観光1:救われた辺境
「辺境ですが、それなりに平和な町だったんですよ。だけど、それは見せかけの平和でしかありませんでした。温厚な領主と町長が協力してなんとか均衡を保っていました。それでもここはやはり辺境であり、他国からの干渉は避けられませんでした」
王都よりも他国の方が近い場所にあるスーラム。外国から商品を買い取り、それを都の方へ売る。他国を出迎える玄関であり本来なら王都はここに大都市を築き、防壁とすべきだった。
少なくとも地方貴族一人に任せていい場所ではない。
「もちろん、辺境を統括する貴族だっていますが彼らは辺境の中でも中央よりも位置に拠点を構え王都との繋ぎをするだけというのが現状であり、本当の辺境まで注意を行き渡らせることはできません」
「そして、今回町長が暴走したことでそれが悪化したというわけですね?」
町長は領民からお金を巻き上げるだけに飽き足らず、そのお金を元手に隣国へと賄賂を贈って売国を図っていた……というのを衣装レンタルをしていた代理さんに説明を受けました。
ちなみに代理さんはその隣国の人間でした。
ナットー・フォン・ブロンドとその部下であるカミラさんとスザンナさん。ナットーさんは名前からもわかるように貴族だったのです。
「そして、そちらのお嬢さんこそが悪い町長に捕まっていた正真正銘の領主リンネ・フォン・スラムースさんです」
「はいっ! リンネです!」
「あっ、リンネ様お口の周りにクリームが付いてますよ~」
「……可愛いけど、威厳が」
メイド服に着替えた二人に甲斐甲斐しくお世話を焼かれているリンネ様はどうみても私よりも年下でした。
「驚かれたでしょう? 先代の頃からお付き合いをさせていただいておりましたが先代が急逝したことでこんな幼いリンネ様に重役が回ってきたのです」
驚きましたが、理由はそこではありません。
王国はこの幼子に政治を任せることをなんとも思わなかったんでしょうか?
「それも先代の町長が貢献としてやっていくというので大目に見られていたようですね。ただし、町長がなくなったという情報を得ていなかったので意味がありませんが」
先代の町長さんは本当にいい人だったんですね。そして、国の対応はダメダメでしょう。なんで代官が変わった情報を持ってないんですか。
「それまで行われていた交流が途絶え、我々と仲がよくない貴族との交流が始まったことで怪しいと思いまして調査を始めてみればこの町は大きく変貌をした後でした」
「……他国に来るための審査がもう少し早ければ」
「そうですね。関係が良好だったことで下手に間者を送るようなことをしていなかったので、後手に回ってしまったのが痛かったですね」
「いえ、辺境の微細な変化を見逃した王国の対応こそがすべての原因です。王国民の一人として国を越えて助けを出していただいたことに感謝こそすれ、恨むことなど一切ありません」
深々と頭を下げればカミラさんとスザンナさんに止められましたが、これは私だけでなく貴族全員が背負うべき責任なので顔をあげることなどできるはずがありません。
「——やはり、あなたは高貴な身分のお方なのではありませんか?」
「……そうですね。教育は受けました。ですが、今ではただのダイアナです」
「……何か事情があるみたいですね」
「ねえ、お外行きたい!」
「……そうですね。行きましょう」
「ほら、ダイアナ様も代理も行きますよ!」
「あっ、あの私のことはどうかダイアナと呼び捨てで!」
「おいっ、なんで未だに代理呼びなんだ!? もう演技はいいんだぞ!」
「うわ~! 一晩で随分活気が戻りましたね!」
「そうですね。さすがは辺境の地。ここの民はたくましいです」
「……それでも、まだまだ」
「活気はあっても町が荒れているのは変わらない。これからどう立て直すか」
「妥当な方法としては王国に救援を求めることでしょうけど……、難しいでしょうね」
領主が囚われていたということで統治に対する不安を持たれ、以前から密かに行われていた隣国との交流も町長が勝手に相手先を変えたことで干渉が発生。最終的にはその隣国の助けを得て窮地を脱出してしまった。これでは統治がちゃんと行えるなんて言えるわけがない。
「予想できるのは領主交代。領主をこのまま続行するとしても王都の息のかかった人間が代官としてやって来るというところでしょうか」
「……名目上はあくまでも後見として、実際は領主を傀儡にするための人材ですね」
う~ん、このまま王国にいてもいいことはなさそうな気が。
「——いっそのこと、代理さんの国に身売りしてしまうとか」
その方がマシなんじゃないかな?
「ええ、我々もそう考えています」
「えっ!?」
本気ですか!? そんなことをしたら、宣戦布告に取られますよ!
「それにしてもやはりあなたはただのお嬢さんではありませんね。それなりの教育を受けた……どこかの貴族の令嬢なのではありませんか?」
「……そうだと言ったら?」
まずいな。身元に疑いを持たれている。
もし、ここで貴族の……それも公爵家の人間だとバレたら……事情が王都に伝わらないように口封じをされるかも。罪を償うために死に場所を求めているんだから死ぬことは怖い……けど大丈夫。私一人の命で辺境の人々が救われるならいいけど。
仮にも公爵家の人間ってわかった状態で殺すと王都がそれを利用してことを大きくするかもしれない。死んでほしい人間のはずなのに、利用できるものは利用するから貴族って面倒くさい生き物だわ。
うん。そう考えると言い訳しても意味がないわ。むしろ開き直っちゃいましょう!
「言っておきますけど、私は元貴族ですからね?」
そこ大事ですよ。両親は牢獄でまだ諦めてないかもしれませんけど、王子の暴走が原因とはいえ既に家は取り潰されているのですから。公にはとっくに貴族じゃありません。
「わかっていますよ。もし本物の貴族令嬢だったら私の店に服を借りになんて来ないでしょうし、この辺境にあんなみすぼらしい格好でいるわけがありませんから」
「代理の言い方がキツかったんですよ」
「……配慮が足りなくてすいません」
「いえいえ! そんな改まらないでください。私が変に勘ぐっただけですから!」
ふぅ、よかった。よかった。それなら安心……じゃない!
さすがにこの先の話に関わるのはまずい! 本来のダイアナ・フォン・クインテットの罪に加えて私まで国家反逆に関与したらどうなっちゃうの!
「わ、私のことはあくまでもただのダイアナとしておいてください! お願いします!」
「わかりました。絶対に他言しません」
「ふぅ、ありがとうございます」
「ダイアナさんには申し訳ないんですが、一応このことは内密に。これからいろいろ話を進めて王国がこの地を取り戻せないところまで持っていくつもりですから」
「わかってます。私はこれからまた別の地に行く予定ですが、成功するまで成功しても他言しないと約束します」
「私もリンネ様には今まで通りこの地の領主として暮らしていけるように、他国に国を売ったと言われないようすることをお約束します。ナットー・フォン・ブロンドの名に懸けまして」
「……元貴族ですので家名も何もないただの平民のダイアナとして心より感謝を」
「さて、話は変わりますがまた旅立たれるということですが、行先は決まっているのですか?」
「いえ、それは全然」
元々、この地で自分を罰しようと思っていただけですし。ただ、この地に留まってしまうと迷惑がかかるから移動するだけです。
「ただ、恥ずかしながら路銀も何もない状態ですから歩いて行ける場所に行こうかなと」
「でしたら、スラムースが復興するまでここにいては?」
「……残念ですが、それはできません。詳しくは言えませんが、私の身の上でスラムースに留まれば事態が深刻化してしまうのです。できるだけ早くこの地を去らなければなりません。同様に国外に出ることもできません。私は王国でやらなければならないことがありますから」
そう。私は自分自身を断罪しなければなりません。
「——なら、せめて次の地までの案内兼護衛としてカミラを連れて行ってください」
「……お願いしてもよろしいのでしょうか?」
「お任せください。ダイアナ様にはババンガの件でお世話になっていますからね」
まっ、私が秘密を洩らさないとも限らないわけで。こうして監視が付くのは当たり前だよね。
——数年後。
「ようこそ、スラムースの町へ!」
「ここはいつ来ても活気づいてるな」
「それはそうですよ。我々は絶望を知っています。だからこそ、毎日を明るく過ごせるんです!」
「おっ、今日も聖女様の像は輝ているね!」
「もちろん、私達の町を救ってくださった大事なお方ですから!」
「なんでもここは最初に聖女様が救済した場所なんだって?」
「そうなんですよ。不幸にも国を追われた聖女様はそれでも困っている人を助けようと行動をし、当時国で一番荒れていてたスラムースを救済してくれたんです」
「やはり立派なお方なんだな~」
「実は私も幼い頃にお会いしたことがあるんですよ?」
「へえ、町長さんがかい?」
「ええ、その当時は名ばかりの領主を両親から引き継いだばかりでしたが、悪人に利用されていたところを助けていただいたと聞いています」
「そいつは大変だったね」
「でも、聖女様に助けられたから今日も私は幸せです!」
若き女町長の後ろでは刃を掲げた凛々しい女性像が今日も町を見守っていた。