第4話 大欲望の草原
一目惚れだった。
笑いたいなら笑えばいい。
だがオレは、このオレは、10歳くらいのあどけない美少女に、確かに惚れた。愛くるしい、と思った。
見た目が美しいだけでない、きっと心まで澄んでいると直感させてくれる、その柔らかいたたずまい。
その予感は間違いじゃなかった。
オレのことを訝しむ女どもの中で、彼女だけが、もっとも幼い姫様だけが、オレのことを信じてくれた。
助けてほしいと言ってくれた! オレの、この醜い外見を見下しもせずに!
やがて出来上がった解毒薬。
小ビンの中に入った、緑色のドロリとした液体だった。
「お飲みください。苦いですが、しかし必ず良くなります」
「本当かしら……」
「どうだか……」
「それにしても気持ち悪い男……」
女どもの顔は、いっそう険しくなり俺を睨みつける。
しかし姫様は「ありがとう」と言って――ああ、女にありがとうと言ってもらえたのは思えば人生初ではなかったか――解毒薬をオレから手渡しで受け取って、彼女はついにごくりと飲んだ。
「にがい」
少女は、舌を出した。
でも顔は笑っていた。
そんな仕草も、抱きしめたいほど可愛かった。
「ありがとう、ザムザさん。これできっとわたしは良くなる。そう信じています」
「はっ、はい」
「……そういえば、まだ名前も名乗っていませんでしたね」
少女は身体を横たえたまま「このようなかっこうで、お許しくださいね」と礼儀正しく言ってから、名乗った。
「アルムガント王国第二王女、リーネ・アルムガントと申します。お見知りおきくださいませ」
「王女!? さま……!?」
オレはさすがに目を剥いた。
姫様姫様というから、富豪か貴族の娘だと思っていたが、王女だと!?
「姫様、お身体はいかがですか!? 苦しくはございませんか!?」
リーネ姫をぐるりと取り囲む、女ども。
彼女たちはオレをさらに睨んできた。
姫様になにかあったら容赦しないぞ、と言わんばかりだった。
だがオレはそんな視線などどこ吹く風で、目の前の姫様をただ茫然自失と眺めていた。
1時間も経つと。――
リーネ姫の右腕の斑点が、少しずつ消えていった。
「ザムザさん、ありがとう。……楽になってきました」
「はっ」
「お優しいお方。……ありがとうございます。心より、御礼を……」
そこまで言うと、姫様は目をつぶって、すうすうと寝息を立て始めた。
その寝顔はまったく天使のようで、苦痛などまるで見えない様子だったから、女どもはどうやら姫の容態が落ち着いたものだとホッとしたらしい。全員が大きく息を吐いた。
「とにかく、お城に戻りましょう」
「ええ。……まったく、ちょっとお忍びで王国の外に出たらこれだわ」
「みんな、このことは誰にも言わないように。姫様が黙って外に出ただけでも問題なのに、毒にやられたなんて話、もし国王陛下に知られたら、わたくしたちの首はないわ」
「本当ね。……おお、ぶるぶるぶる」
そして女どもは王国の中に戻ろうとしたが、最後の最後、まるで忘れていたみたいにオレのほうへ、一直線に険しい視線を送ってくると、
「お前、分かっているね。このことを誰かに漏らしたら、ただではすまないわよ」
「もっとも、お前の言うことを信じる者など、いないでしょうけど」
「わたくしなど、父が子爵ですから、お前ごときを消すのはたやすい。レンジャーのザムザ。命が惜しければ黙っておくことね」
……おどされた。
なぜ、姫様のようにありがとうの一言が出てこないのか。
確かに冒険者って稼業はうさんくさい。
貴族の連中からすれば、まともに働きもせず、常に一獲千金を狙っている胡乱な連中としか見えないだろう。冒険者として名を上げても、身分はしょせん平民や無戸籍のままだし、そりゃ子爵の娘なんて女から見れば、一介の冒険者なんぞ塵芥のごとき存在だろうさ。
しかし、それでも。……先ほどの女どもの冷酷極まる眼差し!
姫君を助けた恩人に対してあの態度! 理解に苦しむ!! なぜそうまでして、オレを見下してくるのだ!!
……いや。
もとい、理解はできる。
理解できているはずだ。経験から分かるじゃないか。
女どもの冷酷な反応。幼稚な脅迫。
それは身分差もさることながら、オレがブ男だからだ。……醜いからだ。
いつだってこうだ。オレだって、誰に親切にしてやったことはある。だが、オレがまともに感謝されたことなどこれまで1度もなかった。典型的な例だと、昨日までいっしょにいた『黒の牙』の連中なんかが特にそうだ。オレがやつらの命を助けたことは1度や2度じゃない。だがオレが最終的に受けた仕打ちは――言うまでもないな。
これはまったく不思議なことなのだが、世間の人間はどうも、ブサイクで、かつ弱そうな人間はどれほどいじめても問題ない。そして反撃してこない、恨んだりなんかしてこないと思い込んでいるフシがある。どれだけ外見や人格を笑いものにしても構わないし、復讐なんかも絶対にされないと信じこんでいるようなのだ。馬鹿ではなかろうか。
しかしこのときのオレは怒りもせずに、その場から去っていく女どもと、女のひとりに抱きかかえられている姫様の姿をじいっと見つめていた。――姫様。リーネ姫。なんて可愛いんだ。愛らしいんだ。オレに対してなんの偏見ももたずに接してくれた、10歳の美少女! 惚れた! 心の底から惚れたぞ!
オレは瞳を光らせた。野望を抱いた。
彼女を手に入れたい。オレの妻にしたい。
なんとしても。彼女をオレのものにする。絶対にだ。
「うふ。うふふ、ふははは、あははははは」
草原の中に、哄笑が広がった。
自分でもあきれるほどの馬鹿笑いだった。
中天に輝いた太陽が、オレの前途を祝福しているように思えた。
はたから見ればお笑いだろう。
元浮浪児のブ男が、王国の王女を手に入れて、妻にしたい、などとは。
しかしオレは大真面目だった。できる、オレならできる、むしろやらねばならない。
しかし、どうすればオレは彼女を手に入れることができるのか?
平民出身のオレが、今後、王女に近づくことなど普通はできない。
だが。
策は瞬時に思いついた。
半年と経たず、オレは姫を我がものとすることができるだろう。