第5話 獣人と戦争
小さな村があった。
10数件の木造家屋が立ち並び、家屋の裏手には田畑が広がる、どこにである――農村。
夜明けが来ると、その家屋から全身毛むくじゃらの人間たちが出てきて、田畑を耕し始める。
彼らは【獣人】と呼ばれる人種で、顔はまるでイノシシのようだった。
目は小さいくせに血走ったように赤く、鼻は大きく、口からは牙を生やし。
全身はその名の通り、獣のように毛に包まれて、しかししっかり二足歩行で、皮の服に木のブーツまで着用している、れっきとした人間――
ようするにイノシシ人間なのだが、そんな彼らの平穏な生活は、ある日突然乱された。
「火事だ、火事だ、火事だっ!」
村が突然、炎に包まれたのである。獣人たちは慌てて消火作業に励んだ。
しかし間に合わぬ。どうやら夜の間、村中に油がぶちまけられていたらしく、火の勢いは止まらない。村はあっという間に焼け落ちた。
獣人たちは憤った。
誰かが放火したのだ。しかし、いったい誰が?
「人間どもだ。アルムガント王国の仕業に違いねえ!」
獣人種族の国、ベールベール王国と、人間種族の作ったアルムガント王国は、隣国同士だったが、基本的に、ずっと仲が悪かった。
それはお互いがお互いに対して持つ人種差別、偏見の要素も多分にあったが、しかし最大の理由は200年ほど前、両国の国境にあるヴァルカン山から黄金が発見されたことだ。
金山から見て東にあるアルムガント王国と、西側に位置するベールベール王国は、互いに金山の所有権を主張しあい、そして意見はまとまらないまま戦争に発展した。
戦争はベールベール王国の勝利に終わり、金山は獣人たちのものになったが、しかし両国の仲違いはそのときから未だに尾を引いていて、数年に1度は両国の国境いで小さなケンカや争いが起きる。――だから、この国境近くの農村に住む獣人たちも、今回の放火は人間たちがやったのだとすぐさま思ったのだが、
「半分、当たりよ」
獣人たちの推理を、近場の草むらの中に身を潜めて聞いていたオレ――レンジャーのザムザはニタリと笑った。
「火をつけたのはオレ。……オレも人間であり、アルムガント王国の者には違いないからな。もっとも放火の理由は、大昔の戦争や金山なんぞとは、まったく関係がないが」
獣人たちはいよいよ怒り狂い(一度、怒りだすと、どこまでも止まらず憤慨するのがこの種族の特徴だが)、「今回の一件はベールベール王に申し上げるべきだ。場合によっては人間どもと一戦も辞さない!」と大声を張り上げた。
オレは、ほくそ笑んだ。
どんどんやれ。そして戦争になりやがれ、と思った。
オレは両国に戦争を望んでいた。
アルムガント王国とベールベール王国が戦争になる。しかしこの両国の戦力を比較してみると、アルムガント王国よりは獣人どものベールベール王国のほうが強い。単純に、人間よりも獣人のほうが戦闘力が上なのだ。アルムガント王国は苦戦し、きっと最終的には王宮まで攻め込まれることだろう。
そうすれば王宮は大混乱し、中に忍び込むのも容易になるだろう。
そこでオレは、アルムガント王宮に入り込むのだ。そしてリーネ姫をかっさらい、逃げ出すつもりなのだ。
それから、どこか遠くの山の中にでも移動して、姫とふたりきりで生活を送りたい。
10歳くらいの姫君。ああ、あの幼いリーネ姫は、頼るものもない場所で、オレだけにすがりつくのだ。
ザムザ様だけが頼りです、姫を守ってくださいませ――などと、柔らかな全身をオレにこすりつけながら。
「うふ、ふ、うふふふふ」
妄想が止まらなかった。
やるぞ。……オレはやる。
なにがなんでも獣人どもを王宮まで攻め込ませてやる。