反省2:町長殺っちゃいました
「……不覚です」
威勢よく領主館に乗り込んでいったものの、あっさりと捕まってしまった。ダイアナ・フォン・クインテットです。
スーラムで他領と同レベルの水準を保っているのはこの領主館だけなので、ここには治安警備関連の設備もあるらしい。明らかに越権行為だが、それを訴える領民は力を奪われている。なんて口惜しい。
「……それはこちらのセリフですよ。お嬢さん」
キッと睨みつけるとワインを片手に優雅にこちらを見ている男が。
会って早々、直感的に悪人だと判断した私の鉄拳を食らい男の頬は赤く腫れている。ただ女性の細腕では大したダメージを与えることはできず、こうして捕まってしまったわけなのだ。
「まさか会っていきなり殴られるとは思わいませんでしたよ。どこかで恨みを買いましたかね? 私はあなたのような美しい女性にお会いした記憶すらないのですが?」
「私もあなたのようないかにもな悪人にお目にかかったことはございません」
「ほう? 私のどこが怪しいと?」
「まず、その金ぴかな装飾品だらけなところ。次にパンパンに膨れてボタンがはち切れそうな胴回り。最後に山賊と見紛うような顔の傷!」
どれを取っても怪しくないところなんてありません!
「そんなもんですかね?」
「百歩譲って装飾品だらけなのと胴回りは納得しましょう」
領民からあれだけむしり取っていればそれは肥え太りますよ。
「だけど、仮にも領主がそんな無精ひげを生やして傷を隠そうともしないなんてことがありますか!」
「——ふっふっふ、いつ私が領主だと名乗りました?」
「なんですって?」
思い返せえば、館に入ってすぐに出迎えに来たのがこの男でした。
普通は使用人が出迎えますよね?
だとするとこの男は使用人? 使用人がこんなに装飾品を身に着けるかしら?
「では領主は一体どこにいると言うんですか?」
「案外近くにいるかもしれませんよ?」
近く?
「なんにせよ、あなたは領主の館でいきなり暴れだした罪で処刑される身です。今更何かを言ったり、知ったところで意味などないのですけどね」
なんですって!?
私、また処刑されるんですか!?
「ここでの法律は領主が決める。国の法律など地方では意味がないものだ」
「黙りなさい! 国の法律も守っていない者が勝手に作った法律で罰されて堪りますか!」
「国の法律? ならばその国の法律はここの者を一人でも救ったか? お前だってここに来る前に町の様子を見たのだろう? 自分達をスラムの人間だと卑下するあの貧しい人間を」
「もちろんです。だからそんな悪行を敷く領主に一発かましてやりに来たんですから」
まさか領主でもない人間を殴って捕まるとは思わなかったけど。「そういうわけですか」と頬を撫でるこの男が心底憎らしい。せめてもっと重傷を負わせていたら気が楽だったのに。
「そもそも国が守らなかった結果が今の状態なのです。あなたも育ちは良さそうなので原因はあなたにもあるのですよ」
「……どういう意味ですか?」
「それを知る必要は……なんです、騒がしいですね」
「た、大変です! 領民が押し寄せてきました!」
「なんですと? 奴らにそんな気力があるわけが……。ま、まさかこの女が!?」
えっ? 私が何かしたと思ってます?
そんなことあるわけないじゃないですか……そういうのは簡単だけど、ここでそれを言うとせっかく立ち上がったスーラムの民の邪魔をしてしまいますね。
とりあえずその通りとばかりに笑ってあげましょう。
死に場所を求めていたこの命、誰かの役に立つなら本望です。
「……やはりか! だったら、お前を連れて行けば!」
いい感じに勘違いしてくれましたよ?
私を連れて行ったところで町の人が止まるわけがありません。だって、私は彼らとはこれっぽちも関係のない人間なんですから。
「そこまでだっ!!」
各々の武器を手に押し寄せた民衆の前に引っ立てられた。
さあ、ここで私のことを知らないといえば一気に虚をつけますよ!
「——その娘を放せ! 彼女は我々とは関係ない!」
私の思惑とは反対に聞こえてきたのは焦った声。というか聞いたことのある声なんですけど?
「……えっ? なんであなた達が?」
なぜか先頭に立って民衆を率いていたのは素敵なドレスを貸してくれた代理と呼ばれていた男性でした。お店にいた時よりも遥かに豪華な衣装に身を包み、あの人が領主と言われた方が納得してしまうほど品があります。
「心配だったから急いで人を集めたのに、すでに捕まってしまっていたなんて!」
ええいままよ!
「私のことは構わず、今こそ悪逆非道の輩に鉄槌を下してください!」
「そんなことできるわけないでしょう!」
いや、そこは納得してくださいよ。
「我儘言ってないで早くしなさい!」
「いやいやいやっ、あなたを助けるために人を集めたんですよ!?」
「絶対に違うでしょ!!」
今日会ったばかりの人間のためになんで立ち上がるんですか。
「町に来たばかりのあなたが命をかけてくれたんですよ!? 準備は前々からしていましたけど、動くタイミングとしてはあなたのためです!」
「どうでもいいから、本願を叶えなさい!」
そのためなら多少(私の)犠牲はしょうがないでしょ!?
「くっ、自らの犠牲を顧みない少女を犠牲にして我々だけが助かるわけには……」
「そ、そうよ。生活は苦しいけど、あんなた健気な子を犠牲にできないわ!」
「卑怯者め……!」
「それもこれもあの町長が実権を握っているからだ!!」
ん? まさか、この男は町長だったの!?
「領主様を返せ!」
「そうよ。領主様を返しなさい!」
「お前が閉じ込めているのはわかっているんだぞ!」
「おとなしく従っていればまだ生かしてやったというのに。そもそも最果ての地に追いやられたお前達が希望を持つことがおこがましいんだ!」
ええっとちょっと待ってください。
これが町長?
町長だとしたら、なんでこいつこんなに偉そうなんですかね? しかも聞いた話だと領主館まで占拠してるんですよね?
「——あの、あなたは町長なんですか?」
「はぁ? 何をいまさら」
「これだけ町の人に嫌われているのに?」
よくそれで町長になれましたね。
「そいつは前町長の息子なんです! それも元山賊っていう最悪の経歴の持ち主なんですよ!」
な~んだ。やっぱり山賊で合ってるんじゃないですか。それにしてもよくもまあこんなのが町長として認められましたね。
「町長の死の間際にしおらしく帰ってきてしばらくはおとなしくしてたんだ!」
「昔は弱気な奴だったからまさか山賊になってるなんて思わず……!」
「気付いた時には領主様を捕らえて逆らえなくなっていた」
……ふむふむ。なるほど?
「だったら、別にあなたが死んでも困る人はいなさそうですね?」
「がっはっは、私を殺すだとぉ~!」
そっちが素ですか? 山賊っぽいですね。
「……そうですね、罪状としては領民からの財産をかすめ取った横領。それに領収館の不法占拠に領主の監禁? あとは山賊が身分を偽っているので偽証罪……は難しそうですね」
町の皆さんが町長と認めてしまってますからね。
まあ、わかってる分だけで十分でしょう。
「皆さん、この人の名前を大声でお願いします!」
「ババンガ・スラムースですよ!!」
「それではババンガ・スラムース。横領と不法占拠ならびに監禁の罪で死刑を言い渡します!! あっ、ついでに部下も」
「はっ、何をとち狂ったこと……をぉ?」
はい。あっさりと首が落ちましたね。
「「「……へっ?」」」
これには皆さん呆気に取られていますね。
「さあ、今こそ自由のために立ち上がるのです!」
ギロチンの刃を掲げた私を見た人達から女神や聖女との言葉が聞こえてきますが、やめてください。私はそんな大それた存在ではありません。
それにしてもまさかこんな騒動に巻き込まれるとは。いつになったら私の罪は正当に裁かれるのでしょうか。
裁きから遠のく行動を取っている気がしてならないのでした。