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実験

 部活の朝練でもするのか、始業時間までまだ一時間半はあるにも関わらず辺りを見回せば僅かだが他の生徒の姿を認めることができる。


 戸滝に言われて、午前七時という普段の俺ならまだ家にいる時間に欠伸を噛み殺しながらなんとか学校までやってきたけれど。


 今日はいつもより一時間は早起きするハメになったし、どうにも眠くて調子が出ない。


「眠そうだね」


 俺の姿を認めて歩み寄ってきた戸滝がこちらの顔を覗き込み、まるで眠気を感じさせない溌溂とした声を響かせる。


「眠そうっつーか、実際眠い。ぶっちゃけ、今すぐ帰って布団に入りたい気分だ」

「藍川、これから二号の実験をするのちゃんとわかってる? 今はいいけど、危ないから実験が始まったらちゃんとしてよ」


 そもそもお前がこんな時間に呼び出したから俺は眠気に苛まれてるんだが、と言いたいところではあるけれど。


 彼女の言う通り、これから行おうとしている実験が気を抜けないものなのは確かだ。


 なにせ、戸滝の推論が正しければ二号とは世界を改変する現象であり、そのトリガーとなるのは俺と戸滝の接触なのだという。

 

 流石に二号が世界の命運を左右するとまでは思わないものの、事実として教室に飾られていた花瓶の存在はなかったことになっている。


 何がどこまでできるにせよ、既に偶然や勘違いで片付けられる範囲を逸脱しているのは間違いない。


「……わかってる。花瓶ならまだマシだが、俺だってうっかり生きてる人間をなかったことにしちゃいました、なんて事態はごめん被るしな」


 俺の返答の何が気に入ったのか、微かに機嫌を良くした戸滝が笑みを浮かべる。


「へえ、やっぱり藍川もそういうことがあり得ると思うんだ」

「そりゃ、現実として花瓶は消えてるからな。最悪の場合、人間も同じように消えるかもしれないとは思うだろ」

「うん、だよね。私もそう思う。だから、そういう事態を防ぐためにも実験を頑張らないとね」


 危険性を提示しつつも結局のところ二号の実態解明を優先するという方針に変わりはないらしく、戸滝は俺を先導して足取り軽やかに歩き出した。



 ◇



 校舎によって日差しが遮られ一帯を影に覆われた校舎裏にて、戸滝は右手で地面に落ちていた木の葉を拾うと俺の方へ振り返り空いている左手を差し出してきた。


「じゃあ、最初の実験。この前花瓶を消したときと同じ要領で、今からこの木の葉を消してみようか」


 戸滝に言われて、彼女の手の内にある木の葉が周囲に与える影響について考えてみる。


 この間の花瓶は消えたせいで教室に花を飾るという習慣そのものがなくなってしまったけれど。

 仮に一枚の木の葉がこの場からなくなったところで、それが原因で何か問題が生じるということは恐らくないだろう。


 もちろん、厳密に言えば地面に吸収される栄養が木の葉一枚分少なくなったりはするのだろうけど、だからと言ってそれでこの場が不毛の地と化すとも思えない。


 戸滝だってそう考えたからこの実験を提案したのだろうし、ここは彼女の言うことに従ってもいいはずだ。


「わかった。……いくぞ」


 戸滝の手の内にある木の葉から視線を外さないよう注意しながら、差し出された手に向かって右手を伸ばす。


 俺と戸滝が互いに伸ばした手が近づいていく間、木の葉は風に吹かれて微かに揺れることはあっても手から零れ落ちることはなく、ずっと同じ場所に存在し続けている。


 そして、いよいよ俺と戸滝の手が重なり指先が冷たいものに触れた瞬間、あのときと同じように周囲の景色が歪み始めた。


 相変わらず、この状況でまともに形を保っているのは俺と戸滝だけで、それ以外のものは木の葉も含めて全てが輪郭を失いぐちゃぐちゃになっている。


 静電気のような衝撃こそなかったものの、それ以外は全てあのときと同じだ。

 こうなると、戸滝の推論通り二号は俺と戸滝の意思で再現できる現象だと考えてよさそうだ。


「やった……やっぱり、勘違いなんかじゃない」


 歪み切った世界を見渡す戸滝の目は爛々と輝いていて、紡がれる声には喜色が滲んでいる。


「嬉しそうだな」

「そう? ……うん、まあ、そうかも。私はずっと、常識を超えた超常的な現象を嘘でも妄想でもない真実だと証明できる日を待ってたから」

「ずっと?」


 二号は昨日発生したばかりなのに、その証明を積年の願いであるかのように語る戸滝に違和感を覚えオウム返しに疑問を口にすると、彼女は微かに眉を顰め何かを振り切るように首を横に振った。


「ごめん、何でもない。それよりも、そろそろ手を離してみようか。私の予想が正しければ、手を離した瞬間に木の葉の存在はなかったことになるはずなんだけど」


 戸滝の口ぶりには何やら違和感があるが、さりとて単なる言い間違いだと言われればそれを否定する根拠もない。

 そもそも、本人に言う気がないことを無理に聞き出したいとも思わないし、今は二号の実験を優先するとしよう。


「じゃあ、離すぞ」


 戸滝が頷いたのを確認してから、勢いよく彼女の左手に触れていた右手を持ち上げる。


 すると、二号が発生する前は確かに木の葉を乗せいていたはずの戸滝の右手に今は何も乗っておらず、まるで最初からそこにはなかったかのように木の葉は忽然と姿を消していた。

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