崩壊が始まった、呆気なく終わった
突然その日はきた。
青い顔をした旦那様に、土下座をされた。
詐欺師に騙されて、財産を持って逃げられたらしい。
巨額の借金もしているとか。
私は青ざめたが、旦那様を責めなかった。
「良いんです、旦那様。旦那様は悪くありません」
「グラツィア…こんな私もまだ愛してくれるのか」
「もちろんです、旦那様。愛しています」
それに旦那様。
これは旦那様だけの罪ではありません。
きっと…虐げられるリーシュに愉悦を感じていた、愚かな私への罰でもあるのです。
「…私は男爵ではなくなるが、グラツィアとブルローネだけは守ってみせる。だから、付いてきてくれるか」
「もちろんです、旦那様」
旦那様の弟…商人として成功している義弟が、旦那様から爵位を買い取るという形で支援してくれることになったらしい。
借金は肩代わりしてもらえて無くなって、しばらく分の生活費も貰える。
しかしお屋敷は引き渡すことになり、貴族でもなくなる。
私はそれでもいい。
愛する旦那様のそばに居られれば、それだけでいい。
「苦労をかけるな」
「そんなことはありません」
旦那様は村を出て、別の町で鉱夫となった。
寮付きでなかなか条件の良い職場。
お給金は三人での生活費としては充分で、住む場所にも困らない。
私は元々平民だったから生活能力はあるし、家事をして旦那様を支えられる。
旦那様のそばにいられて、愛される日々は変わらない。
「セクハラにさえ耐えていれば、幸せな日々は続く…」
旦那様の上司から、一線は超えないもののセクハラを受けることがある。
旦那様はもちろん知らない。
私が我慢していれば、この幸せは続く。
旦那様の上司はどうにも器の小さな人で、一線は超えない人だから…我慢していれば済む話。
けれど愛する旦那様以外の人から肩やお尻を叩かれたり手や二の腕を撫で回されたり、ネットリとした視線で見つめられたりするのは私にはどうしても苦しい。
「これもきっと、リーシュが虐げられるのを喜んで助けようとしなかった醜い私への罰なのだから…文句は言えない」
他の鉱夫の奥様方は、私にターゲットが集中したことで助かったと思っているのだろう。
ヒソヒソすることはあっても、助けてはくれない。
これも全部、自業自得だ。
リーシュに酷いことをしたのだから、自分が酷いことをされた時に大きな声を出せないのも仕方がない。
「…それでも、旦那様と離れたくないの」
だけど、それでもどうか。
いつか、旦那様とともに許してほしい。
許される日が来るまで、神さまに許しを乞う。
そんな日は来ないのだと、頭ではわかっていながら。




