身の上話
そもそも、父と母は良くある政略結婚だった。
それでも母は健気にも父を愛したが、父はほかに愛する女がいた。
それが後に私の継母となる女だった。
父は私を母に産ませると役目は終わったとばかりにその女のところへばかり入り浸るようになり、いつのまにか腹違いの妹までこさえていた。
「リーシュの父親だからあんまり言いたくないんだけど、清々しいほどのクズだね」
「私も家庭の事情が理解できるようになった頃にはびっくりでしたもん。それが普通だと思ってたら、大分酷い環境なんだなって」
「おやまあ」
母は元々気の弱い人で、愛人のところに入り浸る父に文句も言わずに黙って帰りを待っていた。
帰ってこない夫に、精神の脆い母は耐えかねやがて食が細くなった。
すると当然ながら身体が保たなくなり、体調を崩す日が多くなった。
「私なりに母を励ましたり、気分転換させようとしたり頑張ってはみたんですけど全然ダメでした」
「それはお気の毒に。でもリーシュはその環境で親にまで気を使うなんて、よく頑張ったと思うよ」
「ふふ、ありがとうございます。頑張ったんですよ、本当に」
段々と弱っていく母に泣き暮らす私。
そんな母と私をそれでも邪険にする父。
そして、とうとうその日が来た。
「母は結局、衰弱死しました」
「そっか」
「葬儀くらいは父もきちんとやってくれました。ちゃんとお墓も建ててくれました」
「おや、意外」
「一応、父にもそれくらいの常識はあったらしいです」
そして葬儀後。
父は愛人を正式に後妻として迎え、隠し子だった妹も正式に父の娘として迎え入れられた。
愛人はいくらかは常識はあり、義娘を虐げることはしなかった。
しかし事あるごとに父に八つ当たりされる私を見ては愉悦に浸る。
妹はもっと最悪で、積極的に私のものを奪っていった。
「それって例えば?」
「母の形見や、私の味方でいてくれた使用人たちです」
「へえ、陰湿だね」
「あんなのが妹だなんて最悪です」
「運がなかったね。でもおれの奥さんになったからには大丈夫。もう誰にも手出しはさせないからね」
そんな日々の中でも妹が奪ったものの中で一番衝撃を受けたのは、婚約者だった。
別に相性は良くも悪くもない、親の決めた婚約者だったためそんなに落ち込んだり恨んだりはしなかったがただただ驚いた。
「趣味が悪いね、その人」
「まあ、妹は見た目は継母そっくりの美人ですから」
「リーシュはもっと可愛いよ。その妹とやらは見たことないけど断言できる」
「…ふふ、もう。フェリーク様にそんな風に言われると本気にしちゃいます」
「おれは本気で言ってるんだから当たり前だよ」
フェリーク様はそう言って私をぎゅっと抱きしめた。
「フェリーク様?」
「ふふ。おれ、こうやって誰かを捕食以外で自分から抱きしめるのも初めてだよ」
「それは嬉しいですけど」
フェリーク様の初めてが増えていくのは、きっといい事だと思うから。
「まあともかく、そんなこんなで色々爛れた家庭環境の真っ只中でフェリーク様に嫁ぐことが決まって」
「そっか」
「フェリーク様がこんなステキな人でラッキーでした」
「そうかい?」
「はい。今のところフェリーク様のこと結構好きですから」
フェリーク様の奥さんになれてよかったです。
そう言ったら私を抱きしめるフェリーク様の温度が上がった気がした。
「…フェリーク様、どうかしましたか?」
「え?うーん。いや、リーシュとなら本気でおしどり夫婦になれそうだなって」
「当たり前じゃないですか。そうなるって約束でしょう?」
私を抱きしめるフェリーク様の顔を覗き込めば、フェリーク様はなぜか真っ赤だった。
「…のぼせちゃいました?」
「いや、えーっと。まあそういうことにしておくよ」
そういうことにしておく、ということは原因は違うのか。
けれど誤魔化したいらしいから、誤魔化されておくことにする。
「ではそういうことで」
「うん、そういうことで」
話はここで切り上げる。
「そろそろ寝ましょうか」
「そうだね、どっちの部屋で寝る?」
「え?」
「夫婦とは、一つの布団で寝るものなのだろう?」
「…寝てどうするとか知ってます?」
私の問いにきょとんとするフェリーク様。
「寝るんだから寝るんだろう?」
よくわからない、という顔をされてどうしようか逡巡したが。
結局、子供の作り方を知らない人に緊張するだけ無駄だという結論に至った。
本当に必要な時は私が教えてリードしなければならないのだから、今日明日どうこうなるわけじゃない。
気にするだけ無駄である。
「じゃあ、私の部屋で寝ましょうか」
「うん。ミネットもおいで、三人で寝よう」
「にゃーん」
安心要素が一つ増えたところで、私は立ち上がりフェリーク様とミネットちゃんと共に二階へと向かった。