ショートショート4話
「マーキング」
夜の町。
ホステスのカズミはタカハシという客が本気で好きだった。彼は妻帯者、それにほかの店にも懇ろな娘がいるようだ。それが悔しくて堪らない。
ある日タカハシが店を訪れ、カズミはずっと彼のそばで愛を囁いた。
彼が帰っていく。和美は彼が帰ったあともずっとニヤニヤとしていた。
同僚が言う。
「カズミちゃん。よっぽど幸せだったのね。タカハシさんが帰ってもニヤけ顔が止まらないなんて」
「ううん。効果がいつ出るか、楽しみで。それでニヤけちゃって~」
「効果?なんの?」
「きょうアタシが使ってるリップグロス、夜光性なの。どこで光るのか、楽しみ~」
「あ~あ、悪いんだぁ」
「だって。持ち物には印をつけておかないとねぇ?」
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「調整中」
ヨーコが会社の化粧室でメイクを直していると、お掃除のおばさんが入ってきた。
「あ、すぐ出ますから」
ヨーコはおばさんにそう言った。
「ああ、だいじょうぶ。ゆっくりやってください」
ヨーコはカガミに顔を近づけて丹念にメイクをしている。
「なんか、ここでやるとうまくいかない。どうしてかしら」
ヨーコはそんな独り言を言いながら化粧室をあとにした。そしてオフィスに戻ると同僚に、
「あそこの化粧室でメイクすると、全然うまくいかない。なんでかしら」
「ああ、あたしもそう思う。あとからほかのところでカガミを見て、ギョッとすることあるワ」
「そうよね。なんか変になるのよ。あの化粧室、呪われてるのかしら」
そう言って不満ながら笑い合っているところへ、もう一人の同僚がやってきた。
「ああ、あの化粧室のカガミ。今いったら「調整中」って張り紙がしてあったワ。清掃のおばさんに聞いたら、間違って男性化粧室用のが使われてるみたいだって」
*****
「新製品」
ユウイチはレイコの後ろからそっと近づき、肩に腕を回すと彼女の髪に顔を埋める。
「アラ……」
レイコは、それがユウイチだとわかっていて、少し驚いたような声を上げてやる。
「こうして君の髪に顔を埋めると、いい香りがするんだ。それだけじゃない、ああ、きっとここは天国なんだ、って思うんだよ」
「フフフ。オーバーね。新製品のシャンプーの香りでしょ。でも、あなたのそう言うクサいセリフは、とってもいい匂いだと思うわ」
レイコはユウイチの頬に顔を寄せた。
ちなみに、レイコが使っているシャンプーには、こんな効果が書いてある。
『汗、嘘、毒吐きなどの匂いを独自開発のイオン効果で包み込み、キレイサッパリ洗い流します!』
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「合理的な彼女」
人の人生を特殊な装置で始めから終わりまで特殊なメディアに記録し、それを使えば、一般的なビデオ再生機同様に、人生の早送り、早戻し、ブックマーク付加、特定区間の繰り返し再生などが出来る「人生レコーダー」が開発されてずいぶんたち、どこの家庭にもあるくらいに普及した。
そして、「人生の貸し借り」が行われるようにもなった。これは、人生レコーダーのオプションで、他人の人生を擬似的に体験できるモードである。
有名人や偉人、「とにかく幸せな人」などの人生を記録したメディアはコピーされて取引されるようになった。
「いや、まいったよ、きのうは……」
青年は職場の同僚とランチをとりながら嘆いて言った。
「どうしたんだ?すごく疲れたような顔をしてるね?」
「ああ、疲れたよ。きのう彼女から人生レコーダーの、「彼女オススメの人生」をダビングしてもらったのを借りたんだ」
「おお、そりゃおもしろそうだな」
「ふつうはさ、メディア1枚ごとに分けて一人の人生を記録してあるものだろ?ところが彼女、一枚のメディアで一人の人生が終わったあと、同じメディアにほかの人の人生も、ず~っと続けて記録してたんだ。しかも、ノンストップ再生が指定してあってさ……。中身が、彼女の好きなロッカーとかラッパーとかで、人気絶頂期に若くして亡くなった人のばかり6連発でさ。再生が終わったときは、頭ぐらぐらだったよ。彼女に言ったんだ。どうして分けて記録してないんだい、って。そうしたら「みんな短くて1枚に入り切っちゃったのよ」だって」
「なるほどねえ。それはエキサイティングであり、かつ、考えさせられる人生の集合だな。うちのじいさんなんか、一人なのにメディア1枚で入りきらないって言うのに」