白の巫女、爆笑する
金の国、ウェヌス
蒸気と機械でできた国の外れ、やけにこじんまりとした赤煉瓦の家がある。
『白の工房』と呼ばれるその家には白の巫女、ソロモンが住んでいた。
シルバーヘアを三つ編みにし、元は白であっただろう作業着と美人に分類される顔は油と謎の薬品で汚れている。
その手にはモーニングコーヒーと朝刊を持ち、ぎいぎいとロッキングチェアを揺らしている。
薄い黄色の瞳を細め見つめているのは、ユピテルで巫女の代替わりが行われたという記事。
コトンとカップを置いた彼女は
「く…ふふ…あはははっ!」
新聞を放り投げながら笑い出した。
「あの引きこもり!とうとう解雇されてやんの!ぷははっ、ちょーウケるわ」
腹を抱えて声を上げ、時折テーブルを叩きながら気がすむまで笑う。
「はー、しっかしユピテルは大丈夫なのかしらね」
ひとしきり笑い終えた後、再びコーヒーを飲みながら呟く。
『と、言うと?』
その声に彼女の影が揺れて応えた。
「あら、ザガン。起きていたの?」
ズルリと、影が分裂して別の形をとる。牛の角を頭に生やし、耳の位置に鳶色の羽が生えている少女に変わった影は呆れたように一息吐くとソロモンのカップにコーヒーを注ぐ。
『あれだけ大笑いしていれば嫌でも目が覚める。他の奴らも同じだろう』
「そうなの?ま、早起きはいいことよ」
注がれたコーヒーに礼を言い、一気に飲み干すと大きく伸びをした。
「ユピテルのポーションやら薬を支えているのは緑の巫女の知識。コレが順当な代替わりなら問題ないけど、神からの神託が無いのだから不当な代替わりのはず」
『ふむふむ』
「とすると、主要産業の危機ね。新しい薬や効果の高いポーションが今後作り出されることはなくなるもの」
『ふむ。新製品なくして発展はないからな』
「そういうこと」
ザガンの答えに満足そうに頷くと、窓の外、遥か彼方の祖国を思い描いた。
豊かな森と穏やかな気候に恵まれたユピテルは、ソロモンの産まれた国でもあった。先代の緑の巫女と友であった為か、それ以外の素質からか白の巫女の福音を受けてから一度も帰ってはいない。
もっとも、既に生家どころか知り合いもいない国に思い入れも無くなってしまったが。
「ま、元々王子に困ってたみたいだし、王家には良い薬になるでしょう」
あっけらかんとそう言うと、カップを流しに放り込み自身の工房がある部屋に行ってしまった。
『洗い物は直ぐ片付けろとあれ程言っているというのに…』
その後ろ姿をジトリと見つめてザガンはため息をつく。殆ど諦めたぼやきを吐きながら腕まくりをし、溜まり始めている洗い物と格闘を始めた。