第1話 笑われ、けなされ、そして愛されない男
「ザムザ。お前、うちの冒険者パーティーから出ていってくれねえか」
冒険者とは、一獲千金を狙う職業だ。
数多くの迷宮に潜り、宝物を発見する。
あるいは賞金首の怪物の首を狩り、報酬を得る。
地図業者の依頼を受け、前人未踏の土地の地理や地形を調べる、なんて仕事もある。
どれも大変で、命がけで、しかし成し遂げればけっこうな大金を手に入れることができる。
しかしどの仕事も一人じゃできない。難しすぎる。だから冒険者はパーティーを作る。
3人から5人くらいの人数で徒党を組んで、財宝や報酬を得るために奮闘する。オレもそんな冒険者パーティー【黒の牙】の一員だった。
……今日までは。
「……理由を聞かせろよ」
アルムガント王国の片隅にある、人気のない、薄暗い酒場の中において。
俺は目の前にいる、美男子の戦士サバトに向けて、そう尋ねたのだ。
サバトは――にやにや笑っていた。
もとより笑い上戸で、よく冗談を飛ばしている男だったが。
しかし仮にも半年間、苦楽を共にした仲間をパーティーから追放しようというときに、笑みを浮かべることはない。オレは内心、多少の苛立ちを感じていた。
「へ」
サバトは、さらに口角をニタリと上げた。――そして言った。
「お前、パールに告白したんだってな」
その言葉を受けて、オレは自分でも分かるくらい、顔をくしゃくしゃにした。
「サバト、お前。……なんでそれを」
「本人から聞いた。へへへ。……『オレ、君のことが好きだ。付き合ってほしい』。そう言ったらしいな」
酒場の窓から、夕焼けの光が射し込んできて、それなのに目の前は真っ暗になった。
「ザムザよぉ、お前、勘違いしてんじゃねえぞ。俺たちは仲間だ。冒険を成し遂げるためにつるんでるパーティーだ。それを仲間の女のひとりに愛の告白、なんて。……ぷ、ぷははっ……!
いや、分かるぜ。冒険者パーティーの中でもカップルや夫婦になるやつらは、けっこういる。だからお前、パールとそうなろうとしたんだよな。……だけどよ、お前。――自分の顔を鏡でよっく見てみろよ。それが女とイチャつこうって顔面かよ!? ぎゃはははは……!!」
――俺の顔は、みにくい。
頭部を覆っている髪はクセっ毛。
両の眼は、やけに不機嫌そうに見える、吊り上がったような一重。
そのうえ、頬はあばただらけだ。どう見ても美男子とは言えない。
その上、オレの顔には大きな傷痕があった。
右の眉毛のちょっと上のあたりから、くちびるにかけて、ヤケドの痕がある。
それは、小さいころに亡くなってしまったオレのおふくろが言うには、赤ん坊のころ、あやまって焚火の中に突っ込んでしまったことによるヤケドらしいが、とにかくオレは、もともと美しくもなかった容姿が、そのヤケドのせいでいっそう見られない顔立ちになってしまった。
この顔のせいで、オレは常に人々から気持ち悪いと言われてきた。
嘲笑と侮蔑を受け続けてきた。17歳の今日まで、ずっとだ。
そんなオレでも、せめて冒険者として金や名誉を手に入れれば、人から相手にされる。評価される。そう信じていた。
だからオレは冒険者になり、【黒の牙】の一員となって、仲間と共に活躍してきた。
数多くの財宝を手に入れてきたし、怪物も倒してきた。結果を出してきたと思う。
戦士サバトや、女魔術師パールとも、信頼関係を築けていると思っていた。
ほんの10日前だって、隣の国にあるダンジョンにいっしょに潜って、財宝を手に入れたんだ。
――それなのに。
「パールのやつ、困ってたぜ。『気持ち悪い。あのひと、勘違いしてる』って言ってたわ」
「…………」
「ただの仲間、それも冒険者として名声を得るためだけの仲間としか見てなかったのに、告白なんてされちまってよお。
それもお前みたいな、あは、あははは。いや、しかし参ったわ。お前みたいなブサイクでも、人並みに恋愛なんてするんだなあ。ウケるぜ。オイゲンもファントムもげらげら笑ってた」
「待てよ。パールは、オレから告白されたこと、オイゲンとファントムにもしゃべったのか!?」
仲間の名前まで出てきて、オレはさすがに愕然とした。
「そりゃ、俺たちはみんな仲間だし、隠し事はしねえよ。だけどなあ、ははは、パールに告白、なあ。お前が、なあ。はははっ、身の程知らずっつーか恥知らずっつーか!
お前、キモいよ。前々から、ウデは立つけど、でもなーんか気持ち悪い男だと思ってたんだ! そりゃパールも断るわな! あははははははは……!!」
視界が、ぐにゃりと歪む。
悪夢でも見ているようだった。
……フラれるのは、覚悟していた。
お友達でいましょう、なんて言われても、我慢したと思う。
だけど、笑いものにするって、なんだよ。
仲間にしゃべるって、なんだよ。
パールに、こうまでされるとは思わなかった。
この半年間、オレが彼女を助けたこともあれば、彼女から助けられたこともあるのに。
それを気持ち悪い、勘違いしないで、だと?
……命を助け合った関係で、それなのに勘違いしないでとはなにごとだ? オレは、オレは……。
おんなとは。
いや人間とは――
どうしてこうも、薄情なんだ。
オレは人を愛することさえ、愛を打ち明けることさえ笑われるのか。
みにくいから。傷痕があるから。
それだけの理由で、どれほど努力をしようとも結果を出そうとも、気持ち悪いと言われるのか。
……オレがブサイクだから。
「そういうわけだからよ、ザムザ、お前、うちから出ていってくれ。お前がいると、パーティーの和が乱れるからな。
……おい、ザムザ、どこ行くんだ。もう出ていくのか? 戻ってくるのはナシだぞ? パールのストーカーになったりするんじゃねえぞ? お前、いかにもそういうことやりそうだから、注意しとくからよ!
――おーい、みんな。ザムザのやつ、出ていったぜ。あいつの顔、見てたか? ぎゃははは、マジ泣きそうな顔してたわ。傑作。あいつ、あれでよく女にコクったよなあ! ぎゃははははは……!!」
「「「あははははははははははははははははははははははは……!!」」」
酒場から出ていくオレの背中に、無数のヘビのように絡みつく、笑い声。
その嘲弄の声音の中には。――オレが愛を打ち明けた女性の声も、確かに混ざっていた。
日暮れ時の紅い光が、底冷えするほど冷たいものに感じられて、オレは背中を丸くした。
……打ち震えた。