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第3話 幼女と初恋

 一晩経っても、心の傷は癒えなかった。

 オレはアルムガント王国の、首都の街並みの外に出て、草原の中に身体を横たえたまま、蒼空を見つめてぼんやりとしていた。

 昨晩は野宿だった。金はあるのだから宿に泊まってもよかったのだが、そうしなかったのは、とにかくもう人間と出会うのがおっくうだったからだ。


 だいたい、どこの宿も受付が女なのがよくない。

 どの女も、オレの顔の傷痕を見たら、一瞬は眉をひそめるのだ。

 ブサイクな男特有の悲しい直感とでもいうか――ああ、いまこの女、オレのことを見下したな、っていうのが分かるから――だからオレは宿には泊まらず、街の外に出て、いまもただ、空だけをぼんやりと見つめている。


 空の果ては、泣けてくるほど澄み切っていた。

 吹き抜ける風は、春だというのに冷たかった。


 しかし、これからどうしようか……。

 パーティーを追放され、しかしもう一度冒険者をする気にもならない。

 また泥棒にでもなるよりないか? ……だが、あれはもう、あまりしたくないな。


 良心が痛むからじゃない。盗人家業なんて、しょせんは未来さきが知れているからだ。

 だけど、じゃあ代わりになにをすればいいのか。それが分からない。


「……ん?」


 そのときだった。

 なにやら騒がしい声がしたので、上体を起こすと、


「姫様! しっかりなさいませ、姫様っ!!」


 女だ。

 女の集団が、なにやら慌てふためいている。

 強い風で、さざ波のように波打っている緑の草々の中、7人か8人かの女どもが、キンキン声でなにかをわめき散らしていた。


 そんな女たちの中心には、少女が、というより女の子が、小さな身体を横たえて、はあはあと息を荒らげている。

 その白い右腕には、紫色の斑点が見えた。


 あれは毒の斑点だ。

 どうやらあの子、毒虫にやられてしまったな。


 ――姫様、とか言ったか? あの女どもは……。


 なるほど、どうやら金持ちかなにかの娘が首都の外にお出かけして、そこで毒虫に刺されたか噛まれたかしたらしい。

 しかしあの斑点、あれはずいぶんタチの悪い毒だぞ。

 早く処置しないと大変なことになりそうだ。


「うっ」


 そしてそのときだ。

 オレの心は、激しく弾んだ。

 その子は。……毒にやられているその少女は、顔立ちや体格から見ても年頃は10歳かそこらだろうが、とにかく愛くるしい顔立ちをしていた。


 風にそよぐ長い金髪、汗でおでこにべったりと貼りついた前髪、シミひとつないまっさらな両頬に、この上なく整った目鼻立ち。さらにさらに、絹のドレスに包まれた柔らかそうな肢体、苦しげに上下している膨らみかけの胸元、ドレススカートの下から伸びている、細い2本のふくらはぎ……。


「あ、あ、あ。……ああ」


 彼女の容貌は、虹のような鮮麗な輝きを帯びてオレの胸を高鳴らせた。そして気が付いたときオレは、自分がまるで自分でないかのように駆け出していて、女たちの前に登場し、怒号をあげていた。すなわち――


「す、す、すみません。オレ、オレは、冒険者ギルドでレンジャーをやっておりますザムザといいますがっ――」


 名乗りを上げた瞬間、女どもの眉間にしわが寄った。

 オレの醜い顔面と、突如現れた不気味な男に警戒しているようだった。だがオレは止まらない。


「そ、そこのお姫様、ですか!? その毒の斑点、このままでは危のうございます! しかしオレはレンジャー。解毒の薬をただちに作ることができますっ。ど、どうか、オレにそのお姫様を助けさせてくださいっ」


 裂けるような声をあげる。すると女どもは「――どうします?」「このままでは姫様が」「しかしこの者、信用できるか……」「おお、醜い顔……」と、こちらが聞こえるかどうか怪しいくらいの声音で、ヒソヒソと話し合う。


 バッチリ聞こえているのだが。いや仮に聞こえていないとしても、人前でヒソヒソと話しながら、こちらの顔をチラチラと見下すように見てくるのは、もうそれだけでこちらに対する侮辱だと思うのだが、この女どもはそんなことにも気付かないのか、それとも気付かれてもいいと思っているのだろうか。


 そんなことをしている間にも、姫様とやらは呼吸をますます荒くする。

 このままじゃ、彼女は死ぬ。だったらダメもとでいいからオレの薬を飲ませればいいものを、女どもはそれさえも判断がつかないらしい。なおもヒソヒソ、ヒソヒソと……。


「姫様に万が一のことがあれば、オレをこの場で叩き殺してくれても構いません。ですからどうか、姫様の解毒を、このザムザに!!」


 必死だった。

 あらん限りの声音で吼えた。

 すると、女どもの集団の中から、まさにその『姫様』が、うっすらと目を開けて、


「おくすり」


「「「姫様!」」」


「……そこのザムザという方、おくすり、作ってくださるの? ……わたしは、飲みたい」


「な、なりませぬ、姫様。このようなどこの馬の骨とも知れぬやからの薬など。そ、そうです、王国に戻りましょう。お父上様の判断を仰いで……」


「わたしの身体はわたしのものです。わたしが判断いたします」


 姫様は、幼いながらもしっかりとした口調で断言し。

 ――そしてオレに笑みを向けた。


「ザムザ、さん? ……姫を、助けてくださいませ」


 霧の中から、手を差し伸べられたようだった。

 少女はオレに助けを求めている。

 そのあどけない声を聞いてオレは、コクコクコクリと3度も首肯し、


「お任せください、姫様!」


 手持ちの道具と、草原の各所に野生している薬草を用いて、解毒の薬を調合しだした。

 この手の作業はお手の物だ。レンジャー時代というより、浮浪児や泥棒をしていたころに自然と覚えたのだ。


 幼いころ、病気にかかったり毒蛇や毒虫にさんざん噛まれたりしたオレは、毒や高熱で死にそうになりながら、道ばたの薬草を次々と飲んだり塗ったりしたものだ。どんな草がどんな症状に効くか。オレは身をもって知っていた。


 薬を作りながらオレは、横目でチラチラと『姫様』を眺める。大きな、だけど毒のためか、とろんとしたあおい眼差し。

 しかし瞳が合うと、もうそれだけでオレは空に浮いているような心持ちになった。




 一目惚れだった。




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