反省5:黒幕殺りそこないました
「フハハハ、噂に聞く聖女の力。しかと見せてもらったぞ。期待外れもいいところだったがな」
「くっ……!」
「今まで貴様がどれほど手ぬるい相手と戦っていたかわかったか? だが、後悔を次に活かせることがないのは残念だろうがな!!」
「——まさか、法国に黒幕がいるなんて思わなかったっていうのは言い訳ですね」
「その通り。俺はお前がここに来ることも知っていたが、お前は俺の存在にすら気付いていなかった。それが敗因だよ」
「狙いは……あの秤で間違いないんですね?」
「今の最大の狙いはお前だよ」
「……それは光栄ですね」
でも本来の目的はあの秤だった……ならここであれを破壊するだけでも一矢報いることになるんじゃ?
ただ、あれはあれで国宝だから。
……はぁ、こんなことなら物見遊山で来ずにもっとちゃんと人手を集めたり装備を整えてから来るべきだったかもしれない。
「——ここが法国ですか。さすがに神聖な雰囲気のある建物ですね」
「俺達は目立つとまずいからここで消えるぜ?」
「はい。もしもカリナさんに会うことがあったら、よろしくお伝えください」
「ああ、会ったら伝えておくよ。……って海賊が軽々しく会うのはまずいかな?」
「身なりを整えたらそれこそ貴族に見えなくもないんで大丈夫だと思いますよ?」
「……皮肉か」
ふふっ、海賊と貴族どちらの未来がよかったのか。それは明白だったみたいですね。
「ところでどうやって内部に侵入するつもりなんだ?」
「……侵入って。普通に入りますよ」
別に法国は入国を制限していないですし、犯罪者は審査されるでしょうけど……表向きには私は冤罪ってことになってますし……。
「だが、国宝を見に行くんだろ? 普通に行って見れるものなのか?」
「そこは……まあ考えはありますから」
王国の国宝である魔法具を持つ者が会いに行けば少なくとも話ぐらいは聞いてもらえるはずです。ええ、きっと大丈夫でしょう。
——なんてことを思っていたのは間違いでした。
「——止まれ!! 我が国に災いを齎す悪女めっ!!」
「よくも堂々とこの場に現れたものだ!」
なんで私は入り口で止められているのでしょう?
一応、国宝を見に行くかもしれないから身なりも整え、目的も国宝を預かる身として大事な話があると伝えたのに? それに災いや悪女って……。本来のダイアナ・フォン・クインテットとしては正解ではあるけど。
「あ、あの……? 私はこの国には初めて訪れました。誰かと勘違いをなさっているのでは?」
「黙れっ! 我が国に断りもなく聖女を名乗るなど厚顔無恥にもほどがある!」
「そうだ! 聖女とは我が国でも由緒正しい称号! 貴様のような罪人崩れが気安く使ってよい称号ではないわ!!」
忘れてました!?
いや、待ってください。聖女って自称したわけじゃないんですよ! ただ、他の人が勝手に……って駄目だ! それは逆に駄目!
民衆に聖女と認められた人間なんてことになったら……法国の立場が。
「あ、あのその」
「——静まりなさい」
「こ、これは法王様!?」
「あなた達、彼女は別に聖女と名乗ったわけではありません。ただ、その在り方が民には聖女のように映り呼称されるようになったに過ぎません」
「で、ですが、長年我が国にも誕生していない聖女が他国で生まれたとあっては……!」
「それは我々の信仰が足りなかったということでしょう。だからこそ、無理に聖女を選ぶということはしてこなかったのです。それを他国で生まれたからとまるで仇のように見ていては底が知れるというもの」
「「申し訳ありませんでした!!」」
「あの……本当によろしいのですか?」
最敬礼で見送られることに気まずさを覚えながら、法王様に先導されていくのは……。
「大丈夫ですよ。あなたがここに来た理由も伺いましたし、それにその魔法道具の効果も知っていますからね。罪を犯していない私にはそれは使えません。それならあなたに後れをとることはありませんよ?」
「別に危害を加えようとは思いませんが……」
雰囲気が武人のそれなんですが……。
私は一応普通の令嬢ですから戦うのは無理なんですけど。
「ふふっ、そんなに怯えないでください。あなたが悪人だとは思いません。それはあなたを見ればわかります。あなたにはあなたに恩を感じる者の気配が宿っていますから」
「法国イングラスの王ともなるとそんなことまでわかるんですか」
「法王である以前に人生経験が違いますから。あなたの倍は経験を積んでいますからね」
「……妙ですね」
「どうしました?」
「いえ、国宝の間から邪悪な気配のようなものを感じるのです。それに本来ならいるはずの兵士の気配がないのも気になります――急ぎましょう」
「はいっ」
「何をしているのですっ!」
「……んっ? おやおや、せっかく出掛けた隙を見計らっていたというのに。もう戻ってきてしまったのか。それも随分と余計なものを持ち帰っているじゃないか」
「あなたは誰、いえ何者ですか?」
「……ほう少しはできるようだな。さすがは法王。忌々しさは歴代の者と比べても遜色なさそうだな」
「——ギロチンよ。咎人を捕らえ、断罪したまえ!」
「ぬっ!?」
「話はわかりませんが、悪人に違いはないでしょう」
だったらサクッと殺っちゃいましょう。
「罪人の首を刎ねてやります!」
「ぬおおおおおっ!?」
「……ふぅ、国宝は無事みたいですね」
「ありがとう。だけど、話は聞いておくべきだったのでは?」
「私もあいつからは嫌な気配を感じたんです。だから、早くしなくてはと……」
なんだったんだろう。すぐに動かないといけないよう焦りが湧き上がってきた。
「何者なのかはわかりませんが、これで……」
「——甘いな」
「キャアア!」
「馬鹿な!?」
そ、そんな首は斬り落としたのに。
「まったく。いきなり襲い掛かって来るとは。もう少し賢い奴だったと思ったがなダイアナ・フォン・クインテット」
「……あなたはデュラハン!」
魔物の中でも高位のもはや魔族というレベルの……!
「どうだ? いくら貴様のギロチンが優れていようと首と胴体が元々分かれていては手を出せないだろう?」
「う、ぐう」
「……それにしても貴様、雰囲気が変わったな」
「……会ったことがあったかしら?」
「覚えていないのか? いや、貴様本当にダイアナか? 以前、王国で暴れる時に力を貸してやった時はもう少しあくどい顔つきをしていたと思ったのだが……」
なんですって!? まさか、こいつがダイアナを唆した犯人ってこと!?
「王国で色々やっていたのはあなただったの?」
「そうだ。お前をはじめとして多くの者を利用していたというのに……なぜ歯車の一つであるお前がそれをことごとく邪魔するのか」
「……あなたが目的を告げなかったからじゃない?」
いや、ダイアナの記憶を辿ってみてもこいつと会った記憶はないんだよね。
ということは会ったことに気づいていないのか……いくらダイアナだって魔族に唆されたら冷静になってたはずだし……。
「ん? 当たり前だろう。なぜ人間ごときに目的を告げねばならん。お前達は私の道具に過ぎない」
「……だったら、目的を邪魔されたっていうのは逆恨みですよ」
「そういうものか? 人間とは面倒な生き物だな。まあ、いい。それなら今回は目的をはっきり告げたのだ邪魔をせずにそのまま死ぬがよい」
「そうはいきませんよ」
「ぬっ、貴様いつの間に!?」
「ダイアナさん、あなたが時間稼ぎをしてくださったおかげで国宝の下まで辿り着くことができました。そしてあなたがかつて何をしたのかは存じません。おそらくあなたはその罪をすでに償っているからです」
「見せてあげましょう。イングラスの国宝の力を!」
国宝罪の秤。知られている効果は罪の重さを計ることのできるということだけ。裁判などでは役に立つけど、この状況を打開できるだけの力が!?
「ダイアナさん、あなたの持つギロチンも同様に魔法道具には魔族にのみ有効な力があります」
「チッ、解放されるとまずい! フハハハ、今日のところは一旦引いてやる!」
えっ!? そんなに簡単に引くの!
「——聖女にして悪女ダイアナよ。次までその命を預けておいてやる! さらばだ!!」
「ちょっと待ちなさいよ! 一体なんなのよ~!」
黒幕が登場しましたね。
ふと、思いついたわけですよ。ギロチンの聞かない相手が黒幕は面白いんじゃないかと。だからこそ首のないデュラハンなわけですね。