ヒロイン視点
ヒロイン視点です。
私には不思議な魔神様がいる。私の願いをなんでも叶えてくれる素敵な素敵な魔神様だ。
「ただいま〜」
「万里、お帰り。今日はどうだったんだい」
「普通だよ。特に話すこともないよ」
学校が終わって自分の部屋に戻るとベッドに腰掛けている絶世の美少年がいた。
背中まで伸びた朱色の髪の毛を後ろで一本の三つ編みにして垂らしている。その髪の毛はつやつやで女の子よりも綺麗な髪の毛をしている。
通った鼻梁にはっきりとした目力のある瞳。
瞳の色は左右で違い、左目はどこか色気のある透明感のあるワインレッド。右目は鮮やかな黄緑色で瑞々しいマスカットのようだ。
手足は長く、お腹には腹筋が程よくついていて薄らと縦に割れている。無駄な脂肪がない引き締まった美しい体。その肉体を中東の踊り子が着るような扇情的な衣装で飾っている。引き締まったお腹や二の腕が露出されていて目のやり場に困る。
腕や足には様々な装身具が付けられている。何よりも目立つのは金細工でできた首飾りだ。大小様々な豪奢な宝石がはめられている。
それはもう中東の国に住む麗しい王子様そのものだ。
彼が微笑めばきっと美の女神様ですら恋に落ちてしまうかもしれない。
現代日本ではあまりにも目立つこの姿。彼にはそんな事一切関係ない。そもそも彼は人間ではない。彼が例の魔神様だ。
「ねえ。お願いがあるの?」
「なあに?」
「これなんだけどね」
私は魔神様に懸賞の葉書を見せる。懸賞の内容は有名温泉地の旅館の宿泊のペアチケットが当たるというどこにでもあるものだ。
祖父母が一度は行ってみたいと言っている高級旅館だ。あまりにも値段が張りすぎて普通ならばなかなか旅行する事は叶わないだろう。
「この懸賞当てて欲しいの?」
「そうなの。お願い! 私おじいちゃんとおばあちゃんの二人が元気なうちに楽しんでもらいたいの!」
「わかったよ」
魔神さんの手が琥珀色に輝きその手で葉書に触れる。光は葉書に吸い込まれていく。光が収まるとどこにでもある普通の葉書に戻った。
「この葉書を投函すれば懸賞は間違いなく当たるよ。でも名前や必要事項はちゃんと書かないと効果はないからね」
「ありがとう! 魔神様大好き!」
私は魔神様の手をぎゅっと握る。
この魔神様は人の願い事を叶える事ができる。懸賞も間違いなく当たるだろう。
そんな私も昔この魔神様にある事を願った人間の1人だ。
それから彼はなぜか私のところに居座っている。彼はお兄ちゃんであり友人だった。
「どういたしまして。万里おいで」
魔神様はベッドから立ち上がり私を抱きしめる。
彼からほのかに白檀の香りが漂ってくる。このエキゾチックな香りがものすごく彼らしいと言えば彼らしい。まるで彼のためにあつらえたような香りだった。
この魔神様は人好きするらしくスキンシップだったり、人のお話が聞くのが大好きだ。
私が帰ってくるといつも面白い話はないのかとせがんでくる。
聞くだけではなく、話をするのも好きで昔の持ち主の話を色々と教えてくれる。
様々な人間の間を転々とした彼は彼らの当時の暮らしを優しい口調で話してくれる。
彼の話を聞くことは私の一つの楽しみだった。
「魔神様って可愛いよね。すっごい綺麗なのに人懐っこいところとか」
「僕だって今でこそ人の姿をとっているけど本来は婚礼用の首飾りだよ。人に使われるために生まれてきたからね。人が好きに決まっているよ」
この魔神様の正体はずっと昔に作られた首飾りらしい。
本人曰くいつのまにか意思を持ち、人と交流できるようになったらしい。日本で言えば付喪神ってやつなのだろうか。
「そんな優しい貴方に会えてよかった。待ってて今からお手入れするから」
机の上に置いてある薄手の手袋を履く。それから首飾りを保管している安っぽいジュエリーボックスを開けて、首飾りを取り出す。
婚礼用の首飾りというだけあって大小様々な宝石がついていてとても豪華なデザインだ。普段使いができるデザインではない。昔はこの首飾りでお姫様ごっこもしていたが現在の私にとってはこの首飾りは観賞用だ。
彼に教えてもらった方法で丁寧に手入れして行く。本当は定期的にジュエリーショップに持っていて手入れしてもらう方がいいのだろう。だけど彼は、万里に手入れしてもらいたいと言ったのでこうなっている。
彼は私の後ろに立って手入れしている様子を眺めている。
「こうやって大切にされている瞬間ってやっぱりいいね。万里が身につけてくれるともっと嬉しいんだけどな」
彼は顔を緩ませる。お手入れされている間はやはり気持ちがいいらしい。
「そりゃあ素敵な首飾りだとは思うけどねー。だけど今の時代だと目立ちすぎるし、洋服に合わせるのは難しいよ。そもそも結婚式用って言ったのは魔神様自身でしょう」
「じゃあ万里がお嫁さんになる時はぜひ僕をつけて欲しいな」
「もちろんよ」
***
私と魔神様の出会いは消毒液の匂いが漂う病院だった。
私が六歳の時に父は事故に遭った。
自転車に乗っていた父は信号を無視した車に轢かれてしまった。
直ぐに救急車で病院に搬送されたけれど重傷だった。幸い一命は取り止めたもののお父さんの意識は戻らなかったのだ。
私は病室で御守り代わりに持っていた首飾りを抱きしめながら泣いていた。
「神様、お願い。パパを助けてください」
その時に首飾りが光を放ち、目の前には美しい男の子が佇んでいた。
「神様じゃないけれど僕なら君のパパを助けられるよ」
「ほんとうっ!? お願いっ! パパを助けて。何でもするからおねがいっ」
「わかった。でも君の願いを叶えるには条件がいるんだ——」
彼は何か難しい事を言い始めたが言葉は耳に入らなかった。
「とにかくなんでもするから‼︎ 早くパパを助けてよ!」
あの時はとにかくお父さんを助けたくて必死だったのだ。だから彼の説明がまどろこっしくて言葉を遮ってお願いをした。
「わかったよ」
そう言って彼はお父さんに歩み寄っておでこに触れる。淡い光がお父さんを包み込んだ。
「パパは助かるの?」
「うん。もうしばらくしたら君のお父さんは目を覚ますよ」
彼は優しく微笑んだ後首飾りに吸い込まれるようにして消えてしまった。
これが私と魔神さんである彼との出会いだった。
お父さんは目を覚ました。さらに奇跡的になんの後遺症も残らずに済んだ。
その日以来、彼は私にだけ姿を見せるようになった。
魔神さんはとても綺麗で優しくて私はすぐに魔神さんの事が大好きになった。
それからも私の人生は魔神さんのおかげで順風満帆といえるものだった。
病気のお母さんも彼に治してもらった。合格するのが難しいと言われた第一希望の大学に入学できて友人にも恵まれた。アルバイト先もみんないい人であまりにも上手くいきすぎた人生だ。
辛い事が有れば魔神さんにお願いするだけでいいのだ。それだけで全てが上手くいく。
毎日が楽しいものだった。
私は二十歳の誕生日を迎えた。
大学から帰宅して部屋に入ると魔神さんがいた。
「万里、二十歳のお誕生日おめでとう」
「ありがとう」
魔神さんは柔らかく微笑んで私の誕生日を祝ってくれる。
「万里、僕との約束は覚えている? 約束通り対価を支払ってもらうよ。ほら君のお父さんを助けたときの事だよ」
柔らかく微笑んだまま魔神さんは喋る。普段だったら安心する柔らかい笑みが作りもののように思える。
だけれども出てくる言葉の内容は剣呑なものだ。
「対価?何それ?私そんな話聞いてないよ!」
「あの契約の時に説明したよ。願いを叶えるにはその願いに見合った対価が必要なんだ。しかも死ぬはずだった人間を助けたから対価はとても大きいんだ。」
血の気がひいて背中に冷たいものが流れる。
「最初の時って六歳の時じゃない!知らない!覚えてるわけないじゃん!ねえ対価を払えなくなったら私どうなっちゃうの?!」
「僕の力で叶えてたことは全てなかった事になる。君のお父さんの事だけじゃない。その次に願ったお母さんの病気は再発するし、そして僕はここを去らないといけない」
「嘘…。じゃあお父さんもお母さんもいなくなって、友達も、今の幸せな生活なくなるの? 魔神様もいなくなるの? そんなの嫌! 独りは寂しいよ! 私、お父さんにもお母さんにもまだ親孝行してない! 魔神様がいなくなるのも嫌! お願いなんでもする! ねえ対価ってどうやって払えばいいの? 私の寿命とかじゃダメ? ねえ教えてよ!」
魔神様の服の裾をつかんで情けなく懇願する。
今の幸せを知っているから手放したくない。父も母も私にとっては大切な家族だ。一度失いそうになっているが故にもう手放すのは嫌だった。
魔神様は困ったような顔をして落ち着いてと私を宥めるように頭に手を置く。
「一つだけ方法があるよ。今までの対価も払ったことになって未来も対価を払わずに願いを叶える方法」
「どうすればいいの?教えて!」
「対価は君のこれからの人生全て。君は人生全てを僕に捧げられる?」
「私の人生?」
「そう。君は二十歳になったよね。今の人間の寿命から考えると残り六十年以上の人生を僕に託すということだよ」
「私の人生捧げるってどういうこと? 私の人生貴方にあげれば、お父さんもお母さんも友達も、そして貴方もみんないてくれるの?」
人生六十年。きっとそれは長いものだろう。だけど魔神様にだったら捧げてもいいって思ってる私がいる。
だけど痛いのとか苦しいのは嫌だな。
「君は僕に全てを捧げるって言っても僕の側に死ぬまでいてくれればいい。今までのように一緒にお話しして、時々僕の我が儘を聞いてくれるだけでいいんだ。痛いことや苦しい事は絶対にしないよ。約束する。だけど選択の自由は減る。君は結婚できないし、僕の側にいなくてはいけない。さあどうするの?」
魔神様は私の心を見透かすように言葉をくれる。
「私は……」
***
結局私は彼に全てを捧げることにした。
今の幸せで快適な生活を手放す事は絶対にできなかった。大好きな両親や友人はもちろんの事。何よりも彼を失うのが辛かった。
みんなを失って自由を謳歌するくらいなら魔神様のものになるなんて大歓迎だ。
彼は私の選択を聞くと真剣な顔をして僕と夫婦になってくださいとプロポーズをした。
まさかの告白で驚いた。そして絶対に好きにさせて見せると言い切った。
最初は戸惑ったけど契約してしまったし、何よりも彼の事を嫌いじゃないからOKを出した。
十数年私を見守ってきた彼に抱く想いは恋人よりも優しいお兄ちゃんって気持ちだ。けれどきっと彼以上に素敵な人って現れないと思う。
恋人がいた時だっていつもどこかで彼と比較していた。
事実、私が恋人と上手くいかなかった理由の1つが彼と比べてしまったことにある。外見も中身も彼より素晴らしい人はいなかった。
彼と比べると恋人全てが霞んで見えてしまうのだ。彼といると恋特有の胸の高鳴りはしない。でも、とても安心する。一緒にいて穏やかな気持ちになれる。
だから彼になら全てを捧げてもいいって思った。私は彼のお嫁さんになる事になった。
今日は二人きりの挙式の日だ。
彼の作った異空間で私たちは挙式をあげる。
真っ白いお城のような立派な建物の中で私たちは挙式をあげる。
壁も天井も床も何かもが白い。汚れ一つない建物は美しいけれどあまりにも現実離れしていて少し怖い。輝くばかりの白亜は目が眩しい。
建物と同じ白い花婿衣装を身に纏った彼はいつもの格好と違うけど美形だから何を着ても似合う。むしろいつもと違う格好のせいでときめいてしまう。
「初めてつけてくれたね。首飾り。婚礼衣装とよくあっているよ。我ながらだけどとっても似合っている。万里、世界で一番君が綺麗だよ」
彼の本体である首飾りを初めて身につけた。普段だったらつけられない豪奢なデザインだ。首飾りについている石はアレキサンドライトと言う名前らしい。当たる光によって色が緑だったり赤だったりと変化する不思議な石だ。
彼が首飾りに合わせて用意した婚礼衣装とよく合っている。
「ありがとう。でも貴方の方がずっと綺麗」
私なんかと比べ物にならないくらいに美しい。魔神様は微笑んで私の腰に手を回す。花嫁衣装はお腹の部分が露出したドレスみたいな衣装だから触られているところがくすぐったい。
彼が長い間いた国の伝統的な衣装らしい。
この結婚は誰にも祝福されはしない。人間と魔神様の結婚だ。
だけどこれでいいんだ。
私を不幸のどん底から救ってくれたのは彼だ。
1番辛い時に常にそばで支えてくれていたのは彼だ。
彼がいなかったらきっと私は今のように笑えていない。
彼は私の願いを全て叶えてくれた。今度は私が彼に捧げる番だ。きっとこの魔神様に一生を縛られても私は幸せになれる。
もうあの時に戻りたくない。私は彼の手をとって握りしめる。そして私も愛の言葉を紡ぐ。
「 」
魔神様は花が咲くように笑ってから強く私を抱きしめた。