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第21話 冒険者たちの憂鬱

「いやあ、とにかく懐かしい。積もる話もあるけれど、まずは場所を変えよう。こんな薄汚い酒場では盛り上がる話も盛り上がらん」


 そう言ったオレは、カノアと共に【黒の牙】の連中を、そのままアルムガント王宮へと連れ込んだ。

 これには、やつらは仰天した。オレがいつの間にやらアルムガント王国の兵士になっているのもさることながら、なによりも、


「カノア様、お帰りなさいませ」


「姫様、ご機嫌麗しゅう」


 と、廊下で出会う者たちすべてがカノアに頭を下げることで(それは多分に形だけの挨拶、感情のこもっていない敬礼ではあったが)、いま目の前にいる銀髪の美少女がアルムガント王国の王女であることを知ったからだ。


「ざ、ざ、ザムザ。お、お、お前、いったい、どうして、姫様とお友達に……?」


 戦士サバトは、哀れなくらい狼狽していた。

 冒険者時代、怪物相手に決して怯まず、背中を見せなかったこの男が、貧乏暮らしのせいなのか、それとも権力を相手におびえたのか、子猫のようにふるえている。


 パールもファントムもそうだった。……ファントムのやつは、まあどちらかといえばもとより無口なほうだったが、パールなんか、かなりのおしゃべり女だったのに、いまやばさばさの黒髪を垂れさせて、あたりをひたすらキョロキョロしている。


 改めて見るにパールは、それなりに可愛い顔立ちではあるが、リーネ姫やカノアと比べると、しょせんは市井しせいの女だな。内面から溢れ出てくるような色気や気品は、まるでない。まったく、昔のオレはなんでこんな女に惚れたんだか。


「……ところで、最初から気になっていたんだが、オイゲンはどうした? 姿が見えないが」


 オレが尋ねると、サバトはいよいよ目を伏せて、


「死んだよ。……首を吊ったんだ。冒険者のくせに火の始末もできなかったことで、ギルドの連中から笑われて、それを恥じて……。俺たちへの詫びの意味も込めて、自殺したんだ」


「なんだと、あのオイゲンが。……ううん、そうか。それは気の毒な。しかしあれほどのベテラン冒険者でも、うっかりミスはするんだからな。オレたちも気を付けないといけないな」


 オレの横にいたカノアが、口許をわずかにニヤつかせたのが分かった。




 カノアの部屋であった。

 まさか第一王女の自室に案内されるとは思っていなかったらしいサバトたちは、いちおう椅子に座ってはいるものの、いよいよ小さくなって目を泳がせている。


 オレたちとしては、この部屋が一番他人に姿を見られないし、話を聞かれないので落ち着くし都合がいいのだが。


「さて、【黒の牙】。……今日はお前たちに、内密の仕事を依頼しにきたのよ」


「えっ、仕事の依頼」


「お前たち、いまでこそ落ちぶれているが、以前はけっこうなベテラン冒険者だったそうね。ベールベール王国についても、なかなか詳しいと聞くわ。その腕を見込んで、ある依頼を受けてほしいの。すなわち、かの隣国の調査を。地理・地形の類はもちろん、敵兵の数や軍備、士気、食料の備蓄、人材の水準。これらの情報を、私は得たいと思っているの。どうかしら? ……もしもこの仕事に成功したあかつきには、充分な報酬はもちろん、王国が正式にお前たちを雇用することも考えているわ」


「王国が俺たちを? ほ、ほんとうですか!?」


 サバトは、ぱっと喜色を浮かべた。

 生活苦な様子のやつにとって、この話はありがたさ極まる話だろう。

 まして王国付きの冒険者など、過去に数えるほどしか例がない。国家に認められた冒険者になるというのは、収入以上にとても大きな名誉であった。


「嘘はつかないわ。カノア・アルムガントの名において約定する」


「どうだ、やるか? サバト、パール、ファントム」


 オレが問いかけると、サバトはチラリチラリと両脇の仲間に視線を送る。

 ――やろうぜ、お前ら。どうせこのままじゃ俺たちはジリ貧じゃないか。そう言いたげな視線だった。


「……やろう。我らには他に道はない」


 ファントムは、重々しくうなずいた。

 そしてパールも、


「…………」


 なにやら憔悴しきった顔つきで、無言のままではあるが、やがて小さく首肯した。

 これで決まりだ。オレたちは【黒の牙】を雇用した。


「よしよし、お前たち、これから頼むぜ。オレとカノア姫のために、せいいっぱい頑張ってくれよ」


 ニコニコ顔で告げると、サバトたちはさすがに嫌な顔をして、それから表情を露骨に暗くさせた。

 ふっと気付いたのだろう。かつて自分たちが見下し、馬鹿にし、そしてパーティーから追放した男が、これからは事実上、自分の上司になるのだということに。


 醜いヤケドのレンジャー、ザムザ。この気持ち悪い顔面の男は、身分こそまだ兵士だが、しかしカノア姫とは昵懇なのだ! この男にはもはや逆らえない! ……そう思ったに違いないのだ。オレはゾクゾクするような征服感と達成感に酔いしれながら、ニマニマしつつ3人の顔を見比べた。


「あの、ザムザ――さま……?」


 そのとき、ようやっとパールが口を開いた。

 媚びるような笑みを浮かべている。


「あん? なんだ、パール」


「あ、あたしたち、以前、その。……あなた様と、その……」


 告白をからかったときのことを言っているのは、すぐに分かった。


「ど、どうか、あのときのことはお許しくださいませ。なんでもしますから……」


「…………」


 そのセリフを聞いたオレは、しばしキョトンとした顔をしたあと――

 ニンマリと、とてもニンマリと笑い、


「なんのことだ? なにも覚えていないぞ」


「あ……」


「――まあ過去はどうあれ、大事なのはこれからだ。未来のことだ。こうしてまた一緒に戦うことになった以上、また力を合わせようじゃないか。なあ、パール」


 オレはニコニコ顔でそう言った。するとパールは「あ、ありがとうございます、ありがとうございます」と何度も頭を下げまくった。サバトとファントムも同時に下げた。彼らはホッとしたのだろう。かつての自分たちの行いをオレが責めなかったことに。


 もっとも、内心では――いかに放火で復讐したとはいえ、かつての屈辱はまだ完全に消えたわけじゃなかった。心にかけられた呪いのように、かつてこいつらに侮辱された過去は、オレの脳裏に強く焼き付いている。


 辛い目に遭ったことなど、幼いころから何度もあったが、こいつらからの侮辱は、なまじ半年間も仲間として行動し、多少はオレに対して友情とか愛情を抱いてくれていると信じていただけに、いっそう心の傷は深いものとなったのだ。


 それだというのに、こいつらときたら、いまのオレの言葉を受けて、もはや無罪放免、どころか再び友達にでもなったつもりでいやがるから困る。


 だいたい、その笑い方と謝り方はなんだ。心から謝罪しているわけではなく、いまのオレの地位が怖いから謝っているのが明白じゃないか。


 ……オレは忘れていないからな。かつての屈辱を。

 一度はひとを信じて、しかしその果てに裏切られた悲しみを。




 ――視界の片隅で、カノアが喜劇バーレスクでも観ているみたいにくすくす笑っていた。





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