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第8話 妾腹の王女《バスタード・プリンセス》

 とにかくオレは失敗した。


 戦争を起こして、その混乱に乗じてリーネ姫を誘拐しようとした策略。

 9割までうまくいったものを、あの第一王女の魔術師――カノア・アルムガントの登場ですべて水泡に帰してしまった。


 アルムガント王国は勝利の雄たけびをあげた。城中が歓声に沸いた。あの王女の活躍がなければ大敗は決定的だったくせに、ずいぶんノンキな勝ちどきだと思ったが、とにかくオレはその勝利の宴に乗じて城から脱出した。もうリーネ姫の誘拐はできないと思ったし、あのカノア・アルムガントから疑いの目を向けられていたのだから、当然だ。


 だが、あの姫はいったいどういう人間なんだ?

 圧巻すぎる魔術の使い手だった。あの炎の威力もさることながら、風を使って獣人軍を一発で蹴散らしたあの手腕。尋常なものではない。


 それにあの女、あれほど強いならどうして最初から戦争に出てこなかったんだろうか。

 あれだけの魔術師なら、十二分に敵と戦えるだろうに。


 疑問に思ったオレは、冒険者ギルドに向かって、旧知の情報屋である男、ポルにエールをおごり、カノアのことを尋ねてみた。


「ありゃ、天才さ」


 色の薄いエールを飲み干し、口ひげに泡をつけながら、ポルは言った。


「姫君でありながら、魔術の天才。5歳のときから魔術を習い、半年もせずにありとあらゆる魔術をマスターした、聖騎士パラディンリュナン以来の傑物らしいぜ。いまは17歳だが、その若さでもはや大陸随一の魔術の使い手という。――」


「ふうん。聖騎士パラディンリュナン以来の天才ってのはそりゃそうだろう、攻め寄せてきた軍隊をひとりで蹴散らしちまうんだからな。魔族や亜人族にならそういう化け物もいそうだが、人間じゃここまでの魔術師はまず見ないな」




 このシンデンベリオン大陸には、5つの種族が存在する。




 手先が器用で、道具製作や使用に長ける人間種族おれたち


 腕力に長け近接戦闘に達者だが、頭に血が上りやすい獣人種族。


 魔術に優れ寿命も長く、しかし基本的には無欲な性格で他種族とあまり関わろうとしない亜人種族エルフたち


 これまた魔術に優れかつ戦闘力も高く、欲望までもが強いけれど、寿命と繁殖力が弱い魔人種族。


 そして魔力にも戦闘力にも繁殖力にも恵まれているが団結力に欠け、5大種族の中で唯一国を持たず大陸のあちこちを少数の集団で徘徊してまわる怪物種族モンスター




 5大種族は、ときに友好的になり、あるいはときに険悪になりながらも大陸の歴史に存在し続け、なおかつ怪物モンスターを除く4つの種族はそれぞれの国を作り上げて生き延びていた。


 それぞれどの種族にも長所と短所があるのだが、基本的に人間種族の戦闘力や魔術の力は、それほど高くない。

 だがあのとき見せたカノア・アルムガントの魔術の力と、その威力を最大限に活かすセンスは抜群だった。


「しかしあの姫君、あれほどの魔術が使えるなら最初から戦いに参加すりゃいいものを、なぜしなかったんだ?」


「腐っても姫君だからな。天才とはいえ城が危機にならない限り、前線には出ねえさ。――しかし理由はもうひとつある。というのもあの姫君、妾腹めかけばらなんだよ」


「へえ? 側室の子ってことか?」


「いや、側室ですらない、どこかの農家の女を、国王陛下が孕ませて産ませた子らしい。だから第一王女という肩書きだが、王位継承権も持っていないし、おおやけの行事にも顔を出すことを許されていない。ただ城の中にいるだけの状態って話だ。ま、要するに飼い殺しだな。


 国王陛下からすればいちおう認知はしたものの、うっとうしい娘、という扱いなんだ。その娘が戦場で手柄でも立てたらどうなる? 国民の間で人気が高まり、リーネ姫よりも王位にふさわしい、という声まで上がりかねん。陛下はそれを懸念しておられる。だからギリギリまで戦場に出てこなかったって話さ」


「……ううん。しかしそういうことなら、政略結婚にでも使えばいいじゃないか。外国の王族か、あるいは、どこか適当な貴族にでも嫁がせて王室と縁戚にするとか」


「そういう話もあるにはあったようだ。しかしあのカノア姫、見合いをさせると、必ず相手の男をこれでもかというほど罵倒するらしい。やれ無能だの、やれ顔が馬鹿そうだの、しまいには、お前と結婚するくらいなら酔っ払いのゲロでも観察しながら一生を棒に振ったほうがよほどマシ、だの――


 挙句の果てには、流れるような金髪で有名だった女たらしの美男子貴族から口説かれたとき、いきなり髪をわしづかみにしてから炎の魔術で髪の毛チリチリにしちまったって話もある。その貴族はいまやすっかり鳥の巣頭になっちまって、もはや女を口説くことも叶わないそうだが――


 とにかく、カノア・アルムガントはそういう女なのさ。こんな性格じゃ、いくら姫様でも縁談はまとまらねえよな」


「ああ……」


 確かにあのカノア姫は、徹底的に他人を馬鹿にしていた。

 敵も味方も、これでもか、というほどこき下ろしていた。

 あの舌鋒ぜっぽうでは、いかに美人の王女といえど結婚は難しいだろうな。


「……ま、そういうわけだ。天才、なのに飼い殺し。そういう状況をカノア姫も不満に思ってはいるようだが……だからといってどうすることもできねえから、ただ毎日ぼんやりと、城の中で過ごしているだけらしい。この前の戦争のときみたいに、よっぽど城が危うい事態にならない限り、表には出てこねえだろうな」


「…………」


「しかし王様たちも怖いもの知らずだよなあ。聖騎士パラディンリュナン以来の大天才を飼い殺しとは。カノア姫が怖くないのかね? 姫様がブチ切れて、反乱でも起こされたら王様なんか殺されちゃうのにな。ははは」


 情報屋のポルは冗談交じりに笑ったが、それは人間心理を知らないやつのセリフだなと思った。

 どんな人間だって、刃物で刺されたら一撃なのに、それでもいじめっ子はいじめられっ子をいたぶり続ける。

 強い親は弱い子供を虐待し続ける。相手が逆上して刃物を繰り出してくることなど考えもしていないように。

 弱い者をいたぶり、あざけり、笑う性質の人間は、相手が反撃してくる可能性などまるで考えないのだ。


 だからアルムガント国王は、カノア姫が反乱することなど微塵も考えていない。絶対にそうだ。親子だから信頼しているとか、そんな美談では決してない。強い立場の人間は、弱い立場の人間の怒りや悲しみになどまったく思いを馳せないのだ。……経験から分かる。


 ……しかし――妾腹バスタード王女プリンセス――カノア・アルムガント。

 オレにとっては腹立たしい存在だ。あいつが登場さえしなければ、誘拐もうまくいったものを!

 くそっ――


「ところでザムザ」


 情報屋が、口を開いた。


「お前、【黒の牙】を抜けたらしいな。あいつら、宿でボヤ騒ぎを起こしたらしいぞ。タバコの不始末が原因で、金や道具をずいぶん失くしたらしい。宿から賠償も請求されて――おかげで次の冒険もできず、いまはその日暮らしの労働アルバイトをしてとりあえず食い扶持を稼いでいるらしいが――しかし本当にタバコの始末が原因かね? あいつら、けっこうなベテラン冒険者なのにな。ザムザ、お前、なにかそのことで知ってることねえか?」


「知らん。まったく心当たりがない。原因はオイゲンだろ? あいつは昔から、タバコを消さずに寝るクセがあったんだ。それが理由なんだろ、馬鹿なやつだ、ははははは……」





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