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第14話 カノア姫との取引

「冗談じゃないわ! 私だって――私だって! 本当に欲しいものはなにひとつ手に入れていない!」


「なに?」


 俺は顔を上げた。


「欲しいものを手に入れていない、だと? ……あんたの欲しいものってなんだ?」


「肯定よ!」


「なに? 肯定……?」


「賞賛と言ってもいいわ!」


 銀髪の美少女は、激しく声を震わせて独白を続ける。


「私は天才よ! 才能もあれば努力もしてきた、最高の魔術師よ!? 先日の戦争を見たでしょう! 私ひとりの力で獣人どもを蹴散らしたも同然! それなのに国の連中は、誰もカノア・アルムガントを認めない! あの馬鹿で無能で、年がら年中好色なことしか考えていないゴミクズみたいな父親も! あのクズな父親に向かっておべんちゃらを並べ立てて、この私を妾腹バスタード王女プリンセスとあざ笑う貴族ども!! 冗談じゃないわ! なんで、どうしてこの私はここまでコケにされなきゃいけないのよ! 聖騎士パラディンリュナン以来の大天才であるこの私が!!」


「その疑問についての答えは簡単だ」


 カノア・アルムガントの眉間に刻まれた、深いしわ――

 絶望と憤怒の証を見つめながら、オレは告げた。


「あんたの父親が悪い。アルムガント王がな。この国の最高権力者である国王が、あんたのことを軽んじているから、他のやつらもそれに追従する」


 覚えがある。

 浮浪児のころの話だ。


 オレは何人かの浮浪児が集まったグループに属していたことがある。

 だが、そのグループのリーダーは、オレの火傷を侮辱し始めた。事あるごとに笑いものにした。

 すると、グループの他のやつらもオレの火傷を馬鹿にし始めたのだ。力を持っている集団の長が、弱い人物を標的にして軽んじると、周囲はそれと同様のことをしはじめるものだ。


「カノア・アルムガント。あんたは強い。才能もあれば努力もしているんだろう。そんなあんたのことを、内心では認めている人間も王宮の中にはいるはずだ。しかしそんなやつらでさえ、あんたを表立って認めないのは、やはり国王があんたを軽く見ているからだ」


「…………」


「だから、あんたが肯定や賞賛を求めるのなら、父親をどうにかすることだな」


「どうにか……ですって……? ……どうしろって言うのよ」


「そこまでは知らんよ。そこから先は自分で考えろ。オレとあんたは――」


 仲間でもなんでもないんだからな、と言いかけて、言葉をつぐむ。

 いや、仲間かもしれない。……ふと、そう思った。


 浮浪児と第一王女。

 身分があまりに違いすぎるオレと彼女。

 しかし親からの愛情に恵まれず、周囲から疎外され、侮辱され続けているという面においては、少なくとも仲間なのかもしれない。そう感じたのだ。


 ――沈黙が流れた。いや、時間にしてみるとせいぜい10数秒のことだったと思うが、オレとカノア・アルムガントの間に奇妙な雰囲気が漂っていた。世の中に対する恨みと怒りを共有できた。その事実が、この空気を生み出したのか。……やがてカノア・アルムガントは、不気味なくらい穏やかな声で、自嘲気味に言葉を発する。


「レンジャー・ザムザ」


「なんだ」


「もしも。……もしも私が、父上を殺したいと言ったら、お前、協力する?」


「なんだと!?」


 オレは、さすがに絶句した。


「お前は大した男よ。戦争を起こし、リーネをさらおうだなんて。計画が途中で露見したら、確実に絞首刑なのに。普通、ここまでのことはできないわ。……その悪謀の力、私に貸してちょうだい。いかなる手段を用いても構わないわ。父上を……アルムガント国王を殺すために、知恵を出してほしいの」


「ま、待て待て。なにをそんないきなり、大それたことを……。だいたい、あんたほどの魔術師ならオレの協力なんかなくても、国王殺しなど簡単だろう」


「殺すだけならね。だけど父上を堂々と殺したら、私は反逆者になるじゃない。そうしたらアルムガント王国すべてが完全に私の敵になる。いくら私でも、国中の人間すべてと戦っては無傷じゃすまないわ」


 負ける、と言わないあたりがこの女の性格なのだと思った。

 もっとも、カノア・アルムガントなら確かに、国中の戦士や魔術師と戦っても勝てそうな気はするが――


「……しかし、カノア姫。そもそも、オレがあんたに協力する理由がないぞ」


「理由ならあるわ。計画がうまくいったあかつきには、リーネをお前にくれてやるから」


「なに!?」


 恐ろしく、素っ頓狂な声がオレの口から漏れた。自分でも驚くような声音だった。


「ほ、本当か?」


「本当よ。このままだと父上が死んだら、王位はリーネにいくけれど……そこは父上さえいなければ、きっとなんとかなるわ。私が玉座に座れるような流れにすればいいのよ」


「あっさり言うなよ。王位まで奪おうっていうのか、あんたは」


「10歳のリーネが王になるよりは、私が王になったほうが民にとっても幸せでしょう。……そこも、お前に知恵を借りたいのよ。妹ではなく私のほうに王位がやってくる方法を考えてみて? きっとお前なら思いつくはずよ。お前にはそれだけの悪の素質がある」


 悪、と断じられてもオレは別に不愉快に感じなかった。その通りだと思ったからだ。

 それよりも、いま彼女から提案された話のほうに心をとられる。


「…………。国王を殺し、あんたが王になる。……そしてリーネ姫は、このオレの妻になる……」


「そういうことね。悪くない取引でしょう?」


「……カノア姫。オレは……」


「カノア、でいいわ。私に協力するのならね。……協力し合う関係になるなら、私とお前は対等の関係でいきましょう。……で、どうなの? 私と手を組むの? 組まないの?」

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