ハンコひと押しで奇蹟連発!~左遷された島に王様のハンコ持って来ちゃった…~
スランス王国、玉座の間。
「我の名を持ってルイン・アカシアに告ぐ。汝にセントヘレナ島に異動を命ず」
俺は王のハンコつまり御璽を管理する管理官として働いていた。
「僭越ながらお聞きします。なぜ私が異動なのでしょうか」
俺は頭を垂れていることをいいことに苦虫を噛み潰したような顔をする。
もちろん何も失態は犯していない。仕事はハンコを管理するだけだし、下級貴族なのにこの職につけたのは奇跡に近いから誠心誠意働いたつもりだ。
「お前は我が公式文書を用いて契約をするときいつもいるな?」
「…はい」
「そのときに我がどんな契約を結んだかを見ているはずだ。隣国との戦争が勃発した今、お前は知りずぎた」
王の言葉はここまでだった。要するに、ただ王の側にいたからセントヘレナ島、別名「墓場の島」に異動になったのだ。
俺はその場にはハンコを渡す一瞬にしかいない。まったくもって不本意な異動だ。
「しかし!」
「お前の言い訳は要らん。下がって異動の支度でもしていろ。交通費は全て自費だからな」
弁明の機会も与えられず俺は二人の近衛兵に両脇を抱えられて引きずり出されていった。
重い扉のしまる無機質な音に俺の顔はいっそう歪んだ。
□
数日後、半年ぶんの給料を使ってたどり着いた島はそれはもう笑ってしまうほど悲惨なところだった。
一周約400メートルほどの島には一本の木もない。あるのは土に刺さった十字架だけ。それが幾重にも連なり大きな針山を構成していた。
「これはひどいな…」
目の前の禍々しい光景に息を飲む。
十字架はざっと見ただけで千はある。あの王の御代になってからそれだけの人間がここで儚く散った。
温かく湿った風のなかに怨念のような土の臭いが混じっていた。
俺も今からそれの仲間入りだな。
「父さんたち大丈夫かな。元気に暮らしてね」
誰に言うのでもなく呟く。
父さんは下級貴族だ。割の合わない仕事ばかり押し付けられて収入が少ないにもかかわらず俺をここまで育ててくれた。そんな家族には悲しい顔をしてほしくないが、今回はちょっぴりしょうがないかな。
そんなことを祖国へと続く大海へと視界を移して思ったりしていた。
□
一方、王国では。
「では国王、同盟は破棄ということでよろしいですね?」
「ま、待て!今探しておる!ウィンザー王よ、しばしお待ちくだされ!」
応接間から飛び出したスランス王の顔は紅を通り越して紫色に近い色に染まっていた。
脂汗を額に浮かべ、泡を撒き散らしながら部屋の警備をしている近衛兵に怒鳴り付ける。
「『王の威光』はまだ見つからんのか!」
「申し訳ございません。アカシア管理官を左遷した時ほどからどこにあるのか不明でして…」
「御託はいい!さっさと探してこんか!」
扉を通り越して聞こえる怒鳴り声にウィンザー王は肩をすくめる。
「御璽をなくすなんて国王の名折れですね」
彼の細い手によって契約書はロウソクの火になめとられていった。
□
「あつっ!」
南国の灼熱の日差しにのし掛かられて顎のラインは滝と化していた。
おもむろにハンコを一つ取り出し、朱肉もなしに地面に押す。
「『印:土傀儡』」
せり上がった土で作った日陰に俺は腰を下ろす。
今使ったのは『魔術印』。管理官のみ使用が許される魔法のハンコ。異動になるときに意地をはってここで生き残ってやろうと持ってきたものだ。
「あ、御璽持って来ちゃった」
休憩がてら印の整理をしていた俺の手が止まる。
そこにあったのは『御璽:王の威光』。盗難防止のため他のものと同じく銀でできていたため気づかなかった。
「さすがにこれはヤバイな…。返すために脱出しても怒られないよね」
すぐさま少量の荷物をまとめる。
「母さんたちにももう一度だけ挨拶をしてこよう。『印:戦乙女の翼』」
俺は背中に生えた一対の翼で祖国へと旅立った。
□
王国へは一日でついた。
ついたその足で王城へ向かう。
しかし王城の内部へは足を踏み入れられなかった。
「人だかり?門通れなくなってる…」
夜にもかかわらず王城の中庭へと向かう門から大勢の貴族がぞろぞろと出てきていたのだ。
風にのって彼らの言葉が届く。
「まさかハンコ管理官がスパイだったとは…」
「家族ぐるみで情報を流していたらしいな」
「これでワシの息子をあの職に…」
一瞬景色がモノクロになった。
ハンコ管理官は俺だ。スパイなんてしていない。
左遷したじゃないか!
父さんと母さんは関係ない。下級貴族として精一杯生きていただけだ。
フラッシュバックする左遷した王の顔。そのあとに浮かんだのは―
「…まさか」
自然と駆け出していた。
はやる気持ちに足が追いつかずもつれながらそれでも全力で駆けていく。
「はぁっ…はぁ…父さん…母さん…?」
誰も居ない中庭には優美な花々に似合わない斬首台が二つ噴水の前に居座っていた。
「父さん!母さん!」
虚しい声が王城に響く。
叫んだ反動で大きく息を吸い込むと焦げたような臭いがした。
もう一度斬首台を観察する。
焦げて黒くなった木材。そのなかでひときわ月光で輝くものが二つ。
「人間の…骨」
焦げて脆くなった頭蓋骨を二つ抱え込んで叫んだ。獣のように。悲しみと憤怒を混ぜて。
殺された。家族を。ただの濡れ衣で!
優しかった母さんの笑顔よりも大きかった父さんの背中よりも頭を占領するのはスランス王の脂ぎった顔。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!
俺の頭の動きに合わせて頬を涙がつたう。
きっとこの雫をなめたなら鉄臭い血の味がしたことだろう。
俺は許さない。
無実の罪で俺を左遷させ、あげく、何の関係もない俺の家族を殺した!
「お前の罪を償え!スランス!」
俺はいつにもなく漲っていた。さながらセントヘレナの千人の憐れな死者たちに支えられているようだった。
「『印:戦乙女の翼』!『刻印剣:バルムンク』!」
判を押したハンコがすぐさま剣になった。バルムンク。竜をも打ち倒す魔剣だ。
中庭から飛び上がり最上階「王の寝室」の手前の廊下の窓に飛び込んでいく。
「何者だ!」
窓が割れる音にすぐさま反応する男。
寝室までの廊下に近衛兵が九人。
さすがに守りが堅い。
「セント・ヘレナだ」
顔や体型は飛び上がる際に『印:オペラ座の仮面』で青白いはだの青年に変化させているから誰も俺とはわからないだろう。
「セントヘレナだと?!戯れ言を言うな!」
「本当だよ。俺はあの島千人の憐れな死者の使いだよ」
唇を吊り上げて見せる。あの島の人々の恐怖を、憎悪をこいつらにも味あわせてやる。
「あっ、悪魔が!」
近衛兵たちが一斉に剣を抜く。
相手はフルプレートアーマー。その重さで動きは遅い。余裕だな。
分析をする冷静さも欠けていない。
ひりつく空気が流れる。
たっぷり十秒見つめあった後口火を切ったのは俺だった。
「動かないならいくぞ!」
『印:戦乙女の翼』で肉薄しバルムンクで袈裟斬りに切り下げる。
太刀筋に沿って鎧もろとも胴体が二つに崩れ落ちる。
「相手は一人だ!囲め!」
「させるか」
俺は新たに判を押す。
「『印:焔地獄』」
判から吹き出す灼熱の焔に焼かれ近衛兵が苦しそうに叫んでいるのをバルムンクで一人ずつ一人残らず屠っていく。
こいつらも大罪人だ。
悠然と歩みを進める。もう「王の寝室」は目の前だ。
自然と顔が歪む。
すべての元凶。俺の家族を殺した張本人!
憎しみで強ばった手でドアノブを回そうとした途端、
「もらった!」
仲間の死体に隠れていたのだろう無傷の近衛兵が俺の背後から斬りかかる。
首に剣先が吸い込まれていく。
床に鮮血のシャワーが降り注いだ。
「…ぐっ…かはっ…」
「後ろからの攻撃くらい対策してるさ。俺が『印:焔地獄』ともう一つ押しているのが見えなかったか?」
焔地獄と同時に押していたのは『印:聖人の旗』。相手の攻撃をそのままの威力で返すカウンターの印だ。
「あくま、がっ…!」
カウンターをまともにくらい全身に裂傷をがあるが致命傷にはなっていないようだ。
「ああ、そうだ。お前ら大罪人を断罪する悪魔だよ」
剣を振り下ろす音と共に床に紅い花が咲き誇る。
□
王の寝室は荒れ狂っていた。
床には倒れた家具が散乱している。
そして大きく開いた窓に足を掛ける大罪人が一人逃げようとしていた。
「逃がすか!『印:蟻地獄』!」
「ぬおわあぁ!」
国王の体は窓から離れ部屋の中央に叩きつけられた。
『印:蟻地獄』は相手を床などの平面に文字通り吸い込んでいく印。屈強な男ならともかく城に引きこもっているような男には脱出は不可能だ。
「誰だお前は!無礼だぞ!」
「お久しぶりといっておこうかスランス国王」
俺は『印:オペラ座の仮面』を解く。仮面のしたにはやはり憎しみで染まった素顔がいた。
「ルイン・アカシア…!」
「ああそうだ。お前、自分の犯した大罪、わかっているよなあ?」
こいつが左遷した。こいつが家族を、父さんと母さんを殺した!
「こ、殺すのだけはやめてくれぇい!」
大罪人のもとから不細工な顔が涙その他の液体で生ゴミ以下の綺麗さをもっていた。
「殺しはしない。お前が犯したものは殺す程度では償えないものだからな」
大罪人の腹を踏みつけそいつの顔を視線で殺す。
セントヘレナの千人の恐怖を脳髄の奥の奥まで刻み付けるように。
俺の頭は冷えきっていた。こいつには情すら無い。ただ断罪するだけ。
「ならば金か!いくらでもやる!早く解放してくれ!」
「いや、お前には違う罰だ」
泣きじゃくる王の腹を踏みつけ黙らせる。
使う印は三つ。『印:土傀儡』『印:戦乙女の翼』、そして『印:王の威光』。
『印:王の威光』によって譲渡された王足らしめんとする権力を示した契約書を生み出し、突きつける。
翼の生えたゴーレムに大罪人を埋め込み告げる。
「我の名を持ってヴィルヘルム・スランスに告ぐ。汝にセントヘレナ島に異動を命ず」
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