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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
四章 南越の小国

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92話 生き難い男


 十日目が過ぎた頃、陳時さんの使者が僕の下を訪れた。

 外にある歩隲の軍は包囲を解き、使者を遣わしてきたという。


「要件は」


「和睦の話に御座います。士祇様は、全てを士徽様に委任するとのことです」


「分かった。ならば、行こう」


「い、今すぐに御座いますか?」


「ん? あぁ、流石にこの格好じゃ失礼か」


 民の暮らしに紛れ、方々を歩き回り、寝食を抜いてでも語り続けて応え続けた。

 どこぞの放浪者だと言われても、反論は出来ないな。


「では、使者殿には明日の朝に出立すると伝えてくれ」


「ハッ」


 良かった。何とか、耐えた。

 これでようやく策の一つが成った。


 ただ、本番はここからだろう。


「さて……武力から、外交に舞台を移せた。十割の負けから、八割の負けにまで持って行けた、と言ったところか」


 まだまだ苦しいなぁ。

 僕はそんなことを想いながら、重たい腰を上げた。





 三国志の時代、虞翻ぐほんという男が居た。


 孫権に仕えていた男で、とにかく、生きるのが苦手な男であった。

 自分に正直すぎる性格で、他人と協調する能力が皆無で、あまりに真っすぐに生きていた人物だ。


 あの孫権に何度も殺されようとされ、何度も何度も冷遇され罪に問われ、それでも虞翻は決して己を曲げなかった。

 この乱世の時代、これほど不器用に生き、そして天寿を全うした稀有な存在もいないだろう。


 何というか、僕は三国志の人物の中でも、とりわけ彼が好きだった。

 友達に一人は居てほしいような、何をやってるんだよって笑いたくなる、そういう不思議な魅力がある。

 そんな魅力があったからこそ、あの気難しい孫権の下であろうと、天寿を全うできたんだろう。


 なんて思う。



「士燮が三男、交趾郡の太守を継ぎました士徽に御座います」


「孫権様より遣わされた、使者の虞翻と申します」



 なんというか、意外と普通の見た目だった。

 別に大きいわけでも小さいわけでもなく、本当に普通のおじさんって感じ。

 ただ「目は口程に物を言う」とはよく言ったもので、あからさまに僕の姿を見て苛立っているような雰囲気は伝わってくる。


 普通ならこういった感情は胸に秘すものだが、虞翻はそういった人物ではない、というのはよく知っている。


 虞翻の隣に侍るのは呂岱将軍である。

 顔見知りに対して、これほどまでに殺気を出せるのはやはり、彼が生粋の軍人である証拠だろう。


 史実で「士徽」は、呂岱と交渉をしている最中に騙し討ちで殺されている。

 今回はそういったことが無いように、僕もとりあえずの牽制として、従者に呉巨将軍を指名した。

 見かけ通り、ちゃんとしていれば相当な豪傑だからね。性格がちょっと小狡いだけで。


 こういう危険な場所では、呉巨はとにかく警戒を絶やさない。

 小狡い性格も活かしようで、とても心強い味方になるものだ。


「……さて、陸績の友人だというから来てみたが、何というか、期待外れの小物だったな」


 虞翻は先ほどの丁寧な礼儀も忘れたかのように、先に椅子に座り、大きな溜息を吐く。

 それを見た呂岱は慌てて虞翻を立たせるものの、虞翻はあからさまに嫌そうにその場に腰を下ろしていた。


「虞翻殿! まだ、仲裁の使者が来ておらん間に気を緩めるでない!」


「仲裁者なんて必要ねーだろ。本当に、殿は阿呆なのか? こんなもん、外部に内政干渉させているようなもんだろ。良い迷惑だよ、士家の使者も仲裁者も叩き斬ってしまえ」


「虞翻!!」


「五月蠅いなぁ」


 予想以上の、器だ。

 確かにこれでは、まともな人生は歩めるまい。


 ただ、見ているだけで爽快な気分にもなる。

 あぁこういう人間も居るんだと。

 誰もが憧れるだろう。こう生きれたらなぁ、なんて。


「ハハハハ! そうだ、呉巨将軍、酒樽を土産として持ってきていただろう? あれを持ってきてくれ」


「え、あ、いや……え?」


「よろしいですかな? 虞翻殿」


「俺は飲まん。毒が入ってるだろうからな」


「じゃあ、従者に持って来させます。毒見は私が行いましょう。それで、如何です?」


「交州の蛮族には効かん毒でも入っているのか? ん?」


「であれば、私だけいただきましょう」


「……なるほど、分かった。訂正しよう。貴殿を期待外れの小物だと言ったが、どうやら違った様だ。お前は、ただの阿呆だ。何も考えておらんな」


「如何にも、童の如き阿呆です。ただただ、虞翻殿に好感を持っただけに御座います」


「ならば、俺もその酒を頂こう。阿呆が相手ならば、酒を飲んで交渉しても差し支えあるまい」


「虞翻殿と酒を飲める。これほど楽しいひと時もありますまい」


 僕と虞翻は、目を合わせ笑う。

 二人の将軍はただただ困惑を顔に浮かべていた。


 そんな中、幕舎が開き、最後の客が訪れる。



「おぉ、何やら楽し気なご様子で。いやはや遅れてしまったので、怒られるかと思いひやひやしてました」


 小柄な、しゃがれ声のおじさん。

 見てくれはお世辞にも良いとは言えないが、溌溂とした才気に溢れている。



「私が、今回の和睦交渉の仲裁を行わせていただきます、劉将軍が軍師、龐統に御座います」



 役者は出揃った。

 交州の行く末の決まる交渉は、この一日で、決しようとしていた。



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それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[一言] 曲者しかいないこの状況ですが主人公的にはむしろ願ったりな感じですね。
[一言] 虞翻さんってあんまり知らなかったんだけど 経歴みたら降伏奏上、降伏勧告、降伏者いじめと 降伏のスペシャリストって感じなのね。
[一言] 虞翻を交渉人に選んだ時点で孫権はまず後手を踏んでしまったね 虞翻がどういう人物かよく知り得ている主人公には孫権たちの思惑が透けて見えているはず
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