緑の巫女、友ができる:1
木の国、ユピテル 街道
街と街の間を行き来するのは比較的簡単である。が、それが国家間となると少々難易度が上がる。
まず、他国に行くには海路を行くしかなく、港へ向かう街道は整備されていない街もある。更に長い街道を行く場合、魔物や野生動物、野盗などの障害があり腕に自信が無ければ護衛なしで通るのは自殺行為とも言えた。
そんな道をまるで散歩でもしているかの軽装でモリガンは歩く。よれたシャツとジーパンにカーキーのコートを着て、肩からメッセンジャーバッグを下げただけの姿はとてもじゃないがいいカモにしか見えない。
しかし、彼に寄ってくるのは無害な小鳥や野生動物のみで凶暴な魔物などは木陰から様子を見ているだけだった。
「久々に気配薄くしてみたけど、成功したな」
大きく伸びをしながら歩くこと数十分、道の真ん中で倒れている人がいる。
「えーっと、大丈夫ですかー?」
倒れている人物は、彼に負けず劣らず軽装であった。耳にあたる位置にエラがあるあたり、マーマンかセイレーンだろう。
「う…っぅ…はら、へった」
「あー、空腹で行き倒れてたんですね。胡桃パンでいいなら食べ…」
「食うっ!」
モリガンが言い切る前にガバリと起き上がる。紺碧のカンフー服の所々に泥が付いている。勢いに気圧されながらパンを差し出すと、
「ありがたく頂きます」
と手を合わせていい、すごい速さで食べきってしまった。
「ゆっくり食べた方がいいよ。もう二つあげるよ」
「や、もう大丈夫だ。ありがとう」
「そう?」
ぐうぅううぅ
「…………」
「あと一つどうぞ」
「かたじけない」
行き倒れていた人物は、根方に興味があり、その技術を習得する為に来たのだと語った。
「それなら、王都より北の町に行くといいですよ。王都は根方より外科や治癒術の方が盛んですから」
地図を開きながらモリガンが答える。該当の町に印を付け差し出すと、青年は目を見開いた。
「いいのか?地図がないとそっちは困るんじゃ…」
「俺なら大丈夫ですよ。伊達に緑の巫女やってないので」
「へー、それなら安…し…は?」
地図を受け取りながら嬉しそうにしていた青年は、モリガンの言葉に再び目を丸くする。
「あんた…いや、貴方は…巫女だったのか…」
ようやく絞り出した言葉に、自分自身が事実を再認識したのか今度はガバリと膝をついて頭を下げた。
「巫女様と知らず、御無礼を!」
「あー、そんなに畏まらないでください。世間的には解任された身の上ですので」
「しかし!」
「今はただのモリガンです。ね?」
そう諭すと、渋々と言った具合に青年は顔を上げて立ち上がる。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。俺はモリガン。一応、冒険者としても登録しているので、今はただの冒険者です」
「あ、あー、確かに。拙はチュウケイ。…その、解任されたとは?」
「あぁ、実は…」
苦笑しながら経緯を語ると、チュウケイは次第に怒りで顔を赤くしていく。
「んだと!それが自国の巫女に対する処遇かよ!てか、断られてんなら諦めろよ!どーせ巫女の地位にしか興味がなかっただけだろーがよ!」
ひとしきり叫び、肩で息をしていた彼は、はたと当事者が居たのを思い出して今度は羞恥で顔を赤くする。
「も、申し訳ない…取り乱した」
「いえいえ、そこまで怒って貰えるとありがたいくらいです」
「それで、巫女様は…」
どこへ行くのかと聞く前に、モリガンに手で制される。
「もう世間的には巫女ではないので名前でいいですよ。口調も砕けたもので構いません」
「じゃ、モリガンも畏まらなくてよくね?」
「それもそうだね」
言われて直ぐに態度が軟化したのに可笑しそうに笑いながら、モリガンが答えた。