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第17話 男女蠱惑関係

 兵士長オルドルカを殺したのは、別に私怨だけが理由ではない。

 やつはカノアを嫌っていた。……反カノア派の人間は殺せそうなら殺しておいたほうがいい。

 カノアもそう望んでいるし、オレもそうすべきだと思ったからだ。オレはオレなりに彼女との同盟を守るつもりでいる。


 で、そのカノアからは手紙が来たのは、兵士長オルドルカの死の3日後だった。

 兵士寮のオレの部屋の入り口に手紙が挟まっていて、それがカノアの呼び出しだったのだ。

 オレは夜の闇にまぎれて、誰にも発見されぬよう、カノアの部屋へと忍び足で向かっていった。


 カノアの部屋の前には、見張りの兵士さえいなかった。

 本当に、これでも一国の姫の部屋かと言いたくなる。

 リーネ姫の部屋は、女騎士3人と女兵士7人によって、常に守られているのにな。


「まあこちらとしては、入るのが楽だが。……カノア、いるか?」


 外から声をかける。……だが返事はない。

 ドアを、ノックした。……やはり返事はなかった。おかしいな。

 もしかして、なにかあったんじゃないか。


 ふと、そう思ったオレはそっとドアノブをつかむ。

 不用心にも鍵はかかっていなかった。


「カノア。入るぞ」


 もう一度、声をかけて中にそっと入っていく。

 すると、そこはさすがに姫君の部屋。だだっ広い空間の中にベッドが置かれ、銀細工をほどこされた豪奢な内装に、油を用いたランプがあちこちに灯されて、昼間のように室内が明るい照らされていた。


 そして部屋の壁際には本棚が無数に並べられ、いかにも難しそうな本がずらりと詰められている。そんな景色とは対照的と言うべきか、ベッド脇にあるサイドテーブルの上には花瓶がひとつあったけれど、その瓶の中にある花は、完全に枯れ果て、ドライフラワーと化していた。花より読書な家主の嗜好が、そのまま現れているようだった。


 で、その肝心の家主の姿が見えない。……カノアはどこだ? オレは部屋の中に入ってあたりを見回したが誰もいない。まったく、ひとを呼びつけておいて、いったいどこへ……。


「ああ。……ザムザ、もう来たの」


 ふいに、カノアの声が聞こえた。

 後ろからだ。すなわち、部屋の入り口からだ。

 オレは思わぬ向き直って――ぎょっとした。


「ごめんなさい。入浴していたのよ。この部屋の隣ね、私専用の浴場になっているの。便利でしょ」


 専用の浴場。

 それは確かに便利だ。

 オレたち兵士は共同の浴場を使っていて、汗と泥だらけの男たちと一緒に入るもんだから、入浴したってあまり清潔になった気がしないのだが。


 しかもオレが浴槽に入ると、他の兵士たちは出ていくし。オレのヤケドは男から見ても気味が悪いものらしい。

 だが、いまはそんなことよりも――


 オレは思わず眼前の景色に目を奪われていた。

 ぽかんと、馬鹿みたいに口を開けていた。

 なぜならカノアは、一糸まとわぬ全裸の姿だったからだ。


「な、な、な……」


「最近、暑くなってきたわね。汗を流さないとたまらないわ」


「いや、お前、……そ、そうじゃねえだろ!」


 さすがに声を荒らげた。

 ――濡れた銀髪が、ぴったりと鎖骨やうなじに貼りついている。


 胸元の膨らみは、着やせするタイプだったのか、想像していたよりもずっと豊満で、盛り上がった真っ白な乳房は目もくらむほど美しい形で上向いている。


 そうかと思えば、抱きしめれば折れてしまいそうなほど細い腰回り。だがウエストとはアンバランスな、果汁を含んだかのような、むっちりとした下半身もまたまばゆい。


 城下町にある半裸の女神の石像も真っ青。完璧と形容してさしつかえのない女性美の化身がそこにあった。――オレは、あごをがくがくとさせた。


「あんた、か、仮にも男の前だぞ。裸になんかなるなよ」


「男? ……男の前だと、どうして裸になってはいけないの?」


「いや、どうしてって、それは……」


 説明しなきゃダメなことか!?

 浮浪児のガキでも、肝心なところはボロ布で隠していたりするぞ!


「あんた、どういう女なんだよ。いきなり裸で現れたり、初対面の男とキスをしたり……」


「キス――ああ、口を付けたこと? あれはお前の犬歯をちぎって、間者かどうか確かめたかったからよ。忘れたの?」


「忘れちゃいないが……。いきなりくちびるを重ねることはないだろ。……もしかしてあんた、いつもこうなのか? 男の前で全裸をさらけだしたり、くちびるを重ねたり――」


「んん? ……さあ、あんまり考えたことなかったけれど、少なくとも男に裸を見せたのは、父上以外じゃお前が初めてじゃないかしら。口付けだって、お前としたのが初めてよ」


 こともなげに、あっさりとそう言ったカノアは、オレの横を潜り抜けて、部屋のベッドの上に座って足を組んでいる。

 むろん全裸のままである。肉付きのいい両のふとももがクロスして、それはこの上なく蠱惑的な光景だった。オレは思わず顔を赤くして目をそらし、


「いいから、まず下着と服を着てくれ。……目のやり場に困るんだ!」


 なにせカノアは、両の乳房が丸出しなのだ。

 白桃色の先端から滴っている水滴が、ぽたりぽたりとベッドシーツの上に向かって落ちている。……その景色は、あまりにも官能的かつ刺激的だった。

 変な男、と言いながら彼女はとりあえずオレの言うことに従って服を着始めたが、変なのはお前だ。絶対にお前だ。


「私……男――というか、人間とふだん、そんなに話すほうじゃないから」


 着替えながら、彼女は言う。

 オレはうつむいて、その生着替えを見なかった。


「よく知らなかったのよね。男と女がどういうものなのか。そりゃあ、恋愛とか結婚とか、小説で読んだから概念とか制度としては知っているけれど、自分とは無縁だと思っていたし。……ふうん。そういえば、前に読んだ本でも、女は男の前で全裸になって恥ずかしがっていたわね……」


「だろ!? なっ、なっ、恥ずかしがってたろ!?」


「現実の世界でも、女は、男にいきなり裸を見せたり口付けをしたりはしないのね?」


「あ、ああ。恋人とか夫婦でない限りは、普通は、しない。……しないほうが、いい……」


「でもそう言うわりにはお前、私とキスしたときはなんだか楽しそうだったわね。ずいぶんねっとりと舌を絡めてきていたし……」


「いや、それは! それは……お前……いや、あんた……!」


「冗談よ。……ふふ、お前ともあろうものが顔が真っ赤ね」


「真っ赤にもなるぜ! ……と、とにかくその、あんた、やめろ。……早く服を着ろよ! いつまで素っ裸なんだよ!」


「お風呂上がりだから暑いのよ。……なに? 私の肉体はそれほどまでに性的興奮を誘うものなの?」


「明日のメシに、毒、盛るぞ!」


「こわっ。おーこわ。……はいはい、分かったわよ。服を着ればいいんでしょ?」


「あと、裸とキスは今後禁止だ。……いずれあんたが見つける、ちゃんとした相手以外にはな!」


「できるのかしら、そんな相手。私、これまでの人生で認めた男なんてせいぜいお前くらいなんだけど」


 そう言いながら服を着るカノア。オレは彼女から目を背ける。……絹擦きぬずれの音がときどき耳に入ってきて、やはりオレはガキみたいに赤面した。


 まったく、王宮育ち、かつ人付き合いが悪いと、男女の感覚についてここまで疎くなるかね。

 ……まあ、しかしなんだ。先日のキスの件も含めて、カノアが、男ならだれでもいいとばかりのビッチでなくて、オレは正直、ホッとしている。彼女が単に、男女の感情や行いについて無知なだけの人間だと分かったのは、なんとなしに嬉しかった。


 これがそのへんの女なら、どういう人格だろうと勝手だし、オレだって別にここまで慌てふためかない。

 だがカノアは、あのリーネ姫の姉である。性的なことについては、潔癖であってほしいという理想があるし、その裸体を拝んだことだって――心臓の高鳴りが、まだ止まらない。


 目をつぶったらそれだけでもう――

 カノアの胸やら尻やら脚やらが、否が応でもまぶたの裏に浮かんできて――


「着たわよ。……服」


 カノアが声をかけてきたので、オレはそっと目を開けた。

 部屋着だろう。カノアは、薄手の絹を用いた、赤いドレスを着用していた。オレはホッとした。


「……で、オレを呼び出した理由はいったい、なんだよ」


 本題に入る。


「今日の昼、軍議ぐんぎが開かれたわ。その結果の報告をしたいと思ってね」


「軍議……?」


「そう。ベールベール王国との戦争について、今後どうしていくか、その話し合いをしたのよ」


「ほう」


「参加者は、父上、大臣、子爵家以上の貴族17人、それに将軍以上の軍人たち7人。……もっとも、いま我が国に聖騎士パラディンはいないから、7人全員が将軍だけどね。……そして、私。――そう、今回は私も軍議に参加したわ」


「ふうん。カノアはこれまで、そういう話し合いには参加していなかったんだろ?」


「ええ。だって参加を禁じられていたし。だけど今回は無理やり出席したわ。お前が起こしたこの戦争、うまく使えば父上や馬鹿貴族どもを死に追いやれると思えば、そりゃ出たくもなるわよ」


「ふむ。まあ目障りな人間はサクサク消してしまうに越したことはないが……しかしあんた、よく軍議に参加できたな?」


「ロボス・オットーという貴族がいるのよ。よく言えば温厚、悪く言えば弱腰な男。けれども私を妾腹バスタードと蔑む城の連中のなかでは、まだしも私への態度が穏やかで、話を聞いてくれる男。ま、要するに毒にも薬にもならないやつなんだけど、そのロボスを通じて父上に頼んだの。私も軍議に参加したい、ってね。貴族を通じた頼みなら、さすがの父上といえど完全拒否はできないわ」


「先の戦いで大活躍したあんたを、軍議に呼ばないのも本来、変な話だしな。で、その軍議の結果はどうなったんだ? 戦争はこれからもちゃんと続くんだろうな?」


 尋ねる。

 するとカノアは、ふいに笑顔を消してから――

 じいっとオレの顔を見つめたあと、艶やかなくちびるを動かした。







今年の投稿は今回で終わりです。また来年にお会いしましょう。

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