるさく一学期のうちから個別で面談していた。

担任から見た俺はさぞ心配に見えるのだろう。

進路について聞かれた時俺は特に何もの一点張り。

そのせいか以上に心配されてしまった。



『本当に夢はないのか?』



何度も聞かれたこの言葉。

そのたびに俺は心の中で教師に悪態をついた。

心配しているふりはやめろ。

仕事だからやっているだけだろう。

夢がなきゃそんなにだめなのか。

こんな悪態をつきまくっては心の中にとどめていた。

夢がないわけじゃない。

諦めさせられたんだ。

俺は、叶えられるなら諦めたりなんてしなかった。

何年かけたって叶えてみせた。

でもこの世界は、もう英雄を求めていない。



「はぁ…」



俺は幾つになってもこんなことを考えているのだろうか。

もういっそ昔のことなんてきっぱり忘れて新しい道を、夢を見るのもいいのかもしれない。

あたらしい道に進んだ俺は本気になれることをもう一度見つけて明るくなれるのかもしれない。

でもそのあとは?

夢を叶えて果てを見たとき俺はその選択を後悔しないと言えるんだろうか。

多分俺は後悔する。

どんなに裕福になっても家族に恵まれても叶えることのできない夢は手に入れられない。

そんな悶々とした気持ちを抱えながら生きていくのはとても生きづらい。

他人から見たら俺はあきらめを知らない馬鹿に見えるだろう。

それほど、幼い日に見た多くの英雄譚は俺の心を動かしたのだ。


シンが窓の外を眺めてボーっとしているとあっという間に時間は過ぎ6限目が終了した。

流れ作業のように下校までの準備を進め。

誰とも挨拶をせずに学校を出ていく。

見慣れた下校までの道を歩く顔は夕陽と合わさりさらにその空虚さを強めていた。

イヤホンで音楽を流しながらその足を進めていると信号の足止めを喰らった。



「……」



シンは外にいるのがあまり好きではなかった。

学校の人に会うかもしれないリスクがある体。

信号が赤から青になりシンが歩きだそうとした時、二人の黄色い帽子をかぶった小学生が走って横を通りすぎた。

二人の小学生の姿がシンに昔の自分と妹を想起させた。

冬の夕方、俺がまだ小学6年生の頃。

二人で帰る夕日の道、あの時の俺はまだ、自分の夢を持っていた。



『お兄ちゃん!

 今日ね今日ね、逆上がりできるようになったんだよ!』

『すごいな玲奈(れな)は。

 兄ちゃん鉄棒苦手だからなー』

『いつか私がお兄ちゃんのこと越しちゃうかもね!』



自慢げな顔で腕を腰に当て玲奈は俺にそう言った。


俺の数少ない生きる理由、その一つがこの妹だった。

そんな妹も家に帰れば顔から笑顔が消えていた。



『帰りが遅えだろ!

 どこほっつき歩いてたんだお前ら!』



家のリビング、決して綺麗とは言えないその空間で俺たちは罵声は浴びせられていた。

(うち)は父親がクズだった。

自分もできやしないのに他人の失敗を平気で罵り、自分もする失敗を他人がすれば攻め立てる。

自分の事を客観視できないクズ。

それが俺の父だった。



『ごめんなさい父さん。

 でも、困ってる人がいたから助けなきゃって…』

『お前、口答えすんのか?』

『あっいや、ちがっ』



弁解の言葉を言い切る前に俺は殴り飛ばされた。

殴られるのなんて日常茶飯事だ。

俺はただこうして、あいつの怒りを俺にだけ向けていればいい。

それで、母さんと玲奈が傷つかないで済むなら…

いつもは、散々殴られるけど、それ以外は何もしてこなかった。

でもその日は違った。



『お前、そんなにヒーローになりてえのか?』

『っ…』

『夢見たクソガキに教えてやるよ。

 この世界にもうヒーローも英雄も必要ないんだよ!

 第一、妹も母親も十分に守れない奴が何一丁前に夢語ってんじゃねえよ。

 ま、殴ってるのは俺だけどな!』



父は、あいつは嘲るような高笑いをしながら俺の横を通り過ぎ玄関のドアに手をかけた。


あいつの言葉にいつもは何も感じなかった。

軽い言葉見た目だけが強い言葉、そう思ってきたから。

でもその時の言葉はそう思えなかった。


俺は地面に俯きあいつの言葉を頭の中で巡らせていた。


屈辱的なことにあいつに気付かされたのだ。

自分が守れていたように見えて守れていなかったことに。

守っていた気になっていたことに。


目の前チカチカする。

視界がはっきりしない。


自分の中の何かが壊れた気がした。

ガラスが割れるような音を立てて。


この世界にもう英雄は必要ない。

その言葉は俺の世界を一瞬にして叩き割った。

今までの全てが否定された気分だった。

成れもしないのに何のために頑張っていたんだろうか。

こんなクソみたいな家でも妹と母さんだけが生きる意味だった。

それなのに、俺はその二人すら守れていなかった。

たとえこの世界が英雄を求めていたとしても俺じゃ成れない。

だって、目の前の、手の届く人たちすらまともに守れないんだから。


こうして、その日、俺の夢はあっさり果てに辿り着いた。

その日から夢を見る事を諦めた。

希望的観測に、人の感情論に、心を動かすことが怖くなった。


部活なんてその代表例だ。

勝てるかもわからない。

勝ったところで何かが変わるわけじゃない。

それなのにあんなに時間を命を、夢を燃やす人々が俺は嫌いだ。

失った時の悲しみを考えずに生きるのはさぞ楽だろう。

でも気づいた時に傷つくのは自分だ。

それに費した物が、時間が、金が多ければ多いほど傷は深く広くなる。


願わくば、俺は何も知らないバカのまま夢を追いたかった。

その果てに何もなくたって走っていけるほど、考えのない人間になりたかった。


くだらない自分語りをを心の中でしているとよろよろと危ない足取りで年寄りの婆さんが横に並んできた。

婆さんを横切る人たちは目もくれず足取り早く去っていく。

今の日本社会の好きになれないところだ。



「婆さん荷物持ちますよ」

「おや、いいのかい?」



そう言って、俺は婆さんのビニール袋をひょいと持ち上げその横に並んだ。

婆さんは肩が軽くなったことをで少し穏やかな顔になった。



「あんた優しいねえ。

 いい男になるよ」

「いえ、僕じゃ無理ですよ」

「?そうかい。

 でも、あまり自分を卑下するものじゃないよ」

「…」



俺は確かにあの日夢を諦めた。

でも、人を助けることをやめたわけではない。

たとえ英雄になれなくても、人を助けることには意味があるから。


そしてこれは、自分ができる償いだ。

自分の行いで本当にその人が救われたのか、助かったのか、守れたのかなんてわからない。

だから、身の丈に合わなくとも目の前にいる人はできる限り助けようとそう決めた。



「お前さんはとても複雑な顔をするねえ」

「え?」



顔のことを指摘され俺はペタペタと自分の顔を触った。

しかし、いつもと何も違わない、冴えない顔だった。

このハンサムフェイスの何が複雑だと言うんだ婆さん。




「あの婆さん、俺のこの顔は生まれつきなんですよ。

 もしかしてシンプルに不細工とかですか?」

「ほっほっほ、そんなんじゃないよ。

 あんたはずっと悩み事を抱えた顔をしとる。

 自分じゃなんとも思ってないってことはいつもその顔なんじゃろ?」

「っ…」



婆さんの指摘に俺は目を大きく見開いた。


老人というのは何故こうも人の心を見透かすのが得意なのだろうか。

これが年の功と言うものなのだろう。



「悩み事、ですか…」



婆さんの言葉を聞いてから前を見ると、またあの小学生たちが視界に入った。

二人が顔を見合わせて笑う様子がとても尊く思えた。

似ている、あの時の俺たちに。

そう思った時には俺の頬には涙が伝っていた。

しかし、今はそんなことどうでもいい。



「婆さん、俺は簡単に人の夢や希望がなくなることがどうしようもなく怖いんだ。

 これは多分一生俺の足を引っ張り続けるんだと思う。

 大事な時に踏み出せなくて、覚悟を決めた時にはもう遅いんだ。

 どうすれば、いいだろうな…」



婆さんの顔は見ずに俺は前を見ながらそう言った。

いつか、あの子たちも自分の夢や希望に疑問を持つようになるのだろうか。

そんなことがないまま、大人になって欲しいとそう願う。


そんな考えの中で俺の頭にふと別の考えがよぎった。

俺は諦めが早かったんじゃないのか?

確かに現代、この世界に英雄は必要ない。

そもそも、俺ははっきりとした答えを持っていなかった。


英雄とは、なんだ。


曖昧で抽象的、その名で呼ばれる存在になりたくてあの日まで走り続けてきた。

辞書にあるような答えを探しているわけじゃない。

誰かが認める英雄とはなんなんだろう。

そもそも、俺が夢見た綺麗な幻想に溢れた英雄像のような英雄は、この世界にいたのだろうか。

英雄にも、多くの人がいる。

戦争で功績を上げた者、多くの人々を率いた者、大勢の期待に応え続けた者。

彼らは何故、英雄と呼ばれるに至ったのか。



「婆さん、俺はもう少し自分の夢を見つめ直そうと思うよ」

「ほっほっほ、そうかそうか。

 少し、顔が良くなったね」



陽気そうに婆さんは俺の背中をバシバシと叩く。

婆さんの力で叩かれても大して痛くはないが、この人のこの行動には心がこもっているのが感じられた。



「じゃあ、私はここが家だから。

 荷物、ありがとうね」

「俺もありがとうございました」

「いい顔だよ。

 その顔を忘れず生きていきな」



婆さんが玄関を開け家へ入っていくの俺は見届けてから帰路を辿ることにした。

帰り道、婆さんとの話で気づいたことを深く考える。

英雄について、見つめ直す時間を今度作ろう。

もう一度夢を見られたのなら、俺は、あの時みたいに笑えるのかもしれない。


イヤホンを耳につけて帰り駅へと向かう。

最近駅の近くでは大規模な工事が行われている。

駅ビルを造り街の住民を増やすのが目的とのこと。

その影響か今、この周囲では騒音被害に悩まされる人が多いようだ。



「ここの工事、いつ終わるんだろうね」

「ねー、もう私この音頭の中でなり続けてるよ」



俺の前を歩く高校生の女子二人、制服から見てうちの生徒だろう子達が工事に軽く文句垂れていた。

誰か、までは流石にわからないな。

まあ交友関係が広いわけではないが…

俺も、この工事の音には勘弁して欲しいものがある。

何せイヤホンの音楽の音を消してくる程だからだ。

しかも迷惑なことにこの工事あと二ヶ月は続くのだ。

鉄骨を積みたりしているのを見ていると思いだす。



「…ドンキーコングみたいだな」



昔やったゲームであったのを思い出す。

樽を避けながら頂上へ登っていくやつがあった。

俺がこの鉄骨を登って作業員全員倒せばこの工事は止まってくれるだろうか。


頂上が見えるか確かめようと上を見上げるとてっぺんから何かが落ちてきているのが見えた。

夕方とはいえまだ日はまぶしい、よく目を凝らし対象を捕捉した瞬間、俺の全身から熱が引いていった。


鉄骨だ。

前方を歩く女子高生二人目掛けてその鉄骨は降ってきていた。

工事現場の人が必死で叫んでいるが二人にその声は届いていない。

周囲の人たちの声でやっと二人が鉄骨に気づいた。

だが、もう避ける時間は残されていなかった。


その時、俺はもう走り出していた。

いや、鉄骨が見えた時から走り出していた。

人混みを掻き分け、誰よりも速く彼女たちの元へ。

その一心で走っていた。


ああくそ、なんでだよ。

なんでお前らは声を掛けるだけで助けに行かないんだ。

助けることは一切せずただ声を掛け回避を促すだけの人々に俺は憤りを感じた。

一番近かったやつが行けば、絶対に助けられるのに。


そんなことを考えながらも俺の足は彼女たちに向かい続けていた。

もう少しでぶつかるかもしれない、その瞬間俺の腕は彼女たちを突き飛ばした。

刹那、突き飛ばした一瞬一人が俺の方を振り向いた。

前髪が目にかかったせいで顔はわからない。

こんな時どんな風にしたらいいんだろう。


俺の頭にあの日の姿が出てくる。

これが走馬灯ってやつか。

妹と、母のために歩んだ人生。

最後くらい、笑わないとな。


俺は出来る限りの明るい顔と笑顔を作って彼女へ向けた。

彼女が決してトラウマとして残さないように、君のせいじゃないと思えるように。

ただ笑顔で、俺は彼女達を、弾いた。



ゆっくりと動いていた時間が動き出す。

高速で降ってきた鉄骨に俺は胴体を潰された。

上半身と下半身は分断され上半身は蹴られた石ころのようにバウンドし女子高生達の前に転がった。

周りの人々が次々に悲鳴を上げる。

痛みすら感じることができない薄れゆく意識の中で俺は彼女達の方を見上げた。


ああ、仰向けに転がってよかった。

体が動かないからうつ伏せだと顔が見れなかったかもしれない。

少し、周りの声がうるさいな。

口から血が吹き出し目に垂れてゆく赤く染まった視界で俺を見る彼女達が見えた。



「この人、私たちをかばって…」

「え、どうして…

 お兄、ちゃん?」



玲奈、だったのか。

ひどい顔、してるなあ…

あんなに可愛い顔してるのに、これじゃ台無しだ。

玲奈が膝から崩れ落ち涙を流し出す。

だめだろ泣いちゃ、お前は笑顔が一番似合うんだから…


あー死にたくねえな〜

もっと玲奈のこと見ていてあげたかったな。

彼氏ができたりして、お前に妹はやらんとか言ってみたりしたかったな。

そんなことしつつも結婚した玲奈の姿見てめちゃくちゃ泣いて旦那さんとも酒飲んで。

もっと、お前の幸せ、見たかったな。

終わるのは嫌だ。

でも、それでも…



「よかっ、た…」



最後の言葉を呟いて俺の意識は永遠に沈んだ。

最後に感じたのは妹の涙が俺の顔に落ちる感触だけだった。

新しい人生の歩き方をしようと決めていたのに、こうして俺、一ノ瀬シンの人生は呆気なく終わった。


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