黒の巫女、噂を聞く
木の国、ユピテル 萌黄の森
「た、助かったー」
疲労と安堵の声が森にこだまする。
声の主はプレートアーマーを着た犬型獣人の青年。声の通り、疲労からか座り込んでいる。その周りにも同じように座り込むローブのエルフの少女や、動きやすそうな革鎧の猫型獣人の青年、大型の盾を担ぐノームがいた。
「くはは、わっちが間に合ってよかったのぅ」
そう言うのは、今しがた仕留めた熊の魔物を解体しているマーマンの女性。サラシを巻いた上から派手な着流しを着ている。
「まさか、こんな所に黒の巫女様がいるなんて…予想外でしたよ」
「ぬ?そうかそうか、お主ら初心者だものな。わっちが放浪しているのは、冒険者界隈では有名だぞ」
黒の巫女、ホクサイは解体する手を休めず笑う。
その傍らには黒い槍を置き、目ぼしい素材を山に積んでいく。
「そうなんですか?巫女様って、国に常にいるイメージでした」
「ここな緑のはそうじゃろうな。彼奴は学者肌じゃ。黄のも農業があるじゃろうし、赤のや白のに至っては日々進化する技術を教えるのに忙しいじゃろうて」
かかかと笑うホクサイに面々は顔を見合わせる。
「黒の巫女様はそういうのは無いんですか?」
おずおずと尋ねると、少し考える素振りをしてまたあっけらかんと笑う。
「水は流れるものじゃよ。わっちは一ヶ所に留まるよりこうして旅をしている方が性に合っているのさ」
「へー」と、一同が納得する。
「さて、わっちの目当ては爪だけじゃ。余りの素材は主らが持っていくとよい」
「いいんですか!?」
解体を終えたホクサイが、爪だけを持って立ち上がる。
有り余る素材は自分達に渡すと言われ、どよめく彼らに「よいよい」と彼女は笑う。
「ありがとうございます!」
「助けていただいたうえに、こんなに良い素材を譲っていただくなんて…なんだか申し訳ないです」
「気にするな。さて、わっちは緑のの顔でも拝みに行くかのぅ」
その言葉に、猫型獣人の青年がおずおずと手を挙げる。
「それなんですが…最近、緑の巫女様が代替わりをしたそうです」
ピクリとホクサイの眉が跳ねる。
「それ、私も聞いた。なんか不敬罪で別の人に変えたって…宿屋の人が怒ってたわ」
「不敬罪とな…アレがのぅ…」
首を傾げるホクサイに慌ててノームが付け加える。
「ただ、正式に国から発表が無いからあくまでも噂の域を出ないんです。もしかしたら間違いかも」
「いや、無駄足になったかもしれぬ。ちと連絡してから向かうとしよう」
眉間によったシワをほぐしながら、彼らに別れを告げる。
森を歩きながらも、思考は先程の話を反芻していた。
(不敬罪…不敬罪?アレが不敬なのは今に始まったコトではあるまいに…)
思い出すのは没頭すればテコでも脅されても動かない研究バカである。王家の勅命を無視した事など一度や二度では無い。そんな彼が今更不敬罪などと不思議でならない。
「いや、あの件か?」
思い出したのは前回の茶会でぼやいていた話。どうも年頃になった王子が求婚してきて困っているという。
(ならば不思議ではないが…王子が意固地になる理由が判らんな…)
やれやれと肩をすくめると、鞄の中から連絡用水晶を取り出した。