第11話 動かぬ証拠
「――オレは」
冷静さを取り戻したオレは、カノア・アルムガントの問いかけに対して答えた。
「オレは以前、お城の外の草原で、偶然にもリーネ姫と出会いました。とても可愛らしいお姫様で……その姫様が、戦争で死んでしまってはかわいそうだから……その姫様を助けるために、あのときアルムガント城に忍び込みました」
「……へえ?」
「城の兵士に化けたこと、罪に問われるならば謝罪します。申し訳ございませんでした。……しかし弓の弦の一件は知りません。本当です。間者は他にいるのでしょう」
「…………」
カノア・アルムガントは、じっとオレの瞳を見据えてくる。
吸い込まれそうな澄んだ双眸の形は、妹のリーネ姫とよく似ていた。さすが姉妹だ。
「ふう~ん……」
しかし性格は、まるでリーネ姫と似ていない。
年齢のせいもあるだろうが、リーネ姫は純粋にして無垢だった。
だがカノア・アルムガントは、人を見下したような眼差しを隠さない。
その上、なお疑いぶかげにオレの容姿を見つめてくる。
「あまり見つめないでくださいよ。見ての通り、ヤケドがひどいんです。まじまじと見られると、見世物にされているようで辛い」
「そう? ……そうね、なかなか面白い顔なのは確かよ。一度見たら忘れない顔でもあるわね」
くすくすと、馬鹿にするような笑みを浮かべつつ彼女は言った。
……心が、またちくちくと痛んだ。
「しかしお前の顔、見方によっては悪くない顔だわ。うん、そう思う」
「……からかわないでくださいよ」
「からかってなんかいないわ。……ところでザムザ、ちょっといい?」
「え? ――うッ……!?」
虚を突かれた。
驚愕した。……ああ、なぜ、こんなことが……!?
――彼女は、オレの顔面を、突如として両手でむんずとつかむと――
なんとオレのくちびるに、自分のくちびるを重ねたのだ!
ふんわりとした、銀髪の良い匂いと、柔らかなくちびるの感触が。
――ぞくぞくするほど気持ちいい、接吻。
「ふ、う……」
「…………」
――どうしてこんな事態が起きているのか疑問に思いつつも、しかしオレは陶酔した。
時間にしてみれば、せいぜい数秒のことだろうが、しかしカノア・アルムガントのような美人とくちびるを合わせるという経験は、これまでのオレの人生にはまったくあり得なかったことだ。
オレはしばしの間、疑問も困惑も忘れて、桃源郷の世界の中に酔いしれた。
あのリーネ姫の姉と肉体を接している事実そのものも、オレをとことん興奮させ――
そのときだった。
バキィッ!!!!!!!
「おうぐアッ!!!!!!!!?????????」
突如、口の中に走る激痛。
おぐえ、と吐き出される血液。
なんだ、と疑問に感じる間もなくオレは前のめりに突っ伏し、情けなくも床に両膝を突いた。
顔を上げると、カノア・アルムガントの勝ち誇った顔。
そして艶めいた口には、なんと、一本の歯をくわえている。
歯? ……あれは、オレの歯じゃないか……!?
「もらっちゃった、お前の犬歯。ふふっ。切断されたアルムガント兵の弓の弦は、犬歯で噛みちぎられたような痕があったわ。そしてその弦は――じゃあーん。なんと、ここにあるのよね!」
言いながらカノア・アルムガントはマントの内側から、弓の弦を取り出した。
「そして、この弦のちぎれた部分と、お前の犬歯の先端をこうしてぴったりとくっつけたら……? あら不思議! ばっちり噛み合っちゃったじゃない!!」
カノア・アルムガントの持っているオレの犬歯の先端と、弓の弦のちぎれた部分は、確かに照合していた。
動かぬ証拠、と言えた。
「お前ね! お前が我が国の兵の弓の弦を切断しまくった犯人ね! レンジャー、ザムザッ!!」