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辺境の流刑地で平和に暮らしたいだけなのに ~三国志の片隅で天下に金を投じる~  作者: 久保カズヤ@試験に出る三国志
四章 南越の小国

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91話 短き運命


 煮え滾る明らかな怒りと、足元が揺らぐそこはかとない不安。

 ずっと、ずっとこの足元は揺れていた。

 大波を越え、ようやく固まるかと思っていたが、現実はまだ自分に「耐えろ」と言ってくる。


 十九で、天才だった兄から地盤を引き継いで、今日まで。

 思えばもう十年が過ぎようとしている。

 それなのに自分は、父にも、兄にも、曹操や劉備の大きさにも、まだ手が届かない。


「張昭! 何故、交州はまだ手に入らん! 戦が終わり次第、呂岱と歩隲は降格させるぞ!」


「お待ちくだされ。あの二将の力量や才覚が秀でていることは明確です。彼ら無くして、江東は反乱を抑えきれません」


「ならば、どうして落ちん。お前は二日で落ちるといった。しかしもう、八日が過ぎたぞ」


「それは……申しわけありません。何分、予想外の事が立て続けに起こっておりまして」


 綿密に、この張昭と二人で謀略と計画を練り、実施した作戦だ。

 交州の地盤は豊かで、あまりに魅力的。

 士燮の暗殺。これを機に、一気に奪い取る算段だった。


 完璧だったはずだ。しかし、何かがおかしい。


 交州は孫家の兵を前に自壊する、というのが見立てであったのだが、予想に反して対抗してきた。

 どうして内側から崩れない。その為の、士キンと、その庶子という人質。

 間者や説客も多く潜ませているはずなのに、交州は依然として揺るがない。


「交趾郡ではあの士徽が、民の一人一人と直接語り合い、寝食を共にし、寝る暇もなく士祇政権の正当性を説いています。説客は全て言い負かされ、かえって民心は一つに固まりつつあると」


「……兵の方は」


「南海郡、交趾郡は歩隲将軍が牽制し、兵を封じております。合浦郡では、山越族が一万の規模で反乱、呂岱将軍と交戦中。更に、南蛮より二千騎の援軍まで向かっていると聞いております」


「山越族に、我らに融和的な南蛮まで動かしたのか。どういう手を使ったのだろうか、あの小僧は」


 二人の将軍は、よくやっていた。

 そもそも敵に一万の増援が来るなんて聞いても無い話なのだ。

 それに対応し、戦自体は相当優位に進めれている。


 不手際があるのは、謀略などを仕掛けるこちらの方だ。

 当初の目論見も、敵兵力の概算も、ことごとくが外れてしまっている。


「……師父殿。私も、父や兄と、同じ道を辿るのだろうか」


「何をおっしゃられます」


「父も、兄も、私以上に優れた君主だった。集団を率い、従わせるだけの力があった。だが、私にはない。そんな私が、長くこの座に座っていられるとは思わんのだ」


 孫家の男は皆、早世だ。

 これは兄が死んだ際に、母が漏らした言葉だった。


 別に証拠のない迷信だが、歳を重ねるごとに重く自分の身に圧し掛かる。

 事実として、父も、兄も、天の悪戯としか思えない不遇の死を遂げていたからだ。


 この戦に敗れれば、自分の支持基盤は揺らぎ、豪族らからも不満が出るだろう。

 それを抑える為の出兵だったが、これもまた、裏目に出てしまった。

 そんな足元の揺らぎがいつしか、自分の身を滅ぼしてしまうやもしれない。


「我が君、よくお聞きくだされ。交州は正直な話、落とそうと思えば落とせます。もう一万、援軍を出せばすぐに落ちましょう」


「それでは労力に見合わん。交州を得たとて、損が大きくなる」


「賢明です。これほど賢明な君主ならば、決して江東から失われてはならないと誰もが承知のはず。早世など、我らが決して許しません」


「皮肉に聞こえるな、師父よ」


「ならばそう受け取ってもらっても構いません。ここから先の戦は、文官にお任せを」


「何を考えている」


「和睦です。されど、孫家が大いに優位に立つ条約を。交州の実効支配は諦めねばなりませんが、維持費を考えれば、こちらの方が実益は大きいかと」


 孫権は苦く眉をしかめ、頭を掻く。

 当初、考えていたものとは違う解決方法に、抵抗があるのだろう。


「士家から和睦を提案させねば、こちらの面目が立たん」


「劉備を仲裁として動かします。これから先、曹操に対しての対抗を考える為、という名目で。これならば面目は保てます」


「……悔しいな。私はどうも、戦が下手らしい」


「戦が全てではありますまい。赤壁で私はそれを、嫌というほど見せつけられました」


 大きく溜息を吐き、孫権は一つ頷く。

 ここは自分の感情を捨て、江東の為の最良を考えるべきだろう。



「師父殿、その交渉は貴方に任せても良いか?」


「お任せください」


「使者はどうする」


「そうですなぁ。我らの優位を明確にする為、相当な曲者を送るべきかと」


「……虞翻ぐほんか」


「左様。敵が腹を立て交渉が決裂すれば、劉備の面目も潰れたことになる。その時は、劉備に増援を出してもらえます」


「ふっ、好きにせよ」


「はっ」


 張昭は一礼し、部屋を後にした。



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それではまた次回。

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― 新着の感想 ―
[一言] ふむむ、どれだけ孫権お思惑を食うセルカにも寄りそうですが、取り敢えず孫権からの譲歩は引き出せそうですね。 色々失ったものが大きかったですが。
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