日本陥没
ある日の太平洋。天を突く大巨人が現れた。大きすぎて地上からでは顔さえよく見えない。ダボダボの古びた粗末な服の裾から「チラリと見えて」、性別は男のようだった。
それだけなら「まるでお伽噺」と笑えるのだが、大巨人は巨人らしくゆっくりと太平洋を足湯の中でも歩くかのように日本列島の方へ向かって進み始めた。
緊急に政府が会議を開いた。大臣はもちろん、大学教授や科学者、軍隊、警察官、あらゆる分野の代表者が集められた。
誰かが言った。
「あの大きさの人間です。日本ぐらいなら軽く踏み潰してしまうでしょう。日本は跡形も無くなってしまいます」
もっともな意見だ。
対話を試みようという意見はまず真っ先に出たが、巨人の出現時点で警告音や音声で呼びかけて、
「反応が全くない」という報告が上がっていたため、話し合おうという意見は効果は懐疑的と判断された。そうなると、
「巨人に上陸されて被害が出ることを食い止めるのが最善」という意見が大勢を占めた。巨人を軍隊で攻撃するのだ。
「ううん。それしかないようだ」
これは政府の関係者のみならず、オブザーバーとして出席していた他の大国の代表も主張し、同意した。斯くして「巨人攻撃作戦」は即座に立案、決行された
太平洋上に各国の軍の艦船が並び、大巨人に呼びかけ「最後の警告」がなされたが、巨人は無反応のままで、「やはり攻撃するしか無い」として作戦は開始された。空母から飛び立った攻撃機から、あるいは艦船からミサイルが発射された。これは、小手調べの段階だったわけだが、巨人にまるで通用しなかった。なにしろミサイルは巨人に命中する前に消え去ってしまったのだ。これを見て、
「やはり……あれは神の化身か、神そのもののような、いずれにしろ、そう言う神秘的存在ではないのか」という、当初からあったが無視されていた考えがこれで証明されて、人間社会に衝撃を与えた。
「あの巨人は、人間に何かの警告をするために現れたのだ」
「あの巨人は、罪深い人間に罰を与えるために現れたのだ。人類は終わりだ」
そんな意見が飛び交った。
人々は逃げ惑い、右往左往し、日本やその周辺では住んでいる場所を捨ててより遠くへ逃げ出す人々が続出した。
政府も世界各国の首脳たちも、全ての人がもはや巨人の動向を見ているしか無いと悟った。
「祈るしか無いのか……あの巨人が神というなら、何に祈ればいいのだ」
人々を絶望感が包み込む。
巨人はとうとう日本列島の前まで来た。巨人は右足を大きく上げた。
「踏み潰される……」
多くの人間がそう思った。ところが巨人は、日本列島をまたいで大陸の大地に乗ったのだ。
「おお、日本は救われた!」
皆が歓喜した。
だが次の瞬間、大陸に立った巨人はパンツを下ろし両足を開いてしゃがみ込み……。
「うあああぁっ!」
とにかくそんなことを言うしか無かった。ただ、幸いなことに「その物体」は日本列島の太平洋側に落ちた。
数分間、大巨人はそうしてしゃがみ込んでいたが、やがて立ち上がりパンツを上げると、空から垂れて来た紐を引いた。すると日本列島全体が上昇を始め、その部分がきれいに陥没しポッカリと穴が開いた。そしてそこへ海の水が吸い込まれ、巨大な渦を巻き始めた。穴に何もかもが吸い込まれて行く。その中へ例のブツも渦巻きに紛れて一緒に流れ落ちた。
「日本海溝にこんな機能が隠されていたなんて」
学者たちは感心して、その光景を見ていた。
「あの海の水は、一体どこへ流れていくのかだろうか」
それも大きな興味を引いた。
巨人の巨大ブツが海の水と共に穴へ吸い込まれて消えると、穴は閉じ、渦は消え、日本列島も静かに元の位置に戻った。
その後、大巨人は、引き返してまた元の海へゆっくりと戻って行き立ち止まると、やがてその体は雲になって空に立ち登り、散り散りに消えてしまった。
巨人はそれきり姿を現さない。しかし、またいつかの夏、入道雲が実体化するかも知れないのです。
タイトル「日本陥没」