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第7話 殺戮の魔術姫

「姫様、リーネ姫様! かつて毒からお助けした、レンジャーのザムザです! お迎えに上がりました! この城はもう危険です! オレといっしょに脱出しましょう――」


 と、勢いよく吼えたところで、


「……おや?」


 首をかしげる。

 室内には、いるはずのリーネ姫がいない。


 代わりに別の女がいた。

 腰まで伸ばした銀髪に、吊り上がった翡翠色の双眸。

 それに赤を基調としたローブを身にまとっている、おそらくオレとそう変わらない年頃の美少女――


「リーネなら地下室よ」


 少女は、オレの姿を一直線に見据えてきて、


「国王や重臣たちといっしょに避難しているわ。ここにはいない」


「え……。……そ、そんな」


 しくじった。

 最後の最後でしくじった。

 まさかこの部屋にリーネ姫がいないなんて。計算外だ。


 しかしこの女……

 リーネ姫の部屋にいるとは何者だ?

 ものすごい美人だが――


「で、お前は誰なの? いきなりリーネの部屋に飛び込んできて。――まあ、いいわ。さて、この城もいよいよ危ういわね」


 美人は、面倒そうに髪をかきあげると、


「とりあえず城を守ろうかしら。――ほんと、この私が出ないと、どうにもならないんだから、情けないわね。アルムガントの兵士たちも将軍たちも、ふだん威張っているくせに、いざ戦争となるとこの体たらく。落城寸前じゃないの。ほんと、世の中はどいつもこいつも無能でカスの役立たずばかりだわ。世界の九割は生きる価値のない生ゴミ野郎ね」


「…………」


 城兵たちをとことんこき下ろす銀髪少女を前にして、さすがのオレも二の句が継げず呆然としたが、そんなオレに向けて、彼女はちらりと見下すような視線を送り、


「……お前……ああ、お前でもういいわ。ちょっとついてきて。荷物持ちが欲しいのよ」


 なんなんだ、この女。

 いったい何者なんだ。


 オレは面倒になり、いっそこの女をこの場で殺してしまおうかと思ったが、しかし少女にはスキがなく、なんとなく異論を言い出せない空気にもなってしまったので、オレはそのまま彼女についていった。


 彼女とオレは、塔の頂点にたどり着いた。

 それは城の中でもっとも高い場所だった。

 この塔からは攻めてくる敵のすべてが見える。


 ベールベール王国の獣人兵たちが、城内に向けて投斧トマホークを放り込み、また城壁によじのぼっているのがバッチリ見えた。


「これほど戦況が一望できる塔なのに、どうして誰もいないんだか。こういう場所にこそ兵を配置して、城の状態を常に確認するべきなのに。いよいよアルムガント王国もたるみ切っているわね。お前、そう思わない?」


「はあ……」


「お前、本当に妙な男ね。……さ、ところで、持ってきた荷物をちょうだい。……そうそう、その杖よ」


 オレが女に手渡したのは、先端に赤い宝石がついている杖だった。

 あれは魔術の力を増幅させる魔石だ。ということはこの女、魔術師か。魔術でこの状況をなんとかするつもりなのか?


 バカな!

 魔族や亜人族なら知らず、人間族の魔術師が、ひとりで1000人を超える敵兵をどうにかしようなんて。

 そんなことできるはずがない。それこそ伝説の聖騎士パラディンリュナンでもない限りは――そう思ったときだった。


 杖の魔石が、赤く光る。

 ふと、強い風が吹いた。


「いい風だわ。――頃合いね」


 少女は微笑を浮かべる。

 それは、ぞっとするほどくらい笑みで――


「立ち上がれ、火柱!!」


 そして彼女は、甲高く吼えた。

 宝玉がいっそうまばゆく光り輝いた。

 かと思うと同時に、さらに風が吹き抜けて――


 次の瞬間、ものすごい火炎の竜巻が――

 それこそ、高さ十数メートルを誇るこの塔に匹敵するほどの猛炎もうえんが、城の外に巻き起こり、攻め寄せるベールベール王国の獣人兵たちを、次から次へと焼き尽くしていったのだ。


 阿鼻叫喚の光景だった。

 炎の竜巻は狂ったように大地の上を踊りまわり、獣人どもの強靭な五体を、木っ端みじんに切り刻み、はるか空中に放り上げ、消し炭になるまで焦がして回り、さらにまた、次の獲物を求めては徘徊しまくっていくのである。


 震えるほどの大殺戮だいさつりくだった。

 いいや、オレが震えたのはその炎の魔術の威力もあるが、それ以上に、その魔術の使い手たるこの銀髪女。

 若いくせに、しかし眉ひとつ動かさずこれだけの敵を叩きのめすとは。その冷静沈着ぶりに、オレはどういうわけか、自分の前途が一気にほの暗い闇の一色に染まりぬいたような、絶望的な感覚を覚えたのだ。


 ベールベール王国軍は、退却を開始した。

 生き残ったわずかな獣人たちが、散り散りに逃げ去っていく。

 城の中から喝采の声が上がった。アルムガント王国は、ギリギリのところで勝ったのだ。……勝ってしまったのだ。


「ふん、ぶざまな姿ね。ありでももう少し見栄えのいい逃げ方をするわよ」


 逃亡する獣人たちの姿を見下ろしながら、翡翠の瞳を細める少女。

 その右手人差し指からは、なお、こぼれるように小さな炎が噴き出ている。


 風だ、とオレはピンときた。この女は風を利用したのだ。アルムガント王宮から見て北西の位置に連なっている山々――アルムガント山脈から吹いてくる風に乗せて、炎の魔術を行使することで、火炎は風によって大きく膨らみ、獣人たちをことごとく、戦場のむくろとしたのである。


 しかし恐るべきは、その風の吹く頃合いを見計らって、魔術を行使したそのタイミングだ。あまりにも巧みだった。あれからほんの三秒、時間が早くても遅くても、炎はあれほどの威力には成長しなかっただろう。さらに言うなら、彼女の魔術の才能も一級品、いや『超』一級品である。いかに自然現象を利用しようとも、灯火ともしび烈火れっかになることはないのだから……。


 それにしても――

 この銀髪の少女は、いったいどういう存在なんだ!?


「あんた、何者なんだ」


 オレは銀髪女に尋ねた。

 しかしよく見ると、この女、どこかで見たような気がするぞ。どこだったか――


「お前こそいったい何者なの? 本当にこの城の兵士? 私の顔も知らないなんて」


 銀髪女は、冷然と言い放ち、じっとオレの顔を見つめながら、やがて――ふわあ、と、やたら眠そうな大あくびをした上で、つぶやくように名乗りを上げた。


「アルムガント王国、第一王女、カノア・アルムガント。……二度は名乗らないわよ」


 だ、第一王女だと? ってことは――

 オレは仰天しながら、しかし道理で、どこかで見た顔だと思った。




 この女、あのリーネ姫の姉なのか!?





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