赤の巫女、呆れる
火の国、アレス 大公邸客間
赤の巫女、ジャンヌは苛立ちを隠さないまま豪華なソファに座っていた。原因は眼前で萎縮しているユピテルの使者から受け取った親書の内容だ。
曰く
『新しい巫女に、巫女としての技術を教える為に入国して欲しい。費用はそちらもちで』
とのこと。
鳥型獣人特有の顔の横から生えている紅の羽根を逆立て、猛禽類さながらの赤い目をすがめる。
「この話、断ろう」
「そこをなんとか…」
ピシャリと断るが、使者も怯えながら食い下がる。
「前任の巫女が文書を秘匿、そのまま姿を消したので巫女の引き継ぎが出来ていないのです。お力をお貸しください」
「なら費用はそちらが出すべきだろう?」
「ぐうの音も出ません」
痛いところを突けば、使者もがくりと肩を落とした。
「それに、彼の家には巫女であるなら何事もなく入れる筈だ。となると新しい巫女は正当な継承者ではないのだろう?そんな相手に教える事は何もないぞ」
更に追い討ちをするように眼光を鋭く光らせそう言う。
それに対して使者は首を捻るだけだった。
「私もそう聞いただけでして…」
要領を得ない話に、今度はため息を吐いた。
自分の国のことなのになんの疑問も持たないなど、他国の事だが呆れを通り越して心配になってくる。
「とにかく、この話は断る。そう返事をしたためるから、此処で待っていてもらおう」
言うと間返事も待たずにジャンヌは客間から出ていく。
自室に戻りながら、返事の内容を頭で組み立てる。客間から自室までの間に出来上がった返事を、丁寧さを欠かずに書き上げ再び客間へ。
「……。………、…」
入る前に中から話し声が聞こえ、不思議に思い耳をそばたてる。
「無理です…取り付く島もない………はい?…」
どうやら、使者が連絡水晶で祖国に報告しているようだ。情けない声で報告するあたり、向こうからも圧をかけられているらしい。
「無理矢理って……それこそ私には…」
(ユピテルの王は耄碌したのか?武人の私にただの使者が勝てるとでも?)
雲行きが怪しくなってきた会話に、ジャンヌは再び呆れる。
火の国アレスは多くの冒険者、傭兵、武人を輩出している国である。勿論、その巫女であるジャンヌも弓と体術では負け無しだ。
その彼に無手で挑もうなど自殺行為に等しい。
「勘弁してください…王に知られたら…」
「なに?」
そろそろ入ろうとした時、思わぬ言葉に手が止まる。親書の封や内容から、彼は王の命令で来たと思っていたが、どうやら勘違いだったらしい。
ジャンヌは再び客間の話に集中する。
「………はい……はい…………承知しました…」
流石に相手の声は聞こえなかったが、何か指示を受けて通話が切れたことは分かった。
頃合いだとジャンヌが客間に入る。
「待たせ……何をしている?」
使者は真っ青な顔で自分の首に剣を当てている。剣を持つ手もがたがたと震え、涙が溜まった目でジャンヌを見つめる。
「り、了承していただけないと、此処で死にます。巫女が他国の使者を殺したと疑われたくなければ、親書の内容に同意してく…」
「阿呆が」
「へ?」
使者の話が終わらないうちに、ジャンヌが彼の手から剣を取り上げる。あまりの早業についていけない使者から間抜けな声が出た。
「馬鹿なことをしていないで、この返事を持って帰れ」
「わ、わ、わ」
そして返事の親書を押し付けると、彼を担ぎ上げ玄関へ向かう。されるがままの使者はそのまま玄関から外に放り出された。
「ジル、お客様がお帰りだ。門の外まで送ってやれ」
「承知しました!」
固まって動けない使者を今度は犬型獣人が担ぎ上げる。そしてそのまま門まで行ってしまった。
「はぁ、酷い目にあったな」
彼らが見えなくなったのを確認して、ジャンヌは疲れたため息を吐く。
あそこまで配下を追い込むやり方は、いくら耄碌したとしてもユピテル王はしないだろう。
「とすると、この前言っていた王子…か?」
面倒なことにならないと良いが…と、彼は天を仰いだ。