90話 呂岱の戦
当初の想定とは異なるが、むしろこれは願ったり叶ったりだろう。
開けた戦場を前に、異民族連合の長たる王金は、喜色ではちきれんばかりの顔をしていた。
士徽からの要望は、一万の兵を並べて合浦郡に居るだけでいいというもの。
こうすれば援軍が南海郡を襲ったとしても、十分な牽制になるし、時間も稼げる。
時間稼ぎこそが、今回の交州防衛戦において最も重要であった。
しかし呂岱率いる軍はなんと、海を渡り、合浦郡に迫ってきた。
当初の予定とは大きく異なるが、とはいえ、それはあちらも同じだろう。
「おい、蝉よ。我らは攻めるぞ。当初の予定とは異なるが、要は勝ちゃあ良い話だ」
「お待ちください。呂岱は山越族との戦で数々の功績を挙げている、孫家有数の勇将だと聞きます。軽率に動かず、時間を稼ぐことが肝要です」
士徽が定めたのは「十日」という期間。
歩隲が交趾に攻め入り、既に六日になる。もう少しで、その目標は達成できる。
どうして「十日」で良いのかは分からない。
それを信じなければいけないという思いが蝉にはある。
しかし、王金らにその理解を求めるのは少し難しいのかもしれない。
「そうは言ってもなぁ、俺じゃなく、もうみんなが我慢ならねぇらしい」
この連合軍は、あくまで連合体で意思が統一されているわけではない。
今はただ、先駆けをすれば後で何を言われるか分からないから皆が止まっているが、何かの拍子で暴発しかねない。
「こうなっちまえば後は、俺が指示できるのは、開戦と退却の合図だけさ」
「しかし……」
「何だ? 俺らが負けるとでも?」
「いえ、そうではないのですが。この戦の決着はあくまで和睦。勝ってもいけないというのが、若殿の指示でして」
「めんどくせぇなぁ」
対して、向かいの呂岱の陣営はまるで山のようにどしりと腰を据えていた。
相手も焦っているはずだ。それなのにこの腰の据え様は、やはり呂岱は名将だというのが分かる。
「もう、限界だ。別に総攻撃をするわけじゃない、良いな?」
「……承知しました」
「よし!」
軍の前方で陣を敷いている部族。恐らく、王金と近しい関係なのか、優遇されているのだろう。
王金が自ら太鼓を打ち鳴らす。
爆発するかの様な叫び声。隊列も、何もない。まるで土砂崩れだ。
前線に立つ部族らは思い思いに呂岱の陣営へと殺到した。
山越族は、個々の能力の高い戦闘集団。
更には鉱山を縄張りとしている為に、兵装も際立っている。
それが、この量だ。いくら孫家の呂岱と言えど、抗しえないだろう。
「首の数が多い部族に、褒賞を多く分配してやる! さぁ! 孫家の思い上がった鼻っ柱を叩きのめせ!!」
すると、呂岱の陣営からも太鼓や銅鑼の音が響き、兵が壁のように盾を構え、隊列正しく出陣。
濁流の如き勢いの攻撃を耐え、後方から飛び出した騎馬部隊が左右からこちらを襲う。
舞う、土煙。
その中で赤き鮮血だけが、はっきりと目に映る。
王金は、軽く舌を打ち、追加で自らの兵を出して救援に向かわせた。
戦場の中央に、多くの死体を残して、初戦が終わる。
死体の数は明らかに、こちらの方が多かった。
「呂岱、か。ありゃあ、やり辛いな。こっちが一番苦手とする質の将だ」
兵を規則正しく動かし、連携を重視して戦う。
個の能力で劣るなら、集でもって抗う。
「まぁ、ただ」
王金はそれでもにやりと口角を上げて、蝉の方を向く。
蝉は不思議そうに首を傾げた。
「如何しましたか?」
「あちらさんも、こっちの武力に驚いているだろうぜ。予想以上の被害だったはずだ。追い打ちもかけず、さっさと引っ込みやがった」
確かに、こちらの被害が多いとはいえ、呂岱の兵の死体も多く残っている。
各部族が持ち帰っている首の数も、そこそこ多そうだった。
「王金殿、このままあと四日、耐えてくだされ」
「耐える? おいおい、悠長なこと言ってんじゃねぇぞ」
「え?」
「勝つとか引き分けとか言ってられねぇんだよ。必死に戦わなきゃ、負けるぜ」
今、この戦場の空気を機敏に感じ取っていたのは、王金のみであっただろう。
山のように不動を貫いていたはずの呂岱の陣営に、熱が籠り、高まっていくのを感じていた。
今まさに、山が業火に変わろうとしている。
そうなった場合、こちらは耐えきれるか。
楽な戦だと思っていたが、どうやら違ったようだ。
「これは……まんまと士徽殿に釣り出されたぞ。呂岱が海を渡ってくることまで、もしかしたら想定済みだったかもな」
楽な戦だと思わせて、逃げ道を塞ぎ、釣り上げられた。
確かに、あの喰えない妖怪の血を引いている。
この戦が終わったら、追加の褒賞を要求しないと割に合わない。
王金はそんなことを考え、各陣営に伝令を飛ばした。
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それではまた次回。




