勇者ヤマダとその一行、旅に出る
「おいおい、どうしたんだよこの騒ぎ。王族様でも来るってのか?絶賛魔王に攻められてる最中ってのによ……」
「お前、知らないのかよ!今からパレードなんだよ」
「はあ、なるほどな。王族様の不定期パレードってか。魔王侵攻前以来か?」
「いやいや、違うんだよ。今回の主役は王族の皆様方じゃねえんだ」
「はあ?じゃあ誰だよ。王族様以外でこんな大規模で豪華なパレードなんて……」
瞬間、王城の扉が開く。宮廷音楽隊の豪華なオーケストラの音に交じって聞こえる歓声を一身に浴びるのは—————。
「勇者様御一行だ!」
黒髪に、混ざりっ気のない同じ色の瞳。細身の体躯に、身軽だが上等な装備と、腰には伝説の『勇者の聖剣』を下げている。そして何よりも観衆の目を奪うのは、さらけ出された鎖骨の中心に位置する、紅獅子の紋様……勇者の証だ。
豪華な装飾の馬に跨り、最前列で行進をするこの国で唯一の勇者は、人々の声援に応えるように手を振っていた。彼はヤマダ。勇者である。
「勇者様!勇者様だよ、お姉ちゃん!」
「ありがとうございます、ありがとうございます勇者様……!」
「おお、これでこの国も救われる!」
その後に続くは、ただでさえ巨漢な自身の体躯と同じくらいの巨大な大剣を肩に担いだ壮年の男だった。ツーブロックの茶髪に、見た目には似合わない柔らかな翡翠の瞳には、それでも闘争に溢れた戦闘民族の色を灯している。彼は重戦士の役割を担う、コイケだ。
その後ろ、真っ白な神官服に身を包んだ長身の騎士は、空色の髪を結んで風に靡かせる美丈夫だった。おおよそ戦いには向かないであろう虚弱にも思える体形と、銀縁の細い眼鏡が余りにも似合いすぎている。見れば、彼の眼は閉じられたままで、周りには四つの輝く光が飛び交っていた。精霊王だ。彼は、四大精霊の王すべてと契約する、天才精霊騎士、タナカだ。
タナカの隣で傲岸に笑みを浮かべる魔術師の女性は、スラリとしたモデル的肢体を深紅の衣装で着飾っていた。まるで夕焼け色に輝く髪を高い位置でひとまとめにし、情熱的に燃えるような瞳の色をしている。衣装でわかるであろう彼女の役職は、攻撃魔術師。名をサトウという。
そんな彼らに付き従うように続くのは、一行の中で一番小柄で、庇護欲をそそるようなお嬢様、ハヤシ。ゆるくウェーブしたストロベリーブロンドはどこか高貴な印象を与え、同時にその気弱そうな碧眼は好奇心に満ち溢れている。その姿は誰もが一度は見たことがある、宮廷魔術師として名をはせる歴代随一の才女、治癒魔術の使い手である。
「いよいよ勇者様の出立か……これで魔王の侵略が収まるのだと思うと、まだなのにホッとするよ」
「ああ、その気持ちもわかる。なんてったって、今回の魔王侵攻は歴代最大の規模だが、勇者様たちの実力も歴代随一って聞くぞ」
「こりゃ安心だ!」
人々の笑顔に見送られ、勇者たち一行は群衆を超え、ようやく民の列が消えるほど遠くへ来た。
後ろについていた王国騎士団の号令で一行は馬を止め、地に降り立った。
「それでは勇者様、衣装をお着換えください……」
「……ああ」
馬車に簡易的に作った衣装室で勇者は豪華な装備を脱ぎすて、用意された服装に着替えた。
馬車から降り立った勇者ヤマダは、それまでとは打って変わって質素な服を着ていた。衣装の名を—————「むらびとのふく」という。
勇者の聖剣だけを手渡された勇者ヤマダは、替えのむらびとのふくと銅貨50枚が入った袋を持ち、王城へ戻るため走り去る王国騎士団を眺めていた。
騎士団がやっと見えなくなったころ、勇者ヤマダは大きく息を吸った。
「……っすううぅ……っ」
重戦士コイケが、ほかの一行に合図を出して、耳を塞ぐ。
「……っんでだよクソ大王がーーっ!!!」
「普通、勇者なら最高の装備で送り出して魔王討伐にいかせるだろうが!聞かされてはいたがよ!!なんで『パレードが終わったらむらびとのふくに着替えてね、ほら……王国って今魔王侵攻で、財政やばいから』だよ!!馬鹿じゃねえの?!所持金銅貨50枚と防御力3のむらびとのふくだけって!!アホか!!そんで正義感でこんなの受けた俺もアホか!!これで失敗したらどうすんだよ!!いくら精霊騎士で神官資格も持ってるタナカが蘇生使えるからってよ!!そんな死ぬ前提とかやめてくれないかな?!俺は使い捨ての駒じゃねえんだよーーっ!!!」
一頻り叫んだ勇者ヤマダは、むらびとのふくの裾を握りしめて、肩を上下させて息をした。手渡された銅貨袋を、大切そうに懐にしまう。
終わったか……と溜息をついた重戦士のコイケは、また合図をする。一行は耳を塞いでいた手を下ろす。
「まあともかく……魔王を倒さないと終わらないので、行きましょう、勇者様」
精霊騎士タナカの声で、勇者一行は(主に勇者は)とぼとぼと王城と正反対の方向に歩き出したのだった。すべては魔王を倒すため。人々に平和を取り戻すため。勇者ヤマダとその一行は今日も戦う。頑張れ、勇者ヤマダ!その身に宿した勇者の証を輝かせ、今、戦うのだ!