第12話 学校の授業、とか役に立つもんだね
「え、それじゃあアレって新種の怪物ってことですか?」
「そう、つまり」
アンは一拍置き、こう言った。
「実験対象に飢えてる研究者どもに売れば一生遊んで暮らせるほどの……」
最近、僕はアンのことが分からなくなってきた気がする。いやまあ、会ったのも最近なわけだが。
「と言うわけで、捕まえるわよ。死体にしてね」
「あ、はい」
というわけで、謎の怪物Xを捕獲(死体化)することになりました。
「あぁ、あんたは邪魔だから下がってて」
「は、はい」
青年さん、脱退。
「電よ、貫け、【電の矢】」
勿論、そんな青年さんをものともせずに怪物Xへと魔術を放つアン。
電の矢は怪物Xを貫く。しかし、ジェル状の体は何もなかったかのように貫かれた穴を塞ぐ。
「土よ、撃ち落とせ、【石の弾丸】」
負けじと二発目。またもや怪物Xを貫くが、それも意味なく元どうり。
「成程、そうゆータイプの怪物ってわけね」
「いやいや、対策はどうするんですか?」
「なーに、あーゆーのは大抵弱点が決まってんのよ」
そう言ってアンは怪物Xとの距離を走って詰める。
「激しき雷よ、研ぎ澄まし刃と成らむ、【雷刀】」
中級電属性魔術【雷刀】、第二過程を古語とすることで、古流武器の刀の形状を創り出す。
アンは雷の刀を一つの大きな球体、所謂核の部分に狙いを定めて振り上げる。
「だめだっ!」
青年さんが叫ぶ。だがアンはガン無視。
怪物Xも避けることができず、狙いどうりに核はジェルごと真っ二つに分断された。
接着は……しない。
「しっかし、わかりやすい弱点ね」
「……でも、ないみたいですね」
「え?」
核はくっつきはしなかった。だがなんと、巨大化したのだ。
と言ってもそんなに大きくなったわけではなく、切る前くらいの大きさ。それでも二つ、分断された二つの核が元の大きさになった。ジェル状の体もあわせて大きくなり、結果的に同じのが二対、つまりは分裂したのであった。
「な、そんなことが!」
うん、今回は青年さんの忠告を無視したアンが全面的に悪いと思う。
「ふぅー」
って青年さんは安堵のため息吐いてるし。
「ちょっと! アレどうすればいいの?」
「いや、僕に聞かれても」
うーん、でもアレ見たことある気がするんだよなー。何だっけ?
「このっ、土よ、撃ち落とせ、【石の弾丸】」
アンは魔術を適当に放つが、核には当たらず、体はやはり元どうり。
……いや、何かが落ちた。透明で、形は花弁のような……そうだ! これは確か――。
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「土よ、撃ち落とせ、【石の弾丸】」
八つ当たり気味に魔術を撃つ、だがそれも意味がなかった。一体これはどうすればいいのだろうか?
「水よ、貫け、【水の矢】」
続けてリンが魔術を放つ。効かないことは分かっているはずなのに、どうして?
矢はあの忌々しい物体を貫くが、やはりすぐ直った。あ、今何か落ちた!
「やっぱりアレは……」
どうやらリンは何かに気付いたようだ。
「何か分かったの?」
「……多分」
多分て何よ、多分って。
「水よ、貫き貫け、【2連水の矢】」
今度は連射式を加えて撃ったようだ。まさか、それが弱点?
結局、あの怪物は再び貫かれてもまたもや再生した。まったく、効果ないじゃないの。
「やっぱり! それならこれで……」
やっぱりって何! まさか、あいつはまた何か、あたしには検討もつかないことをやったっていうの?
「水よ、押し倒す拳となれ、【水鉄砲】」
威力など皆無の、『押す』という行為のみを迫る術。ダメだ、こんなので倒せるわけがない。
水は怪物達を押して、遂には湖に落ちてしまった。
「え! 何、倒したの? 倒しちゃったの?」
「……」
見ると、そこには湖を自在に泳ぐ怪物の姿が。
「やっぱり、ダメ、だったのね」
そう諦めていた時、怪物の体が急速に膨れ上がり、遂には破裂した。
「――っ! な、な」
まるで風船のように膨らんで、風船のように破裂した二体の怪物。
これって。
「どうやらアレはゾウリムシのようでしたね」
リンが、無敵と思われた物体をいとも簡単に下した魔術師が、呟くようにそう言った。
「ゾウリムシ? あの目で見えないくらいちっこいっていう、あの?」
「ええ。もっとも、アレは通常のゾウリムシを遥かに上回る大きさでしたが」
コン、と何かが転がる音がする。そこにはさきほど破裂した怪物の核があった。どうやら、さっきのことでここまで飛んで来たようだ。
「だったら、何でリンはゾウリムシだって分かったの?」
「収縮胞ですよ」
違和感。
「収縮胞? 聞いたことない」
「まぁ、こっちでは発見されてないのかもしれませんね」
また違和感。
「ゾウリムシは単細胞生物というもので、たった一つの細胞で構成されているんです。細胞は細胞膜というもので包まれているのですが、細胞膜には半浸膜という性質があります」
単細胞生物、細胞、細胞膜、半浸膜。
「ほら、真水に他の液体を入れてしばらく置いておくと、全体の濃さが同じになるでしょう? ではもし、その二つを『水より大きいがもう片方の液体より小さい穴』が開いた板でさえぎるとどうなるでしょうか? あぁ、正確に言うと水っていうより水の分子ですが、ややこしくなるのでやめておきましょう」
タンサイボウセイブツ、サイボウ、サイボウマク、ハントウセイ、ブンシ。
「その場合、なるべく濃さが等しくなるために水だけが移動するのです。それ自体より小さな穴を通ることなどできませんからね」
違和感がする。
「片方の液体が水より薄い時は水に吸われ、濃い時は水を吸います。ちなみに、ゾウリムシの細胞内の液体は水より濃いです。湖の水は真水ではありませんが、それでも大差はありません」
単語一つ一つに違和感。それはまるで、その国にはない他国の物、その国にはない他国の言葉を無理やりその国の文字に置き換えて読んでいるような、そんな違和感。
「そこに細胞そのものであるゾウリムシを入れると、しだいに膨らんでいってさっきのように破裂します。しかし、そんな状態ではまともに生きていくことなんてできません。中に入った水を吐き出す器官があるのです。それが収縮胞というわけです」
それに、こいつはさっきこっちと言った。まるで、他のどこかから来たような言い方。
「簡単に言うと、ゾウリムシは水を吸って、それを収縮胞が吐き出す。その収縮胞を壊せば水が吐き出せなくて破裂する、ということです。
ゾウリムシは収縮胞を二つもっていることも知ってましたし、どこかで見たことあるような気がしてたんですよ」
「……あんた、まさか――」
「こ、これだっ」
と、あたしのセリフに割り込むように一緒についてきたあの役立たずが何か叫んだ。
見ると、さっきのの核を持って歓喜をあげている。気でも狂ったのかな?
「それがどうかしましたか?」
役立たずはリンを無視して行き止まりの壁まで走っていき、丸いくぼみに核をはめる。途端、壁が横にずれていき、やがて人がやすやすと通れるほどの隙間が生まれた。
「え?」
あたしたちが唖然としている内に役立たずがそこへ入っていき、すぐに出てきた。ただし、その手には入る前になかった一振りに剣を握って。
「あれが依頼の忘れ物?」
「そんな所に忘れ物をするなんて考えられませんが」
疑問の声を上げていると、突然あいつが切りかかってきた。
「!?」
とっさに避ける。
「な、何のつもりよ!」
「これさえあれば、俺は、俺は」
一人称の他にもいろいろ変わったっぽいあいつは、狂気に染まった表情でそう言った。