観光2:海上散歩
「風が気持ちいいですね」
「そりゃあ、この船の性能のおかげよ!」
「……海賊に専念するって決めたからですか。すごくいい顔してますよ」
何世代にも渡って行われてきた海賊ごっことその果ての後継者争いを兼ねた兄弟喧嘩が終息したものの、今までの縄張りで海賊業を続けていくわけにはいかないので新天地開拓をすべく移動する海賊の方ダニー船長のご厚意で海賊船で遊覧している。
ちなみにカミラさんとは港でお別れしました。
身元がバレちゃった以上は他国の人と一緒にいるわけにはいきませんからね。
カミラさんとは別れ方が海賊船に乗り込んでという形なので相当渋られましたけど。
「ところでよ、元貴族だっていう嬢ちゃんがわざわざ海賊船で移動するって言いだしたのには何か理由があるんじゃねえか? あるいは聞きたいことがあるとか?」
「……それは」
「ちょっと船長! 女の子脅しちゃだめですよ!」
「船長かなり強面なんですから!」
「そーそー女の子には優しく」
「うっせ! 強面はお前らもだろうが! それにお前らと違って俺は髭が生えてない分マシだろ!」
「……仲がいいですね」
「ガキの頃から一緒に育ってきたっつーか、育てられてきたからな。部下の前にあいつらは俺の家族って感覚なんだよ」
「そういえば、そんなこと言ってましたね。……失礼ですが、あなたをあのなんちゃって海賊もどきの領主様から預かった船長さんは?」
「あんた、辛辣なところが多いな」
「——先代は亡くなったよ」
「……そうでしたか」
「落ち込むな。海賊としても人間としてもしょうもない理由で死んだんだ。むしろ仲間内じゃ笑い話になってる」
「……へっ?」
「先代は……酒に酔って、食い過ぎて死んだ」
「なんですかその死因」
「ま~俺が一人前になったつーことで先代から船長の座を譲った宴会でな」
要約すると子供の頃から育ててきたダニーさんが立派になったので、船長の座を譲ることにして、立派になったのが嬉しくって浮かれまくって飲み過ぎてゲロゲロ吐きまくって……なぜかその状態で大食いを初めてのどに詰まらせてぽっくりと逝ったらしい。
「それだけ嬉しかったんですよ」
立派に成長してくれたことが。
「それが親の気持ちなんでしょうね。実の親よりも育ての親ってことかもしれませんね」
実の親はろくでなしだったのに。
ダイアナの両親は無事生きてますかね? 仮にもこの肉体と血の繋がりがある人達を牢屋に放り込んだのは心苦しいですけど、ダイアナの記憶では罪を受け入れるタイプじゃなさそうなんですよね。
「それじゃあ、本題に入りますね」
「おっ、やっとか。てか俺が話を逸らしてたんだったな」
「私の身の上を知っているならご存知かと思いますが、処刑されそうになったんですよ。つい最近」
「俺は別に貴族のことに興味はない。知ってたのは弟の方だろ?」
「ん~? 勘なんですけど、あなたも知っているんじゃないかなと思いまして」
「まあ、悪党はそれなりに世情には詳しいさ」
「教えてはくれないわけですね。ではここからは独り言みたいな感じで」
「そうしてもらえると助かるな」
「色々あって処刑されそうになったわけなんだけど、最初に辿り着いた場所が辺境のスラムースだったわけです」
「ああ、隣の領のド田舎か」
「——話は端折りますが、そこでは領地の乗っ取りが行われそうになってました」
「そいつは物騒だ」
「そして、今回も跡目争いという名の対立が起きていました」
「話、繋がってるのかい?」
「重要なのは3つの事案すべてで関係者以外はほとんど被害を受けないということなんです」
ダイアナの事件ではダイアナと公爵家が被害を受け、そのまま処刑されていれば純愛を通した王太子の物語として語られることになったでしょう。そのままブリジットさんと結婚できるかどうかはわかりません。国民にとっては関わりのない貴族が潰れて少し騒動が起きるぐらい。
スラムースの件だって、私が動いたから大事になったけどあのまま行けば徐々に隣国に吸収されるだけ。それも今までと対応する相手が変わるぐらいだったんじゃないでしょうか。
今回の件は領主が本当の海賊に代わるだけ。住民にしてみれば漁師として接していた人が領主に代わるだけでしょう。こう言ってはなんですけど、ダニーさんあんまりあくどいことは出来そうにないですし。迷惑なのは野放しになった海賊がうろつくぐらい?
「突拍子もない話なんですが、裏で誰かが糸を引いているんじゃないかなと……」
「とんでもない話だな」
「……質問なんですけど、縄張りを広げようと思ったきっかけは何かあったんですか?」
「きっかけねえ、先代が死んで何かしてやりたかったっていうのはあるが……そういえば、先代が死ぬ直前に俺の代では縄張りを広げてもっと大物になれよって言ってたな」
「そいつは先代が領主の息子が馬鹿だって聞いたからじゃなかったですかい?」
「そうなのか?」
「へえ、船長はいませんでしたが確か前にぶらっと寄った港でそんな話を聞かされてましたぜ?」
「誰がそんな話をしたか覚えてますか?」
「顔は見てないですよ。ただ、怪しい奴だったってのは覚えてますが……」
「その人と会ったのはどこですか?」
「ええっと、あっ法国イングラスの港町だったんじゃなかったですかね?」
……法国イングラス。
ギロチンに並ぶ魔法道具が治められている宗教都市国家。
「なんでそんなところに海賊が行ってるんですか?」
見つかったらただじゃ済まないですよ?
「たまたまだよ。その辺りで取引があったし、それにそういうところの方がむしろ怪しまれにくい」
「……ああ、そんなところでやるわけないって先入観ですね」
「ただ、その怪しい人が気になります。お願いします。その辺りまで連れて行ってください!」
「よっしゃ、んじゃ縄張りもその辺りにするか!」
「それじゃあ出発!!」
「——周辺が荒れれば、忌々しい法国をどうにかできると思っていたが……聖女ダイアナか。厄介だな」
だが、動きを見張っていた甲斐があったというもの。
宗教国家に聖女と祭り上げられる人間が行くということの意味をわかっていない。あいつと法国を同時に叩くには絶好の場所だ。