緑の巫女、解雇される
木の国、ユピテル王城内、謁見の前
緑の巫女、モリガンは跪き頭を下げている。
黒に近い深緑の髪を頸で結び、およそ謁見には相応しくない質素なシャツとジーンズ、黒のブーツを身につけている。
ひな壇では困った顔で玉座に座る王とその横にふんぞり返っている王子、その王子の腕に寄り添っているやたら派手な令嬢が立っている。
「呼ばれた理由は解っているだろう?」
ニヤニヤともとれる顔で王子が口を開く。
「婚姻の件でしたら、何度もお断りしている通りです。俺は男と添い遂げるつもりは無い」
顔を上げずにモリガンが答える。精桿な顔には「めんどくさい」と張り付いている。
この王子はモリガンが男と知りながら、巫女を伴侶にしたいがために婚姻を結ぼうと躍起になっていた。一人息子の王子に王も甘く、強く言えないが為に2,3日に1度は今日のような謁見が続いていた。今日唯一違うのは、王子の隣の令嬢だろう。
「そうか、断るか。なら…」
王子が残念そうなふうにやれやれと首を振る。が、瞬時にその顔を真顔に戻し、
「緑の巫女モリガン、貴様を不敬罪で巫女の地位を剥奪する!」
ビシィとモリガンを指差してそう告げた。
「はいぃ?」
モリガンも驚き思わず顔を上げた。髪よりも明るい深緑の瞳を王に向ける。
が、王はあたふたとするだけで役に立たなそうだ。
「今日からはこちらのマリー令嬢が緑の巫女とする。異論は認めない!」
自信満々の様子で王子が令嬢を紹介する。紹介された令嬢も太々しくも礼をした。
突然のことに困惑するモリガンだったが、ふといい機会かもしれないと思いつく。
「分かりました。そういう事でしたら、俺は退散しようと思います」
頭で必要な荷物を確認しながら、顔には一切出さずに再び頭を下げる。その様子に満足そうに王子と令嬢は下卑た笑みを浮かべた。王に至っては顔を真っ青にしている。
「直ぐに帰ってお前の家の書物を全てマリー嬢に渡すんだな」
「いえ、あの家には巫女なら誰でも入れるよう結界が張ってあります。新しい巫女なら難なく入れますので、俺の手は不要でしょう」
モリガンは王子の要求を突っぱねると、さっさと謁見の間を出ていった。
後にはポカンとした王子と、悲壮感漂う王、モリガンの答えに不機嫌に眉を寄せる令嬢だけが残った。
「と、いう訳でちょっとした旅に出ることにした」
森の奥、蔦の絡まる家の中で荷造りをしながらモリガンが笑う。
その横には赤子の頭ほどの水晶が淡く光を発している。
『んだか、したらばまんずおいらんとこ来っか?そろそろ収穫祭だべ、うめぇもんたらふく食えっど?』
水晶から訛りのひどい声が発せられた。その提案に「いいね」と同意をしてから多くない荷物を背負う。
「じゃ、まずそっちにお邪魔しようかな。着いたら宿よろしく」
『曲がり屋で馬っ子と一緒でいいだば、歓迎すっど』
「問題ないよ。じゃあまた」
水晶をひとなですると、発光が止まった。
元緑の巫女となったモリガンは、戸締まりをしっかりして、結界を貼り直し、王子の邪魔が入らないうちにそそくさと森を出て行った。