第23話 ガルガンティア将軍の失脚
オレとカノアが【黒の牙】を葬り去った数日後。
ボルトチック・ガルガンティア将軍が王国の憲兵隊によって逮捕された。
罪状は、内通罪。――先日から続くベールベール王国との戦争で、ガルガンティア将軍はベールベール王国への内通を約束していた、というのだ。
憲兵隊に密告があったのだ。『ガルガンティア将軍は敵国に通じています。これがその証拠です』――密告にはご丁寧に、ガルガンティア将軍が敵に通じる約束をした手紙まで同封されていた。
「馬鹿な! これはなにかの間違いだ!」
逮捕されたとき、ガルガンティア将軍は吼えに吼えた。
「なぜわしが獣人なぞに通じねばならぬ。証拠でもあるのか!」
証拠はわんさかと出てきた。将軍の屋敷を憲兵隊が家宅捜索したところ、ベールベール王と親しく交わした手紙が何十枚も発見されたし、さらにはベールベール王国の地理や地形や情勢を、この上なく調べ上げた地図と資料も出てきた。挙句の果てには、ベールベール王国のヴァルカン金山から採掘されたと思われる、ヴァルカン印の金塊までもが出てくる始末だ。
「罠だ。これはベールベール王国の罠だ! わしはそんな手紙も金塊も知らぬ!!」
ガルガンティア将軍は必死に訴えた。
しかし叫べば叫ぶほど、逆に疑わしく見えてくる。物証まであるならなおさらのことだ。
レイガント国王は、ガルガンティア将軍と親しかった。若いころからの身分を超えた友人でもあった。しかし今回はかばい切れず、むしろ友情を裏切られた怒りさえ感じて、
「ガルガンティアの将軍職を解き、永久入牢にせよ」
と叫んだ。
死罪にしなかったのは、国王の最後の情けだったのかもしれない。
憤慨する国王だったが、そんな王に向かって遠慮がちに進言したのは、貴族のロボス・オットーで、
「ガルガンティア家の領土と私財は、没収されるがよろしいかと存じます。……むろん、彼がベールベール王国から受け取ったとされる金塊も、いっそ国庫に加えましょう」
ロボスの言葉に、レイガント国王は「そちに任せる」と疲れたように答えたが――
とにもかくにも、ガルガンティア将軍の逮捕と領土・私財の召し上げは、確かに国の財政を潤したのだ。
そう、それはベールベール王国に向けて軍が遠征できるほどの金だったのだ……。
――以上すべての黒幕は、むろんこのオレである。
サバトたちにベールベール語で書かせた手紙の大半と、【黒の牙】が調べ上げたベールベール王国の情報資料、さらにヴァルカン金山まで赴いて盗んできた金塊。
これらの品を手に持ったオレは、ガルガンティア将軍の屋敷に忍び込み、人目につかないところにそっと置いていった。
そして、さらに1枚だけ手元に残しておいた手紙を、密告の文書と共に、憲兵隊の事務所に送りつけたのだ。
面白いくらい、事態は思うがままに進んだ。
カノアの政敵のひとりであったガルガンティア将軍は失脚した。
彼の領土と私財を召し上げることで戦争のための財源も確保できた。
敵国の情報不足の問題も、これで解決だ。いよいよベールベール王国に攻め込めるぞ。
「ザムザ。今回の一件、間違っても、私たちが仕組んだことだとバレないでしょうね?」
カノアの部屋に行くと、さすがの彼女も少し心配そうな顔で言った。
「ガルガンティアの領地と私財を没収すること、ロボスを通じて父上に進言したけれど……ここから私に疑いが来たら、少し厄介だわ」
「大丈夫だ。犯罪者の私財没収はよくあることだし、なにより証拠がまったくない。
オレが将軍の屋敷に忍び込んだのは誰にも見られていないし、ニセの手紙だって、その筆跡はオレのものでもカノアのものでもない。もはやこの世に骨一本さえ残っていない【黒の牙】のものなんだからな」
ガルガンティア将軍が逮捕されてから10日後。
オレは兵士としての雑用に追われていたが、仕事をしながらも心はここにあらずだった。
今日は、いよいよ出兵について話し合う軍議が開かれているはずなんだ。
オレはまだ出席できる身分じゃないが、どういう話し合いが行われたのか?
計画通り、戦争に持ち込められたらいいが……。
「……そろそろカノアの部屋に行ってみるか」
夕方になり、兵士の仕事を終えると、オレはそう独りごちてから、人目に触れぬようにカノアの部屋に向かった。
オレがカノアのお気に入りなのは衆知の事実だが、しかしいかになんでも、姫様の部屋に頻繁に出入りされていることは、ひとに知られると面倒なことになるだろうしな。――
さて、カノアの部屋の前に着いたぞ。
……コンコン、とオレはドアをノックする。
「カノア、いるか?」
そのように声をかけた瞬間だ。
ドアノブを回すまでもなく、扉は開き、そして、
「ザムザさん! お久しゅうございます!」
「リッ……リーネ姫ッ!?」
「はい、わたしです。リーネ・アルムガントです。その節はお世話になりました」
カノアの部屋から出てきた小柄な美少女。
それは間違いなく、麗しのリーネ姫だったのだ。