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第2話 みにくいことは、罪なのか?

 アルムガント王国の歓楽街は、広い道路の両脇にたいまつが掲げられ、夕方でも真昼のように明るい。

 路上をトボトボと歩いていると、道行く人々が皆、自分より幸せそうで腹が立った。

 ふと、顔を上げる。目の前を歩いていた妙齢の男女カップルが、眉間にしわを寄せてから、オレから露骨に距離を取った。


 こういう反応には慣れている。……いつだってそうだ。

 5歳のときに母親が亡くなったオレは、そのときから浮浪児になった。

 生きるためならなんでもやった。盗みもやれば騙しもやった。それでも飯にはありつけないことのほうが多かった。


 乞食をやって食いつないだこともあるが、そのときだって通行人はオレのことを避けて通った。

 オレに対して、罵声を浴びせてきた者もいる。きたねえガキだ、さっさと野垂れ死にやがれ――ツバと痰を飛ばしながら、こちらを侮辱してくるのだ。


 オレはそいつのあとをそっと尾けて、スキを見せた瞬間に、サササとそいつの持ち物をかっぱらった。

 盗まれたことに気が付いたそいつから、罵倒の雄叫びがオレの背中に届いたが、まったく気にしてはいられなかった。


 オレは人々の罵詈雑言に慣れてきた。

 慣れただけで。……無傷ではないのだけど。


 やがてこんな自分でも、いつまでも泥棒稼業をしていても仕方がないと思い、冒険者になった。

 戸籍さえ存在しない、平民以下の身分の人間でも、冒険者になって活躍すれば、少なくとも収入は得られる。


 実力社会の冒険者界隈では、出自は問われない。

 オレは日々のかてを得るために――

 そして、きっと誰かがオレを必要としてくれると思って、冒険者に仕事を斡旋する組合ギルドに所属した。


「あんた、なんの職業で登録する?」


 ギルドのオヤジが尋ねてきた。

 ギルドに<戦士>で登録すれば戦士を求めているパーティーから声がかかるし、魔術師で登録すれば魔術の力を欲しているパーティーから声がかかる。そういう仕組みになっている(登録費用はかかるが、それでパーティーから声がかかると思えば安いものだ)。


 剣や槍や、あるいは魔術の才能がないと自覚していたこのオレは、前歴(?)を活かして、ソルジャーとして登録した。

 これは迷宮の扉の鍵破りをやったり、トラップの位置を見抜いたり、アイテムの価値を鑑定したりする、いわばパーティーのサポートをする職業で、元泥棒のオレには向いていたと思う。


 しばらくは、いろんなパーティーに臨時雇いという形で所属し、いわばその日暮らしな生活をしていたが、やがて【黒の牙】から正規雇用の声がかかったのは半年前のこと。


 これは嬉しかった。【黒の牙】はわりと有名なパーティーだったから、オレも世間から認められたんだと思った。

 なによりも。……オレにもやっと、仲間ができるかもしれない。

 忘れていた、人と人との繋がりを得られるかもしれない。


 友達。恋人。金や名声。

 そして家族。大事な存在を作ることに繋がる、第一歩かもしれない。

 そう思ったオレは【黒の牙】に所属し、サバトたちと組んで数々の迷宮を攻略したのだが。


 ……結果は、この通りだ。

 女からの愛情どころか、仲間内での友情や信頼さえ、オレは得られなかった。


 ……オレは。……まだ誰からも、愛情とか友情とか――いわゆる『好意』を受けたと感じたことがない。

 誰もがオレを笑いものにしてきた。あるいはオレを露骨に避けた。

 そういえば、例のギルドのオヤジだって、


「あんた、なんの職業で登録する? まさかそのツラで踊り子とか吟遊詩人じゃねえよな、ぎゃははは!」


 なんて、見事に笑いものにしてきたくらいだ。

 ――ちくしょう、思い出したくなくても、思い出してしまう。オレの人生は屈辱の記憶の連続だ。


 アルムガント王国の街中をゆく。

 ギルドに戻れば、たぶんまた日雇いの仕事は得られるだろう。

 しかしオレは――なにかもう、すべてに対してやる気が失せていた。


 当分、仕事などする気が起きない。

 迷宮探索もどうでもいい。パールやサバトのことだって……。


 だがオレは、悲しい天性というか、これほどヤケクソめいた心情でありながら、気が付いたときにはサバトたちが泊まっている宿にたどり着いていた。やつらは、まだ酒場で飲んでいるだろう。オレのフラれ話をさかなに……。


 オレは誰にも見つからないように宿の中に忍び込むと、やつらの部屋の前までやってきた。それから鍵を破って室内に忍び込むと、パーティーの共有財産たるゴールド紙幣をありったけかっぱらった。そして、パーティーメンバーのひとりオイゲンが喫煙者なのをいいことに、いかにもタバコの不始末が原因であるかのように見せかけて、部屋の隅っこに火を点けておいた。


 これでいい。こうすればオレが盗んだ現金は火事で燃え尽きたように見えるだろう。オレに疑いは来るかもしれないが、証拠はひとつも残していない。そんなヘマはしない。


 オレは宿の外に出た。




 数分後、「火事だ、火事だ!」という声が聞こえてきた。




 オレはほくそ笑んだ。サバトたちはこれで当分、冒険も戦いも、生活だってままなるまい。タバコのせいで焼けた宿の賠償だってしなければならない。


「ひへっ」


 変な笑い声が出た。

 やつらがこの先、どんな顔をして生きていくのかと思うと、胸の内がときめいたのだ。


 ときめきは、瞬時に終わった。

 悲観と落胆と自暴自棄。複雑な感情が胸の内に押し寄せる。

 オレは懐中の金だけを相棒に、くれないに染まった人気の無い路上をトボトボと歩いた。


 ふと顔を上げると、聖騎士パラディンリュナンの石像が立っていた。

 貧しい出自でありながら、剣と魔法に多大なる才能を有し、150年前に起きた戦争でアルムガントを勝利に導いたとされる大英雄。


 農民から、国が認める聖騎士にまで成り上がったその出世譚はアルムガント国民ならばみんなが知っている物語だが――

 沈みゆく太陽に照らし出されたその像は、実に美しい顔立ちをしていた。……聖騎士パラディンリュナンよ。あんたは剣も魔法も達者だったというけれど、顔も美男子だったらしいな。羨ましい。努力と結果を、ちゃんと評価してもらえて聖騎士になれた。それも羨ましい。


 ……オレなんか、どんなに頑張っても、どれほど結果を出しても、オレは、オレは……

 ちくしょう。……ちくしょう……!




 石像さえも、オレの人生をあざ笑っているような気がした。




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