第9話 魔術師、接近
数日が経った。
やっと戦争の混乱がおさまった城下町では、新聞が発売されたのだが、それを手に入れて見てみると――
アルムガント王国は、今回の戦争の死者をおおいに弔った。
そしてその合同葬儀の場で、国王レイガント・アルムガントは高らかに宣言したのである。
――すなわち、ベールベール王国への報復を!
『かの醜き獣人ども、言いがかりをつけて我が国に攻め込み、尊い人命を奪ったその罪、必ず思い知らせてくれる!』
威勢のいい宣言に、貴族や城の騎士たちはおおいに盛り上がり、必ず復讐戦争を成し遂げてみせると叫んだのだった。
ところで、戦勝の大功労者たる第一王女、カノア・アルムガントの名前は、王の口からはついに出なかった。
不遇である。第一王女にして天才魔術師のカノア・アルムガントが、これほどの仕打ちをうけようとは。
他人からの冷酷な扱いを受けまくってきたオレは、その点、ひそかにあの銀髪の王女に同情したのだが――
しかしすぐに、やはり腹立ちのほうが強くなってきた。あの女さえいなければ、アルムガント王国は滅亡し、そしてこのオレはきっといまごろ、どこか遠い山の中で、リーネ姫の甘い蜜を吸えていたものを!
「くそっ……」
こういうとき、ヤケ酒を飲めたらどれほどいいことか。
しかしオレは酒が苦手だ。【黒の牙】にいたときも、それを理由に、大酒飲みだらけのサバトたちからずいぶんからかわれたものだ。
当時のオレは、なんとかまっとうな人間になろうとしていたから、やつらの侮辱もずいぶん我慢したものだったが――
酒は飲めずとも腹は減る。オレは酒場に赴いて、テイクアウト《もちかえり》で食事を注文すると、宿泊している安宿へと戻った。自室で食事を摂るつもりだった。
ところが宿に戻ると、女将から声をかけられた。
ふだんはオレのことを気味悪がっていて、声などめったにかけてこない女が、
「ザムザさん、お客さんが来ていますよ」
と、愛想のかけらもない声でそう言ったのだ。
「客? ……誰だ、なんて名前だ」
「知りませんよ。あたしゃ、おたくの小間使いじゃありませんからね。自分で確認しなさいな。……ほんと、気持ち悪い顔……」
最後のは小声だったけれど、ちゃんと聞こえた。
死ね、と心の中で相手を罵倒しながら、オレは無言で自室に向かった。
それにしても、客とは誰だろう。もしかしてサバトたちか? しかしやつらは、オレがここにいることを知らないはずだが……。
とにかく警戒しながら、オレは自室の扉をそっと開いた。
するとオレはそのとき思わず、馬鹿みたいに口を開いた。
「安普請の宿ね。ベッドにシラミも多いわ。お前、こんなところでよく寝られるわね」
「カ――カノア……アルムガント……!?」
薄汚い皮のマントこそ羽織っているものの、そのマントの下には高級そうな赤い貴族服。
そして、その華麗な銀髪を翻した、美しい容貌は間違えようもない。
間違いなく、あの第一王女、カノア・アルムガントがオレの部屋の中に佇立していたのだ。
――なぜ王女が、オレの部屋にいるんだ!? さすがのオレもこれには余裕を失った……。