いつか償う日が来るのだろう
私はしがない平民の娘だった。
名前はグラツィア。
家は貧しく、幼い頃から花売りの仕事をさせられていた。
そこで出会ったのが旦那様。
旦那様の名前はナルチーゾ様。
『美しいお嬢さん、お花を一つ貰おうか』
花が売れず、このままでは家に帰っても入れてもらえないと途方にくれていた時にそう声を掛けてくださった旦那様。
旦那様は花を買うと私の身の上話を聞いてくれて、それならばと持ってきていたお小遣いを全てくださって大量の花を持って帰った。
それから毎日会いに来てはたくさんのお花を買ってくれる旦那様。聞けば私に一目惚れしてくださったのだとか。
気付けば貧しかった我が家は普通に生活出来るまでになり、そんな生活をくださった旦那様にいつからか心惹かれていた。
けれど旦那様は男爵家の長男。決して結ばれることはない二人。筋違いにもほどがあるが、旦那様の婚約者…リーヴァ様という女性を憎んでしまった。完全なる嫉妬だった。
『ナルチーゾ様…私は、こんな風に思ってしまう自分が汚らわしくて…』
『そんなことはない。私だって、あの女さえ居なければ君と結ばれるのにと思っている』
旦那様のそんな心ない言葉すら嬉しく感じてしまう。
旦那様がリーヴァ様を蔑ろにするほど心が満たされていく。
そして旦那様はリーヴァ様と結婚した。
嫉妬で狂いそうだった。
けれどリーヴァ様がリーシュを産むと、旦那様は私の元へ入り浸るようになった。
「リーヴァ様は帰ってこない旦那様を待ち続け、心身ともに病んで死んでしまった」
人の死はとても悲しいことで、その引き金となったのは私。
それなのに私は仄暗い喜びを噛み締めていた。
そしてそれは旦那様も同じだった。
旦那様はリーヴァ様の葬儀の後、私と娘を男爵家に迎え入れてくれた。
娘はもちろん旦那様の子。それを魔術で証明して、戸籍にも娘を入れてもらった。
「リーヴァ様が亡くなったおかげで、何もかもが上手くいった」
嫁いですぐ、リーシュと会った。
当たり前だ、リーシュも一緒に暮らすのだから。
前妻との子だとはいえ、旦那様の子供。
慈しんで大切にしようと思った。
だけど。
「リーヴァ様と瓜二つだという彼女を、愛せはしなかった」
憎しみを持ってしまった。
旦那様がぞんざいに扱うたびに、愉悦を感じた。
娘が嫌がらせをするのを見て、愉悦を感じてしまった。
そんな私を見た娘が、嫌がらせを加速させることにも注意すらしなかった。
「そして、そんな日々の中彼女は妖獣の花嫁に選ばれた」
彼女は可哀想だ。
私に父親を奪われ、母親を間接的に殺され。
娘に…ブルローネに母親の形見の品を奪われ、婚約者をいつのまにか寝取られ。
そして、人を喰う妖獣の花嫁なんかにされて。
そんな彼女の不幸を、私はとても甘美に感じてしまう。
「こんなに幸せで、こんなに満たされた気持ちになる。私はもう、心がこれ以上ないほどに汚れきっているのでしょうね」
もう戻れないところまできてしまったのだろう。
旦那様は何もかもが上手くいったと笑っているが、私はいつか犯した罪は全て私たちに返ってくるのだと思っている。
旦那様や私はもちろん、腹違いとはいえ実の姉を虐待したブルローネにだって罰は下る。
ブルローネの悪事だけでも止めてあげるべきだったのに、愉悦を感じるからといって止めなかった私のせいで…きっと娘は不幸になる。
娘が寝とった彼だって、きっと幸せにはならないだろう。
「…いつこの幸せが崩れるのか、それがただただ怖いの」
不安を胸に、今日も旦那様の腕の中で眠る。
いつか来る終わりにただただ怯える日々は、本当に幸せだと言えるだろうか。




