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第22話 無惨なるかな黒の牙

 【黒の牙】は実によく働いた。

 アルムガント王国が保有している武器と防具、それに食料を与えられた彼らは、活発に行動を開始した。


 まずベールベール王国の奥深くまで潜入した彼らは、どこに山がありどこに川があり、河川の場合、浅瀬はどこで、橋はどことどこにかかって、さらに森林にも入り込んでは、どの森が深くてどの森が浅いか、罠は仕掛けられてるかどうか、城や砦はどのあたりにあり、守りはどうか、敵兵の数と士気はどうか、武器の準備は充分か、というところまで、わずか10日で実にくまなく調べてきてくれた。


 【黒の牙】がいかに優秀な冒険者パーティーといえど、まさか10日でこれほどの獅子奮迅の働きを見せてくれるとは、さすがにオレもカノアも想定していなかった。


 これには、もう生活にあとがないという焦り、そしてここで踏ん張れば王国召し抱えになれるという、いわば人生一発逆転に賭けた気持ちがあっただろう。オイゲンの火事の不始末という汚名も返上できる。――そんな【黒の牙】の連中の夢が成し遂げさせた、いわば火事場の馬鹿力による大活躍といえた。


「思った以上に働いてくれたわね。お前の昔のお友達」


 自室内で、【黒の牙】が製作したベールベール王国の地図を見ながら、微笑を浮かべるカノア。


「【黒の牙】……十把一絡げの落ちぶれ冒険者という印象しかなかったけど、想定よりずっと結果を出してくれたわ」


「ああ。ベールベール王国の情報については、これでバッチリだが――そのお友達ってのはよせ。あいつらはもう仲間じゃない」


「あら、ごめんなさい。だけどあのパールって子、なかなか綺麗だったじゃない。魔術の素質は油虫ゴキブリのフンみたいなレベルだけど」


「あんたと比べりゃ、誰だって虫けらだろ」


 パールの擁護をするつもりはないが、これについては本音だった。

 カノアと同レベルの魔術師なんて、魔人種族なら知らず、人間種族の中には存在するまいよ。

 それこそ聖騎士パラディンリュナンの時代にまでさかのぼれば話は別だが……。


「リッテンマイヤーが戦争に反対するみっつの理由――『戦争目的の欠如』『敵国の情報不足』『財源不足』、このうち、情報不足はこれで対応できたわね。次は――」


「財源の問題をなんとかするか」


「難しい問題ね。金となると解決は困難だわ。まして戦争を仕掛けるほどの金となると……」


「それなんだがな、カノア。……オレにひとつ案が生まれた」


「案が? 思いついたの。そう、さすがはザムザね。……で、その案はどんな案なの?」


「どぎたねえ案さ」


 そう言ったオレの目は、【黒の牙】が作ったベールベール王国の地図上にある一点に注がれていた。

 ヴァルカン金山。……大昔からアルムガント王国とベールベール王国の争いの種となってきたその金山の名前を、オレはじいっと見つめていたのだ。




 さらに数日後。

 カノアの部屋に、サバト、パール、ファントムの3人がやってきた。


 この半月間、ろくに眠らずに働いたせいか、さすがに全員、疲れ切った顔をしている。服もボロボロだ。

 その代わり、やつらが持ってきたベールベール王国の情報は完璧といっていい水準だったのだが。


「【黒の牙】、ご苦労」


 カノアがさらりと労った。

 サバトたちは膝を突いて頭を下げる。


「お前たちの持ってきた情報はさすがだったわ。この功績、必ず国王陛下ちちうえに伝えましょう」


「ほ、本当ですかっ!」


「嘘は言わないわ」


「や、やった……!」


 サバトたちは、まさに喜色満面といった様子で互いに笑みを向け合った。

 国家に認められた、という喜びでいっぱいのようだった。落ちぶれ果てていた冒険者たちは、まさに九死に一生を得たわけだ。


「カノア様、ザムザ――様。ありがとうございます。助かりました! なあ、みんな」


「ええ、本当に。……あたしたち、これからも王国のために頑張ります!」


 サバトとパールは、喜色満面といった様子だ。ファントムは、無言を保っているが、しかしこちらも目を細めていて、喜んでいるのがよく分かる。オレとカノアもまた笑顔で、【黒の牙】の面々に温かな視線を向けたものだ。


「ところで、三人とも」


 オレは穏やかに告げた。


「疲れているところ悪いが、もうひとつだけ頼みたいことがあるんだ。……お前たちは三人とも、ベールベール語の読み書きはできるよな?」


「は――はい。それはもちろんです。ベールベールの言葉が分からなければ、調査なんかできませんから」


 そう答えたのはサバトだった。

 その答えを聞いたオレは、よろしい、と大きくうなずいたうえで、


「それじゃ、改めて頼むよ。ベールベール語で手紙を書いてくれ」


「手紙を? はあ、お安い御用ですが、どんな手紙を書けばいいので?」


「それはオレとカノア姫が指示する」


 オレは用意していた紙と羽根ペンを取り出し、【黒の牙】の連中に手渡した。

 そして、続ける。



「『親愛なるベールベール王へ


こちらの準備は整いました。


アルムガント王国の軍が使っている弓は、すべて弦を切っておきましたので、こちらはまともに戦えません。


いま攻め込んでくれば、アルムガント王宮は数日で陥落できるでしょう。その後はなにとぞ、よろしくお願いします』


……こういう手紙を書いてくれ」




「……おい、ザムザ。それ、なんの手紙だ? 王宮は陥落?」


「黙って言うことを聞きなさい!」


 オレのセリフに、よほど疑問を持ったらしいサバトは、つい敬語を忘れて昔のような仲間口調で声をかけてきた。――それを一撃で粉砕したのはもちろんカノアだ。鋭い声音でサバトを責める。……サバトはもちろんパールもファントムも、もはや異議は唱えず、黙ってオレたちの指示に従った。


 【黒の牙】は獣人語ベールベールごの手紙を書き続ける。

 手紙の中身は――



『私はアルムガント王国を裏切ります』


『戦争になったら必ず貴国のお味方をします』


『先日は黄金をありがとうございました。この報酬に見合う活躍を約束します』


『戦いが終わったあかつきには、アルムガント王国の領土の半分をください』


『内応の約束は確かに受け取った。貴殿の裏切りにおおいに期待する』


『もしも我が国がアルムガントを亡ぼしたときには、貴殿にその領土の半分を与える』


『アルムガント王国の情報は確かに受け取った。貴殿はまったく素晴らしい内通者である』



 ――などなど。

 明らかに、内通を約束する手紙であり、またその返事であった。


 その手紙を書いているのは、サバトたちだが――

 彼らも、その文面を記し続けていくうちに、だんだん顔色が変わってきて、そしてついに、


「カノア姫! これはいったい、なんなんです!?」


 サバトは勢いよく立ち上がった。


「こんなものを俺たちに書かせて、どういうつもりなんです? 内通を約束するだの、裏切りに期待する、だの。これはどういう――」


 やつは、セリフを最後まで言うことができなかった。

 なぜなら、オレによってナイフで腹部を貫かれ、その場にぶっ倒れたからだ。


「なん、だと……? ザムザ、てめえ……?」


「さすがの戦士サバトも、ふいを突かれては仕方がなかったな」


「サバト! ちょっと、サバト! ……ど、どういうこと!? カノア姫、ザムザ、これはどういう――」


 パールの抗議。それに合わせて、無言のまま立ち上がるファントム。

 しかしこのふたりも、すぐに地べたに突っ伏した。

 カノアの右手人差し指から放たれた光線が、パールとファントムのどてっ腹を撃ち抜いたからだ。


 狙いは的確だった。【黒の牙】の三人は見事に急所をやられた。オレはナイフに付着した血液を、布切れで丁寧にぬぐいながら、サバトたちが書いた何十枚もの手紙を、一枚一枚、丁寧に眺めていった。言うまでもなく、オレだって獣人語は読み書きできるのだ。――うむ、この手紙なら問題ないだろう。


「カノア、いいぞ。あとはこの手紙を使って、計画を進めるだけだ」


「け、計画、だと……?」


 サバトは、ぜえぜえと息をしながら、苦悶の表情でこちらを見上げてくる。


「どういうことだ、ザムザ。この手紙はなんだ。てめえは、てめえらは、一体、一体……」


「冥土の土産に教えてやるよ。オイゲンの煙草の不始末による火事。あれを仕掛けたのは、実はオレさ」


 そう告げた瞬間のサバトの顔は、もはや人間のそれではなかった。やつはまなこを血走らせたうえ、まるで悪夢にうなされたみたいに全身を震わせながら慟哭どうこくをあげる。その瞬間、やつの背中にオレは剣を突き立てた。ドス黒い血を、口から一筋、蜘蛛の糸のように垂らしながら、やつは死んだ。


 倒れたままのパールが、声にならない声を上げ、ファントムが「貴様」とうめくような声を高らかにあげる。――それがいよいよふたりの最後の姿であった。カノアが炎の魔術を発動させた。パールとファントムは、悲鳴もあげずに燃え尽きて、さらに紅蓮の炎はサバトの死体にも燃え移る……。


 ――あとにはチリのような物体だけが残っていた。

 【黒の牙】の最後であった。

 やつらは、骨も残らなかった。


「思ったよりは、よく働いてくれたわね」


「まったくだ。気が向いたらゴミ捨て場の横に墓くらいは立ててやるかな」


 もはや用済みとなり、チリにされてしまった【黒の牙】――そのチリを前にして、オレとカノアはにこりともせずに、彼らが書きあげた手紙を手に持ち、そこでやっと口元を緩めた。


「この手紙は大したものね。……あとはザムザ、お前が手はず通りにやるだけよ」


「もちろんだ。ぬかりはない」


 オレは、ふところから布袋を取り出す。

 その袋の中には、金の塊が入っていた。




 塊には、刻印が押されてある。『ヴァルカン』と――





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