スーラム編
サブタイトルは反省事項の時は反省、それ以外は町の名前をメインにしていきます。
流されやすいダイアナは他人の不幸が何よりも嫌いです。だから反省する前に行動します。反省しつつも行動します。そして反省します。
「——ダイアナ様、本当によろしいですか?」
「いいのです。私は私が許せないのです」
「ですがっ」
「……大丈夫。人間、生きていればなんとでもなります」
うっかりカールズ王太子殿下を処刑してしまったダイアナ・フォン・クインテットこと私はあれから無実の罪を背負って処刑されようとした忠臣という不名誉な扱いをされてしまった。
ただ、それはあくまでも民衆の評価でしかなく、突然息子を奪われた王家は仇としてしか私を見ない。それに、王太子の独断とはいえ力のある公爵家を取り潰したのだ国内の貴族から王家への反感を出ている。この事態を収めるために平民上がりのブリジットの首を差し出すだけでは到底収まりがつかない。
「しかし、何もそんなボロを纏わずとも……」
「良いのです。これこそ罪人の証」
処刑の時に助けてくれた兵士は私の無実を疑っていない。むしろ真実は私が正しいと思っている。だからこそ、私が王家に「罪がただしく、私は罪人である」と申し出てそれを証明するために罪人として国内を巡ることに良い顔をしない。
そうあくまで私は人殺しの罪人だ。
両親には悪いがクインテット公爵家の再興もないし、私の罪が証明されれば平民に落ちてもらう。それまで牢屋でおとなしくしていてほしい。
「……それにしてもこれは本当持って行ってよかったのでしょうか? 一応国宝級の法具のはずなんですけど?」
私の首にはあの忌まわしきギロチンがぶら下がっている。魔道具というだけあって使用しない時は小さくできるらしく、今は首飾りの一部のようになっている。
「まあ、息子の命を奪った道具など手元に置いておきたくない気持ちはわからなくはありませんが」
「おおっ、なんとお優しいお言葉。自らを殺そうとした相手にまでそこまで慈悲深い心をお持ちとは!」
「……行きましょう」
「はっ!」
「……それでは、私は本当にここでお別れです。ですが、最後に我儘をお許しください」
「へっ!? ちょっ!」
言うが早いか私は軽々と持ち上げられ、兵士と一緒に馬車を降りていく。
「だ、だめです! 陛下からは手助けをするなと命じられたはずですよ!」
「わかっております。なので、手助けはいたしません。あなた様が自ら手に入れない限り与えられるのは銀貨が一枚だけ。それまではボロだけを身に纏う苦行を強いられることも理解しております」
銀貨一枚じゃ、今日の食事か一晩夜露を凌ぐ屋根を借りるかあるいは服を整えるかそれぐらいしかできないけれど。
「せめて最初の一歩を手助けさせてください」
兵士は私を自らの足の上に立たせた。
「これであなた様の第一歩が痛みを伴うものでなくなった。私はこれだけで満足でございます」
ふぅ、やれやれ。ここまでされたら好意を無碍にはできない。
「ありがとうございます。おかげで足が傷つかずに済みました」
「ダイアナ様ッ……ぐっ」
わかっている。どうせ裸足の私はすぐに足が傷だらけになる。
それでもこれから歩き始める第一歩目は傷を負わなかった。その兵士の心意気を称えさせてほしい。
「それでは行きます。——私は振り返りません」
だからどうか、心を痛めないでください。
「ッ!」
一歩踏み出した瞬間、痛みが走る。ここは王国でも辺境の地。当然道は碌に整備もされておらず、形の悪い石が転がっている。そもそも動物ではないのだ。知恵のあるものは足を傷つけないように靴などを履いている。
だから足が傷つくのは裸足の私が悪い。そうだ。この痛みこそが罪人である証。
——血を流しても涙することは許されない。
「うっ、うぅっ、ぐすっ!」
な、なんでなんでこんな……。涙が溢れ出てしょうがない。
「おねえちゃんどうしたの~?」
「おなかいたいの?」
「ほらっ、この草結構おなかにきくよ!」
子ども達が私に草をくれようとしている。ただ、その草は明らかにそこらに生えていた雑草なんだけど。それでも私はありがたくいただく。
子ども達は私と、罪人の私と変わらない格好をしていた。
ボロ布を纏い、足元は裸足。髪の毛もボサボサで明らかに孤児だ。
「……ねえどうしてみんなそんな恰好をしているの?」
「? おねえちゃんもいっしょだよ?」
「そーそー」
うん。そうだね。説得力がないにもほどがあるね。
「……おねえちゃん、ここに来たばっかり?」
「……うん。そうだよ」
「……わかった。あそこの店、行ってみて」
子ども達の中でも年長の子が言われるがままに向かってみると彼の言いたかったことがわかった。
「いらっしゃーってなんだいあんたその恰好。ま~た、どっかの浮浪者がここに流れ着いたのかい?」
「あ、あの私子どもに言われてここに来たんです」
「あ~、あの子らかい。あんた運がよかったね。大人の浮浪者に捕まってたらひどい目にあってたかもしれないよ」
「……どうしてここはこんなに」
「あんた、この町のこと何も知らずに来たのかい?」
陛下には辺境で過酷な土地から国中を巡りたいとしか伝えなかった。場所を指定しなければどの道過酷な土地に送られただろうから、あえて調べるなんてこともしなかった。
「この町はねスーラムって名前なんだよ」
えっ!? す、スラム?
「どうだい? ひどいだろう? 正式な名前はもちろん別にあるんだけどね、誰もそれを知らないのさ。町の人間でこうやって商売ができてる私みたいなのはマシな方。ほとんどあの子らみたいな浮浪者で大人になれば出ていくか、他所で犯罪者になるか。そんなのはスラム街と変わらない」
だから町の人間はスラムと卑下するらしい。
「ここの領主様は一体何をやってるんですか」
「……さあね。私らは会ったこともないけど、一応山の麓に屋敷はあるよ」
「みんな、一緒に食べよう」
なけなしのお金なんて関係ない。銀貨一枚分をすべて食料にして子ども達と一緒に食べる。
それでも少ない食料を分けることになり、とてもお腹いっぱいにはならなかった。
「……お姉ちゃん、あの屋敷に行ってみるよ」
元貴族の一員として、あの領主は放っておけない。何もできなくてもせめて文句を言ってやるんだ。だけど、この格好で行ったら入れてもらえないだろうし下手をしたら子ども達の仲間だと思われちゃうかも。
「だったら、服を貸してくれる人をしょうかいしてやる」
「ほんと!?」
「たまにおれたちもそこで服を借りてしごとしてるんだ!」
「借りるのもお金かかるけど、ちゃんとしたしごとの方がお金いっぱいだよ!」
「やあやあ、こりゃまた綺麗なお嬢さんだ! 今日はどんな服をご希望だい?」
「あ、あの領主様に会いたいのでそれなりの恰好を……」
「ほぅ! 領主様に、あの方は結構気難しいからな~。まあ、頑張ってみるよ~」
「……それで、申し訳ないんですけど」
「ああ、ああ。言わんでもわかるよ。お金がないんだろう?」
「……はぃ」
「お金は後払いでいいよ。子ども達にもそう言ってあるからね」
うっ、そう言ってもらえるとありがたいけど……。
私、それ来て領主の館で仕事すると思われてない?
お金を稼ぎに行くどころか、下手したら借りた服を血で汚すことになるかもしれないんだけど。
「それにしてもお嬢さん、貴族みたいに綺麗だね~」
「……代理、貴族みたいなはまずいでしょう」
「そうですよ。聞かれたら領主様の関係者に聞かれたら大変なことになりますよ?」
「いや~でもこんな美人さんがボロだけって世知辛い世の中だね」
「……代理ってことは店長さんじゃないんですか?」
「ああ、この町は領主様の代官である町長に雇われる形でね?」
「ちょっと他所から来た人には変だと思われるかもしれませんね」
「……えっと、つまり」
「簡単に言うとすべての店は町長が店長で我々は借りてる立場ということですよ」
「さっ、できましたよ!」
「うわ~すっごっ! 代理、こんなドレスどこに隠し持ってたんですか!?」
「……見つかったら没収されそう」
「ってことはこれ代理の私物ですか?」
「だったらドン引き。渡す相手もいないのに」
「しかもこれ高いですよ?」
「ちょっと君達? お客様の前で上司を変態扱いはやめてくれる?」
「……冗談はともかく、領主様に会うならこれ以上の服はうちにはない」
「ですね~。悔しいけど、私達が今着てるような服では会ってもくれないでしょうし」
……悪気はないんだろうけど、この人達は恵まれている。
子ども達は今でもひもじい思いをしているんだ。
「ありがとうございます。この御恩は忘れません」
「うん。……あれっ!? あげたわけじゃないよ。ちゃんと返してお金払ってね!?」
「……私物でお金取ろうなんてとんだ強欲」
「最低ですね~。代理のことは気にしなくていいので、お気になさらず~」
「ちょっとーー!」
よ~し、頑張るぞ!
領主にガツンと一発。大丈夫。やられそうになっても……道具は持参してるから!
「……行っちゃいましたね?」
「あの人、死ぬつもりですよ。よかったんですか?」
「あの人も何か事情があっただろうに、それでも立ち向かった。彼女だけを戦わせるわけにはいかないな」
「じゃあ、そろそろ?」
「ああ、もう十分だろう。皆にもすぐに動けるように声をかけておいてくれ」
作者自身の悪癖だと思っていますが、ストックをしていないません。思い付きで書いています。そのため、更新は不定期になります。完結まで頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いします。